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Magical Garden ~箱庭の少年達と新任?教師~  作者: 夕城ありあ
第1章 出会い編 《It's up to me to begin new my life or not to.》
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2 授業開始といきましょう


 始まってしまったものは仕方がない

 せいぜい厄介なことにならないように心掛けながら

 私は生徒達と対面する―――






「よく来てくれたわ、ユキ」

 笑顔で出迎えたレイに、私も負けずににっこりと笑顔を浮かべ――否、張り付かせて、

「ええ、よく来てやったわよ」

 嫌味をこれでもかと含むようなイントネーションで言葉を返した。

 けれど、それに対するレイは笑みを崩さずに歓迎のポーズの一環なのか、両手を広げている。

 それくらいで怯むような柔な相手ではないというのは分かっていたけれど、……分かっていたのだけれども、全く何とも思っていないレイの態度に少しだけ笑顔が引き攣る。

 塔の最上階にある学園長であるレイの部屋は、学園長というトップの部屋だけあってそれなりに広い場所だった。ただし、そこにゴージャスな雰囲気は全くない。金目に言わせた成金のような物は一つとして置かれていない。どちらかといえば、至ってシンプル一貫。不必要な物は一切置かれておらず、すっきりとした雰囲気になっている。そこにセンスの良さがやはり感じられるのは、使われている物が上等な品が多いからなのだろう。

 窓際手前に大きな執務机。

 その向こうの椅子に座っているレイは、立ち上がって私を来客用の椅子へと促した。執務室の手前に応接する為の一式が揃っていて、置かれているソファは見ただけで座り心地が良さそうな代物である。

 私はレイに促されるままにそのソファに座り、魔法で用意された紅茶を口にした。……紅茶もいい葉を使っているのか、香りが良くて美味しい。

 私と向かい合うように、レイもまたソファへと腰を下ろす。

「嬉しいわ、快く引き受けてくれて」

「…何言ってんのよ。権力逆手にとったくせにして」

「あら、そうだったかしら?」

 とぼけてみせるレイに、頭の中で「このやろう」毒づく。

 そんな私の頭の中を知ってか知らずか、レイは私に対する笑みを消すことなく微笑み続けている。

「学園についての資料は見てもらえたのかしら?」

「一応目は通したわよ。…立派な学園なのね」

「ふふっ。これでも苦労したのよ」

 魔法教会の理事の一人になるだけでなく、一学園の学園長ともなれば地位も高い。彼女がこの地位まで登りつめるまでの道のりには、かなりの苦労があったに違いない。が、彼女は結構な策士なので、その苦労ももしかすると半分くらいですんでしまっているかもしれないと思ったのはここだけの話だ。

「ところで、どうして学園なんて設立する気になったわけ?」

 私だったらそんな面倒なことはけしてしない。よくそんな気になったものだと感心してしまう。

「色々とあったのよ。ほら、三年前に既存の魔法学校で色々と問題あったじゃないの。廃校等もあったから数も足りなくて、それでここを男子校として造り、女子校として傍に分校を新しく建てたのよ」

「…ああ、あの問題ね……」

 はっきりいって面白くない問題だったので、私は頭の中からすっかりと消し去ってしまっていた。

 問題は、上の人達による不正によるもの。偉くなればなるほど馬鹿なことを考えて、ついつい駄目な領域に手を出してしまう性質をもっている存在も多くいる。ばれない、うまく隠すことができると思い上がっていたのだろうけれど、その不正は発覚。その馬鹿なことをしてしまった人達が処分されたのである。ものの見事に大人数の不正が発覚した為に過去永きに渡って開かれていた魔法学校は閉校。その為、新しい学校が建つことになるという噂が確かにあった、と私は記憶を辿ってみた。

 思わず苦虫を噛み潰したような表情になっていた私を見て、レイは苦笑する。

「…まあそんなわけで、私が新しくこの学園を開校したのよ。ただでさえ少ない魔法学校だもの。これ以上減らすわけにはいかないでしょう」

「確かに…」

 昔に比べて魔法使いの人数はかなり減ってしまった。今は魔法使いなど千人に一人いるかいないかというくらいでしかない。魔力を持って生まれてくる人は貴重となってしまったのだ、今の時代は。

