16 決着(?)の土曜日
一度だけ振り返る
視界にうつすのは、短い間過ごした学園
「さよなら」
そう――呟く
……そして、私は学園をあとにした
「え…、マジかよ……?」
それが、生徒達の第一声だった。
部屋の中には既に人の気配がまるでない。
私室はもちろんのこと、あれほど散らかっていた研究室でさえ、綺麗に片付けられて掃除されていた。塵一つでさえないのではないかと思われるほどのそれは、過去に誰かが使っていたとは思えないくらいの真新しい部屋の状態となっている。
そして――そこの主の姿もなかった。
「え、なんで? どうなってるわけ!?」
「ちょっと待てよ。っつーか、そんなんアリ!? 勝手に出てったってことかよ…っ!?」
口々に騒ぎ立ててざわめく生徒達。
彼らにとって、目の前の状況は信じられない状態だった。
昨日のあの騒ぎの後、誰もがユキの存在の見方を変えた。〈人殺し〉という噂は消えたものの、あまりの巨大な〈力〉故に恐怖し畏怖する者もいる。しかしそれでも羨望の目で向けたりと、違った眼差しで見始める者も現れていた。
とりあえず、一言でいえばユキは救世主のようなものだった。
ユキなくして、昨日の事件で死者負傷者ゼロという状態はありえなかったのだから。
昨日の今日ということで、誰もがユキを待った。
――が、彼女は現れなかった。
今日の授業が一時間として入っていなかったからかと始めは考えた。
しかしそれにしては姿すら見かけないのはおかしいということで、ユキの研究室と私室に押しかけた。
おしかけた先は――もぬけの空。
一体どうしてこんな状態になっているのか、生徒の誰も理解ができなかった。
「……もしかしてあの件で先生をクビになったんじゃ…」
冷静に判断したのはルイ・フラウンダー。
顎に手をかけて部屋を観察しながら言う。しかし部屋を観察していても、頭の中では違うことを色々考えているのはいうまでもない。
「それは…ありうるな」
カナメみたく考察モードに入るリイチ・ハリバットに、コウ・シーバスが意見を述べる。
「一度学園長達に話を聞いてみるべきではないか…?」
このままここで自分達だけで考えていてもどうもすることはできない。誰か知っているだろう人を捕まえるべきだと判断した、ちょうどその時―――
「あら、貴方達」
と。
ユキの部屋の前で固まっていた一団に声が掛けられた。
全員が全員、バッと一斉に振り返れば、そこには学園長であるレイの姿が。
「そんな所で何をしているの?」
手に常日頃から持ち歩いているファイルを他の本などと一緒に持ちながら、レイは不思議そうに尋ねる。だが、それがわざとかけた言葉であるという事は、その場にいた生徒の誰もが理解した。なぜならば、レイの口元はずっと緩く笑みを描いていたのだから。
「学園長。マーリン先生は一体何処へ行かれたんですか?」
すかさず尋ねるルイ。
その言葉に、レイはこれまたわざとらしい大きな息を吐き出すと、頬に手を当てて困ったような表情を作って答える。
「マーリン先生はね、今日限りで教師をクビになったのよ。残念だけど、先日の件で協会の方から直々に令状が下ってしまって」
「クビ? なんでそんないきなり…。俺達何も聞いていませんが」
「いきなりだったから報告する暇もなかったし。何よりマーリン先生は静かに去っていきたいみたいだったから彼女の意見を尊重したのよ」
「尊重って……」
確かにユキの性格を考えれば、別れの挨拶を面倒くさがってもおかしくない。寧ろ、面倒くさがるどころか、必要ないとさえ思っていそうな気がした。
