9 試験終了。その結果は?
短いようで長く感じる試験期間も無事終了
その後の自主学習期間も無事終了
終業式も無事に終えて明日からは開放気分の夏休み
そんな土曜日の午後
お約束、とばかりに来訪者は訪れる
「ユキ、どういうことだよ、これは!!」
一斉に、皆で声を揃えて。
ようやく入室可となった研究室に入ってくるなり開口一番にそう言われた。
先導しているのはハリバット少年。
とはいえ別にハリバット少年が他の少年達に命令しているわけではなく、他の少年達も同様の気持ちなのだろう。
予想していた行動、言葉に私は動揺も驚愕することもなく、読みかけの文献から視線を逸らさない。
そんな私の反応が癪に障ったのか、ずかずかと部屋を横断してきたヘリング少年にひょいっと文献を奪われた。仕方なしに視線でその軌跡を追って、少年達へと視線を向ける。
「折角読んでいたのに」
「読んでいたのに、じゃねぇよ! これはどういうことだって言ってんだよ、俺達は!!」
奪われた文献の代わりに差し出されたのは二枚の紙切れ。
私は小さな溜息を一つ零してその紙切れに視線を向け、その後で少年達を見回す。
誰もが似たり寄ったりな表情を浮かべていた。
「どうもこうも、別にそこに書かれている通りでしょ」
二枚の紙切れ。
その一枚は私も見覚えがよくある試験用紙。
式を終えたホームルームで生徒達にまとめて返却された物。
もう一枚は成績表。
学生にとってはきってもきれないされど一枚の紙切れ。
「納得できないね」
きっぱりと言い切ったのはフラウンダー少年。
見ればこちらもヘリング少年と同じく二枚の紙切れを手にしている。
もう一度改めて少年たちを見回す。
二枚の紙切れを手にしていなかったのは、アルフォンシーノ少年とマッカレル少年、ポラック少年、シーバス少年の四人だけだった。
ずずいっと突きつけられるように二枚の紙切れが晒されており、そして少年達の視線が私に集まっている。
……なんというか、あんまり気分のいいものじゃないわね、これは。
予想通りの行動とはいえ嬉しいものじゃない。
昔にも同じことをやられたことはあったけど、あの時はこんなに大勢で囲まれることはなかった。……まあ、今の受け持ちの生徒達――プラスアルファも含む――の数に問題があるのだけど。
「納得できないも何もその通りなんだから仕方ないじゃない。人間、現実を見据えるのは大切なことよ?」
「そういう問題じゃない!!」
再び少年達が声を揃えて大声をあげる。
あまりのボリュームの大きさに耳がキンッと痛み、少しだけ表情を顰めた。
……結局こうなると納得するまで解放してはもらえないのね…。
そこまで長い付き合いでもないが、少年達の性格は大よそ把握している。しっしっ、と犬のように追い払うことは百パーセント無理だろう。
やや諦めモードになり、やさぐれてみる。
「……あー、もう分かったわよ。質問があるなら答えてあげるから大声をあげるのはやめてくれないかしら?」
大きな溜息が零れる。けしてわざとではない。
私がそう言ったのを待っていたとばかりに、次から次へと質問が投げかけられた。
皆で口々に言われた為、一度だまらせる。私は全てを一度に聞く事ができる素晴らしい耳は持ち合わせていない。
その後で授業形式で挙手、発言という方法をとることにした。
……大勢って面倒だわ、本当に。
こっそりと心の中で呟いたのは私だけの秘密である。……とはいえ、きっと表情に出ていたとは思うけれども。
「この成績表の結果は何なわけ?」
「見たままの結果よ。君達は皆、今学期の成績は不可ということね」
最初の質問者、ハリバット少年の質問をさらりと流す。
私の答えにハリバット少年は秀麗な眉を不機嫌だとばかりに顰めるが、そんなことは気にもならない。何をしようと願おうと結果は覆らない。
「それじゃあこの試験結果は何だよ?」
「それも見たままね」
次の質問者、ヘリング少年の持っている試験用紙を指差しながら答える。