 だからこそ、その貴重である魔力の持ち主をそのままにしておくわけにはいかない。しっかりとした場所で学ぶ必要がある。―――この世界では、魔力は大切な《力》の源となっているのだから。

 何だかキナ臭い話になってきた為に、話題を変えるように別のことを口にしてみる。

「ちなみに私以外の先生は?」

「ふふふっ。きっとユキは驚くと思うわ」

「…?」

「ま、明日のお楽しみということにしといてちょうだい」

 意味ありげに笑うレイが気になったが、レイの学園だと考えれば変な人を雇っているとは考え難い。レイは結構人を選りすぐりする人だから。

「それじゃ、ユキには明日から早速授業を始めてもらうから、今日はゆっくり休んでね。貴方の研究室と部屋もしっかりと用意しておいたから」

「……準備が宜しいことで」

 椅子から立ち上がり、適当に挨拶をすると私は学園長室を出た。思わず零れた溜息は標準装備である。

 ……さて、一体どんなメンバーが揃っているのやら。

 特にこれといった期待もなければ不安もなく、私は与えられた部屋に向かって歩き出した。




 次の日、レイに連れてこられた職員室の扉を開けた途端、私はそこに見知った顔ぶれが揃っているのを見て、思わず目をぱちくりとさせた。しつこいようだが、室内をぐるりと見回し、再度目をぱちくりとさせる。

「……これはまた」

「ふふっ、驚いたでしょ?」

「……驚いたというか、何というか…。よくもまあ、これだけ揃えたという感じよね…」

 職員室内をじっと見る私。

 そして職員室内にいた先生方の視線が私へと集まる。

 ―――間。

 一瞬の沈黙、その後で。それは小さなざわめきへと変化した。

 口々にそこにいた人達が私の名前を呼ぶ。「久しぶりです」の言葉と共に。

 見知った顔というかそういう問題ではなくて。

 ――そこにいた全ての人が、過去私が教えていた生徒達だった。

 げふげふ、と。

 思わず血を吐きたい気分になってしまったとしても仕方ない。

 ぶっちゃけた話、見た目は若々しい体をしているが私はかなりの歳月を生きていたりする。それこそこの場にいる中では一番の年寄りだと断言できるくらいに。

 魔力が大きすぎて体の成長が止まってしまったから見かけは十六歳――つまりは永遠の十六歳ってやつなのだが実年齢はそういうわけでかなりなもので。

 大半の魔法使いというのは魔力がピークのところで体の成長が止まる。人によってまちまちだが大半は二十代前半くらいが多いみたいというのは過去色々な人を見てきた私の検討結果。レイを含めてここにいる面々も成長が止まっている人達で、見た目こそ二十代前半くらいから三十手前くらいに見えるものの、一番若い人でも三百歳は優に過ぎているはずだ。

 未だ続く私の名前とお久しぶりコールに顔を引きつらせつつ、私はレイの方を振り返る。

「……レイ…、これは一種の私に対する嫌がらせと思ってもいいのかしら?」

「あら、嫌がらせだなんて酷いわね。私は貴方のことを思って人選したのに」

「………どこがよ…」

「だってユキを教師として迎え入れるということは、―――貴女のことを分かっている人じゃないとダメだもの」

「………」

 そのレイの言葉に何も言えなくなり、私は口を閉ざす。

 レイはその場にいた教師陣に私を新しく就任した教師として紹介すると――既に全員が私のことを知っているので今更感が拭えないが――その後で朝の会議をしてから授業の為に皆を解散させた。

「あ、ラグワーム先生。ユキ…、いえ、マーリン先生を教室まで案内して欲しいんですが」

 途中、一人の男性を呼び止める。

 淡い色合いの髪をした長身の眼鏡の男性は、見た感じおっとりとした雰囲気を与えるが、彼もまたレイのように一癖あるような性格をしていることを、私はよく知っていた。

 その男の教師――ネイト・ラグワームは快くレイの頼みを引き受けると、私に向かって一度微笑んだ後で、共に職員室を後にした。

 教室まで向かう道すがら、この辺りにある部屋についての案内を適当受けていた。地図では確認したものの、実際に目視しておいた方がよいこともある。

 既に生徒達は教室に待機しているのか、廊下を歩く人は他にいない。カツンカツン、と二人の足音だけが響き渡るのが何ともシリアスな雰囲気を醸し出しているような気がしなく…もない。

