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46、村を作る

 イスファンの執務室に懲罰隊と砦の上位陣が集められた。わざわざの招集に視線を交わし、状況を探る部下たちに向かって咳払いをする。


「ティハヤ様が農民の受け入れを決められた」


「まさか」


「あれほど嫌がられていたのに」


 驚きの声を上げる部下を見ながら、一度大きく頷くと続ける。


「本心では今でもお嫌だろう。だが民が死ぬのを見ているのも嫌だと受け入れを決められたようだ。何より森に民が住めば、防衛にも支障が出るだろうし、森も弱るだろう。身の安全の為にもそれは望まないとのお言葉だ」


「可哀想に」


「やはり優しい子ですね」


「何よりも賢い。幼い時にこちらに拉致され、その後まともな教育も受けていないのに、それを思い付くとは……」


 何とも言いがたい雰囲気が室内に満ちる。


「故に我々はこれ以上ティハヤ様のご負担にならないように、民を受け入れなければならない」


「お目に触れぬ様にするのは当然ですな」


「接触を持たぬように監視も必要でしょう」


「これ以上数を増やさぬ様に対策が必要では?」


「現状逆らおうという者はでないでしょうが、将来に渡ってとなると変化があるかもしれません。対策が必要では?」


 口々に意見を交わす部下たちを一度静めてイスファンが場を取り仕切る。


「まずは現状を確認する。ナシゴレン」


「は! 現在この森に到着しているのはおよそ百二十名。貧民であり冬を越す十分な物資も持っておりません」


「ファンテック、近隣の現状は?」


「近郊の街にはおよそ五百。各村に身を寄せている者たちを合わせれば、倍の千名程度。この者たちは何とか私財を持ってこの地方に来ております。何とか援助なくとも凍え死ぬことはないでしょう」


「各貴族たちへの連絡はどうなった?」


「書簡にて受け入れ不能を通知しておりますがどれだけ効果があるか分かりません。どこも今年は不作です。

 東に遷都された王女様からは書簡の内容に関しての了承と、民への対処への協力の申し出が来ております」


「法王は?」


「あちらからはそもそも棄民は送られておりません。今後も来ることはないかと思われます」


 現状対策が必要な人数を確認し、イスファンは次の確認に移った。


「民が見たと言う落ち人様の神託はどんなものだった? 対策が必要か?」


「民が見たものでは個人の特定は出来ぬようになっていたそうです。分かったのは落ち人、王族、兵士という大きな括りのみだそうです。

 兵士が我々であると言うことは広まっており、王族が廃太子となったグレンヴィルであろうとの噂も広まっております。

 ティハヤ様のお顔が知られていないのが救いです」


「我々への反応は?」


「内心はどうか分かりませんが、表面上は大人しいものです。武器を手放したらどうなるかは分かりませんが……」


「あくまで我々は加害者だからな。民からしたら仇であろう。分かった。哨戒任務に就く者たちには今まで以上の注意を払うように伝えよ。決して一人で動くなよ」


「やはり廃棄地に民を受け入れるのは危険が大きすぎませんか?」


 現状を確認するにしたがって明らかになる状況に、ナシゴレンが難色を示した。


「確かに数が増えれば我々とて守りきれるか分からん。だがティハヤ様のお心に添う為には……」


「ロズウェルも余計な事を言ってくれたものだ」


「グレンヴィル殿下もな。全く甘いとしか言いようがない」


「過ぎたことを論じても仕方ない。それよりもどうするかだ」


「ティハヤ様の守りを更に厚くするのは当然として、民をどうやって制御するかです」


 平和的な方法から暴力に訴えるものまで、様々な対策が提案されて却下される。いっそのこと神に守られているであろうティハヤの運の良さに賭けるかと、自暴自棄の意見まで出始めたとき、一人の兵士が呟いた。


「……いっそ全員奴隷に」


 低い声で呟いたのにも関わらず、その提案は室内に響いた。間髪を容れず叱責の声が飛び、口に出した兵士も謝罪する。だが他に良い手も浮かばない。そんな八方塞がりの閉塞感に部屋が支配された時、エリックがノックもせずに乗り込んできた。


