2 火曜日。生徒達の企み
学園は三期制である
生徒達の成績は学期ごとに成績表にまとめられ
最終的判断にそれらは用いられる
成績表の評価は『優』『良』『可』『不可』の四つ
『不可』でない限りはその科目の単位を無事に獲得ということになる
なお、当然ながら『不可』がある限り、進級はできても卒業することはできない
本日火曜日。
期末考査開始六日前。
一部の生徒達の間の専らの話題はとある科目の考査のことだった。
「――で、ルイ。お前、どっからあんな情報仕入れたんだよ?」
自分が知らなかった情報を他の人が知っていたということが気に入らないのか、何処か不機嫌にリイチは尋ねた。
彼らがいる場所は食堂。
皆が皆、揃って大きなテーブルを囲むように朝食をとっていた。
専門の選択をしてからというもの昼食の大半は研究室でとっているのだが、さすがに朝食と夕食は食堂でとり続けている――というのも、教官であるユキに「朝食と夕食までは立ち入りを禁ず」と言われているからであるのだが――。
一息つくようにお茶を飲んでいたルイはリイチに視線を向けることなく答える。
若干、得意げに口端が緩んでいるような気がするのは、リイチの機嫌の為――というよりも、それにより周囲に巻き散らかされる迷惑オーラの為である――にも気のせいであってほしいところである。
「スカラップ先生から」
「いつ聞いたんだ?」
横に座っているカズキが不思議そうに尋ねる。
ルイとカズキとエイジは基本的に行動を共にしている。その彼らが知らないということは別行動をとっていた時ということになる。が、二人にはその別行動の時をいまいち思い出せなかった。
「さあ、いつだったっけ。まあ、いいんじゃないの、いつだって」
「……いつだっていいって…、おいおい…」
エイジが不満そうな顔のまま、もぐもぐと口を動かす。
食欲旺盛の年頃らしく、彼の目の前に置かれた御膳の上には山盛りのご飯が鎮座している。ユキが見たらげっそりと胸やけを起こしそうな量だろう。寧ろ、見ただけでお腹いっぱいだとご飯を食べるのを遠慮しそうである。
「まあ、いつ聞いたかどうかは別に問題はないからな。それについては、俺は気にしないよ」
皆よりも少し先に来ていた為に、既に食べ終わっているコウが爽やかに言う。
が、そのコウに付け加えるようにシュリンが口を開いた。彼もまた既に食べ終えていて、お茶ではなくブラック珈琲を食後の一杯として味わっている途中だった。
「それで? 何て言ってたんだ?」
「……ちょっと考査のことについて尋ねたんだよね」
「ふむふむ」
「口を滑らせて考査にでるところを言わないかと思ってたけどだめでね」
「……そりゃあ仮にも先生だしな…」
先程から相槌をうっているのはエイジ。
口の中に物を含んでいるというのに、それを周りに汚く飛び散らかす行為には全くなっていない。何とも器用なことである。
それにしても、口を滑らせないかと期待されるとは、教師として甘く見られているとしか思えない。普段見ている性格からそう判断されたのだろうけれど、何ともいえない威厳のなさというべきか。
「それで、その時いきなりスカラップ先生が思い出すように笑い出して言ったんだよね―――『マーリン先生のテストは難しいから覚悟が必要だからな』…って」
妙におもしろがっていたよ、と言葉を続ける。
そのスカラップの姿はそこにいる全員に容易に想像がついた。
ちらりと周りにいる人にぐるりと視線を向けてから、ルイは更に言葉を続ける。
「気になったから色々と追求してみたら、可以上をとるのは難しいって話が出てきたわけ」
それ以上は追求しても答えてくれなかったのだろう。
ルイの目が怪しく光る。
仲の良いカズキ達には、この時ルイがその時のことを思い出してよろしくない事を考えているのだろうということが分かってしまい、冷や汗が流れるのを感じた。