「それで、貴方達はマーリン先生に用事だったのかしら?」
「用がなかったらこんなトコいないよ、俺達は。――というか、レイ。ちょっとそのわざとらしい素振りやめてくれない? なんか馬鹿にされてるみたいで気に入らないんだよね」
秀麗な眉を吊り上げてリイチが言う。
この場にいる生徒はリイチとの仲が良いこともあり、学園長であるレイと親族関係がある事を知っている。よって、面倒になったのと怒りからか、それを隠す為の敬語を一切取っ払っていた。
「あら、ばれてたの?」
「ばればれ」
リイチのつっこみに、レイは面白そうにころころと笑う。
百合の花でも咲きそうなくらいの綺麗な笑みであったが、残念ながら素直にそれに見惚れる生徒はこの場にはいない。誰もがレイの食えない性格を理解していた。
「――で、レイは知ってんだろ?」
「何を?」
「あいつの居場所」
名前は出さなかった。
けれどそれでも十分伝わったことだろう。
あいつ――とはユキのことなのだ、と。
レイはこの場にいる生徒達の顔を一人一人じっと見つめて。
そして、満足そうに笑った。
「聞いてどうするのかしら?」
「…もう一度、話がしたいです……」
リク・アルフォンシーノが瞳で訴えるように答える。
その瞳に、嘘偽りは全くない。
「会うのを拒否されるかもしれないわよ?」
「それでも…、俺達はマーリン先生に会います…っ!」
カズキ・マッカレルも真剣な眼差しをレイに向ける。
強い――意思。
そこに揺らぎない強さを見てとったからこそ、レイは再度、問いかける。
「貴方達は何を望むの?」
その、レイの質問に。
生徒達は全員で顔を見合わせて、頷いた。そして――
「教師としての彼女を」
と。
声を揃えて言った。
レイの目が優しげに細められる。
「結構な答えね。それじゃ、貴方達にお使いを頼みたいのだけどいいかしら?」
言いながらレイは手元にあるファイルから一通の茶封筒を差し出した。
大きさは普通の封筒よりも少し大きめの物。封筒の外側には何も一切書かれていなく、封もされていない。
「ちょ…っ、なんでいきなりお使いなんだよ…!?」
エイジ・モーレイが不満の声をあげる。
が、その口をルイに塞がれて言葉の半分は「もがもが」という意味不明な言葉にしかならなかった。
封筒を受け取ったのはリイチ。
「了解。渡せばいいんだね、これを」
「ええ、渡してほしいの」
にっこりと微笑むレイに、そのお使いに最初こそ何の意味があるのか分からなかった生徒達も「あ…!」とその意味を理解する。
「じゃあ早速だけど送ってあげるわ」
レイは自分の杖を取り出すと、ゆっくりと詠唱を唱え始める。
杖は風を発生させ、その風はそこにいる生徒達の体を包み込んだ。
ぶわっと強風が吹きつけ、生徒達は少しだけ風を堪えるように目を細める。
「…ああ、そうそう」
詠唱が終ってあとは〈力ある言葉〉を言うだけとなった時、思い出したようにレイは言った。
「そういえば担当教官の〆切、今日までだったけど貴方達は大丈夫?」
尋ねられた三学年の生徒三人は、顔を合わせて確認しあうことはなかった。答えなど既に決まっていたのだから。
笑みを浮かべた。
「当然」
と、言いながら。
レイが「よろしくね」と言ったような気がした。はっきりとは分からなかったのは、レイの魔法が始まってしまっていたから。
風が生徒達の視界を覆う。――否、生徒達を覆い、そのまま空間をきった。
日課とかした午後のお茶会。
学園にいた時はレイ達が一緒になってお茶会をしていたのだが、今は私一人である。
