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Magical Garden ~箱庭の少年達と新任?教師~  作者: 夕城ありあ
第3章 文化祭編 《I'm reluctant to be playing, so I keep escape from everyone.》
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4 最近の学園事情

 準備期間は何でもあり

 爆音だって聞こえれば、馬鹿騒ぎだって何のその

 そんな中

 ひっそりと広まっていた噂話が一つ

 ………さて、その真実は?






「……おい、大丈夫か、ユキ?」

 研究室のソファにぐったりと身を任せていた私は、掛けられた声に顔を上げて声の主を見る。

 まさかこの少年が優しい言葉を掛けてくれるとは思ってもみなかったため、ほんの少しだけ目を見開いた。

「あら、心配してくれるの? イール少年」

 私の研究室に通う少年達は個性豊かだ。

 そんな中で人の心配をしてくれる優しい少年はそれなりに限られてくる。

 そして、私の中でリョウ・イール少年はその少年達の中に含まれていなかった。

 私の中のイール少年は一匹狼というイメージで飄々、もしくはあっさりしているものだったから。

 反対側のソファに座っていたイール少年は少し肩を竦める。

「いや。つーか、目の前でそんなに溜息ばかり疲れるとこっちの気が滅入るってだけだし」

「あ、そう」

 やはりあっさりとした返事をするイール少年に、私の中のイメージは間違っていなかったのだと納得する。

 別に周りの人が私のせいで気が滅入ろうが私が気にするはずもなく。

 はぁ、と。

 大きな溜息を零して、私は飲みかけの紅茶を飲むべくカップを手に取った。

 手からほんのりと伝わる温かさが心地よい。

 溜息を零さずにいられないこの心情も癒してくれればいいのにと思いつつ、紅茶を口に含む。

 私の溜息に反応し、イール少年は私を一瞥する。

「前に俺が溜息ついてた時に、いい若いもんが幸せ逃してどうするつったのは何処の誰だっけ?」

「他でもない私ね。…まあ、私はもう歳だからいいのよ」

 何万年も生きている私が花も恥らう乙女のはずがない。

 実際に年寄りなのだから、誰に婆くさいと言われようが気にするような繊細な心は持ち合わせていない。……とはいえ、面と向かってババア等と言われたら、問答無用で魔法をぶっ放すとは思うけれど。

「何かあったのか?」

 さりげなく尋ねるイール少年。

 しかし読みかけの本に目を向けたままでこちらに視線は向けられていない。ついで動作での問いかけは、とりあえず声を掛けたという感じなのだろう。

 真剣に尋ねるわけでもなく、かといって訝しげに尋ねるわけでもなく、あくまであっさりと興味がないとばかりに尋ねるさりげなさが今の私には好感がもてた。

 だから私もあっさりと返答する。

「……巻き込まれてしまった面倒事が厄介で仕方ないのよ」

「ああ、なるほど…」

 イール少年も面倒事には手を出さないタイプの人間である。

 私のその一言に納得がいったようで、一度頷いてみせた。

「どれだけ人が却下しようがしつこく食い下がってくる人間がいるのよね…」

 私は『誰が』とは言わない。

 イール少年は『誰が』とは質問しない。

 しかしそれでも会話は成り立っている。

「ああ、いるな、そういう奴」

「何度却下したことか分からないわ、本当に」

「諦めろってことだろ、それは」

「じゃあイール少年だったら諦めて面倒事に巻き込まれるのね?」

「それは嫌だな」

 即答。

 あっさりとした返答だが、同時に強い主張が含まれていることに私は気づいた。やはり面倒事に巻き込まれるのは嫌だという本心からか。

 とはいえ私は同時に知っていることがある。

 このイール少年が、自分の意志に関係なく面倒事に巻き込まれる確率が高いということを。

 巻き込まれても容易に逃げ出せる力の持ち主だが、所々で貧乏くじをひく。それは他ならぬ、一番よくつるんでいるハリバット少年が率先して何かの物事を引き起こすタイプの人間で、更にいえばその物事をよりおもしろくしようするタイプの人間だからに他ならない。

 しかしそうはいっても、イール少年本人もなんだかんだ言っても楽しんでいる節があるのも否定できないが。彼もまた面白い事を面白がるタイプの性格をしている。

 はぁ、と既に何度目か分からない溜息を零す私。

「まあ、頑張れ」

「ありがとう、イール少年」

 全くもって心の篭っていない励ましの言葉を受け取り、私も淡々とお礼の言葉を告げる。

 その後で、ちらりと部屋に掛けられている時計を見た。

「……ところで少年よ」

「ああ?」

「今は授業中だと思ったのだけど、君は授業にでなくていいのかしら?」

 部屋の時計が壊れているという報告は受けていない。

 時計の針が指しているのは授業中の時間。

 本来ならば、イール少年がここにいるのはおかしい。

 私はこの時間は受け持ちの教科がなかったので、ゆうるりと寛ごうとここへとやって来たのだが、部屋にある誰かの気配に気づいた時は「おや?」と思ったものだ。

……とはいえ、授業をさぼっていることについて、私は注意するような奴ではないが。誰が授業に参加しようがサボろうが、特に私に関係あることではない。別に出たくなければでなければいいと思うし、そこは個人の自由である。

