表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/83

4、罪人の証

 この世界を創造したとされる神、オルフェストランス。長きに渡って沈黙を貫いてきたその神がある日突然神託を下した。

 怒りに満ちた神託を受けた神殿はそれこそ、蜂の巣をつついたような騒ぎなった。


「魔法院はなんて事をしてくれたのだ!」


「すぐに魔法院の代表を呼び出せ!!」


 神からもたらされた技術を研究する魔法院は神殿の下部組織だ。ある意味研究バカばかりが集まる魔法院だが、その統制は取られているはずだった。


 それが根底から覆された恐怖に神殿は怯えていた。


 恐慌を起こしていたのは神殿だけではない。国の上層部も混乱を極めていた。王国で名を馳せていた勇士達にも神託はもたらされたのだ。


「……何て言う事だ」


 直接神託を受けた勇士たち、そしてその上司たちは頭を抱えた。国の次期代表たる王太子にまで怒りに満ちた神託はもたらされていたのだ。


『落ち人』を害する。これはこの世界オルフェスにおいて大罪だ。重傷を負い、当時状況を理解していなかったとはいえ、その罪から逃れられるものではない。


「知っていたか?」


「いえ……」


 顔色を無くした王太子に問いかけられて側近たちが否定する。


「私の力が、落ち人様から奪ったものだったとは……」


 利き手の甲に表れた禍々しい紋を見つめつつ、王太子は呟く。


「ロズウェルが間に合ってくれればいいが……」


「魔術師エリックも同行しております。間に合うでしょう」


 間に合ってくれねば、神罰により大陸は滅びるだろう。言外にそう続けつつ側近は答えた。


 英雄ロズウェル。若き天才魔術師エリック。二人は怒り狂う神からの命令を受けて『落ち人』を迎えにいったのだ。命の危機にあると言うその落ち人を救えなければ、苦しめて苦しめて、塵芥(ちりあくた)になっても許さず消滅させる。それが神からもたらされた神託だ。


「……間に合ってくれ」


 神に祈る資格すらも失った王太子とその側近たちは、同じ立場である友に望みを託していた。




「エリック殿! もう少しでオルフェストランス神から指示を受けた農場です!!」


 王国で唯一、蒼翼馬を駆るロズウェルが隣を魔法で飛ぶエリックに叫ぶ。不服そうな表情を浮かべたエリックはつまらなそうに速度を上げた。


「何故俺がこんなことを」


 面倒そうに呟くエリックの胸部が輝き、苦痛に身体を捩らせた。そのまま魔法の維持が出来なくなり、落下していく。


「エリック殿!」


 ロズウェルは慌てて馬を駈り落下し続けるエリックの更に下に回り受け止めた。


「……クソッ。何で俺が」


 一瞬の気絶から覚め、毒づくエリックはまた己に魔法をかけて飛行する。


「神は我々をいつでも見ておられます。特に我々は大罪人です。言葉には注意されるべきかと」


 真面目に警告を発するロズウェルにエリックはあざ嗤った。


「たかが異世界の生き物ひとつ、害したからといって何だという。俺は異世界召喚の技術を試したかった。元々、術式の改変は俺の研究だった。その結果を試しただけだ。何が悪い」


 警告するように輝きだす利き手の紋を見て、舌打ちしつつエリックは神に問いかける。


「神、オルフェストランスよ。お前がもたらした技術を改良したに過ぎない俺を何故責める。人たる者たちが手を出してはいけないものならば、何故俺ごときが実行できたんだ」


 怒りを示す輝く紋からエリックの身体に雷撃が走る。だが今回は覚悟していたのか、大きく一度傾いだだけで、エリックは体勢を整えた。


「そもそもその落ち人が命の危機とやらになるはずがない。落ち人を放逐するとき、売り払った奴隷商人には殺さぬことを約束させたと聞いた。なのに何故、安全でいまだ豊かな実りある農耕地区に売られ、命の危機になど陥るのか」