「おい、ティハヤの地への受け入れについて話しているのは本当か?」


「何のようだ。下がれ」


「ふん。すぐに帰るさ。コレを渡しにきた」


 執務机の上に無造作に転がされたペン状の棒に室内の視線が集中する。


「コレは?」


「俺たちの紋を研究して出来た副産物だ。

 動力は肥料置き場から出た石だ。その棒の先を押し付ければ簡易の罪人の紋を刻める」


「お前はいったい何を作っているんだ」


 呆れ返った声に肩をくすめたエリックは、何でもないことのように答えた。


「研究の息抜きだ。今の俺には理解不能な技術が使われているならば、何かの足しになるかとな」


「そんなことより早くティハヤ様に我々が奪ったリソースを戻す術式を作れ。出来ないならせめてこれ以上奪わないですむように改良しろ」


「ふん、分かっている。もう少しだ。それと出来上がったら誰が初めに実験台になるか決めておけよ。何が起きるか分からん」


「何がってなぁ」


 呆れた口調で突っ込むファンテックに向かってエリックは肩をすくめる。


「リソースを奪いすぎて干からびるか、消滅するか、死ぬか……。はたまた障害でも残るか」


「おい、そこを何とかするのがッ」


「そこまでだ。エリック、今はそれどころではない。後でゆっくりと報告を聞く。

 それでコレはどういう効果があるんだ?」


「先ほども話したが罪人の紋を刻む。

 もうひとつの呪具で居場所が分かり、場合によっては痛みを与えることも殺すことも可能だ。発動条件は紋を刻むときに決められる。

 ただ……」


「ただなんだ?」


「双方の同意がいる」


「同意か……。逆に好都合では?」


 ナシゴレンがイスファンに提案する。


「コレを使えばそもそもティハヤ様に害意を持ってこの地に紛れ込んだ人間の特定が出来ましょう」


「奴隷よりはマシか」


「はい。両半島に五百名ずつ配置し開拓を命じ、競わせれば効率も上がるでしょう」


「解除は可能か?」


「不可能だな。少なくともオレの研究ではまだ出来ていない」


「そうか……。

 では希望者のみにしよう。不同意の者は近郊に受け入れを打診する。この土地に入れるのはあくまでティハヤ様に服従を誓ったもののみだ。課せる条件を詰めろ」


 一人の側近を指差しイスファンが指示する。尋問等を担当しているその兵士は、自信を持って頷くと立ち上がった。


「畏まりました。至急条件の叩き台を作ってお持ちします。エリック、付き合ってもらうぞ」


「ああ。分かった」


 二人が連れだって別室に移動すると、イスファンが次の議題に移る。


「では次にティハヤ様の護衛の増員だが」


「近くに我々がいては落ち着かないようです。やはり近隣に駐屯地を作らせて頂き、そこを拠点に脅威の監視するべきでしょう」


「ああ、日によってティハヤ様の気分も変わる様だしな。我々への口調がそれを物語っている。

 ベヘムの祖母やゴンザレスたちが移住するなら、その村と同じ場所に作るのが良いだろうな」


「半島への分かれ道周辺が良いのでは?

 これから冬になります。ちょうど農作業も一段落しますので、村作りにはよいかと」


「そうだな。では村の設計と同時に、周辺の調査を。一度調べた後だ。更に詳細に調べるべき所も少ないだろう。

 半島の村……いや五百名もいれば町といった方がいいな。町の場所も決めなくては。

 こちらは数年間はテントとなるだろう。冬に凍死しない程度の準備はせねばならんな」


「砦にある予備の天幕の手配を」


「保存食の作成も急がせばならないでしょう。特に今ならば森の恵みも集められるでしょう」


「計画が固まり次第、ティハヤ様にご報告する。各自仕事にかかってくれ」


 森に住む棄民を動員し食料確保に励む班。防衛砦から救援物資の搬出を担当する班。町の設計を行う班等々、手早く担当を割り振る。


「……ティハヤ様にお願いして廃棄地の名前を何にするか決めていただかなくてはな。いつまでも旧マチュロス領や廃棄地では格好がつかない」


 そんな事を呟きながらイスファンは、側近であるナシゴレンとファンテックを連れて立ち上がる。


「ティハヤ様から許可を頂いたら、殿下や貴人どもにも警告をしてやらなければならないな。一応、死なれては厄介だ」


 この冬は激務になると気を引き閉めた三人は、それぞれの持ち場で働くために足を早めた。






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