「いや。でなきゃいけないだろうな」

「つまり分かっていてサボっている、と」

「ま、そういうことだな」

 素行不良という単語が頭を過ぎる。

 そういえばイール少年ともう一人の少年は、時々授業からふらりと姿を消すという話を聞いたことがあるのを思い出した。

「…で、あんたは俺を注意しないわけ?」

「注意してほしいの?」

「いんや」

「なら、いいじゃない」

「そうだな」

 やけにあっさりとした会話を交わす。

 ここに根が真面目なキヨらがいたら、「いいわけない」と反論したことだろう。

 ……そういえば今の時間、二学年はキヨの授業だっけ…?

 その後は特にこれといった会話もなく、各々が好き勝手にして時間を潰す。

 しかしその数分後、この部屋に向って誰かが歩いてくる気配を捉えた。

 それは他ならぬ、先程『素行不良』という単語で思い出したもう一人の少年で。

 ぱたんっ、と開けられた扉に向って私は声を掛けた。

「いらっしゃい、チャー少年」

「おう、来てやったでー。って、なんや、イールもおるんか」

「ああ」

 片手をあげて挨拶をするイール少年。

 新しい来訪者であるキョウ・チャー少年も同様に片手をあげる。

 チャー少年はそのまま慣れた手つきでお茶の用意をし、イール少年の横に座った。彼もまた授業をサボっているという事に対しての罪悪感的な感情は一切見られない。寧ろ、サボリを堂々としているあたりが素晴らしい。

「遅かったな」

「ああ。ちょーっとばかしサルの奴に捕まってなー」

「ああ、それで…」

 ……サル?

 二人の会話が聞こえていた私は、一瞬誰のことかと思ったがすぐにそれがソウル少年のことだと思い当たり納得する。ソウル少年はハリバット少年とよく一緒に過ごしている三学年の少年だが、茶色の髪も合わさって何となく見た目が猿っぽく見えなくもない。……いや、少しごつい系の顔立ちをしているので、どちらかといえばゴリラなのでは? 等と少年が聞いたら失礼な事へと思考回路をとばす。

 そんな私を余所に、先程までの静かな空気はどこにいったのか。チャー少年はべらべらと世間話を始める。

 しかし別に五月蝿いとは思わなかったので、私は適当に相槌をうっていた。

 そしてあと五分ほどで今の授業時間が終了するという矢先、思い出したようにチャー少年がその話題を口にした。

「そーいや最近、でるんやてな」

「何が?」

「いややなー、ユキ。でるっつーたら一つしかないやんけ」

「…だから何がよ?」

 わけが分からない私。

 だがイール少年は違ったようで、

「ああ、あの話か」

 納得したように小さく頷いた。

 若干、面白そうに瞳が光ったような気がしたのは、イール少年にとって面白さを感じている話題だからだろうか。

「そうそう、その話や。って、ユキ。ほんまに知らんのか?」

「知らないわ。噂話とか気にしないから」

 はっきりいって私は噂話とかは全く気にしない。

 だから他の人がさも当然とばかりに知っている情報でも、私自身が興味のない話であれば気に掛けるはずもないので知らない事も多々ある。

 私が知らないということを楽しく思ったのか、チャー少年は少し口元を緩めた。

「……どうもな、でるらしいんや」

「だから何がって聞いてるじゃない」

 別に興味があるわけではなかったが、こうも含みをもって言われると売り言葉に買い言葉で尋ねないといけないような気になる。

 チャー少年はうっすらとした笑みを浮かべる。

 その後で、神妙な面持ちで――とはいえ笑っている節は否めない――告げた。


「お化けがでるらしいんや」


 雰囲気をだそうと神妙な口調で話そうと思ったのは分かったが、それに対しての私の反応はやけにあっさりとしたものだった。

「あ、そうなの」

 どこにでもある話ね。

 さらりと受け流し、私は飲み終えた紅茶のカップを片付けるべくソファから立ち上がる。

「なんやねん、そのおもろない反応は」

 当然ながらブーイングをするチャー少年。

 不満の声を背中で受け止めながら私はカップを洗いながら口を開く。面倒なので後ろを振り向くなんてことはしない、当然だ。

「別に面白くも何ともないじゃない」

 出る、イコール、お化け。

 何とも学園にありがちな話だと思わずにはいられない。

 古い学校ほど色々と謂れがある為にその話題は尽きない。七不思議のない学校などないに等しいのではないかと私は思っている。とはいえこの学園に至っては開校からまだ数年なので、なくてもおかしくはないかもしれないけれど、実のところどうなっているのだろうか。

