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番外編小話 真夜中の怪

 廃棄地深夜。虫の声すらしない闇夜に、ひとつぼんやりとかがり火が光る。


「交代の時間だ」


「変わりはないか」


「ああ、平和なものだ」


 日中の熱気の残滓か、生暖かい空気に包まれつつ、兵士達は引き継ぎを済ませる。


「見回りの時間だ」


「ようやくだな」


「ただ立ってるのも辛いからな」

「平和なのは良いことだが、ここまで静かだと眠くなる」


 落ち人の家の前に立ったまま、微動だにせず一点を見つめ続ける立ち番の兵士を同情を込めて見る。罪人兵士の一人は新入りを連れて立ち上がる。


 何度目かの入れ替えで初めてここに来た新入り兵士は、落ち人が召喚された時、砦にいた兵士達の中で最年少の12歳だった。

 当時は下働きの母と一緒に砦に住んでいた。だがある日、砦の中庭まで侵入を許した魔物の襲撃を受け負傷。母親は死に、庇われた息子だけが落ち人ティハヤの力を受けて生き残った。


 胸元に走る傷痕はいまだ深く、実験結果を受けて軍に組み込まれた少年に自由はない。ただ命じられるままに砦で鍛えられ、15歳の徴兵年齢と同時に実戦に出された。


「あの……」


 優しげな顔立ちとは裏腹の筋肉質な身体と、片腕覆う禍々しい罪人の紋が少年の人生を物語っている。


「落ち人様はお休みだ。万一にも起こさないように、物音をたてるなよ。

 家の周囲を一周し、物置小屋、倉、家畜小屋を見回り、その後畑の外をぐるっと回って帰ってくる」


「はい」


 砦の兵士達で育てた少年は素直に指示に頷く。そのままボソボソと手早く打ち合わせを済ませ、剣の柄を上から押さえて見回りを始めた。


 灯りはランプひとつだが、今日は晴れて月明かりもある。目が慣れてさえしまえば、歩くのには困らないと判断した少年は、慎重に後を追った。


 静まり返る母屋の周囲を警戒し、見張りの兵士に片手を上げて挨拶を交わす。言葉を発しては中で眠る落ち人の眠りを妨げかねない。そのまま足を止めずに歩き続ける。


 しんと静まり返った倉、明かりが漏れる物置小屋……。不審そうな少年に、「エリック」と口の動きだけで伝えた。


 大罪人エリック。その名を聞いた少年は、瞳を曇らせ下を向く。そのまま早足に先頭に立つと、家畜小屋を目指して歩き続けた。


「……おい、気を付けろよ」


 消化しきれない憤りを感じているのは少年だけではない。確かに命を救われた同僚もいた。だがゆっくり養生すれば治った兵士達も多い。それなのに承諾なく実験され、消せない罪を負った。そんなやるせない気持ちを抱えたまま、堪えきれない舌打ちを響かせて、兵士は少年の後を追う。


「あれは」


 家畜小屋の近くにある空になった肥料置き場が薄ぼんやりと光っていた。


 それを見た少年は足を止めて警戒する。肥料置き場の状況を見た兵士は、慌てて少年の元へ向かった。


「うわぁぁ……うぐっ」


「落ち着け! 声を出すな! ティハヤ様がお目覚めになる!!」


 ぼんやりと光る肥料置き場に突然小山が出来た。大人二人を縦に並べても更に高い山に、少年が驚きの悲鳴をあげる。


「……! ……ッ!! ……ァ!!」


 後ろから抱きつき、腕を噛ませるようにして声を抑える兵士に後頭部で頭突きをしつつ、少年は山を指差す。


「落ち着け、大丈夫だ。いつものことだ」


 パニックを起こす少年に何度も囁く。


 月明かりに照らされて輝くのは、複眼。

 ぼんやりとした光に照され、透き通る羽。

 地面に置かれたランプの明かりを反射する、強靭な足。


「コウテイ……」


「全部死んでる。心配すんな。大丈夫、大丈夫だ」


 山となった虫の死骸を指差す少年を宥めて、数歩下がる。


「何なんですか、あれ。なんでこんなに、蝗帝が」


「まあ、見てろ」


 ぼんやりとした光が一度消え、床から上空に向かって放たれる。不思議な事に、周囲には光を漏らさない光柱は、数百匹の蝗帝を宙に浮かし切り裂いた。


 一刀両断。更に一刀。脚を切り取り、腹を裂き、頭部を裁断する。微塵に切り分けた後、光が白から黒へと変わる。


 黒い光という有り得ないモノを見て、また叫び声を上げそうになった少年を兵士が抑える。


 黒い光が消え、ふわりと空気を含んで肥料置き場に落ちてくる【元・蝗帝】は茶色い土となっていた。


「い、い、いま、今の……」


「ああ、落ち着けって。あれがティハヤ様に与えられた肥料だ」


「いや、だって、今の魔物だ」


 動揺し続ける少年の背中を叩き、見回りを再開しようと歩き出した。神世の事は人の身では分からない。何よりここで肥料になっているからこそ、後始末を考えなくていい。その幸運に感謝しよう。それがイスファン達兵士が下した結論だった。


