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49、田植え

 海からの暖かい風に守られ、水も凍ることなく春を迎えられた。ポツポツと気が早い草が芽を出し、冬の間、新鮮な餌を求めていた山羊たちがまだ柔らかい芽を()む。


 それをのんびりと犬たちが見ていた。千早に引き取られた子犬たちも遠目には区別がつかないほど大きく育っている。


「ティハヤ、これは上でいいのか?」


「うん、ありがとう。その箱のまま丘の上の田んぼに運んで」


 良く似た格好をした少年と少女が、同じように両手で持った箱を重そうに運びあげる。それを手伝う大人たちは軽々と数個重ねて軽々と運んでいた。


 なだらかな坂道の両脇には、冬の間に整備された棚田が広がっている。


「ティハヤ様、こちらの木枠は?」


 人の背丈ほどもある八角形の骨組みを担ぎ上げた兵士に千早は答える。


「転がして田植えの目印にするらしいので、上にあげてもらえますか?」


「畏まりました」


 危なげなく木枠を担いだ兵士は軽い足取りで丘を上がっていった。


「エリック、溜め池はどうだ?」


「問題ない。水温も大丈夫だろう」


 荷運びに参加していない兵士とエリックは、冬の間に作った上の溜め池と水路を確認している。当初は水路近くに田んぼを作る予定だったか、ある日突然何故か頂上近くに湧き出した水が瞬く間に池となったために、丘の一角を田んぼとしたのだ。


「残りの苗は我々で上げます。ティハヤ様はタウエとやらのご準備をされてください。この後どうすれば良いのか、ティハヤ様に教えて頂かなくては誰も分かりませんから」


 そう話して運びあげるべき物を確認し、普段は吊り橋砦に詰めているナシゴレンが陣頭指揮をとっている。


 その後ろに珍しい顔を見つけて千早は驚いた。


「ジンさんまで来なくても……」


「はは、なぁに、昼の仕込みは済ませてあります。ティハヤ様の故郷の主食ならば、是非とも知らねばなりません」


 ジンが珍しくエプロンを脱ぎ作業に勤しむ兵士たちに交ざった。それに驚いた千早が声をかけるとコミカルな動きをつけて、たまには動かないと腹に肉がつくと笑った。そのまま荷物運びに精を出している。


「しかし本当にこんなに水浸しで良いのですか?」


「あ、ゴンザレスさん、いらっしゃいませ。まさか本当に来てくれるとは思いませんでした」


「ティハヤ様からのお誘いですし、珍しい異界の食物だそうですので是非とも参加させて頂きます。

 今日はお言葉に甘えて妻子も連れて参りました」


 普段は半島へと続く三又の分かれ道に作られた村で暮らすゴンザレスが家族と共に訪ねてきた。


 千早から移住してくれるなら不自由がないようにと頼まれ、兵士たちが気を使った結果、既に小屋だが風雨をしのげる家があり、大量に与えられた肥料を使い作った豊かな畑は、冬にも関わらず家族三人が悠々と暮らしていける実りをもたらしていた。


 同時にベヘムの村から来た数人の住人も、同じように豊かな大地に驚きを隠しきれないでいる。


 ベヘムの祖母も三又村へと越してきており、最近は山羊たちも四日毎に行ったり来たりの生活をしていた。


「マーガレットでございます」


 ゴンザレスの妻であるマーガレットは、紺地の清潔感のあるロングスカートにブラウスを合わせ、寒くないようにストールを巻いた姿だ。人好きのする柔らかな微笑みを浮かべて、ほつれた栗色の髪を押さえてから、千早へと丁寧な挨拶を送った。


「シャーロットです。はじめまして」


 薄い金茶の髪をお下げに結び、物怖じしない元気な微笑みを浮かべた十二、三歳くらいの少女はピョコンと勢い良く頭を下げた。


 屋外の作業と伝えていたからか、リボンを巻いた麦わら帽子を被り、母親の物だと思われるストールを巻いている。


「ティハヤです。ご挨拶が遅れてすみません。

 ご無事で何よりでした。旦那様にはいつも大変お世話になっています」


「ご丁寧にありがとうございます。

 ティハヤ様のご厚情により、このマチュロスの地で暮らさせて頂いております。心より感謝致しております」


 地に膝が付くのではないかというほど深々と膝を折り、頭を下げた母親の真似をしてシャーロットも頭を下げた。


「ティハヤ様、これどうぞ」


「え……、あ、良い匂い」


 シャーロットに満面の笑みで差し出された花束を受け取った千早が、仄かに香る柔らかな花の薫りに頬を弛ませた。


「秋に森で沢山摘んだの!

