80.その後
「予想よりも早かったわね」
静まり返った室内に、一人の女の声が響く。薄暗い室内の一角に無言のまま立つ男が、女の前に浮かぶ光点を無表情で見つめていた。
「魔神オルフェス、何か言ったらいかがかしら?」
根底に流れる静かな怒りを滲ませながら女は優雅に足を組み換えた。
「天照殿にもご迷惑をお掛けした。申し訳ないと思っている」
「今さらよ。あの当時、貴方が一言私たちに助けを求めてくれたら介入できた。ちぃちゃんもこんなことにはならなかったのよ」
いとおしそうに光点を撫でる女神の手の下で、光が瞬いている。
「……本当にすまなかった。こちらに来てからの虐待の影響を最後まで排除することが出来ず、彼女は寿命を全うすることすら出来なかった」
「最後の数年は体調を崩しやすくなっていたものね。まさかこんなに早くちぃちゃんを迎えにくることになるとは、予想してなかったわ」
「償いは必ず」
「貴方に謝ってほしい訳じゃないわ。あのボンクラは何をしているのよ。せめて見送りにぐらい来るべきでしょうに」
吐き捨てるように呟いた女の足は、神経質に揺れている。
「私が来るなと言った」
「貴方が何故?」
「弟が来ればまた不用意に、彼女を傷付ける発言をしかねない。魂だけとはいえ、聞こえているだろうからな」
慈愛に満ちた視線で本来あるべき神の掌へと戻った魂を見つめながら、オルフェスは深々と頭を下げた。
「…………私は世界を滅ぼさない。安心してくれ」
「ちぃちゃんの望みだもの。当然よ」
「まさか死の床で、罪人たちへの赦しと世界の存続を望まれるとは思わなかった」
「貴方の名前を呼んで召喚してまで直接頼んでいたものね」
「彼女が貴女の世界に戻ったら、私の全てをかけていちからやり直す予定だったが……。気が付かれていたようだ」
苦笑を浮かべた男に向けて、天照は今日初めて微笑みを向ける。
「そりゃそうよ。空気は吸うものじゃなくて読むものな日本人が十年も貴方に関わっていたのだもの。マチュロス以外への攻撃は日々激しくなっていた。マチュロスへ逃げ込んできた住人も随分いたし、最近では女王領すら余裕がなくなってきていたじゃない」
「彼女が生きているからこそ、贖罪の為に世界の存続を赦した。彼女が死すならば存続など不要だ」
「……相変わらずお堅いこと」
「この性格は一度弟に吸収された程度では変わらなかったようだ」
珍しく冗談を口にしたオルフェスに、悪趣味だと突っ込みをいれつつ、天照は頬杖を突いた。
「それでこれからどうする気?」
「罪人たちの中には、彼女に殉じたものもいた。その者たちは私の眷属とする。今後は魔として生きることになろう」
「魔物にするの? 貴方に従う魔物は、人を殺しリソースを回収する役目を担っているのよね」
「ああ。今世の記憶と自我を持ったまま魔へと落とし、世界の敵となってもらう。本人たちも当然の罰だと納得済みだ」
「そう……本人たちが納得しているならいいけれど、罰ならばいつかは終わらせてあげなさいよ。この子が哀しんでいるわ」
天照は瞬きを速めている光点を示す。悲しげに瞬く千早だった輝きにつられるように、オルフェスと顔も微かに歪んだ。
「…………あやつらが使い込んだリソースは、ついぞ回収できなかった。ゆえに行わせる強制労働だ。安心いたせ、そう酷使はせぬ。きっちり働いた後は、禍根は残さず他の魂たちと同じに扱うことを約束しよう。
殉ぜず生きている者たちも寿命が尽きたのち、同じように働かせる。
神として出来る最大限の譲歩がこれなのだ。許してくれ」
「それで落ち人システムはどうする気かしら」
「そもそも無効となっているシステムだが、今後は行われないよう目を配る。万一発動された場合は私が世界の存在と引き替えにしてでも、落ち人を故郷に帰そう」
決意を秘めた瞳に納得した天照は、ふわりと千早に向けて微笑む。
「ちぃちゃん、これで少しは安心できたかしら? まさか私が迎えにいってまで、あの世界を心配するとは思わなかったわ。やっぱり優しい子ね、貴女は。
あのね、実は貴女の次の生はもう決まっているの。もちろん他の魂たちと同様に、記憶は消えてしまうけれど、安心してね。きっと喜んで貰える先よ。私たち凄く凄く悩んで議論して、ここしかないって決めたのよ」
神の間が明るくなるに従って、早口になっていく天照にオルフェスが尋ねる。
「……時間か?」