少しだけもの寂しさを感じるのは、人と一緒にいることにまた慣れ始めてしまったから。そんな私を慰めるように、ここにはたくさんの精霊達がいてくれる。私が呼べば、神族だって魔族だってきてくれるので、私がそれを望まない限り一人になることはほとんどない。ある意味贅沢で、賑やかな空間が私の住処だった。
紅茶を飲み、朝方焼いたクッキーを口にいれる。
ほんのりとした甘さが私好みで良い。自分で作るのは面倒だけど、自分好みにできるというのはかなりの利点だと思う。市販の物は頂いたりしない限り、口にする事はあまりない。
「ああ、長閑ね…」
ほのぼのと。
私は寛いでいた―――が。
ぶわっ、と大きな竜巻が起こる。
当然ながら自然現象であるはずがない。
感じるのは魔力の波動。これが人為的に空間をきって移動する転移魔法によるものだということはすぐに分かった。大きな、というあたりに一人ではないと判断できる。
そして私の目の前に少年達が現れた。
「いらっしゃい、辺境の地へ」
まずは挨拶。
まだ魔力の名残のせいか、少しばかりぼーっとしている少年達に声をかけた。
すると少年達の視線が一斉に私へと集まる。
「マーリン先生!」
嬉しそうに私の名前を呼んだのは、純粋のかたまりと思われるアルフォンシーノ少年だった。
他の少年達も口々に私に声をかけて周りに集まってくる。
そんな中、動かなかった少年達がいた。
意味ありげな笑みを浮かべるなり、言う。
「昨日はどうもありがとうございました、マーリン先生……いえ、王と呼ぶべきなんだろうね」
フラウンダー少年が、私をまっすぐ見据える。
「言ったでしょう? 私はただの一介の魔法使いだって。王なんて大層なものじゃないわよ」
私はそれをすぐに否定した。
「あんな莫大な力を持っていて王じゃないなんて言い逃れはできないよ」
ハリバット少年もすかさず詰め寄る。
「でも王じゃないもの。ちゃんと王は別にいるでしょう?」
私の言う通り、確かに王は存在している。魔法協会が位置する場所に護られるようにして王国の宮が存在し、王はこの世界を統べる存在となっている。
「見せ掛けだけの王なんて意味もないね。おかざりみたいなもんだろ?」
「あら、酷い言い様ね、ハリバット少年。でも王がいるからこそこの世界は均衡を保って争いのない世界でいられるのよ。おかざりなんてあんまりだと思うけど?」
「それは認めるよ。でも今の王に歴史にあるような〈力〉はない。だからあんたの代わりか何かなんでしょ?」
「確かに王には〈力〉は全くないわね。でもそれを言えば、今だけじゃなくて昔からおかざりの王族が存在してきたってことになるわよ?」
「え? それってどういう…」
理解できないと首を傾げるカッド少年。
今まで私に詰め寄っていたハリバット少年達も意味を掴みかねているのか、私の出方を待っているようである。
言うべきか、言わないべきか。
正直言えば少しだけ迷った。
しかしこの一癖も二癖もある少年達にはしっかりと真実を伝えなければ、いつまでも追究され続けるというのは目に見えて明らかである。
私は小さな溜息を零すと、諦めて口を開いた。
「今の王は昔から続く由緒正しい王族の人物に他ならないわ。だからおかざりでも何でもない」
「それじゃあ歴史はどう説明するんですか? あの…、精霊の〈力〉を受けたという…」
「いい質問ね、シーバス少年。確かに精霊の加護を受けた人間が戦争を食い止めたわ。そしてその人物は初代の王となってこの世界に君臨したのは確かな事実よ」
「だったらあんたの〈力〉はその〈力〉なんじゃないのかよ?」
あんたがその王なんだろ?