「エリック殿!!」


 強く名を呼ばれてエリックは口を閉じた。


 ほどなくして大農園と言うべき農地が現れた。その一角にいくつもの建物が密集している箇所を見つける。


 上空から降りてくる人影に農場はパニックになっていた。連絡を受けて飛び出してきた家令に案内されて応接室に通された。


「これは都の騎士さまに魔術師さま、何の騒ぎでしょうか」


「四年前にお前が手に入れた農奴を引き取りにきた」


「都の英雄様ともあろう方がまた突然でございますね。正規の手続きで手に入れた奴隷でございます。取り上げられる謂れはないかと」


 人を食った微笑みを浮かべて切り返す農場主に、エリックは失笑を浮かべた。


「お前に売られた奴隷は『殺すな』と命じられたはず。それが命の危機にあると連絡を受けた。契約違反だ。速やかに引き渡せ」


「おやおや、どこからの連絡かは存じませんが人聞きの悪い。我々はあの化け物を殺そうと等しておりません」


「……バケモノ?」


「はい、言葉も理解できぬ獣でございましょう。人の形はしても人でないのは明らか。長くその姿を見れば、めまいに襲われ、叫び声を聞けば吐き気が襲う。そのような『人』はおりません」


 にこやかに確信を持って話す農場主は、思い出した様にエリックに頭を下げた。


「エリック殿、あのバケモノは魔法院で作られたと聞きました。実験地をこの農場に選んで頂いたこと、お礼申し上げます。あのバケモノを大地に捧げれば、とてもよく作物が育ちます」


「捧げる?」


 エリックは不穏な単語を聞き眉をひそめる。詳しく聞こうとしたとき、神託が降りた。


(何をぐずぐずしてるんだ! 北だ!! 早く保護しろ!!)


 焦りを含み、歴史が語る比喩と暗喩に満ちた神託からは予想も出来ない簡潔な指示。弾かれた様にロズウェルは室外に飛び出していった。


「捧げるとはどういうことだ?」


 腰に下げていた愛用の短杖(ワンド)を向けてエリックは問いかけた。


「アレは魔法院で作られた新種の生物でございましょう? 奴隷と称して農場に配備し、どれだけ大地を潤せるか実験されていたのでございましょう。何も知らされなかった故に、気がつくのに二年近くも掛かってしまいました」


 お人が悪いと媚びた笑みを浮かべる農場主に、ワンドを振ることで先を促す。


「アレの血肉には、大地を潤す効果がある。血を吸った大地は大豊作を迎えた。身体の一部を捧げれば、どんなに乾いた不毛な土地も一夜にして肥沃な大地に変わる。

 私の農場のここ数年の豊作はあのバケモノのおかげでございます。

 そこで、魔法院の皆様に是非お願いがございます。大事に使って来ましたが、バケモノの有効性は確認されました。バケモノの作成を公表されたのちは、是非ワタクシめの農場に優先的な増員をお願いします」


「何を……話しているんだ?」


 理解不能な要求をされて、エリックは困惑の度合いを深める。国や神殿には秘密なのだろう。全て分かっていると笑みを浮かべ頷く農場主とどうすべきか分からないエリックが見つめあっていた間に、ロズウェルが戻ってきたようだ。外からエリックを呼ぶ声がする。


 逃げるように外に出ると、ロズウェルは汚れた布の塊を腕に納めていた。


「臭い。それはなんだ?」


 風に乗って流れてきた異臭に顔をしかめながら、エリックは問いかけた。


「落ち人様です!! エリック殿、浄化と回復を!!」


 ズイッと布の塊を突き出されたエリックは浄化魔法を使う。


「ん? 体の一部が……」

 

「やはりですか」


 エリックは全身を浄化したことにより、欠損と異常な痩せ細り方に気がついた。それを受けてロズウェルが殺気を込めて農場主を見つめる。


(止めろ、殺すな。こいつは神罰対象者だ)


 どう殺してくれようかと考えていたロズウェルと、無表情で落ち人を見ていたエリックの脳内に声が響く。


「しかしっ!」


 ロズウェルが反論しようと声を荒げたが、神は意に介することなく神罰を下した。


「グゥワァァァ!!」


「イテェ!!」


 農場のあちこちから悲鳴が響く。一番苦痛にのたうっているのは、もちろん農場主だ。


 悲鳴が落ち着いた後、農場にいた者達の中でも支配者そして落ち人を直接害していた者たちの利き手には、禍々しい紋章が浮かび上がっていた。


「農場主さま!」


 特に酷いのが農場主だ。紋章は利き手の甲のみならず服で覆われた腕を這い、顔、そして胸部の一部にも紋章が広がっているようだ。


(彼女は弱りすぎて移転の負荷に耐えられない!! 早く神殿に運べ!!)


「お前たちの処分はおって指示される。逃げても無駄だ。大人しくまて」


 何事だと紋章を見つめる人々に、ロズウェルは冷たく言いはなった。近くにいた愛馬を呼び寄せ、落ち人を抱いたまま飛び乗る。


 急がせる神託の命じるまま、慌て騒ぐ農場を後にした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