「ええ、ちぃちゃんのことはみんなが見守ってるわ。お母様すら今一度の生を貴女に贈るほどの執着ぶり。きっと凄く幸せに……いえ、違うわね。きっと今度こそ貴女の為の人生を貴女らしく歩めるわ」
そっと送り出す二人に向けて、千早は別れを言うように強く輝いた。
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【関東某所早朝】
「……ああ、母さん? 俺。そう俺」
そろそろあっちも起きただろうかと、一人の男がスマホに手を伸ばしたのがつい先ほど。イチコール鳴るか鳴らないかの内に取られた電話の相手ももしかしたら一晩中起きて待っていてくれたのかもしれない。
「……うん、生まれたよ。無事に。2898グラム。元気な女の子だって。母子ともに無事。後で写真を送るよ」
スマホの向こうから聞こえてくる声に、安堵と喜びのため息吐く。
「まだ会えてない。退院するまで面会も出来ないから……。あ、うん。一ヶ月は向こうの実家で過ごす予定だよ。湊も一緒に。俺も行きたいけど、ほら、今は移動ダメだろう? 万一もあるしさ。テレビ電話で我慢する予定だよ」
湊君も大きくなっただろうし、早く会いたいわねと続く母親の声に相づちをうつ。
「……なあ、母さん、実はもう名前決めてるんだ。生まれる前からずっと相談してさ、ようやく決まった」
「えむにしようと思うんだ。違うよ、笑うの方じゃなくて、ご縁がありますようにの縁に結ぶで縁結。
沢山の縁に恵まれて、ご縁を結んで生きていって欲しいってさ、思ったんだ」
素敵ねと笑う母親の声に涙の気配を感じた。
「……千早以来の初めての女の子だろ? だから母さんも絶対会いに来てくれよな。もちろん連れていけるようになったら連れてくけど。
親父にも、じいさんばあさんにも、二人を見せたいし」
幼くして亡くした妹の名を出す時だけはみっともなく声が震えた。それでもスマホを握りしめて、わざと明るい声で話す。
「親父も馬鹿だよな。雨の日も雪の日も働いて働いて。近所の人たちが休むような時化の日だって無理して船だしてさ。気づいたときには手遅れなんてよ。
田舎には戻ってこなくていいって言って、こっちに家を買うときにだって、何にも言わないであんな大金、ポンと援助してくれてさ。その上、孫に会う前に、あっさりいっちまうんだからさ。あと半年頑張っててくれたら、報告出来たんだけどな」
すすり泣く母親の声を聞きながら、「だからせめて母さんには親孝行させてくれよな」と呟く。
「…………うん。じゃ、俺、今日も仕事だから」
素っ気なく電話を切り、堪えていた涙を拭う。
「家族も増えたし、俺が頑張らなきゃ……だよな。しばらくは子育てで大変なんだから、みんなが戻ってくるまでに少しでも仕事片付けて、システム変えて、早く帰宅できるようにしないと。
一人目の時だってあんなに大変だったんだ。でも何とかなった。今回だってお互いに協力すれば何とかなるさ。幸い俺の会社は理解があるし、先例もある。
みなと、えむ、父さんがんばるからな」
………………この後、この家族は何故か、節目節目でちょっとした幸運に恵まれ続けることとなる。法外な幸せはないが、地に足をつけた平凡な一生を過ごした彼らは、静かにその血を繋いでいった。
fin.
【作者の独り言】
本編最終話です。長々とお付き合いありがとうございました。といいつつ、もう一話、来週におまけの更新予定です。ほら、ざまぁな法王君がまだなので……。
でも、まあ、これが本編最後なので、一応あとがきっぽいものを。
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(後書きっぽいもの)
正直、始まった時には、イベントのみが決まっていて、後は野となれ山となれ状態だったのですが、お陰さまを持ちまして、本編は完結となりました。
この場を借りて、読んで頂いた読者さま、感想を書いてくださった皆様、イラストを下さった先輩にお礼申し上げます。
特に、誤字報告をいっぱい頂いた方。直接お礼を言いたいのですが、個人が分からないのでこの場を借りてお礼申し上げます。
全編通して重苦しい物語でしたが、皆様にお楽しみ頂けたなら幸いです。
次回もどこかでお目にかかれることを祈り、最後とさせて……違う、もう一話あります。
では、また来週(*・∀・*)ノ
2020.6.28 立木るでゆん