ヘリング少年は言葉にせずその言葉を投げかける。
「何度も言うようだけど、私は王じゃないのよ」と、私は肩を竦めてみせた。
当然ながら少年達は口々に嘘だ嘘だと言い始めた。五月蠅いことこの上ない。溜息を一つ零してから、私は言葉を続ける。
「正確に言えば、王ではないというべきかしら」
「どういう意味ですか?」
「……王なんて大それた存在じゃない。私はただの〈誓約者〉だもの」
「〈誓約者〉というのは王のことじゃないわけ?」
「初代はそうだったわよ」
「初代…? あんたが戦争を食い止めた人物じゃないってこと?」
「………あのねぇ、そんなに私をおばあさんにしたいわけ? …まあ、早々年齢が若くなるものでもないんだけどね」
否定したところで数年の差くらいしかない。
しかし、あの戦争の時にはまだ私は生まれていなかった。
だから初代の王ではない。
私はしっかりと当時の魔法学園に通っていたのだから。
「じゃあ誰が初代の王だって言うんだよ?」
次から次へとなげかけられる質問に少しだけうんざりしながら、私はきっぱりと言い切った。
「初代の王は私の母親よ」
少しだけ自慢げに。
知らず知らずのうちに口端に笑みが浮かんでいたかもしれないが、仕方がない。
なぜなら、私にとって、自慢の母なのだから。
彼女こそが精霊の加護を受けて世界大戦を終らせた初代の王である。
私はその〈力〉を受け継いだ。その、他の種族の王と〈誓約〉する〈力〉を。
「王である母が亡くなり、私は〈誓約者〉を。そして私の兄が王を受け継いだの。だから今の王族は私の兄の子孫ということになるわね」
兄は私のように魔力を備え持っていなかった。
その代わりに、人の上に立つだけの力をもった人物であった。
私が全てを受け継ぐのが面倒だったという理由もあったりするけれど、世の中には適材適所というものがあるのだ。私に王なんてものはむいていない。兄にはむいていた。ただ、それだけのこと。
「だから私は王なんて大それた存在じゃないの。ただの一魔法使いに過ぎないわ」
納得できた?
と尋ねると、まだ納得できていないのか、誰も何も言わずに考え込んでいた。
「それで君達は何しに来たの?」
「お使いに」
「お使い…?」
ハリバット少年が一通の封筒を取り出して私にそれを手渡す。
見かけはただの茶封筒。
でもそれだけでないのは受け取った瞬間に分かった。うっすらとだけど、その封筒の中から魔力を感じ取ることができたから。
私がその封筒を開けようとするよりも先に、ハリバット少年を含む三人が一枚の紙を私に差し出してきた。
「………」
思わず封筒を開ける手を止め、差し出された紙を無言で見つめる。
「受け取ってくれるよな?」
悪魔のような笑み――デビスマとでも命名しようかしら――を浮かべてヘリング少年。
「あんたしか考えられないし」
可愛らしい笑みを浮かべて――しかしその中にやはり食えないものが含まれているのはいうまでもない――ハリバット少年。
「貴方にお願いしたいんです」
さわやかな笑みを浮かべてシーバス少年。
「………どういう意味かしら、これは?」
「見たまんまの意味に決まってんだろ」
「見て分からないから聞いているんだけど」
「あんたってそんなに馬鹿なわけ?」
人を小馬鹿にするような言い方をするハリバット少年に、私はかちんと頭にこなかったわけではないが、敢えて冷静に対応する。
「そうね、馬鹿といえば馬鹿なんじゃない。何と言っても古風の人間なわけだし、今の子達にはついていけないもの。――で、これはどういう意味?」
少年達が私に差し出してきたのは、一枚の紙切れ。
その紙に書かれている文字は――『担当教官希望届』。
生徒がこの紙を提出し、受け取った教師が承諾印をおせば教師と生徒との間でその文字通りの関係が結ばれる。
これを差し出しているということは、物好きな話だけど私を教官に希望しているというわけで。
それは、理解できる。
……理解できるが――私はもう、マジカルガーデンの教師ではない。
これを受け取ることもできなければ、私に提出しようとするのも根本的に間違っている。
