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52、望まぬお客様

「ティハヤ様、申し訳ございません。数日あるいは数週間お側を離れる許可を頂きたいのです」


 ロズウェルがそう切り出したのは千早がこの異世界に移転してきて五度目の春の事だった。


「あ、はい。どうぞ」


 突然のことに驚きながらも「いってらっしゃい、気をつけて」と反射的に返した千早にロズウェルが深々と頭を下げる。


「三又村の半数以上も砦に戻ることとなりました。何か大人数で行う作業がある場合は、事前に知らせを頂けますか?」


 同時にジンから普段から千早の生活を支えている三又村の兵士たちも砦へと戻ると知らさせた。流石に不思議に思った千早が、また何かあったのかと問いかける。


「……少々望まぬお客人が来るだけです」


「防衛砦から吊り橋砦へと人員の配置変更も終わっております。ご心配なく」


「今度は誰が来るの?」


 イスファンから、ギリギリまでティハヤには知らせぬようにと命令されていた兵士たちだったが、移動するにも許しが必要だと今日になって切り出したのだった。事前に何処まで話すかは議論になったが、下手に隠しても『神の声』とやらでバレるだろうと結論が出ていた。


「法王が参ります」


 それでもうっかり墓穴を掘りそうなロズウェルやエリックに報告をさせることは危険と判断し、千早の家に配属された兵士の中では年長であるジンが代表して答える。


「法王……? あのキンキラした椅子に座ってた人?」


「きんきら……」


「一度、みんなと初めて会ったときに王さまと法王様にも会ったから」


「法王に会ったのはその時だけでございますか?」


「私は男の人苦手だって思われてたから、いつもは修道女の人たちと貴族のお嬢様たちがいたよ。男の人は衛士さんくらいかな」


「そうでしたか。だからゴンザレス殿とは面識があったのですね。法王とは一度会ったきりですか。そうですか……。

 ティハヤ様、この地に参るのは法王だけではございません。同行する民がおります」


「また?」


 仄かに眉をしかめながら、首をかしげ問いかける千早に、兵士たちは深々と頭を下げた。


「そう……それで今度は何人くらい?」


「万を超えると……」


「万?! 嘘でしょ」


「事実でございます。

 一万五千から二万人とも言われております」


「移住希望者なの?」


「……法王は表敬訪問に同行するだけと言っておりますが、どこまで信じられるか。最悪は棄民だと思わねばなりません。

 イスファン隊長は武器を抜いてもこのマチュロスにこれ以上の受け入れは拒否されると話しております。ティハヤ様におかれましてはどうかお気になさらずに」


 顔色を変えた千早を宥めるジンの表情も暗い。


「数日前からマチュロスを覆う霧の神気も、更に濃く重くなっている。害ある者はこの地を踏むことすら出来ないだろう。だから心配するな」


 その暗くなった空気を裁ち切るようにエリックが断言した。神気を調べたいと訴えるエリックだったが、ロズウェルが砦に戻る状況で千早の守りをこれ以上薄くすることは出来ないと却下されていた。


「分かりました。ではお客様対応はよろしくお願いします」


「お任せを」


 翌早朝に旅立ったロズウェルを見送り、千早は変わらぬ穏やかな生活を送っていた。


 春になり種を植えたばかりの畑は、作物の種類もずいぶん増えた。上手く芽が出れば、今年の食卓は豊かになるだろう。


 目を転じれば山羊たちが思い思いに草を食んでいる。ちなみにベヘムから譲り受けた山羊も、普段はそのままベヘムに世話を頼んでいた。そのお礼という名目で、浜辺近くの牧草地帯を無料解放している。


 落ち人に唯一招かれ、定期的に会う羊飼いがいる。最近は少しずつその話が広まり初め、イスファンの命令により、ベヘムと三又村の祖母にはこっそりと護衛が付けられていた。


 その三又村へはティハヤの名で定期的に塩や魚を届ける代わりに、ハムやチーズ、ヨーグルト等の加工品を受け取っている。贈り物だと差し出される加工品の多さを気にした千早が、兵士たちに頼み説得してもらった結果だ。


 晩秋から冬にかけてマチュロスに住み着いた民たちは、折に触れて会うことを禁じられたティハヤへの贈り物を兵士たちに託す。冬の間に作った籠や縄、刺繍入りの布など多種多様なそれらを、千早は恐縮しながらも受け取っていた。


 お礼は何をしたらいいだろうと相談されたイスファンやナシゴレンは、一度は当たり前の事だから気にしなくていいと千早を説得した。だが気にし続ける千早を見て考えを変え、二人の提案で、各開拓地に追加で定期的に【土】を送ることになり、それにより民たちの千早への感謝は日々厚くなっている。