試験用紙には赤色のペンで大きくレ点が書かれ、右上には不可の印字もされている。ちなみにこの『不可』の印字は不正防止の為、魔法によってつけられた文字である。魔法印と呼ばれる物であるが、当然ながら私だけでなく他の教師達も所持している必需品となっている。
「どうしてこの解答が不可になるわけ?」
「問題に書いてある通り、解答として不適切だと思ったからに決まっているじゃない」
「結人達ならまだしも、俺としては結構自信があるんだけどね」
「あら。そんな解答で自信なんかもっていたら世の中生きていけないわよ、フラウンダー少年」
ぴくり、と微かにフラウンダー少年の顔が引きつる。
フラウンダー少年はモーレイ少年達に比べて表情の変化が少ないので、珍しいと純粋に思ったが当然ながら口には出さない。藪蛇になるような事をするような私ではない。だがその顔の引きつりに気づいたのは私だけではなかったようで、傍にいた他の少年が若干、フラウンダー少年から距離をとったのは精神面の安定の為なのかもしれない。二次被害、八つ当たりは厄介でしかない。
「ふむ。俺もフラウンダーと同じ意見だ。俺はこの解答が最善だと思って記入したが、なぜこれが不可となるのだ?」
言いながら、ボニート少年が差し出す試験用紙にも同様に不可の印字がされている。
内心で、そんなことを一人一人答えなければいけないのだろうかと考えると面倒になってくる。が、質問に答えると言った以上答えなければいけないわけで。
私は小さく溜息を零して、ボニート少年に向かって口を開く。
「そうね……。確かにその解答もなかなか良い線だとは思うけれど、その質問に対しての解答は教科書に書かれているわ。そんな質問、するだけ無駄というものじゃない?」
正確にいえば教科書にしっかりと解答が書かれているわけではない。
教科書でしっかりと学んだその上で、独学で図書室の本などで学べば十分に答えを知ることができる質問だということである。幸いにもこの学園の図書室の本は多種多様な物が揃えられている。
「しかしこの部分は文献で調べても分からなかったのだが……」
シーバス少年が少しだけ首をひねりながら手に持っている試験用紙を見つめる。
私に突き出していない分、この少年はいい子だと頭の中で思いはしたものの、それはそれ、これはこれということで私はあくまでさらりと告げる。
「調べ方が甘いのね。一つのことを調べる時、一つの方向性でしか考えていないでしょう? 物事には色々な考え方があるのだから多方面から調べてみると新しい発見があるものよ」
人は一つの方式にとらわれがちな生き物である。
それ故に何かを調べる時にその何かがどういったものかを限定してしまい、狭い知識の範囲でそれをとらえようと、調べようとしてしまうことが多い。それが、そもそもの間違いなのである。
ほんの少し考え方を変えるだけで、その方向性を変えることで――たとえばAという範囲だけを調べるのではなく一見関連性がないようなBという範囲も調べてみる――意外と答えが得られることも多いのだ。
長く生きていると全ての物事には繋がりがあるということをいやというほど味わっている。それは勉強だけに限ったことではない。
「確かに俺の解答はめちゃめちゃかもしんないけどさー、でもそもそもこんな問題作る方が間違ってるって!!」
「そうそう! 普通、こんな問題はありえないじゃんか!!」
口々にぶーぶーと子供のように文句を言うのはモーレイ少年とカッド少年。
二人の少年が持つ試験用紙は似たり寄ったりの解答である。――すなわち、いい線いっているどころの騒ぎではない、というレベル。
よって、問答無用でつけられた不可の印を大きくしておいたのはここだけの話である。
「でも過去の受け持ちの生徒達は皆この試験を受けているわよ? それに間違っていると思うなら白紙で提出すればいいだけのことでしょ? 何も単位をあげないといっているわけじゃないんだから」
「う…っ、それは……」
どんな解答であれ白紙であれ、最終的には単位をあげるのだ。
別に鬼でも何でもないし、生徒達にとっては願ってもみない試験のはずである。