「………僕は…、もうユキさんは教師として働かないと思っていました…」

 それまで当たり障りのない案内の言葉以外何も口にしなかったというのに、彼は私に向かってぽつりとそう言った。

「……そうね、私も教師なんてもうなるつもりもなかったわ」

「………」

「……でも、過去にいつまでも拘っていても何もならないのよね…。レイに強引に引きずり出されたわけだけど、これはこれで良かったのかもしれないと今は思うことにしてるわ。だから――…ネイトも気にしなくてもいいわよ」

「………はい…」

 居心地の悪い空気が私とネイトを包む。

 ネイトは昔から生真面目なところがあったから、色々と気にし続けていたのかもしれない。………私の過去等、気にしなければいいのに。

 私は気分をかえるべく、話題を変えることにした。

「ところで、何だか立派に教師やってるみたいだけどネイトは何教えてるの? やっぱり昔から得意だったから白魔法か何か?」

「あ、はい。僕は白魔法を教えています」

「ネイトもだけど皆元気そうね。もうかれこれ三百年は会ってないのに変わらなさそうだもの。……まあ、最初に会った時のことを思えば皆大きくなったわよね。特にマヒロなんて出会った頃はあんなに小さかったのにね、びっくりよ」

 教師陣の中にいた、無駄に背が高くて体格のよい一人の男を思い返して、私は軽く肩を竦めてみせた。子どもの頃は本当に小さくて、周りからチビチビと言われ続けていたのが酷く懐かしい。

「あはは。それ本人に言うと絶対に反論しますよ。小さくなんてなかったって」

 話題を変えた私に、始めは申し訳なさそうにしていたネイトだったが、次第に私の話題にのるようにして笑顔を浮かべる。

 ネイトが小さな声で「ありがとうございます」と言ったような気がしたが、私は敢えてそれを聞こえなかった振りをした。

 話しながら歩いているうちに、前方に一つの教室の扉が見え始めた。

「あの教室が、これからユキさんが授業を行う教室ですよ」

「そう。ネイト、案内ありがとう。それじゃ、私は行くからここでひとまずお別れね」

「………本当に大丈夫ですか?」

 心配そうにネイトは念を押すように尋ねる。

 不安そうな表情を浮かべている彼に対して、私はにっこりと微笑んでみせた。

「私を誰だと思ってるの?」

 と。

 その言葉に、ネイトが笑顔になる。

「それを聞いて安心しました。………ところで」

「何?」

「相変らずの恰好で臨むんですね」

 ネイトの視線が私の姿へと向けられる。笑顔は苦笑へとかわっていた。

 私は自分の身体を見下ろす。

「…ああ、この格好? だって私の場合、普通にしてるわけにはいかないじゃない?」

 飾り気の全くない紺色の膝下丈のワンピース。生地はいい物を使っているが、雰囲気は重々しい。その上に魔法使いらしく黒色のローブを羽織っている為、更に堅苦しいことこの上ない。

 腰まで伸びている黒髪は乱れの一つもなく後ろ手でシニヨンに一つに編み込んでいる。

 極めつけがぶ厚い眼鏡。これのせいで私の表情はちょっとやそっとじゃ伺う事ができなくなっている。

 残念ながら鞭は持っていないものの、女看守か何かのような恰好は古臭く、けして子どものようには見えないはずである。こんな可愛げが全くない恰好、若い子は絶対にしないだろうから。

「この学園に来る途中に会った生徒にも、どうやら教師だなんて見られなかったみたいだしね」

 思い返したのは、この学園で唯一顔を合わせ済みの男子生徒の一人。

 彼は、私を普通に自分と同じくらいの年頃の女子として接していた。

「…まあ、ユキさんは永遠の十六歳ですからね……」

「そう、私は永遠の十六歳なの。だからといって年下になめられるのは嫌だもの」

「なんだかその姿を見ていると僕が生徒の時を思い出しますよ」

「私もこの服は久々に袖をとおしたから懐かしいわ」

「……生徒達の反応が目に見えるようです」

「その目に見えるとおりであることを私は期待するわ」

 ――その為の格好なのだから。

 とは心の中でだけで呟いて。

 ……まあ、そんな私の呟きなんてネイトは既に聞くまでもないと思うけれど。

「それじゃ、僕はあちらなので失礼します」

 ぺこりと一礼をしてネイトは今来た道を戻っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで私は泰然とその場で立ち止まり続けた。