「…可以上は難しい……か」
「カナメ?」
なるほど、と納得するように呟いたカナメに気付いたのは隣りに座っていたユヅキ。
何を一人で納得しているのかと気になって尋ねたが、カナメはそれに答える器量を持ち合わせていない。
淡々と。
「そうとまで言われると可以上をとりたくなるな」
そう、言った。
ちなみにカナメの今までの成績は当然ながら優秀そのもので、成績順位も上から数えた方が早い。
彼の成績表に可という文字は残されていない。全て優と良の評価を受けている。ちなみに単純な成績だけなら優になってもおかしくないのだが、良が入ってしまうのは彼の性格上、気になった事に無駄に全力投球してその頭脳をフル稼働し、授業等で迷惑をかけている事があるからなのは公然の秘密である。
そのカナメの言葉に対し、にやりと笑った人がいた。
「同感。そう言われると可以上とらないと、って気になるよね」
リイチがくつりと笑いながら言う。
「当然でしょ」
ルイが小さく鼻で笑いながら言う。
ユキにとって一番曲者とされている二人ならではの、当然の言葉だったことだろう。
「となれば情報が必要だな」
シュリンがそう提案すれば、その言葉に一向は頷く。
「………リイチさん…?」
何やら自分達のいるテーブルの周りにだけ、奇妙な雰囲気が漂ってきたような気がして、リクは恐る恐るリイチの名前を呼んでいた。
聞こえていないかもしれないと思ったが、しっかりとリイチにはその声が届いていたらしい。
「リク、お前らは真面目にテストまで勉強してろよ」
きっぱりはっきりと。
まるで釘をさすようにリイチは言う。
「…お前ら……って、もしかして俺も入ってたりする?」
リイチにちらりと視線を向けられて、ナルミが自分を指差しながら訪ねれば、
「当然」
と、ルイによって即答される。
「エイジもだからな」
「え――っ、そんな面白そうな事を仲間外れにするなんて酷いって!!」
俺も仲間にいれろとばかりに頬を膨らませて拗ねるエイジ。
まるで小さな子供のようにブーイングを続ける。が――
「――何、文句あるわけ?」
と、ルイに一睨みされて。
「――何? それじゃあお前、考査でいい成績とる自信があるっていうわけ? それだったら俺達としても文句ないんだけどね。そういえばエイジって前の成績、赤点ぎりぎりだった気がしたけど違ったっけ? もしかしてあれから猛勉強して今余裕だったりする?」
と、リイチにマシンガンのように続けられる一方的な言葉を聞かされて。
エイジは冷や汗をたらたらと流しながら
「………イエ、メッソウモアリマセン…」
カタコト言葉で体を縮ませた。
もはや蛇に睨まれた蛙でしかない。彼が二人に逆らえるはずがなかった。エイジは前のテストの前に、ヤバイヤバイとルイに泣きついて迷惑をかけた過去をもっている。
ナルミはそんなエイジを見ながら固まっている。
大方エイジの立場と自分の立場をすり替えて想像してしまったのだろう。その顔は何処か青ざめて見える。……余談だが、ナルミもまたテスト前に成績優秀組に泣きついた一人でもある。
「一緒にユキの研究室に通っている以上、赤点なんかとって欲しくなんかないからね」
青ざめている二人に追い討ちをかけるようにルイは言う。
「なんか」というところにわざとアクセントをつけて言うあたりが、より追い打ちとなっている。
「考査に不安がある奴は真面目に勉強してろってことだな」
分かったか、馬鹿ナルミ、とシュリンが言い切れば、ナルミがこくこくと頭を大きく上下させて頷く。その姿は、傍から見ていると飼い主と従順なペットの図であった。
ユキの研究室に通っているメンバーの中で最も成績が危ういのはナルミとエイジ。二人は勉強嫌いということもあり、またムラがあることもあって危うい教科も今までにあった。やる時はやるのだが、モチベーションが上がらないと本当に最悪な成績を叩きだしてしまう。