不可でも可でも最終的な取得単位数に変わりはない。ただその経緯を大切にするなら、将来、成績表の結果が問題になってくる時のことを考えれば無難に白紙で提出して可をとれば良いだけの話。意固地になる必要はどこにもない。
「……ユキさん、一ついいですか…?」
「何? サーディン少年」
遠慮がちに手を挙げて発言をしたのは、サーディン少年。
怒りというよりは、不信感でいっぱいですといった眼差しを私へと向けていた。
「この問題、昔…に教師をしていた時と変わりはないんですか?」
「ええ、そうよ」
「………」
「………もしかしてただ問題考えるのが面倒だってだけなんじゃ…」
「その通りに決まってるじゃない」
間。
――間。
そしてややあって。
「…………は…?」
という間抜けな声が研究室に響き渡った。
その声は質問者であるサーディン少年だけではなく、ここにいる全ての少年達の声だった。
たった一言。
間を置いた後の一言だというのに、綺麗にはもっていたのが素晴らしい。
「……マジ?」
「嘘言って何になるのよ、イール少年」
「………でもそれって教師としてどうかと…」
「フェアでいいじゃない。それに問題としてはこれ以上にない問題のはずよ。私にはこれ以上相応しい問題なんて思いつかないもの。そもそもたかだか紙切れ一枚におさめた問題で何が分かるっていうのかしら、ポラック少年?」
「え、いや…、それは……」
一応試験なのだから、その範囲で重要だと思われる場所が試験問題となる。
が、いくら重要だとはいえその問題ができたからその範囲は大丈夫だとか、その生徒は優秀だとかなんて本当に決められると思っているのが間違いである。
実践試験なら良い。本当にその能力が身についたのかを確認するのだから。
でも筆記試験はそうはいかない。もしかしたら一部の生徒に至っては内容を理解せずに、ただ闇雲に解答を暗記しているだけ、という生徒もいるかもしれないのだ。
私はそんな紙切れ一枚で生徒の成績がはかれるとは思っていない。
長年教師という職業をやっていて身をもって実感した事柄の一つがそれである。
……とはいえ悲しいかな、一枚の紙切れで結論を出さなければいけないのが学校という場所である以上、仕方のないことではあるのだけど。
「………もしかして…俺達にどんな結果であれ単位を与えるのも面倒だからなんじゃ…」
まさかそんなことはあるまい。
とばかりに、冗談めかして苦笑しながら言うマッカレル少年。
「大正解よ、マッカレル少年。補習とか行うのって面倒じゃない」
あくまで教師は雇われているのである。
メインは生徒達。
国立的な意味だと雇われるとはいえ生徒に対する役割の意味合いが違ってくるのかもしれないけど、私立的な学園においてはその生徒達の親からの反感を買いやすい。
だからこそ教師は生徒に単位を与えて当然な存在でなければならない。
その背景にはあくまで生徒達に力がついていることが前提にはなるものの、私の受け持つ科目ではそれは意味をなさない。
なんといっても古代魔法学など今は使える人はいないのだから。
使えないのならそんな学問なくなってしまえばいいのでは、と思わないでもない。
とはいえ、全ての魔法の基礎になるという前提から、協会として必要教科として認定されてしまっており、なくすわけにもいかない。
生徒達に結果を求められない以上、単位を与えずに補習だの授業の取り直しだのとやられるよりは、ほいほいと簡単に与えてしまった方がお互いに楽というものだろう。
というのが私の考え方である。
「………ユキさん…」
「何、アルフォンシーノ少年?」
物言いたげなアルフォンシーノ少年。
言おうか言うまいか迷いを見せている少年に向かって、私は笑う。
にっこりと。
奪われた文献を奪い返しながら微笑んでみせた。
これにより、完全に発言をストップさせたれたようで、静々とアルフォンシーノ少年は他の少年の後ろへと下がった。
「………いえ…、何でもありません…」
「そう? それならいいんだけど」
他に質問はないか、と念のために尋ねておく。