 ようやく落ち着きを取り戻しつつあるマチュロス領だったがそんな中でもたらされた一報。


 万を超える民の接近。千早はその日以来落ち着かなげに、砦のある方向を見つめていた。





「ティハヤ様、気になりますか?」


 犬たちと遊んでいたはずの千早がぼんやりと空を見ていた。その方角に気がついたジンが声をかける。


「うん……どうなったかなって」


「昨日、法王が到着したとの知らせが参りましたから。今ごろはイスファン隊長やナシゴレン副長が上手くあしらっていますよ」


「そう言えば何でロズウェルさんも呼ばれたの?」


「ああ、英雄殿は勘当されたとはいえそれなりの貴族……しかも神殿とは距離を置く一族でございましたので牽制になればと呼ばれたのでしょう。腹芸は出来ず素直過ぎる性格ですから、交渉ごとは任せられませんが、剣の腕は確かです。ただ立っているだけならば良いプレッシャーを掛けられましょう」


「ロズウェルさんって強いの?」


「強いです。少なくとも一対一の戦いならば、我々の歯が立つ相手ではありません。おそらく五対一でようやく五分というところでしょうか」


 初めて聞いたロズウェルの強さに千早は驚いている。ポカンと空いた口を見て、ジンは苦笑を浮かべた。


「あれでも英雄です。我々では部隊でかかる敵も、ロズウェルにかかれば単騎で狩ることが出来る。無論、王太子の護衛として、人との戦いの訓練も積んでいる。

 世界でも五本の指に入る強者です。そうでなければ、あいつをティハヤ様のお側になど置きません」


「知らなかった」


「そんなわけで、ロズウェルはちょっとした有名人なのです。飾っておく分には損にはなりません」


「ふーん。スゴい人だったんだね」


「気になるなら見に行くか?」


 砦の方角を見る千早に、背後からエリックが話しかけてきた。


「見に?」


「エリック!!」


 声を荒げて咎めるジンに向けて鼻を鳴らしたエリックは千早と向き合う。


「朝から境界の神気が荒ぶっている。

 気になるなら連れていく。空を飛べば一時間ほどで砦につく」


「でも……」


「気にならないならいい。俺がひとりでいってくる」


「ティハヤ様の護衛はどうする気だ!」


「ここに危険はない。安心しろ。

 それよりも何か掴めるかもしれん。機会を逃したくない」


 気が急いているエリックは今にも飛び立ちそうになっている。


「…………砦には行かない。でも近くまで頼める?」

 

 しばらく悩んだ千早はエリックへと答えた。


「ティハヤ様?」


「今でも人は恐いよ。会いたくない。

 でも何も知らないで待っているだけはもっと怖い。

 だから遠くから見てる」


「分かった。来い」


 ジンの制止を振り切って、抱き上げようと身を屈めたエリックに掴まる。そのまま千早はふわりと大空へ浮かび上がった。


「すぐ戻ります!!」


「ティハヤ様、お考え直しを!!」


「ごめんなさい。私の知らないところで何かを決められるのはイヤなの」




 抱き上げられたまま大空を運ばれること一時間。砦近くまでついた千早は霧の先へと目を凝らす。


「霧、濃いね」


「ああ、凄い神気だ」


 圧倒されたように接近を止めたエリックが地上へと降りる。


 全く外を窺わせない白い闇と言っても過言ではない濃霧はマチュロスの境界全体に広まっているようだ。


「……なんだ? 何か騒がしいな」


 最初に異変に気がついたのはエリックだった。奇妙な気配を感じたのか、霧の一角を見つめている。


「どうしたの?」


「何かおかしい。俺の側を離れるな。危険がありそうならば全力で戻る」


 千早を手繰り寄せつつもエリックは霧から目を離さない。


「そんなに? エリックなら危険でも気にしなさそうなのに」


「分からないのか?

 これを感じないとは、落ち人は全く危機察知能力がないのか?」


 焦りすら表情に滲ませながらそれでも目を離せないエリックと、警戒しつつも全く危機感が感じられない千早の目の前で突如霧が形をとり始める。


「あれは……ガーゴイル。いやゴーレムか?」


「アウン像……じゃない。四人いるし」


 砦の前の霧が晴れ、突如現れた人影。そのシルエットを見た千早が首を傾げている。


「知っているのか?!」


「多分日本の神様……かな。大晦日のテレビで見た気がする」


 遠く仁王立ちのシルエットの前には、逃げ惑う人々と禍々しい獣たちがいた。



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[一言] 阿形と吽形か
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