「つまらんなー」

「何言ってるんだか。どうせ少年も信じているわけじゃないんでしょう?」

「まあ、そーやけどな」

 チャー少年はそういったことを信じるタイプではない。どちらかといえばリアリストなタイプである。

 ただ面白そうな噂だから興味をもっただけの話なのだろう。

 ……純粋培養なアルフォンシーノ少年をからかう話題にしそうな気がするのは気のせいだと思っておこう。

 ぱたん、と音をたてて読んでいた本を閉じたイール少年が会話に加わる。

「まあ、でも確かに広まってる噂話だな」

「そんなに広まってるの?」

「ああ。どうも見た奴も多いらしいし」

「ふぅん…」

「そうそう。サルの奴も見たって言っとたなー」

 捕まったついでに軽く聞いてみたのだといい、チャー少年が話し始める。

 なんでもそのお化けはここ数日の間、毎日のように誰かしらの生徒が目撃しているらしい。

 文化祭の準備の猶予として、最近は門限が緩められている。八時には各宿舎に戻っていないといけないと校則の一つにあるのだが、例外として届け出さえ提出すれば、今は十時までは宿舎にいなくてもよいとされていた。とはいえ消灯が十一時であるのには変わりはない。

 そういうわけで、生徒のほとんどは文化祭の準備のためにぎりぎりの時間まで宿舎に戻らない。各々教室やらどこかでせっせと準備に精をだしている。

 そんな中、目撃者が現れた。

 ――夜、学園内にお化けがでる。

 その噂はそこから始まったという。

 初めは自分達と同じように準備をしている生徒なのだろうと思ったらしいが、そのお化けが女子であるという事実に、直にその考えは却下される。

 魔法笛学園は男子校。

 故に、女子が学園内にいる時点で学園の生徒ではないことになるのだ。

 目撃者の全員がしっかりとそのお化けの姿を見たわけではない。遠目にその姿を確認し、近づく前にふいっと姿を見失うらしい。

 時刻は夜。

 いるはずのない女子。

 見失ってしまう姿。

 それらから、生徒達はその女子がお化けであると判断したとのことだった。

「……ふぅん」

 全てを聞き終えた私の第一声はやる気のないもので。

 チャー少年が少し悲しそうな振りをする。ただし、あくまで振りなのは目に見えて明らか。

「ほんまおもしろない反応やなー」

「だって興味ないもの」

「ひどっ。シゲちゃん悲しいわー」

「勝手に悲しんでなさい」

「あー、ほんまに傷ついたわ。イールもそう思うやろ?」

「いや、別に俺は関係ないし」

 助けを求めるものの、イール少年はやはりあっさりと返事をするだけで。

 あからさまに悲しんでいる真似をしていじけるチャー少年。

「どうせ見間違いか何かでしょ」

 最近の学園内は色々と事件が起こっているようで、物騒で仕方がない。

 理由はただ一つ―――ひとえに文化祭の準備故。

 どこかの教室からはこれでもかというくらいの口喧嘩が聞こえてきたり、叫び声が聞こえてきたり、あるいは何故か爆音が聞こえてきたりと、本当に準備をしているのか怪しくなる現象が頻繁に起きているのだ。

 そんな現状の学園でのお化け騒ぎともなれば、誰かがわざと噂を広めているということも考えられなくもない。

「でも目撃者はおるんやで?」

「じゃあ誰かの身内か誰かなのよ。学園祭は外来からも見に来る人がいるっていうじゃない」

「……だからって準備中に来る奴はいないと思うが…」

 すかさずツッコミをいれるイール少年。

 私はそのツッコミをさらりと受け流す。

「それじゃあ誰かの身内のお化けということにでもしておけばいいじゃない」

「……さよか」

 つまらない。

 とばかりに溜息を零すチャー少年。

 そしてちょうど会話に区切りがついたところで、タイミングよく授業終了の鐘の音が鳴り響いた。

 カップの片づけを終えた私は、その辺りに置いておいた参考書類を手に取る。

「それじゃあ私、次は授業があるから」

「ああ。…俺もそろそろ行くか」

「そうやな。次の授業で休もうとは思わんし」

「あら、ありがとう」

 ちなみに次の彼らのクラスの授業は、他でもない私が受け持つ古代魔法学の授業である。

 別に出席をとっているわけではないので少年達が休もうが休むまいが気にすることではない。

 ありがとうの言葉は所謂形式上のやりとりのもので、感情が篭められているはずがない。

 ……ああ、でも…。

 私の授業は出席するのにキヨの授業を飄々とさぼることに対し、何か思うべきなのかもしれない。

 苦労症の元教え子を思い、心の中で同情をしてみる。

 あくまで振り、でしかないが。

 一度職員室に寄る必要があった私は途中で少年達を別れ、一人で廊下を歩く。

「………お化け…ねぇ…」

 不意に先程チャー少年から聞いた話を思い出し、一人で呟く。

 誰も周りにいないので私の呟きを耳にとめる人はいない。

「………もう少し注意するべきかしらね」

 当然、私のその呟きを聞いた人は誰一人としていなかった。


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