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51、弱まる力

 必死に大地を支え続けるオルフェストランスにも、法王の祈りは届いていた。


 声を届けようと何度となく神託を試みるも、何故かその声は届かない。


「何で僕の声が聞こえないんだ? お前は僕を祀る法王だろう」


 焦りに脂汗を浮かべたままオルフェストランスは大地に視線を走らせた。


 今までも変わらぬ渇いた大地。人間だけではなく王都にいた全ての生命が減ったことにより、悔しいが安定の兆しを見せ始めていた。


 旧マチュロス……いや、千早が地名を変えることを嫌がった故、そのまま呼ばれているマチュロスを覆う異界の神の力は今日も安定している。


 東に目を向ければ新たに王位についた先王の娘が世界をまとめあげようと奮闘していた。


 崩壊の危機には瀕していても、やり方さえ間違わなければ挽回できる。数十年振りに憂いが薄れたはずの世界で、法王が統べる地だけが異質な輝きを放っていた。


「祈りを捧げられる対象は確かに僕だ。でも何かが違う。何かがおかしい」


 悩む少年神の所に、今は顔も見たくない煮え湯を飲ませられた異界の神々が現れた。


「何をお悩みかね?」


「あら珍しく頭を働かせているようね」


「はは、ざまぁ」


 知識神と豊穣神、そして破壊を司る道化神の三柱が、前触れもなく現れオルフェストランスの神の間で寛ぎ始める。


「世界がおかしい」


 私室とも言える神の間で勝手に寛がれることは腹立たしいが、問いかけられる相手は彼らだけだった。


「ん?」


「……あら」


「へぇ~」


 意味深に目配せを交わす三柱に苛立ちも隠さず、オルフェストランスは重ねて問う。


「……変革期だな」


「神と人との関係が変わるわね」


「ようやく親離れの時期が来たってことか。おめでとー」


「どういう事だ?」


 呆れたような視線に晒されながら、オルフェストランスは問いかける。


「神世と人の世が別れ始めている」


「予想よりずいぶん遅れたけれど、これもまた時の流れですわ」


「俺たちの星では二千年以上前の出来事だけどな」


 口々に祝福を語られるも、己の手から世界が離れる事をオルフェストランスは理解できなかった。


「何故? ようやく世界も安定させられるのに。どうして変革期など。僕の何が悪いと言うんだ?」


「あら、我々が悪いんじゃないわ。でもヒトが悪いとも言えないわね。

 世界は十分に成長したのよ。喜んであげないと」


「僕の世界は成長などしていない!!

 現に落ち人を……千早さんを落とすことで存続させた世界だ」


「ああ、言い方が悪かったな。

 ヒトは神を必要としなくなった。そう言うべきだ」


 片眼鏡をかけた壮年の男の姿を姿をとった一柱が冷徹に断じる。


「ある日突然くるからビックリするよなー」


 茶目っ気を滲ませた猫のような表情を浮かべた一柱が過去を思い出して独り語る。道化の仮面を取ったその見た目は、オルフェストランスよりも更に若い少年であるが、強い厭世感が漂っていた。


「どういうこと……」


「さっきからそればかりかよ。

 ヒトが神を信じなくなった……。いや、神を己の中の存在としたと言えば分かるか?

 今までこの世界のヒトにとって、お前は現実に在る存在だった」


「ああ、僕はここにいる」


「だが今この世界の連中にとっては、お前はいないんだ。いや、【オルフェストランス】という記号になったんだよ」


「記号だと?」


「意味付けも見た目も歴史も権能も全てが自由に決められる記号としての【神】。

 それが世界が分かれる第一歩。我らもその段階を踏んできた」


 理解不能という雰囲気のオルフェストランスに、唯一女の姿をした一柱が解説をする。


「ヒトが想う神と、現実にいる私たち。

 その解離があまりに大きくなると起きるのよ。私たちを私たちとして認識する者には、今まで通り影響を及ぼせる。でも大半のヒトは我々を認識しなくなる。及ぼせる影響はどんどん狭く弱くなる。

