1 学校へ行こう
――貴方には教師として働いてもらいます。
それは私を無残にも打ちのめす宣告の言葉で
そしてその宣言通り
私はこれからどんどんと彼女の思惑に巻き込まれていくことになるのだが
…………非常に残念なことに、この時の私がそれを知る由はなかった
始まりは、日課となっている午後三時のお茶会を開いていた時。
お茶会とはいえ、別に誰かを誘っていたというわけではない。その場所にいたのは私一人であり、正しくはお茶会というよりもただのお茶の時間ともいえる。とはいえ、他にも普通の人には視えない精霊とか色々いるわけで、お茶会という言葉が間違っているわけではない。
世の中にいる精霊は、一般的に視える人の方が少なかったりするのだけど、私にとっては隣人ともいえる存在なので、我が家にも居座っていると言っても過言ではない精霊がわんさかいるのである。彼らは私のようにお茶を飲むことはないが、傍にいて一緒に過ごしてくれる大切な存在である。
今日のお茶請けに用意したお菓子は、特製マフィンだ。
ちょうど庭の畑から収穫できた芋も混ぜているから、きっとほくほくして甘いに違いない。味見をしていないのでまだ味はわからないが、料理下手ではないし、いい匂いがするから、早くお腹に入れてしまいたい。三時のおやつは人生の楽しみである。とっていない人がいるとすれば、その人は人生の大半を存しているといえるだろう。
そのマフィンに手を伸ばしたちょうどその時、
「ユキ、いる?」
ふわり、と。何もなかった所から小さな竜巻が起こる。
周りを巻き込まないようにうまい具合に調整されたその竜巻が、何かを巻き込むことはなく、その竜巻が消えると共に一人の女性が私の目の前へと現れた。
現れたのは、黒髪に長身の見目麗しい女性。まるで年頃の女の子から見ても憧れてしまうほどの美貌をもっているが、生憎のこと、私は年頃とは程遠い年齢をしている為に、その美貌に見惚れることはない。ただ、その長身をちょっとばかり羨ましいと思うくらいで。……悲しいことに、私の身長は平均よりもちょっとだけ、本当にちょっとだけ低めなのだ。
女性は私と視線が合うなり、にっこりと優美に微笑む。
その笑みに嫌なものを感じるものの、それをうまい具合に隠して私は声を掛けた。
「…………何の用、レイ?」
いるも何も、ここに私がいることを分かっていて転移魔法を使ってきたくせにという愚痴は心の中だけに押し留めた。下手なことを言って余計なことを言い出されたら堪ったものではないからだ。過去の経験が私をそうさせた。……過去に何があったかは思い出すだけでも嫌なので、この場では省略しておく。
優雅、というよりものんびりと紅茶を飲んでいた私を見て、レイは更に笑みを深める。
その笑みはとても綺麗なもので、もともと容姿が綺麗な彼女だから初対面の人が見れば一発で心を奪われる恐れがあったりする危険極まりない魔性の笑みといえるだろう。が、くどいようだが、私は彼女という存在の本質を知っているのでそんなことにはけしてならない。――否、なってたまるものか。
「実はね、貴方にお願いがあっ…」
「却下」
彼女の言葉を打ち切るように、私はきっぱりはっきりと言う。
そのきっぱりはっきりした私の態度に、レイはきょとんとしてみせたものの、直ぐにくすくすと笑い始めた。どうでもよいが、笑い声まで綺麗である。本当に魔性もちもかくやという存在はとんでもない。若干、他でやらかしていないかと心配になるものの、こちらに被害がなければいいかと思い直した。
「相変らずね、ユキは。でもそれだからこそ貴方らしいのだけどね」
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
「そうしてちょうだい。それでね、お願いなん…」
「だから却下。それ以上言わないで」
「つれないわね…」
「それが私だもの。過去の経験から考えてレイのお願いにろくなものはないからね…」
「あら、酷い」
わざとらしく悲しそうな顔をしてみせるレイだが、それが嘘であるというのは百も承知なので痛くも痒くもなければ心も痛まない。彼女と初めに会った頃はよく騙されたものだと思い返し、私は瞳をここではないどこか遠くへと彷徨わせた。
「それじゃ、用が終ったのならさっさと帰って。私は今、午後の紅茶で寛いでいる最中なの」
ひらひらと手を振る。
あっちに行け、もといた場所へとお帰り、という意味合いをこめて。
そして私は、話は終わったとばかりにポットから新しく紅茶を注ぎ、今度はミルクティーにするべくミルクを続いて注ぎ始めた。ミルクの甘い香りが広がって何とも幸せな気分に浸ることができる。