「……さて、くれぐれも気に入られないようにしなきゃね…」

 深呼吸を一つ。

 そして私は眼鏡をちゃきっと指で押し上げて、教室の扉を開いた。




「初めまして、皆さん」

 教卓の上に持ってきた本を置きながら、私は目の前に並んで座っている生徒達に向かって挨拶をする。

 全員の視線が私へと集まる。

 一応椅子にも座らない暴れん坊という生徒はいないようで、その事に安心する。そういった生徒がいると非常に面倒でしかないので。

 その全ての視線に何らかのかたちで好奇の色が浮かんでいるのを見つけたが、私は見て見ぬ振りをして言葉を続けた。

「諸事情により新学期に遅れてしまいましたが、本日より皆さんに古代魔法を教えるユキ・マーリンです。少なくとも一年間は顔を合わせることになると思いますが、宜しくお願いします」

 ささっと必要最小限の話を進める。

 出鼻をくじかれるのは好きではないので、生徒達が言葉を挟む前に必要なことは話しておきたい。

「古代魔法なんて今時古臭いので皆さん興味なんてないと思いますが、これも授業の単位の為だと思って諦めて授業に臨んで下さい。さて、それでは遅れていた分もありますからすぐに授業に入るとします」

 淡々と言い続けていた私だったが、最後の言葉に生徒の一人が勢いよく立ち上がって抗議をする。

「マーリン先生! 自己紹介もなしにいきなり授業始めるなんてダメっスよ!!」

 抗議してきたのは泣き黒子のある少年。

 活発さを人目見ただけで相手に感じさせるような少年が、「はいはいはいー」と五月蝿いくらいに手を上げるその姿は元気がありすぎる以外のなにものでもない。

 私は少年を一瞥する。

 ……いるんだよね、こうやって少しでも授業の時間を短くさせようとする子が。

 いつの時代も変わらないってことかしら。

 そんな事を考えながらも顔には億尾にも出さずに。

「これ以上の自己紹介なんて必要ないでしょう。それとも君は私に何か質問があるのでしょうか?」

「うっ…、それは……」

 後先考えていなかったのか、いきなりどもり始める少年。

 何て猪突猛進な子なんだと心の中で私は呟いた。

「はい、マーリン先生!」

 少年を助けるべく…かどうかはわからないが、他の少年が挙手をする。

 オレンジ色の柔らかそうなくるくる癖毛の髪の少年は、自分にも言わせてくれとばかりに元気に主張し始める。その瞳には悪戯っぽい感情の色合いが含まれているのは、よく見なくても見てとることができた。

「はい、そこの君。何か質問でも?」

 私が指名すると少年は元気よく立ち上がる。

「先生はいくつなんですかー?」

 ありきたりな質問。

 私はあからさまに溜息を大きくつくと、興味なしという素振りで答えた。

「私の歳を聞いて何か特になるのかしら? そもそもレディに歳を聞く時点で重大な過ちです。よって君は次のテストからマイナス五点とします」

 少年が悲鳴じみた声を上げた気がしたが、敢えて無視。

 『マイナス』という言葉に、一瞬にして生徒達の身体が強張った。

 私はそれに内心で満足すると、教室中を見回す。

「さて、他に質問がある人は?」

 しーんと静まり返る教室。

 次は我が身だと思ったのか、流石にこれ以上質問しようという気になる人はいないようだった。

 私は生徒達に分からないようにほくそ笑む。

「それでは授業を始めます」

 お決まりの科白を言って、私は黒板に向かい合う。

 チョークを手にし、反対の手に教科書を構えて。

 嘗て私が行ってきた授業と全く同じようにして、私は勢いよく黒板に文字を書き始めた。


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