10 ラストプログラム
面倒なことは極力したくない
というよりも
面倒なことは絶対にしない
だから私はいつだって
逃げ道などの回避法を隠し持っている
学園長のレイが祭りの締めくくりを告げる挨拶をする。
数々の出し物を終えて生徒達は絶好調なほどの盛り上がりをみせる。興奮気味な少年達にとっては、現在締めくくりの挨拶を告げていようともまだ祭りは終わりではないのだ。
……ただし、学園長の恐ろしさを知っているためにレイの話の間、生徒達は静かにしている。
そんな中、一部の生徒達は他の生徒達と違った意味でうずうずしていた。
まだかまだかと待ち構えるように胸を高鳴らせる。
そして――時は、くる。
「―――最後に、私達から君達への贈りものをしたいと思います」
待ちに待ったレイのその言葉に。
「待ってました――――っ!!」
うずうずを押させていた少年達は、弾けるように声をあげた。
その少年達を除いた他の生徒は何事か分からずに不思議そうな表情を浮かべる。
「それでは、最後のプログラムでーす!!」
「それじゃ、いっくぜー!」
慌しく壇上に走って登場してきたのはレイを除くほかの教師達。
カリンやマヒロに至ってはコンサートか何かの芸能人のように、ケイカ達もそこまで勢いづいてはいないが軽く手を振りながら壇上へと現れる。
教師達のしんがりをつとめるように―――私も壇上、広がるステージへと足を踏み出した。
「―――さ。面倒なことは早く終わらせるとしますか」
「演奏?」
「いや、でも全員楽器持ってるわけじゃないぞ」
「………じゃあ何だ?」
エイジ達は小声で囁きあいながら――下手に騒げば容赦なくレイに罰を受けると理解していた――首を傾げた。
壇上に並んだ教師陣。
そこにはレイだけでなくおやっさんの姿、客人であるクラムらの姿もある。
彼女達はそこに一列に並び、席に座る生徒達を見て少しばかり悪戯っぽい笑みを浮かべた。
当然ながらそこにユキの姿もある。
最も端を陣取って、一人だけ座り―――ハープを構えながら。
「……なあ、あれってリイチが使ってたのと同じなわけ?」
「確かに同じハープだけど、系統が全然違うね。大きさも違うだろ」
ユキの傍にあるのは彼女の背よりも遙かに大きな楽器。
グランドハープと呼ばれるそれは重量もあれば大きさもばかにならない。弦の数も四十七と多く、ペダルによって動くシャフトやジョイントなどから構成されていて、美しく一見シンプルに見えるボディに仕込まれたメカニカルのかたまりは、驚くほど近代的といえる。
「……なんでユキだけ楽器をもってるんだ…?」
素朴な疑問に対し、
「………先生方で揃って歌を歌う…とか…」
と、リクが遠慮がちに考えを口にした瞬間、その場にいた少年達は「なるほど」と納得した。
他の人が楽器をもっていないのにユキ一人だけが楽器をもっていることに対し、それはかなりの確実性がある。
こうなると話題は「何を歌うのか」という話題へと変化するわけで。
少年達はあれやこれやと教師達が歌いそうな曲名を上げあって小声で騒ぎあう。
そんな中、ユキの指が弦に触れる。
奏でられるハープの音は繊細で美しい。
しかし少年達は少し眉を潜めた。
「………やけに単調だね…?」
「そうだな…」
ユキが奏でている曲は明らかに主旋律ではない。抑揚のない一定の音調をただ続けているだけでしかない。いくら伴奏とはいえ単調すぎるそれは、少年達が不審に思うには充分過ぎるほどだった。
すうっと息を吸うように教師達が口を開く。
ごくり、と生徒達は息を飲み込む。
そして教師達が歌い始め―――
『なんだ、そりゃ――――っ!!』
生徒一丸のツッコミが、ホール一帯に響き渡った。
教師一同による出し物は合唱だった。
しかも歌は、楽しくも何ともないような―――校歌。
これで盛り上がれという方が無理な話であり、ある意味気が引き締まるのかもしれないが、しかしこの場合は、生徒達は気が抜けたというべきだった。
