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Magical Garden ~箱庭の少年達と新任?教師~  作者: 夕城ありあ
第3章 文化祭編 《I'm reluctant to be playing, so I keep escape from everyone.》
29/41

2 ご機嫌斜めな少年

 文化祭

 それは学校で生徒達が演劇、研究発表

 はたまた音楽会や講演会などを企画実行する

 文化的な催しである

 しかしながら

 この文化的とはどこまでを文化的というのかは甚だ謎ではある






 ぴりぴりとした雰囲気。

 それは自然と人を近づけさせないようにしてしまう。

 誰も好き好んで、そういった雰囲気を放っている人間に近づこうとなどしないだろう。

 ……まあ、一部、空気のよめないような人は除いての話ではあるが。

 大抵そういう一部の人は、近づいたが最後とばかりに痛い目をみることになるのだ。

 そして今。

 私の目の前でその状況が繰り広げられていた。

「ひっで――っ!! 何てことすんだよ、ルイ!!」

 泣き叫ぶような大きな声をあげたのはモーレイ少年。

 少年の前には、消炭となった有機物。

 間の抜けたように尻餅をついて床に座り込んで、意味不明の呻き声を上げる。

 それより少し離れた位置にフラウンダー少年がいた。

 冷たい眼差しをモーレイ少年へと向けるフラウンダー少年のその手には、学園から仮に渡されている杖がある。

 杖の先は、たった今魔法が発動したと告げるように微かな魔力を放っていた。

「何言ってるの、エイジ? 俺はただ、エイジのためを思ってしてるだけでしょ」

「どこがだよ!! ぜってー嫌がらせだ、嫌がらせに決まってる!! 俺に対しての挑戦とみたぞ!」

 吠えるように言葉を発するモーレイ少年の言葉に、フラウンダー少年の瞳が細められて怪しく光る。

「ふぅん…。そうとるのは勝手だけどね。というか、そんな事を言うってことは、もう俺の協力はいらないってことだよね? なら俺は自分の勉強に戻らせてもらうから」

「あああっ!?」

 必死にモーレイ少年が講義するものの、フラウンダー少年の方が何枚も上手だった。

 呆気なく、たったそれだけのやりとりでのされて、モーレイ少年は改めてがっくりとその場に崩れ落ちる。

 目の前の消炭の一部を掬い取り、何とも情けない表情を浮かべるモーレイ少年は哀れでしかない。

 フラウンダー少年はそんな様子を一瞥した後で、その場から離れた位置にある机の方へと歩いて行った。

 ……この研究室に入った時以上の、剣呑な雰囲気を纏いながら。

 そして他の少年達に至っては、そのやりとりを見て見ぬ振りをする者もいれば、モーレイ少年に同情したり呆れた眼差しを向ける者もいるようで、本当に様々な様子をみせている。

「………」

 研究室にある私専用のデスクチェアに座って研究室の様子を、本を読みながら眺めていた私は少し考えた後で、マッカレル少年に向ってちょいちょいと手招きした。

 二人のやりとりに一番あわあわとしていたマッカレル少年は、首を傾げながら私の傍へと近づく。その動作はさながら子犬のようだと思ったのは心の内だけにとめておく。

 何故か声を潜めて、マッカレル少年は尋ねた。

「どうかしたのか、ユキ先生?」

「いや、それは私の台詞なんだけど」

「え…。あ、ああ……」

 一度だけきょとんとしてみせて。

 その後でマッカレル少年はちらりと二人へと視線を向けた後、苦笑いを浮かべた。

「あれ、どうかしたの?」

 指示語と共に軽く本で指し示した先にいるのはフラウンダー少年。

 先程からずっともう、ぴりぴりした雰囲気を放ち続けている。彼の周囲に小さな電撃が見えるのは気のせいか。

 とはいえモーレイ少年から離れたからか、少しはましになっているといえばましになっているのかもしれないが。

「あー……。ちょっと色々とあって…」

 言っていいものか、いけないものなのか。

 悩むように言葉を濁らせるマッカレル少年だったが、途端に向けられた殺気に大きく体を奮わせた。

 殺気を放ったのが誰であるかなど一目瞭然である。

 ごくり、と神妙に一度唾を飲み込む。

 マッカレル少年は僅か一瞬にして疲労感を纏って肩を大きく落とすと、一方向にいる人物に若干怯えながら言葉を続けた。

「……わるい。あんまり詳しいことは言えないんだ、俺…」

「そう」

 残念だ。

 そう思いつつも、マッカレル少年の微妙な立場を察して私はそれ以上の追及をすることをやめた。

「とりあえず一つだけ確認させてもらうなら、あれは文化祭関係だと見てもいいのよね?」

「………」

 返事の代わりに、マッカレル少年は深々と頷く。

 いつの間にか青褪めているその顔色に、私は溜息を零しそうになり――止めた。

 何となくだが、こちらに視線が突き刺さったままである以上、私の何気ない行為で目の前のマッカレル少年が可哀想な目にあいそうな気がしたから。

 ……まあ、マッカレル少年にはいつも研究室を整理整頓してもらっているし。

「ありがとう。もういいわよ」

「……わるい」

 お礼の言葉に謝罪の言葉を返して。

 マッカレル少年は重々しい足取りで私から離れて、もといた位置に戻った。

 こちらに突き刺さっていた視線がなくなる。

 突き刺さる視線はどこへ行ったのかと思い、マッカレル少年の方を何となく見てみるものの、マッカレル少年の方にも突き刺さってはいないようで、そのことに酷くほっとした様子が見受けられた。