 今は法王と呼ばれるあの雄だけかもしれない。でも始まりに過ぎないわ。妥協点が早く見つかるといいわね」


 取って付けたように慰めを口にする女神にオルフェストランスは口を尖らせた。


「法王だけじゃない。既に聖都にいる者たちのほとんどは僕の声が聞こえない。

 いつからかなど分からない。今まで神託を与えるのは聖都の法王だけだったから」


「ふーん、なら力を試しに振るってみればいい。誰になら声を届けられる? その意思が分かる?」


「………………………あぁ」


 提案されるまま力を振るおうとして、オルフェストランスは顔を覆った。そのまま豪華な王座に力なく崩れ落ちる。


「………………千早さんには繋がる」


「ええ、私たちも力を使っているから当然だわ」


「…………罪人たちにも届きそうだ」


「紋を刻んだのだから当然だ」


「………………」


「……? まさかそれだけ……とか?」


「違う。集中すれば繋がりそうな者は他にもいる!」


「集中しなきゃ無理かよ」


 立ち上がりぐるぐると歩き始めたオルフェストランスに突っ込みを入れながら、少年神は世界を見つめている。


「どうした、ロキ」


「あそこ、綻ぶ」


 黄金の瞳を輝かせた少年神は世界の一角を指差す。


 慌てて意識を集中するオルフェストランスの目の前で変化が起きた。


 地面から染み出す黒い靄。

 萎れる草木。

 逃げる鳥獣。


 オルフェストランスはその輝きを力に変えて大地に送るが、靄がもたらす変化の方が早かった。


「うわっ! めっちゃ魔物! すっげぇ魔物!! これぞモンスター!!」


「妖物か」


「混沌の澱ね」


 ギャハハと笑い転げる少年神を横目に、冷静な二柱は状況を冷静に把握していた。


「僕の力を弾く?!

 いや、違う。効いてはいる。でも滅ぼしても即復活する。傷つけても治癒する。今までの魔物と何かが違う」


 救いを求めるように見るオルフェストランスに壮年の一柱が答えた。


「今までは神世の理で作られた歪みだった。

 今はヒトの世の歪みが世界の綻びに作用している」


「世界の綻びをヒトの世の恨みや怒りや恐怖等の負の感情が喰らっているわね。ならば人知れず我々が正そうとしても無理だわ」


「ヒトの世の歪みは人の手によって正される」


「ヒトの世の恐怖は、統べし人により慰撫される」


「私たちはただ綻びを繕うのみ」


「そんなのはイヤだ! この世界は僕のっ」


「そろそろ自覚しろよ。確かにこの世界はあんたの世界だ。でもその世界には沢山の生き物がいる。あんたが創った。そうだろう?」


「ああ、僕が創った。僕……と、兄が創った」


「世界は神の手を離れた。これより先はただ見守るのみ」


「でもオルフェストランス様は幸運よ」


「何が幸運だ」


「貴方には貴方の声が聞こえる罪人がいる」


「千早さんのだろ」


「ええ、千早さんの罪人。でも声を届けられるだけでも幸運よ」


「でも利用しようとなんてするなよな。フレイアは甘すぎる」


「分かっている。千早さんの幸せが第一なんだろう! あんたらはそればっかりだ。

 でもおあいにくさまだな。千早さんはまだ自分の幸せが何かも分かってない。だから幸せにするなんて無理なんだよ!!」


「逆ギレ。だっせー」


 掴みかかったオルフェストランスをいなしながら、ロキは嗤う。


「それでもかの幼子を幸せにするのが世界との約定。忘れるなかれ」


「ああ! 千早さんが幸せを見つけたらなにがなんでも与えるよっ」


「ならば良い。力が弱まろうが、理が変わろうが約定は約定。界を繋ぐ信頼。

 その言を違えるな」


「ふーん、ならもう少し見守っといてやるよ。

 ああ、綻びはマチュロスだったかな、千早さんの土地には及ばない。良かったなー、面倒を見る場所が少なくなって」


「失礼なことを言っては駄目よ。

 ではオルフェストランス様、我々はこれで。

 これからも今までの勝手が通じない事が多くなりましょう。どうぞご注意下さいませ」


 思い思いに別れの挨拶を送り、異界の神たちは己の世界へと戻っていった。残されたオルフェストランスは何処まで力が振るえるのかを確かめる為に、その身を神力で満たしていった。




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