レイは軽く肩を竦めると、さも残念そうな表情を浮かべて言った。
「…そう、それじゃあ仕方がないわね」
「そうそう、仕方がないから帰っちゃって。人間諦めが肝心よ」
「そうね…、諦めは肝心よね。―――諦めは」
最後の言葉を強めに告げた彼女に、再び嫌なものを感じ取って私の警戒アンテナがビビビッと反応する。
再度見れば、先程の残念そうな表情はどこへ消えてしまったのか、今度は意味ありげな曰くつきの微笑みを浮かべているレイがそこに、いた。
とりあえずその嫌なものは気のせいだと思うことにして、私は知らぬ存ぜぬという態度を貫いて新しく紅茶を飲み始める。
諦めてくれたのかと思ったが、それは……やはり甘い考えでしかなかった。
「それじゃあこれは魔法教会に所属する理事の一人としての命令です。―――ユキ、貴方には学園に来てもらいます」
と。
凛と響く声でリレイは言いきる。
あまりの言葉に、ぐわん、と頭の中でシンバルが思い切り叩かれる錯覚に陥った。
それ程の衝撃を与える紙切れを、何処から取り出したのかわからないが、私の目の前に突き出して、ひらひらと動かしてみせていた。
ただの紙切れ。
ただし、魔法教会特製の印がそこには押されていて、一番上に大きな文字で『辞令』と書かれている。
まさかの暴挙に、私は飲んでいた紅茶を思い切り噴出しそうになったのだが、後一歩のところで何とか噴き出すのを堪えることに成功した。流石に一人のレディとして――別に私自身に自分がレディだという自覚は全くもって皆無なのだが、それはそれである。――はしたない行為であろう。
数回咳き込んで、喉の突っ掛かりをなくしてから私はレイを睨む。
だけどレイは私の睨みなど痛くも痒くもないようで、にっこりと笑顔を張り付かせていた。
……なんて卑怯な奴なの…。
そう思ったが口には出さない。
この世界には魔法という存在がある。
けれどそれは全人類が使えるものではなく、極少数が使える特別な力である。その為、魔法専用の学校を卒業して試験に合格し、魔法使いだと認められると魔法教会に所属することがルールとなっている。それは、魔法を悪しきことに使わないように取り締まる為でもあり、魔法使いが変な輩に狙われてその身を悪に落とさない為でもあり、まあとにかく世の為に必要なこととされている。
そしてその協会は、時折所属している魔法使いに辞令を与える。この辞令を断るとペナルティが与えられ、それが積み重なると最終的には魔封じをされて魔法使いの称号が奪われてしまう。よって、基本的に何か特別な理由がない限りは与えられた辞令を断ることはない。
レイは人の上に立つことに慣れた存在である。
しかし、まさか理事の一人にまで上り詰めているとは思いもよらず、面倒になってきたこの状況に舌打ちが零れ落ちた。
私はこのまま「はい、分かりました」と引き受けるような可愛らしい人間ではない。ので、私は反論を始めた。
「…ちなみに学園とは何処なの?」
「勿論、私が学園長を勤める学園――『マジカルガーデン』に決まってるでしょう」
言われて、脳内でマジカルガーデンについての情報を探し当てる。
――マジカルガーデン。
それは、この世界にある数少ない魔法使いになる為の学校の世界で一つの名前である。特徴を上げるならば、設立してまだ数年というところだろうか。加えてあげるなら、間違いなく目の前のレイが学園長として新しく設立したのだと、本人から直接話を聞いた記憶はまだ新しい。話を聞いた時は、物臭な私と違って次から次へと新しいことを始めるものだと呆れたものだ。そして、その学校についての追加情報の一つに、私は少しばかり眉を寄せた。
「………ええっと、確かその学園は男子校だと思ったけど」
「ええ、全寮制の男子校よ。ぴちぴちの男子校生がごろごろしてるわ」
………ぴちぴち。
ぴちぴちとは何ぞや。
レイが言うと逆紫の上計画のようで妖しさが含まれているような錯覚に陥る。……いや、まあ、確かに私達に比べると学校に通う生徒達は確かにぴちぴちなのだろうけれど。
「………こんなでも私は一応女だからぴちぴちの男子校生になりすますのはムリだと思うけど」
確かに自分でも女を捨てましたって節はあると思うけど、生物学的には一応女であり男になるのは無理というものである。正直にいうと、男の子の振りをするのは無理だ。できないこともないが、面倒くさすぎる。
だが、それに対してレイは秀麗な笑みを浮かべて返した。
「それなら大丈夫よ。なんといっても、ユキには教師として来てもらうのだから」
「…………教師? 生徒の振りじゃなくて?」
「ええ、教師よ」
「…………………………………教師?」
何ですと?