それ以上質問がないようだったのでこの話はおしまいだとばかりに私は軽く手を叩いてみせた。
渋々と、本当に渋々と私の目の前に突き出していた紙をしまう少年達。
……まだまだ青いわね。
そんな事を思いながら、話を逸らすべく私は口を開く。
「折角の夏休みなんだから、もっと嬉しい顔したらどうなの?」
夏休み。
サマーバケーション。
ああ、なんていい響きなんだろう。
私自身が学生の時はなかったのが悔やまれて仕方がない。
とはいえ教師になった後も夏休みは私にとっても素敵で幸せな期間であるので、それだけで十分といえば十分。
少し前までは固定の仕事をしていなかった為、休みなんて関係なかった為にその言葉を聞いても魅力など感じなかったのだけど、いざこういった立場に戻ってみるとその言葉に含まれた魅力を大いに感じ取ることができる。
「実家に戻るんでしょう? 夏休みの間は補習期間を除いて閉鎖になるみたいだし」
学園長であるレイが忙しく色々と用事があるという理由で、閉鎖も閉鎖で完全閉鎖になって魔法で立ち入れないようにしてしまうらしい。
……その理由は表向きの理由だというのは、教師陣の中では暗黙の了解というものだろう。
なんといっても彼女は夏休みの間、私の家に居座るつもりだと自主学習期間中に嬉しそうに告げていたのだ。
「実家に帰るんでしょう? 勉強から折角解放されるんだから羽をのばすといいわよ」
「またまたー。ユキってばからかうのきついって。こんな気持ちのまま羽のばせるわけなんかないやんけ」
「そう? チャー少年だったら色々予定があって大変なんじゃないの?」
「そんなことあらへんわ」
「ふふっ。それじゃあ夏休みの間、頑張って勉強でもすることね。精進しなさい、少年達」
年長者の余裕でさらりと言ってのけて、私は再び文献の続きを読み始める。
本の文字を目で追いながら、未だその場所から動こうとしない少年達に向かって思い出したように私は言葉を告げた。
「……ああ、そうそう。私、明日から夏休みの間中、自分の家に戻るから」
「はあ? なんだって!? それじゃあこの研究室は!?」
再びいきり立つような少年達。
私は彼らを一瞥しただけで気にとめない。
今はそれどころじゃなくてこの文献の続きが気になっている。最近発行された文献だから内容はつまらないといえばつまらないけど、若い人の考え方を知ることもできてそういった意味合いでは興味深いといえば興味深い一冊でもある。
「どうせ補修期間終わると敷地そのものが立ち入り禁止になるでしょう?」
「でも補習期間は入れるんだろう!?」
「ああ、そうね。勝手に使ってくれて構わないから。ただし片付けはしっかりとしておいてね」
戻って来て散らかっているというのは気分が良いものではない。
「……教師なのに補習期間、学園にいない気かよ!」
「だって私の受け持つ教科に補習なんて関係ないもの」
関係ないのにこんな場所に居座る必要なんてない。
それならばいくらでも寛げる自由な自分の家で有意義な時間を過ごした方が何倍も良いに決まっている。
「ひっでー!」
「最低だな、あんた!」
「それでも教師かよ!!」
「俺達を見捨てる気かよ!!」
「あー、はいはい。素敵な声援ありがとう。とても嬉しいわ」
次から次へと浴びせられる悪口。
それを気にすることなくさらりと流す私。
……さて、と。
……夏休みはどうやって過ごそうかしら?
文献を目で追い、少年達の言葉をバックミュージックにしながら明日からの生活に思いを寄せる。
遊びに来ると言っていたレイ達が来るといつもと同じ生活になるのは明らかだけど、レイ達は補習期間の間は学園にいなければいけないわけで、一週間ほどだけど誰にも縛られないで過ごすことができる。
……とりあえず一人でまったりと寛ごうかしら。
年寄りじみた事を考えながら――実際にいい歳なわけだし文句を言われる筋合いはきっとないと思われる――口端を緩めたことに、幸いながら気づく少年は一人もいなかった。
二章はこれで終わりになりますが、夏休みのお話が番外オマケとしてあります。