 ぱらりと本のページを捲る。

 途中、一瞥したのはフラウンダー少年。

 その後に見回すように、他の少年達の様子も観察する。

 モーレイ少年はまだ復活していないようだった。

 ……よほど手痛く懲らしめられたらしい。

 まあ、既に消炭になった物が、必死にフラウンダー少年のレポートを書き写した物であったとなれば、無理もないのかもしれないけれど。

 泣きついて写させてもらったらしい代物である。それをモーレイ少年が一人で再び仕上げられるとはとても考えられない。誰か優しい他の友人が手を差し伸べてくれればいいのだけど、今の所その気配は一つとしてない。

「………ふむ」

 ぴりぴりとした雰囲気。

 その中心はフラウンダー少年。

 けれど、実をいえば他の場所からもその雰囲気は発せられていた。

 それと相反するように。

 笑いを押し殺す声も微かに聞こえていて。

 笑い声の方は主に騒がしいタイプの少年が中心になっている――ちなみにこっぴどくやられるまで、モーレイ少年もこの中に含まれていた――。

 私はもう一度、研究室内を見回した。

 今ここにいるのは二学年だけ。

 三学年の少年三人は、こちらも文化祭に向けて色々画策しているようで、現在はここにはいない。とはいえ後で来るとは聞いているけれど。

 ……あの三人がいれば、まだマシな雰囲気になるかしら。

 ここにいる少年達は皆同じクラス。

 つまり、文化祭で揃って同じ出し物をするということで。

 その文化祭関係でこういった雰囲気になっているなら、他者が加わることで秘密意識が加わってこの雰囲気を解くかもしれない。

 文化祭の出し物は、それぞれのクラスの出し物が他のクラスに当日まで知らされることはない。レイの陰謀が働いているのは確実だろう。

「とりあえず三人が来るのを待って、対処法を考えるとしましょうか」

 どんなに剣呑な雰囲気だろうと私自身に関係がないのならば、別に気にするほどでもない。

 そもそも、人間なんて生き物はフラストレーションをためないにこしたことはない。ためすぎて爆発するくらいなら、日々少しずつ発散させるのに限ると思うから。

 とはいえ、そろそろ冬も近くなり外の空気も冷たくなり始めたという時分に、わざわざ好き好んで部屋の中までブリザードを発生させるのもどうかというわけで。

 ……あまりにもうざそうだったら、追い出すなり何なりすればいいわね。

 その言葉に心の中で納得して。

 私は読みかけの本に集中することにした。

 ちなみにこれより数分後。

 やってきた三学年の少年の存在の意味もなく、ぴりぴりした雰囲気は変わらないままだったことはまた別の話である。





「――というわけだけど、何か妙なことやるんじゃないでしょうね。マヒロ?」

 夜、食事をせびりに来たマヒロとキヨに向って私は尋ねた。

 当然ながら、せびりに来るとは何事だと返り討ちにし、今日の夕飯を二人に作らせたのは言うまでもないだろう。

 ちなみにメニューはオム焼きうどんなる謎の物とおかずが少々。

 デザートのババロアは勿論私だけ。

 焼きうどんを炒めるマヒロを見て、相変わらず好きなのね、それが…と思ったのはここだけの話――といいたいけれど、実際に口に出して告げていたりする。彼はうどんをこよなく愛していて、普通のうどんは勿論のこと、他の麺で作るような料理もうどんの麺に変えて食すことが多々ある。麺は大体同じ材料からできているのでよっぽど変な料理は作っていないようだが、それでも奇怪な料理を出すことがたまにあるので要注意でもある。

 キヨはそれに笑い、マヒロはいかに焼きうどんが美味しい食べ物であるかを熱弁することで反論してきたが。

 焼きうどんを大口開けて食べていたマヒロは答えようと、食べるとは別の意味で口を開けようとして、キヨに止められた。

 当然だ。

 そのまま話をしようものなら、こっちに食べかすが飛ばされるのが目に見えている。

 さすが苦労性で世話焼きのキヨだと思いつつ、マヒロが口の中を空にするのを待って視線で促してみせた。

 マヒロは、にたり、とでも表現できそうな笑みを浮かべる。

「ふっふっふっ…。楽しみにしてて下さいよー、ユキさん」

「……それが本当に楽しみにできることだったらね」

「ひどっ! …まあ、それでこそユキさんだけど。いや、でも本当にクラスが一丸となって頑張ってるんスよ!!」

「じゃあそれは褒めておくわ。でも褒めるのはマヒロじゃなくて少年達の方よ」

「……俺も一応協力してるのに…」

 しょぼんと項垂れたマヒロ。

 私は白けた眼差しを向けた後、キヨへと視線を移す。

「キヨの方はどうなの?」

「俺ですか? 俺の方もそれなりに順調ですよ。でも多分、マヒロとは系統の違う感じだとは思いますが……」

「まあ、こういった出し物は正統派でいくか、客受けのいい笑いをとるかに分かれるものね」

「そうですよねー…。長年教師をやってると、色々違った案が出てくるから生徒達の企画力におおっと思う時もあれば、同じような内容でもやる生徒が違うことで別の楽しさが味わえますしね…」