ぐわんぐわん、と先程よりも大音量で危険を知らすシンバルが頭の中で鳴り響いた。
これはかなり自分に大ダメージだ。
例えるならば、一気に地獄に落とされたような気分かもしれない。お先真っ暗である。
「……………………………………本気?」
間を溜めに溜めて、恐る恐る尋ねる私。
リンの笑みは消えない。寧ろ、深くなったような気がするのは、きっと気のせいではない。
「ええ、本気も本気。既に決定事項だから」
NO ―――――――ッ!!
と、心の中で大絶叫。
何てことだろう、と青褪めて項垂れる私に向かって、彼女はもう一度言い直した。改めて、手に持っている辞令書を掲げ直すのも忘れていない。
「ユキ、貴方には教師として働いてもらいます」
それはまさしく、私を打ちのめした。
それはもう、地獄に落とされたような気分どころか、実際に落とされたといってもよかった。手に持ち続けていたティーカップを落とさなかったのが奇跡だ。
レイは詳細を記された追加の書類をテーブルの上に積み上げて――今まで何処に持っていたのか謎だが魔法で取り寄せたのかもしれない。魔法を使えば手軽でどこでもお出かけ可能である。――私に向かって微笑む。
そしてトドメとばかりに、レイは私が先程言った言葉をお返しとばかりに口にした。
「人間諦めが肝心よ」
何てことだと思ったが既に時は遅し。
レイは「それじゃ」という別れの言葉と爽やかすぎる笑顔を残して、ここに来た時と同じように、ふわりと小さな竜巻に包まれて姿を消した。
レイが消えたその場所を私は情けない顔で見つめる。
巻き起こった竜巻によって舞う花びらがそこにはあるだけなのに、何故かそこにレイのふくみ笑いが見える気がして。私は現実逃避をするように、そっと目を細めてここではない何処かをぼんやりと見つめた。
辞令書を蹴ってしまうのは、それはそれで面倒なことになる。これでも魔法使いの教会に所属している以上、これを蹴ったところで別の案件が当てられてしまったり、色々と面倒な面々に絡まれては余計に嫌になってしまうことだろう。
……ああ、どうしてこんな事に…。
大きな大きな溜息を、私は何度も何度も零し続けたのだった。
この日のお茶の味は、とても最悪だったと告げておく。
私は目の前に聳える建物を含めて敷地一貫を見つめ、ほうっと感嘆の息を零した。
何とまあ、これは十人いたら十人とも認めるくらいの立派な建物である。一瞬自分が来る場所を間違えたかと思ってしまったほどだ。思わずレイに渡された位置情報と改めて確認してしまった。
「…………今の世の中ってのはスバラシイ世の中なのね…」
スバラシイ、という部分に奇妙なアクセントをおきながら私は一人呟いた。
少しだけやさぐれたい気持ちになったのはここだけの話である。
私の正面にあるのは、まず私の身長の倍はあるであろう大きな門。がっしりと構えられている門は鉄で出来ているはずなのに重苦しさは感じられない。製作者のセンスのよさが覗える見事なデザイン模様が浮き出るように作られている。
そっと門に手を翳すと、押したわけではないのに勝手に門は小さな音を立てて開かれた。私の持つ魔力に反応したのだろうと私は考え、別に下手に勘ぐることはしないでおいた。魔法使い以外を入れない為の対処でもあるだろうし、考えるだけ無駄なことはたくさんあり、それをするのは面倒くさい。
門を潜ると、そこには広い広い湖が広がっていた。
見渡す限り、一面の湖。
魔法で辺り一帯を確認してみるものの、門と同じくして聳え立っていた高い柵が広々と張り巡らされていて、その柵に面しているのはほぼほぼその湖である。すなわち、門を潜ればそこに湖しかない。一見、この湖を守るように柵があるように見えてしまう。
「んんー?」