あんぐりと口を開ける生徒を見て、教師達は悪戯が成ケイカした時のような笑みを浮かべて歌い続ける。
「? でもこれってこの学園の校歌じゃないな…」
リイチがふと思い立った疑問を口にしたところで、ちょうど曲は終わりを告げる。
と思いきや、一時中断しただけで歌うのが終わったわけではなかった。
一息つくように教師一同の歌はやんだが、伴奏のハープの音は続いたまま。しかもほんの少しだが曲調に変化があった。単調な旋律なのでその変化は気づき難いものではあったが。
「曲が変わった…?」
趣味で音楽をかじっているレンが真っ先にそれに気づく。
その時、壇上の灯りに変化が起きた。
教師一同をそれぞれ照らす灯りのうちの二つが一瞬にして消えたのである。暗闇の中、消えた灯りの下にいた教師が数歩後退したのが微かに見てとれた。
再び始まる合唱。
レンの言う通り、再び歌い始めた校歌は先程とは違ったものだった。
校歌の歌詞にはその時代の風潮等が大きく反映し易い。メロディは似ていても、歌詞はその歌が作られた時代を表すようにかなりの違いがみられる。
そして再び曲は一時中断し、伴奏だけになる。
曲が変わり、同時に先程と同じように灯りの二つが消えた後、また違う校歌の合唱が始まる。
数回それが繰り返されたところで、勘のいい少年からそれが意図することに気づき始めた。
「……これって…」
「ああ。たぶんそうだね…」
初めに一抜けしたのはカリンとケイカ。
次に一抜けしたのはマヒロとキヨ。
続いてレイとネイト、ソウジとクラムが抜け、現在歌っているのはオイスターとおやっさんの二人だけになる。
さすがにここまでこれば隠された意図に他の少年達も気づいた。
「若い先生から抜けてますよね…?」
「ああ。つまり、この校歌は時代、歴史の新しいものから歌っていっているってことだね」
リクの確認するような問いにリイチが答える。
教師一同が歌っている校歌はまさにリイチの言ったとおりの順番だった。
彼ら自身が学生の時の校歌を新しい順番に歌っていたのである。古い歌は教師の中で若いケイカ達は知らない。よって、こうして一抜け方式で順々に歌うのを止めていっていた。
「……あれ? ってことは最後に残るのはユキってことか?」
エイジが思ったことをそのまま口にする。
――間。
少年達は顔を見合わせて沈黙した。
互いの表情を見合い、考えていることが同じだと知り――笑みを浮かべる。
「……ソロ、ってことだよな」
「……ユキの同級生はいないよね、確実に」
カズキの言葉に、ルイが言葉を添える。
その間にオイスターもまた一抜けし、おやっさん一人オンステージになる。かなりの演歌調で本当に校歌かどうか疑わしいところであったが、伴奏のユキが上手く合わせているのか、音が外れているようにはきこえない。
「……でも今、ユキさんは歌っていないが…」
おやっさんオンステージで締めくくるのもありうるのでは、とコウが考えこみながら言う。
確かに…と納得しそうになる少年達を否定すべく、リイチが声を上げた。
「―――いや、それはないね」
やけに自信満々な口調と表情。
きっぱりはっきりと言い切った後、リイチはニヤリとした笑みを浮かべた。
「多分、この出し物を考えたのは学園長のレイだ。こんなろくでもない案を出すなんてレイしかいないと思うし。――で、そうなると折角のユキのソロをレイが見逃すはずはないと俺は思うんだよね」
もし自分だったら絶対に見逃さない。
と、言い切るリイチにコウ達は深く頷いて同意した。
少年達は壇上にいるユキを見やる。
わくわくする気持ちを胸に、少年達はおやっさんオンステージが終わるのを待った。
間もなくしておやっさんによる歌が終わる。
一瞬にして消える灯り。
真っ暗になった壇上の様子に、少年達は戸惑いを覚えた。
明かりが消えたのはおやっさんの所だけでなく、ユキのいた所もだったのである。
(……やっぱり歌わないのか…?)
