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8、謁見

 神殿控え室、そのひとつで声をひそめて話し合いがなされていた。


「女性でしたら、美しい物に囲まれれば嬉しいかと思ったのですが」


「落ち人様は我々が準備した物を受け取らず、もっと簡素な物をと望まれた。宝石飾りも全て断られ、修道女たちの説得により今は化粧を施されていると聞く」


 言葉を交わすのは、この国の王と宰相。別の控えの間には、法王たちが同じく控えているだろう。美麗な衣装に負けぬ、美しい見た目の男たちだ。だが美しいだけではなく、自然に頭を垂れたくなる威厳もある。現にここに案内した神官たちも、すれ違った修道女たちも自然に頭を下げていた。


「王太子はどうした」


「罪人の紋を持つ他の者たちと同じく、庭にて待機しておいでです」


「そうか。四年前より頭角を表し始めたと思っていたが、まさかこのような故とはな。これならばアレの兄弟たちの内、無理にでも一人は生かしておくべきだったか」


「陛下、こうなるまで誰も殿下が道を踏み外しているとは思わなかったのです。あの方の立太子の礼を行った時に、他の王子様方は政争で負けたのです。命は無きものと皆様覚悟されていたでしょう」


「残った子は王女だけか……」


「争いを好まぬ王女様。物心ついてすぐに、降嫁された二ノ姫様でございますか」


「アレが国を支えることが出来るであろうか」


「さて、二ノ姫様の夫は公爵でこそあらせられますが、風雅を愛し世俗から離れております。何より年も二十離れており、お子もない。難しいかと」


「ならば何としても落ち人様に許していただかなくてはならぬ……か」


「左様でございますね。せめて殿下だけはお目こぼし頂けるように、誠心誠意お願い致しましょう」

 

 約束の時間より少し早く落ち人の準備が整い、移動を開始したとの報告を、神殿に手の者を放つ従者が伝えてきた。今頃同じように落ち人の一挙一動を監視している法王も報告を受けているだろう。


 王と宰相が視線を交わして立ち上がる。神より此度の落ち人には今まで以上の『配慮』を求められた。その落ち人がどのような要求をしてくるか、王たちは身構えていた。




 ――国王陛下のおなりである!


 扉を開く近衛兵が室内に向けて告げる。ゆっくりと開かれる扉から室内を見た王は、顔色の悪い痩せた娘を見つけた。


「(アレが落ち人か)」


「(左様でございます)」


 丸テーブルの下座に一人ポツンと立つ娘を見た王は、動揺が表情に出ないように意識して無表情を貫いた。


 頭から紺色の大判ストールを被り、余りを首に巻くことで肩から胸にかけても覆い隠してしまっている。濃い灰色のドレスは全体に大きすぎるのか、所々布が余っており見苦しい。


 両手を前に揃えて頭を下げたまま動かない落ち人を観察しながら、王は決められた場所に立った。


 ――法王様のお成りでございます。


 王が位置に着くのを待っていた神殿兵が、法王の入室を伝える。


 落ち人は頭を上げることなく、王は身体の向きを変え法王の方を向いて迎え入れた。


 落ち人の姿に関しても報告を受けていた法王は、驚きを露にすることなく上座に立つ。円卓の正面、神の座の前に法王。そこから右に数個ずれた位置に国王と宰相がならびに、法王と向かい合う形で落ち人が立つ。


 タイミングを揃えて王と法王は従者が引いた椅子に腰かけた。


「…………お掛けください」


 ずっと頭を下げ続けていた落ち人がその声を受けて、ゆっくりと自分で椅子を引いて腰かける。椅子を支えた手は枯れ木もかくやと言う風情であり、堪えていたのだろうが腰かけたことにより、安堵の息を漏らしていた。


「配慮が足らず申し訳ないことをしました。落ち人様は目覚められたばかり。お掛けいただいてお待ちいただくべきでした」


 申し訳なさそうに柔らかく微笑んだ法王が、落ち人に話しかけた。法王と王の椅子は木製で全面にクッション性の高い刺繍つきの布が張ってあり、肘掛けのある豪華な作りだ。


 対して若い娘である落ち人の椅子は、座面にこそクッションはあるが肘掛けもなく背中が当たる場所は滑らかな木製だった。


「いえ……」


 言葉少なく返す落ち人は落ちつかなげに、視線を動かしている。


「落ち人様、魔法院の暴走に巻き込んでしまいました。首謀者は既に捕らえております。後程お引き合わせいたします」


「我が国の王太子が迷惑をかけた。辛い目に遭わせたこと、遺憾に思う」


 法王と王がそれぞれに一言ずつ落ち人に言葉をかける。それに対して落ち人が反応する前に、宰相が状況説明に入った。


 神から聞いていた内容以上のことはない。ただ固有名詞をあげての説明に、千早は覚えきれるか心配になっていた。


(告。ここで話した内容を記録。いつでも再生可能)


(ありがとう)


 脳内に天の声から救いの手が差し伸べられた。それに感謝を捧げつつ、宰相の言葉に耳を傾ける。


「さて、オルフェストランス神よりの指示を受け、貴女様を害した者たちは一様に捕らえています。神からの指示は万事落ち人様のお心のままにとのこと。いかがされるおつもりでしょうか」


 滔々と語っていた宰相が初めて千早に返答を求めた。王たちも千早の答えを固唾を呑んで待っていた。


「グレンヴィル王太子、英雄ロズウェル。実行犯魔術師エリック。王子側近が他に六名。魔法院所属で貴女を売り払う手配をした魔導師二名。全てを知りながら隠匿した魔法院長。

 当時砦にいた負傷者たち総勢九十六名。以上百十八名が、落ち人さまがこちらに来られたときの加害者でございます。その他にも農場で貴女様を害しておりました者たちにも、罪人の紋が表れております。こちらは十数名と報告を受けております」


 対応に困った千早は、助けを求めるように室内を見回した。窺う瞳を向ける法王や王は千早から微妙にそらせる。


(告。会って決めることを提案)


 救いの声はやはり天の声だった。確かに一度会いたいと言えば時間が稼げるだろう。その間に考えればよい。


「あの…………」


 小さな声で呼び掛ける千早に向けて、全員が身を乗り出した。


「会ってからでも……いいですか?」


「ああ、そうでしょうね。どのような者たちか分からなければ判断も出来ないでしょう。ですが罪人たちのほとんどが男です。大丈夫ですか?」


 千早が男たちに囲まれて、パニックを起こしたことは記憶に新しい。宰相たちの懸念も尤もなことだった。これ以上落ち人に何かしでかしては、それこそ神の加護を失う。幸いにして御しやすそうな若い娘だ。優しく甘やかせばすぐにでも心を開き、依存するだろう。娘が幸せにさえなれば、神の怒りは解ける。そういった打算が三人の心にはあった。


 問題は誰が主導権を握るかだ。


 神の愛し子として保護を目論む法王と、地に落ちた威信を取り戻すために落ち人を抱き込みたい王家。そして大地に実りをもたらすという落ち人を有効利用したい国。


 神の怒りに触れる恐れはあるが、娘がなつけば利益も大きい。虐待されてきたであろう娘を依存させるのは難しいだろうが、未来の為にやらねばならない。


 それと同時に王は今のところ唯一王家を存続させられる可能性が高い王太子の助命も嘆願せねばならない。


 ただ、途方にくれた子供のような反応をする娘が、誰かの命を要求することもなかろうと、密かに安堵していた。



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