 乾かしておいたから、まだ良い匂いでしょ。冬の間、お花ないから淋しいし、ティハヤ様にもプレゼントです」


「森には綺麗な花があるんだね」


 もう一度ドライフラワーの花束に鼻を寄せてから千早はシャーロットにお礼を言う。


 白とオレンジ、そして濃いピンクの花弁を持つ複数の花で作られた花束は、優しい香りがしている。


「ティハヤ様、お花は好きですか?」


 ゴンザレスに睨まれて少し丁寧な口調となったシャーロットが、花から目を離さない千早に問いかける。


「うん、好きだよ。

 タンポポ、チューリップ、パンジーにレンゲ……。沢山集めて花束にして、家に持って帰って萎れちゃったり。

 梅が咲くとようやく暖かくなるぞってみんなと話したっけ」


「聞いたことのない花の名前ですが、ティハヤ様の故郷の花ですか?」


「そうです。家の庭に植えていたのもあるし、近くの空き地に生えてたのもある。山に行けばもっと沢山の種類の花があって、綺麗だねって見ながら、ついでに山菜採って帰ったり」


 千早はしんみりとした雰囲気のままゴンザレスに答える。その空気を感じたのか、大人たちはどうしたものかと目を交わす。


「あの、私はロッシェルブルーが一番好きなの。ティハヤ様は何が一番好きですか?」


「ロッシェルブルー?」


「甘い香りのする青紫色の初夏の花です。秋に沢山の黒い実をつけて、それも美味しいの」


 思い出しているのか身ぶり手振りをつけながら、こんな感じの花と一生懸命説明するシャーロットに、千早が笑みを向ける。


「私は……桜かな。

 毎年お花見してたし」


「サクラ? それはどんな?」


「春に咲くんだ。花弁は五枚。白に近いうすピンクの小さな花を木から溢れるんじゃないかってほどいっぱいつけるの。

 香りは強くないかな?

 花が咲くとね、日本全国あっちこっちでお祭り騒ぎ。楽しいんだよ。春が来た! って感じで」


「見てみたいなぁ」


「うん、実はね1本だけ家の入り口近くにあるんだ。ここからも見えるよ、ほらあの井戸の近く。けっこう立派でしょ。って、あれ、ダイ達が走ってきてる。なんだろう。まぁいっか。

 ごめんね、犬がはしゃいでるみたい。

 桜、咲いたら見に来る?」


「あの枝しかない木? あれがサクラなんだ。

 ホントに咲いたら見に来て良いの?

 やったー。絶対だよ!!

 パパ、良いよね?」


「ティハヤ様、ご迷惑では……」


 困惑するゴンザレスに首を振った千早は、ご家族でどうぞと笑っている。ついでに通りかかったベヘムも誘って、桜が咲いたら花見をしようと約束した。


 それを聞いていたジンが、食事の支度はお任せくださいと笑って通りすぎていく。


「楽しみにしております」


「はい。きれいに咲いてくれると良いんですけど……」


「きっと綺麗に咲きます」


「そうですね。さあ、じゃあ田植えしちゃいますか。泥だらけになるので、皆さんは見ていてくださいね」


 ゴンザレス一家を丘の上に案内しながら千早はこの後の予定を説明する。


「しかし、驚きました。異世界の苗がこんなに」


「苗というか種ですね。年越しの晩にガタガタうるさいなぁって外に出たら、入り口に色々積んであって。

 うるちとモチがあったから、一応田んぼも混ざらないように分けたし」


「うるちとモチ?」


「お米の種類です。

 うるちにも種類があるんですけど、この世界に最適化された種類だから、名前はないって言われました。初夢で逢えたから色々教えてもらったの」


 頭に「?」を浮かべながら聞いていた大人たちは、田んぼの脇に到着した。千早の移動を見つけて駆け寄ってきた犬たちも、舌を垂らし近くの地面に伏せている。


「さて、まずは木枠を転がして、目印をつける。その後にそれに沿って米苗を植える、だったかな。日本じゃもっと暖かくなってから田植えするのになぁ……」


 エリックの魔法により代掻きまで終わった田んぼに千早は迷うことなく入った。一度水の冷たさに驚いた後、木枠を動かそうとして重さに苦戦している。


「お手伝いを」


 ワン!!


 大人たちが手を貸すと同時に、若犬三匹も勢い良く田んぼにダイブした。


 沈む地面に驚き暴れるせいで泥が飛び散り、シャーロットや千早が悲鳴を上げる。


「コラ、ダイズ、アズキ、ササゲ!!」


 慌ててミュゼが順に田んぼから救出する。泥を飛ばそうと身を振る犬たちをみんなが笑っていた。


 そんな風に大騒ぎしながら、田植えは丸一日かけて何とか終わった。腰を屈めての重労働に疲労する大人たちとは対称的に、比較的元気な子供達は退屈した犬たちと遊んでいた。


 初めはおっかなびっくりだったシャーロットも、すぐに慣れて全身を使って犬たちと遊んでいる。


 そうしている間に日暮れになり、ベヘムやシャーロットは新しく作られた村へと戻る時間となった。


 集められた山羊たちを誘導し別れる前に、花見の約束を確認する。


 夕焼けに照らされて帰っていく友人たちの後ろ姿を千早は長く見送っていた。





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