そう、残念に思った矢先―――
「………あ…っ!」
小さな音で伴奏が再開されるのを耳にした。
灯りはまだつかない。
けれど、その伴奏に合わせるように、少女の歌声が響き始めた。
ソプラノの綺麗な歌声がホールを包み込む。
歌詞、曲調は相変わらずの単調でつまらないものだったけれど、それでもそれが気にならないほどに心を奮わす力をこった歌声。
うっとりするようにホール内にいる人々は耳を澄まし、一時の夢見心地に浸った。
が――
「……? あれ………?」
レンを筆頭に、一部の少年達は少しばかり眉を潜め始めた。
そして歌が終わりを告げるその時を狙い済ますように、パッと一瞬にして壇上の中央に一人分の灯りが灯り―――
『誰だ、お前は―――っ!!?』
最後のフレーズを歌い終えた直後、ナルミ達は声を揃えてツッコミをいれた。
少年達一同による突然のツッコミと。
光に照らされて現れた人物の姿により、ホール内が騒がしくなる。
灯りに照らされて現れたのは一人の少女。
少女の髪は金髪。
さらりと腰まで伸ばされたストレートの髪が揺れる。
少し勝気そうだが美少女といえる顔立ち。
ドレスや飾りは簡易ではあるが、見る者が見ればかなり上等なものと気づくだろう。
観客全員の視線を、驚きを、戸惑いを浴びて少女は皆に気づかれないように微かに口端を吊り上げて裏のある笑みを浮かべる。
だがそれも一瞬のことで、にこやかな笑顔を浮かべて礼儀正しくドレスを少し摘み上げるように丁寧に一礼をした。
「今日はお招き有り難うございました。とても素敵な文化祭でしたわ」
花がふわりと開くような綺麗な笑顔を少女は浮かべる。
優雅な物腰は少女がただの少女ではないと告げる。
ただものではない神秘的なオーラを漂わせる美少女に、生徒達の多くは見惚れて表情を緩めた。それこそ、「誰だ?」というツッコミを頭から消し飛ばされているかのようで。
少女が再び礼儀正しくお辞儀をする。
それにあわせるように少女を照らしていた灯りが消えた。
真っ暗になった壇上のまま、レイが声だけの出演で文化祭を締める言葉を告げる。
「……本日のスペシャルゲストの王族の第一皇女様の言葉を最後とし、今年の文化祭を終わります。みんな、本当に頑張ったわね。来週からはまた頑張って勉学に励んでちょうだい」
壇上に幕が下ろされる。
学園長の爆弾発言に、生徒達はこれでもかというほどに五月蝿く騒ぎ始めた。
そしてその舞台裏で―――
「………やってくれるじゃない、ユキ…」
ふふふふ…と怪しい笑みを浮かべながらレイが私に詰め寄った。
「いつでも逃げ道は用意しておくものよ、レイ」
それに対し、私は淡々とした口調でレイの放つ怪しいオーラをさらりと流す。
私の代わりにそのオーラを受けてしまった被害者のマヒロが、なにやら唸り始めたがそれはとりあえず気にしないことにした。
「……折角ユキのソロが聞けると思ったのに、まさかこうくるとは思わなかったわ…」
「私が人前で歌うはずないでしょう、レイ?」
「く…っ」
「それに代理を立ててはいけないなんてことは言われてないわよ。私が言われたのは、教師全員で歌うから教師内で代わってもらうことはできないことと、生徒である少年達が代わることもできないということだけだもの」
「………っ」
「それに代理も私の身内だし、誰にも迷惑はかけてないでしょう?」
にっこりと、私にしては珍しく笑みを浮かべてみせた。当然、作った笑みなのは言うまでもない。
悔しそうに唇を噛み締めるレイ。
……まだまだ甘いわね。
私は心の中で勝ち誇ったようにほんの少しだけ笑った。
私とレイのやりとりに第三者は恐れをなして近寄れなかったようで、他の同僚達は遠くから見守り続けていた。
とりあえず私の勝利にて終わりを告げた言い合いに、苦笑を浮かべる面々を無視して私は一人の人物――少女へと近づく。
「お疲れ様。そしてありがとう。オウカ」
少女は喜びを浮かべ、そのまま勢いよく私に抱きついた。
そこに先程の神秘的だったり神々しい雰囲気は全くない。あるのは年相応の可愛らしい喜びだけである。
「私も楽しかったわ!! 仲間にしてくれてありがとう、ユキ姉!!」
あまりの勢いのよさに思わずふらつきそうになるが、何とかその体を抱きとめることに成ケイカする。
少女の名はオウカ。
今回のスペシャルゲストの王族の第一皇女は他でもないこの少女。
そして、もう一つ上げることがあるとするならば―――彼女はれっきとした私の身内であった。