リクやカズキ、レンの成績は真ん中よりも上。普通に勉強していれば赤点の心配はない。だがテスト前に勉強以外のことをやるのは危険がないとは言い切れない。安全を期すのであれば、今回の件には絡まない方がよい。
キョウとリョウは気持ちのムラがありすぎてその時によって成績の差がでてしまうが、それでも要領のいい二人なので赤点の心配はないだろう。
残りの六人は成績優秀組。
学年でのトップを独占して常に争っているといっても過言ではない。
「よし。それじゃあ各自教師をあたって情報収集をしたら、朝食や夕食の場で情報を交し合うこと。――ただし、ユキの前ではその話題をだすなよ」
リイチが手をパンパンッと叩きながら締め括ったその言葉に対し、リクが首を傾げて素朴な疑問を口にする。
「どうしてユキ先生の前で話題をだしてはいけないんですか?」
「そんなの秘密裏にしていた方が面白いからに決まってるじゃねぇか」
即行でその疑問に答えたのはシュリン。
同感、とリイチ達も頷いた。
リクの首が更に傾げられる。
「………そんなものなのかな…?」
「あまり気にするな、風祭。やりたいようにやらせておけばいいさ」
「あれ? ユヅキ君は情報収集をしないの?」
「面倒。ばかばかしいからおれはパスだよ」
情報収集に参加したくても参加できないエイジ達とは違い、成績優秀組で余裕であるのにも関わらず、ユヅキは乗り気ではなかった。彼はあまりノリがよい性格ではない。よって、無駄なことをしたいとは思えなかったようである。
そんなユヅキに対し、キョウが「ノリが悪いで~、ユんちゃん」と茶化したりした光景がその後にあったりもしたのだが、そんなこんなで本日の朝食タイムは終わりを告げた。
生徒達が各々授業の行われる教室へと向かい始める。
喧騒が遠ざかっていき、食堂は一気に静まり返る。
食堂に残ったのは、用務員であり料理人でもあるおやっさんの姿。
そして―――
「………また物好きなことを…」
呆れたように、呟く人物が一人と。
「あらあら、元気があっていいじゃないの」
楽しそうに言う人物が一人。
皆が食事をするテーブルの場所からは見えなかったのだが、実は最初からそこにいた女性陣である。テーブル席からは見えない調理場の陰になっている場所からこっそりと姿を現したその二人は、全く正反対の表情を浮かべていた。
「若いと好奇心が旺盛よね、本当に」
「そういうものでしょう」
「貴女もそうだったものね、レイ?」
「ふふふっ。そんな事もあったわね」
あくまで楽しそうに笑い続ける一人――レイを見て、もう一人の人物であるユキは溜息をついた。
(……まあ、私を担当教官に希望するくらいだから考えることは似ていて当然なのかもしれないけれど)
ユキはそう思ったが口には出さなかった。
「ユキは今回も昔からのお馴染みのテスト方式なのよね?」
「当たり前よ」
「今からどうなるか楽しみね」
「………。それより、レイの所とかに聞きにくるんじゃない?」
「あら、私がそう簡単にあの子達に話すと思っているわけ?」
「思わないわ」
きっぱりと。
ユキはレイに向かって言い切った。
レイは再びおもしろそうに笑い始める。
その二人の後方では、やれやれと肩を竦めるおやっさんの姿が見られた。彼にとってはこんな二人のやりとりは、過去に見慣れた光景でもあったのだ。
「私、かけてもいいわ」
突然のレイの言葉に、ユキは首を傾げる。
「何を?」
レイの口端が笑みのかたちをかたどるようにつりあがる。
「勿論、あの子達の今回の成績が『不可』になることよ」
ああ、でも大人しい子達はそうはならないかしらね。
と。
言葉を続けるレイに。
げんなりとした表情を少しだけ浮かべて。
「……本当に貴方達に似ていて困るわ」
今度ばかりはユキは思ったことを口にだしていたのだった。