「……っ?! 今、なんか動いた」


 ビクッと震えて背中にしがみついてきた少年に苦笑しながら、兵士は肥料置き場を振り返る。


「だぁいじょうぶだって。この現象は初日に既に発見されて、何日も見張った。何も起きやしな……っ? 何だ?! 確かに何か動いている」


 体積を半分以下に減らした山が不自然に崩れた。下から盛り上がる形が見える。


 少年に明かりを持たせて、兵士は剣を抜く。叫べば味方はすぐに集まるだろう。だが疲れて休むティハヤを起こすことになる。


「……俺が調べる。離れて見ていろ」


 慎重に肥料の山に近づくと、抜き身の剣を盛り上がりに突き刺す。探るように動かすと、土の中から何かが飛び出してきた。


「……うわぁ!!」


 顔を庇う兵士は無言のまま飛び出してきた何かを目で追っていたが、少年は驚きのまま叫び声を上げてしまった。


 静まり返った廃棄地に少年の声は大きく響いた。兵士達の休む天幕を飛び出してくる足音が聞こえる。篝火で待機していた兵が駆け寄ってくる。


 何より魔法弾や松明で煌々と照された肥料置き場は酷く目立った。


「何処だ?」


 影を追い視線を走らせる兵士と事情を聞く増援たち。その騒ぎで起きない人間はいない。


「何事だ?」


「エリックか。肥料置き場から何か飛び出した。魔物だと不味い。探索隊を組む」


「あそこから生き物だと?」


 エリックが目をすがめて一ヶ所だけあいた穴を見つめる。力の残滓を確認しようと魔力を込めても、これ以上に強い神気に惑わされて何も分からない。


「何かあったの……」


 眠い目を擦りつつ、千早が母屋から現れた。まだ脅威の正体すら分からない状況に焦る。イスファンやナシゴレンたち上層部は今だ去らない元凶への対処で忙しい。後を任された兵士は表情を引き締める。


 外よりは安全であろう母屋へと千早を避難させるのが先決と付き従っていたロズウェルに命じた。


「もう……何なの。眠い……」


「騒がしく致しまして申し訳御座いません。明日、日が昇りましたら改めて謝罪に伺いますので、本日はお休みください」


「何でもないの?」


「大事ありません」


「なら……いいけど……って、ギン?」


 ニャー。


 暗がりから銀色に近い灰色の毛並みを輝かせた一匹の猫が現れた。


 スルッと千早に身体を寄せると、エリックに向かってトコトコと歩み寄る。


「何を咥えてる?」


 ニィー!


 ポイッと上げると言わんばかりにエリックの足元に置くと、絡み付くように身体を擦り付ける。


「ん? ざらついている。これは……土か?」


 ギンジャケの身体についた砂をポンポンと軽く払ってやり、指についたそれを擦り合わせるように確認する。


 ミャー!


 エリックが怪訝そうな顔をしている間に、ギンジャケが走りだし肥料の山にダイブした。


「おい!」


「汚れるよ!」


 慌てた千早とエリックが腕を差しのべてギンジャケを回収しようとした。身をよじって山の奥深くに潜っていったギンジャケは、また山を崩しながら外に出てくる。


「あ、また咥えてる」


 どんなもんだい! という風に誇らしげな顔をしたギンジャケが、今度は千早に咥えてきた何かを差し出した。


「……あ、綺麗な石だね」


 警戒する事もなく拾い上げた石を松明の炎にかざして、千早が呟く。押し殺した悲鳴が兵士達の中から漏れる。


「なに?」


「いえ」


 ブンブンと首を振る兵士達を横目で見ながら、エリックもまたギンから貰った石を光にかざした。


「珍しいもの……だな。力を感じる。凝固した……これは……リソース?」


「あ、それなら今までも出てます。小石を畑に入れるのはNGなので、穴を掘ってそこに」


 農家の息子である罪人兵士が、肥料置き場近くの穴を指差す。


「研究する価値はありそうだな」


 穴から石を回収して、喜びを隠しきれないエリックは、さっそくと小屋に戻っていく。その後ろをギンジャケも優雅に付いていった。


 眠気に負けた千早も、ぼんやりとした顔で家に戻った後、兵士達だけが肥料置き場の前に残っていた。


「我々が見たのは猫か?」


「おそらくそうだろう。だがよく無事だったな」


「ティハヤ様の愛猫だ。害されることはないのだろう」


「しかし……ティハヤ様は知らないから当然だが、エリックめ。流石に狂った魔術師なだけはある」


「ああ、まったくだ。素手で触るとはなぁ」


「あの、どういうことで?」


「よく思い出してみろ。蝗帝は何を食った?」


「…………あ」


「虫の腹の中まで気にしないと言えばそれまでだが……得体の知れない固形物まで手に取るか」


「さて、解散だ。一応、何かいないか見回りをしておけよ」


 廃棄地を襲った蝗帝にしろ、王都を襲った蝗帝にしろ、喰ったのは『人』。その事実を思い出した少年は真っ青になっていた。


 その後、この夜の肥料置き場は、一種の罰則地として利用されていくことになる。










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