「……私、もう教師じゃないんだけど?」
「らしいね。でも俺達はあんた以外にこの紙を提出したいとは思わないんだよね」
困ったことに。
と、ハリバット少年は人事であるかのように肩を竦めてみせる。
「残念だけど、もう教師じゃないから受け取れないわ」
「へぇ、残念だって思ってくれてんだな」
にやり、と笑ってみせるヘリング少年に「言葉の綾よ」と私はすかさず言ってのける。
「……そういえばその手紙、なんだったんですか?」
何故か話を逸らすシーバス少年に、私はそういえば手に持ったままで封筒を開けていなかったと思い出す。
封筒を、見る。
……何か嫌な予感がするのは気のせいなのか。
「……聞くけどこれは誰から?」
「学園長からです」
「………」
聞かなければ良かった。
……更に嫌な予感が直走る。
受け取らなければ良かったかもしれないと思いながら、私はその封筒を開けてみることにした。
糊付けも何もされていない茶封筒の中に、綺麗な白い封筒が一通。
白い封筒はしっかりと封がされていて、その口には見覚えのある印が押されている。
その印は、王族の認印である。
封筒を開ける手を止めた私に、わざとらしくハリバット少年が言った。
「開けないの、それ?」
「………開けたくないわね、できれば」
しかし私のその言葉も空しく、認印は私がそっと触れると同時に消えていき、代わりにその封筒の口が開かれる。
王族の印というのは何であれ、重要な物が多い。他の者が見る事ができないようにということで、その印自体が一つの魔法のようなものになっていて、受取人の〈気〉だけに反応して開くようになっている――ちなみに私はその印を数個持っていたりするのはここだけの話である。一応王族の一員でもあるのだ。……生まれた時代はどうであれ。――。
私は封筒の中に手を入れて、一枚の紙を取り出して広げた。
「………」
「何苦虫をかみつぶしたような顔してんだよ?」
思わず顔に感情がでていたらしく、ヘリング少年につっこまれた。
つっこまれても尚、私の表情はそのままで固定する。
「……やってくれるじゃない」
呟いた。
それは、ここにはいない一人の元教え子に対しての言葉。
その紙に何が書いてあるのか気になっていたのだろう少年達が、私の手元を覗き込み―――歓喜の声を上げた。
「マーリン先生、教師辞めなくていいんだな!」
「やるじゃん、学園長ー!!」
ハリバット少年達の後ろで、二学年の少年達が口笛を鳴らしながら騒ぎ出す。
「それじゃ、これ受け取ってくれるんだよね?」
にっこりと。
微笑みながらハリバット少年。
「………拒否権は私にあるのかしらね」
「ないんじゃねーの? だって担当教官希望は例外なければその生徒の意見を尊重するってあるしな」
例外とは、あまりに希望する生徒の数が多かった場合やその生徒に希望した専門の魔法がとてつもなく向いていなかった場合などである。
つまり、この場合は例外とは認められないことになる。
「古代魔法なんて貴方達に使えないわよ?」
「学園長達だって結局使えないけどあんたを教官に希望したんだろ?」
「私、面倒なことって嫌いなのよね」
「俺達はそこまで馬鹿な奴じゃないから手を煩わせるつもりはないね」
「私、人使い荒いわよ?」
「掃除でも料理でも何でもしますよ」
ああ言えばこう返される。
何を言ってもどうにもならないようで。
「……ったく、物好きってこれだからキライなのよね」
溜息を一つ。
言葉だけを聞けばいい返事ではないが、少年達は私の雰囲気が少しだけ和らいだのに気付いたらしい。
期待するような眼差しが向けられた。
「………しょうがないから引き受けてあげようじゃないの」
私は笑った。
面倒事に対して困っているように。――それでも何処か嬉しそうに。
初めて見る私の笑顔に、少年達は腰を抜かしそうなほど驚いたようだった。
私は少年達の手から紙を受け取ると、それにサラサラっとサインをした。
「せいぜい覚悟なさい」
言いながら指を鳴らして簡易魔法を発動させ、その紙を学園長であるレイのもとへと飛ばした。学園長であるレイが最終的な承諾を下せば、事故でもない限り決定事項となって取りやめは認められない。