魔力を籠めて目を凝らせば、湖の中心部に大きな建物が見えた。うっすらと霧がかかっているので肉眼でははっきりとは見えないのだが、おそらくあの霧も何らかの防壁か何かの役割をしている魔法によるものだろうと私は推測した。
きょろきょろと辺りを見回す。
見回した先に渡し舟が浮かんでいるのを発見し、私は誰もいないのをいいことにそれに乗り込んだ。使って駄目であれば、何かしら立札等があるはずだという判断である。
すると、ゆっくりと水の上を進み始める渡し舟。
揺れもなく、快適な水の旅の始まりは、時折感じる爽やかな風も相まって心地よい。
「………ホントによくできた世の中だわ」
再度そう呟かずにはいられなかった。
脳裏を過ったのは、自身が学生ともいえた時代のこと。この状況とは全く違う、色々と不便だったあの頃。
……ああ、私が学んでいた頃って一体…。
妙にもの寂しく思いながらも、深く思い出すのは気がひけて頭を左右に振ってその思いを振り払った。
ゆっくりと進んでいく船に乗りながら、私は徐々にはっきりとした輪郭を見せ始める建物を見上げる。
西洋風の建物は白色の壁に紺色の屋根をしていて門と同じくセンスがよい。学園というよりも何処かのお屋敷と言われても納得できるのではないかと思えるくらいだ。その建物に囲まれるようにして中央に高く聳え立つのは一つの塔。その塔だけは如何にもという魔法的な雰囲気を漂わせていた。
それほど時間をかけずに船が反対側の岸へとたどり着き、私は身軽な動作で飛び降りる。するとまた船は人を乗せない状態のまま水の上を進んでいき、何処かへと消えていった。
船を見送った後で正面へと視線を戻す。私が足を踏み入れたその敷地内は、とにかく緑に包まれた素敵な場所といえた。
空気も澄んでいる。
建物の向こうに森のようなものも見えるが、そこにはきっと色々な生き物が生息しているのだろう。それを考えると、今度暇を見て足を運んでみようと早くも企んでいる自分に気づいて思わず苦笑する。
あまりの素晴らしさに感動を覚えながらも田舎者みたいに建物を見上げていた私だったが、不意に誰かの視線を感じてそちらの方へと視線を移した。
「………」
「………」
私と、そしてそこにいた少年との視線が重なる。
青味を含んだ黒い髪に少々吊りあがった勝気な瞳の少年の年頃は大体十三歳か十四歳かというくらいか。学園の規定と思われる黒色のローブを纏い、その下にはこれも規定の物と思われる、いかにも制服というデザインのベストにズボン。少しよれているタイはご愛嬌といったところか。
少年は不思議そうに私を見つめていた。
てっきり、突然現れた不審者な私に対して何か言葉があるかと思ったものの、何の言葉も掛けられない。不審に思っているのではない。困惑しているのでもない。ただただ不思議そうに、私を見つめている。
………さて、どうしようか。
そう考えたものの、まず初対面では挨拶が基本だろうと思って私は挨拶をすることにした。
「こんにちは」
「あ…。こ、こんにちは」
不思議そうにぼーっと私を見つめていた少年は、慌ててはっと我に返るとぺこりと頭を下げながら挨拶を返した。
……うーん、礼儀正しい。
口に出して褒めたい気持ちにかられたが、きっと少年にしてみれば見知らぬ私にいきなり褒められても嬉しくもなければ、反って気分を害するだけだろうと思ったので喉の奥でそれを留めた。
少年が何故か周りをきょろきょろと見回した後で、私に話しかける。
「な…なあ、ここは男子校だから来るところ間違えてないか…? 女子校はこの学園の隣りのはずだけど…」
躊躇いがちに言われて、やっぱりそうきましたかと思ってしまう私。
どうやら少年は女子校と男子校とを間違えて私がここに来てしまったと思ったらしい。言われて、そういえばここが男子校であることと対にするように、近くに女子用の魔法学校があるという話も聞いたことがあるようなないような。