 これも文化祭の醍醐味なんでしょう。

 笑いながら言うキヨに、私も軽く微笑んでみせる。

 一番楽しみにしているのは少年達。

 けれど教師もまた、楽しみにしているのは事実で。

「キヨやマヒロの時も凄かったわよね、確か」

「う……。それはー…」

 キヨの笑顔が、ぴきりと引きつる。

 私がしんみりと思い出したのと同様に、キヨの頭には懐かしいあの日々が走馬灯のように蘇っているのだろう。

 ……って。本当に走馬灯になってないでしょうね…?

 一刻一刻と、蘇らせる記憶によってキヨが顔を青褪めていく。

 見ている方としてはおもしろいけれど、ここで神経性胃痛などになられてはたまったものじゃない。

「キヨ、キヨ。戻ってらっしゃいー?」

 ぺちぺちと軽く頬を叩く―――なんて可愛らしいことを私がするはずもなく。

 目の前にあったコップの水をとりあえずかけてみた。

 その水の冷たさに――けして私の横暴さのせいではない……はずだ――我に返るキヨ。

 それを見てから私はパチンッ、と指を鳴らすとともにキヨについた水を蒸発させる。

 私は空になったコップに水を注ぎなおす。

 一杯分の水をもったいないことに使ってしまったけれど、何だか温くなっていたし、ちょうどいいということにしておこう。

「キヨ達の時の文化祭も騒がしかったわよね」

「あ、あれは………若気の至りというやつで…」

「中心にいたのがマヒロだものね。そりゃあ凄いことになるってもんだわ」

「そうなんです…っ! あれはマヒロが張り切ってただけで……!!」

「でもキヨもなんだかんだ言いながらも楽しんでいたわよね」

「う゛……」

 追い討ちをかけられて、再度顔を青褪めるキヨ。

 いい歳して教え子をからかうのもどうかと思ったが、おもしろいので気にしないことにしておく。

 懐かしい昔日の文化祭の思い出。

 残念ながら文化祭という特別活動が現れたのが約六百年前のことなので、ソウジの頃にはまだなかった。

 とりあえず教え子の中の文化祭で一番印象に残っているのはレイに違いないのだけれど。

 騒がしさ、賑やかさでいえばマヒロ達の時であり。

 ある意味凄いことになっていたのがカリン達の時だったりする。

「……そういえばカリンの時は違った意味で凄かったわね」

「あ…。そう…ですね……」

 凄いというべきか。

 酷いというべきか。

 パニック性質の上、何をしでかすか分からないカリンは文化祭本番でも一悶着を起こしていた。

 当時は凄い問題になったものの、今となっては懐かしい思い出でしかない。

「あの少年達はどんな文化祭を作り出すのかしらね」

 楽しみだわ。

 そんな意味合いを含め、私はくすりと笑う。

 興味がないといえば興味はないけれど。

 しかし長く生き続けていると、小さな楽しみだって大切にしないと人生がつまらなくなるのも事実。

 ここは私も一教師として楽しむべきか。

 とりあえず自分の中でそう結論を出し、私はデザートのババロアを食べるべく、スプーンを手にした。

 ふと、私は思い出したように呟く。

「……そういえばマヒロ、まだ沈んでるわけ?」

「ああ、そういえば忘れてました」

「……ちょっとマヒロ。食べないなら片付けるわよ?」

「………」

「おい、マヒロ。いつまでそうしてるつもりなんだ」

「………」

 反応なし。

 見事に沈んだまま、何やらぶつぶつと呟いて暗い雰囲気を醸し出している。じめじめとした空気に苔や茸でも生えてきそうなくらいである。

 はぁ、と。

 私が零した溜息は綺麗にキヨのそれと重なった。

「…ああ、もう…。ほら、分かったわよ。楽しみにしていてあげるから、さっさと立ち上がりなさい」

 やれやれと、溜息混じりに私が告げると同時に、

「さっすがユキさん!!」

 がばっと見事な復活を果たすマヒロ。

 そのまま今の今まで沈んでいたのが嘘のように、ばくばくと勢いよく食事を再開し始める。

「………」

「………」

「……子どもね」

「……そうですね」

 はぁぁっ、と。

 もう一度私とキヨの溜息が重なった。

 とりあえず本日の夕食の片付けは全てマヒロに任せることにしよう。

 これはもう決定事項だ。文句は言わせない。

 そう思ったその時、キヨも同じことを思っていたのだろう。私達は視線で語り合った。


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