のぞむところだとばかりにハリバット少年達も、笑顔を浮かべた。
久々に生徒をもつのもいいかもしれない。
そう思った私だったが、すぐにそれを後悔するはめになる。
「あ、俺達も来年、マーリン先生を希望するから!」
弾んだ声で、モーレイ少年が言った。
「は…?」
思わず間の抜けた声を上げる私。
「当然でしょ。まさかハリバット達だけ特別扱いはしないよね?」
クールな中に小さな笑みを浮かべてフラウンダー少年。
その言葉に頷いてみせる他の少年達。
私はその少年達の一人一人を見遣る。
………ちょっと待ってよ。
これは、いくらなんでも多いのではないだろうか。
今まで重なっても二、三人程度でしかなかった。
ハリバット少年達、今年の三学年の数も三人とちょうどいい数である。
が、目の前の二学年の少年達の数はどう見てもその倍以上はいるわけで。
頭の中で、一、二、三…と数えてみる。
「………十人…」
それは一クラスの約半分の人数じゃなかっただろうか。
一学年に二クラス。一クラスあたり二十人程。つまり、一学年あたりで四十人程度。
十人ということはその四分の一程になる。
専門教科は八教科。平均して割るならば、一人の先生あたりにつき五、六人になることを考えると明らかに人数が多い。
「ちょーっと待った! それはいくら何でも多いでしょう!?」
叫びそうになる私に、笑顔でアルフォンシーノ少年が言う。
「来年、楽しみにしてますね、僕!!」
うぐっと文句の言葉を飲み込む私。
これがハリバット少年達のような裏のある人であったら即行で言い返しているものだが、如何せん。アルフォンシーノ少年は純粋培養そのものである。そんな少年に冷たい言葉を言ってのけるほど私は冷徹な人間ではなかった。
「ま、今年はたったの三人だし、再来年以降はまた物好きなんていないだろうし諦めるんだね」
そう言って、フラウンダー少年は鼻で笑った。
「~~~っ! ………はぁっ」
溜息、再び。
「……どうにでもなれ…よね、もう」
私は諦めた。
もう何を言っても無理なような気がしたのだ。この、目の前の少年達は一癖も二癖もありすぎる人ばかりだからだ。
いざとなれば、人数が多いということで例外も認めてもらえると思うし人数を絞ればいいだけの話である。
「……それにしても、何だかレイの思惑に結局はまったって感じよね」
一癖も二癖もある生徒達ばかりを学園に入学させたのはレイで。
私を再び教師として呼んだのもレイで。
色々手を回し続けたのもレイで。
彼女は私には敵わないといったけれど、十分敵っているのではないだろうか。
そう思わずにはいられない。
はあっと大きな溜息を零す。
本日何度目か分からなくなったその溜息は、少年達の声に掻き消された。
少年達の五月蝿いほどの喜びの声が辺りに響き渡る。
一人で老後の生活とばかりに静かに暮らそうと思っていたこの場所が、こんなに騒がしくなったのはこの場所に住むようになってから初めてのことで。それが何とも妙な気分を感じさせた。妙ではあるが、悪くはない気分である。
この場所とはまた暫くおさらばすることになるのだけど、騒がしいのはこれからもまた続くのだろう。
これからは、あの学園で。
私はもう戻ることはないと思っていた学園を頭に思い描いた。
「マーリン先生?」
何で笑っているんですか?
そうマッカレル少年に尋ねられて、私は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたことに気付く。
……本当は教師を続けたいと思っていたのかもしれないわね。
認めたくないけど、認めざるを得ないのかもしれない。何と言っても、私の教師歴はとても長いもので、教師というのが私の人生そのものであるのだから。今更教師というものから離れることはできないということか。
「何でもないわよ」
私はいつもの淡々とした口調で、そう答えた。
しかし、やはり私はどこか笑っていたのだろう。
答えた私を見たマッカレル少年が、嬉しそうに笑い返したのがそれを物語っていた。