……まあ、少年がそう思ってしまうことも仕方がないことなのかもしれない。
何せ、私の見た目は永遠の十代である。成人した大人には絶対に見えないだろう自身がある。魔法使いの見た目は、少々特殊なものがあるのだ。
私は苦笑してみせると、「別に間違えてないわ」と答えた。
途端に首を傾げる少年。
「だって私、教師として来たんだもの」
淡々と私は告げると、少年は変な声を上げてしまったようだった。
「へ……?」
どうやら私の言葉は少年には理解できなかったようで、目をぱちくりとされてしまう。……お。つり目かと思いきや、見開くと意外に目が大きい。
私はその少年の態度を不快に思うことなく、ちょうどいいとばかりに尋ねた。
「ねえ、学園長は何処にいるの?」
「あ……。それなら学園長室のある塔の最上階だと思う…けど……」
「ありがとう。それじゃ私、先を急ぐからまたね」
「あ……」
何か物言いたげな少年をそのままにし、私はすたすたと目的の塔に向かって歩き始める。
この時、既に私は開口一番に彼女に何を言ってやろうかということで頭がいっぱいになっていた。
……何か、何か一言言わずにはいられない気がするのは私が精神的にまだ子供だからか。いや、この歳で精神的に子どもであるはずがない。そういう問題ではなく、同じ状況に陥れば、誰だって彼女の横暴さに文句の一つや二つ、言ってしまいたい気持ちになるはずだ。
自分に自分で言い聞かせ、私は足早に歩き続ける。
途中、誰か他の人とすれ違うと面倒な気がして、私は建物前まで来たところで転移魔法を発動させたのだった。
「どうしたの、カズキ。ぼーっとして?」
「え…、あ、ルイにエイジか…」
「おいおい、昼間っからぼーっとしてんじゃねぇって! ほら、そろそろ行くぞ。昼の授業が始まるんだからな!」
先程の少年を捜しに来た他の二人の少年が、その少年を見つけるなり強引に腕を引っ張るように建物の方に向かって戻り始める。
いつまでたっても何処か放心しているような少年の様子に痺れをきらし、呼びに来た少年の一人――オレンジ色のふわふわした髪の少年が、ぴしっと思い切りデコピンをしてみせた。
これには思わず痛みから我に返らされて、額を両手で抑えることになる。
「……いってー…。何すんだよ、エイジっ!」
「お前がぼーっとしてるから悪いんだろー。俺は悪くないからな」
「悪いに決まってんだろうがっ!!」
始まった二人の口喧嘩に、呆れながら大きく溜息を零すのはもう一人の黒混じりの緑色の髪に細目の少年。
面倒くさそうに口喧嘩をする二人の間に入ると、どうどうと暴れ馬を抑えるかのように二人を宥めた。その様子は手慣れたものであり、こうして二人が突っ掛りあうのはよくある事だということが伺えた。
「…ほらほら、二人ともいつまででも喧嘩している場合じゃないでしょ。早く教室に行かないと叱られるよ」
叱られる、という言葉に反応して二人の口がぴたりと閉ざされる。きっと、二人の脳裏に描かれた人物の表情は全く同じだったに違いない。
三人は顔を合わせて心を一つにした後で、大急ぎで走り出した。
その走る最中、先程二人を宥めた少年が迎えにいった相手である少年に尋ねる。
「ところで、何かあったわけ?」
「へ? あ、ああ…。何かな、どうも…」
歯切れの悪い返答に、緑色の髪の少年が首を軽く傾げる。
「……?」
「………………噂になってた新しい教師と会ったみてぇ、俺」
「へぇー、どんなだったんだよ?」
興味深々に尋ねるのはオレンジ色の髪をした少年。
早く話せとばかりに少年を促す。その瞳には好奇心がいっぱいに浮かびまくっている。
促され、少年はやはりまた歯切り悪そうに答えた。
「………なんか、教師って感じじゃなかった…」
と。
十年以上前の作品のリメイク品となります。