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36、王都消滅

 生き物の気配が無くなった王都の一角。所々崩れた城を背後に、複数の人影があった。女だと思われる人影に、音もなく近づく巨大な影。


 日が遮られたことで気がついた女たちは、一様に頭を下げた。


「お疲れ様でした」


「うむ。そちらも終わったか」


「まだお一人お戻りでは……」


「ハハ! これはこれは少し遅れてしまったようだ。お待たせして申し訳ない」


 場違いに明るい表情と声で登場した最後の影は、明らかに人ではなかった。


「アバドン様、お帰りなさいませ」


「いやぁ、こんなに頂いていいのかと思う程、大漁、大漁。質より量が少し気になるけどそこは目を瞑ろう」


 ホクホクとした表情もそのままに、纏った人魂を愛でる。


「これで少しはこの世界の負担も軽くなるか……」


「今後の収支が合うかはオルフェストランス殿の手腕次第ですが、我々に出来るのはここまででしょう」


「あら、姉様、それではワタクシ達、かの男神の役に立ってしまったの?」


「大丈夫よ、この世界の人にとっては災厄だから、あの神への信仰心も揺らぐわ」


 口々にざわめき会話を交わす美しい女神達を見ながら、白い大蛇の姿をとった神は深いため息を吐いた。


「どうされました?」


 蠍の尾を持つ悪魔のような姿の神アバドンが、蛇神を見上げて問いかける。


「いや……、世界の天秤を戻すためとはいえ、ちぃちゃんを矢面に立たせてしまった。これでは今後あの幼子が辛い目に遭わぬか心配でな」


「ああ、映像を頂いた落ち人ですね。可哀想な被害者。此度私の可愛い蝗達を呼び寄せたきっかけになった少女。極上の嘆きと悲しみに、不屈の精神と優しさ。あの子がもしも皆様の手から離れることがあれば、是非にも私に譲って頂きたいものです」


 にこやかに笑うアバドンに、蛇神は首を振り否定する。一国の最高神が庇護と帰還を約する魂。仮令(たとえ)誰に望まれても譲ることは出来なかった。


「この世界を維持する為には、ヒトが増えすぎておりました。かといって全てを滅ぼしては無に帰します」


 雰囲気を変えるために三姉妹の次女が世界の理について話し出す。


「だから最も消費の激しい、この世界の負担となっている場所を選んで力を振った。

 我々を喚ぶ呼び水になった千早ちゃんの嘆き。そして今までこちらに落ちてきていた多くの魂達の望郷の念が、我らをここまで強化した」


 淡々と宙を睨んでいた女神が話す。試すように握る掌はいまだ輝きを宿し、その力を寸分たりとも損なってはいなかった。


「魂の半分は我らと共に。残り半分はリソースを抽出してから、輪廻の輪へと」


「抽出したリソースは私の可愛い蝗の姿のまま固定化しましょう。いつかチハヤちゃんの肥料置き場に召喚されるまで……」


「でも姉様方、皆様、私は口惜しい」


「どうしたの?」


 三姉妹の末っ子、未来の名を冠する女神が神々へと訴える。


「だって私たちを喚んだちぃちゃんを、あんな所に流刑にした愚か者どもには何も出来ていないもの。このままじゃ、あの子また利用されるわ」


 瞳に神力を纏わせ、未来を視ているであろう妹の憂い顔に女神達は顔を見合わせた。


「ならば皆様の権能に……本来の職分に戻られるがよろしかろう。残りの始末は我とアバドン殿でつけておく」


「あら、よろしいので?」


「ありがとうございます」


「ああ、構いませんよ、どうせなら我の可愛い蝗達を連れていってください。あちらの皆様の心尽くしも乗せていけば、皆様のお役に立ちましょう」


 アバドンはこの世界の蝗帝ではなく、眷属としての蝗を呼び寄せる。何処から現れたのか、その背に喜び勇んで乗る小鬼達は、地球の神々から送られ出張中の疫神であった。


「タイムリミットは夜明けまで。手分けしよう」


「そうですね。落ち合う場所はあの王女の所でよろしいですか?」


「……我はあの王女に姿を見せてはいけぬだろう。一足先に帰還させて頂く」


 神力を使って対象者の居場所を特定した女神達は、光の筋を残して消えていく。


 残された二柱の神は、動くものの居なくなった王都を見る。


「しかし意外でしたよ」


「何がであろうか?」


「怒り狂っていても、皆様の本性はやはり管理者と言うことでしょうか」


 首を傾げる蛇に向け嗤った神は力を行使し、魂の分別を再開する。


「……この世界が自立する為には、消費者であるヒトが多すぎた。今までそれを何とかするために、そちらの最高神殿が助勢をしておられたが、今後は難しい。お優しい皆様は、それを憂慮された。

 なればこそ、利息の取り立てという名目で、批判を覚悟し動かれた。違いますかな?」


「はて。なんのことやら……。我らは面子を潰されたゆえ、怒りに任せて動いただけだ。他の方々は祭り好きで動かれたのやも知れぬがな」


「フフフ……では、そう言うことにしておきましょうか。

 オルフェストランス殿もこれで少しは懲りたでしょう」


「我らとて、一手間違えればこうなっていたかも知れぬ。オルフェストランス殿の姿を笑えはせぬよ。

 此度の神罰でオルフェストランス殿へは恨みも向こう。揺るぎない信仰心も翳りが見えよう。

 疑念無くば問いはない。

 疑問無くば変化はない。

 変化無くば成長はない。

 成長なくばこの世界が独り立ちする日は来ぬ。

 ただ変化は痛みを伴う。

 痛みは喪失を伴う。

 安穏と生きられるのに、苦難を選ぶ者は居らぬ。

 この世界は凝り固まり変化を拒んでいた。それゆえ我らは末代まで恨まれるであろう。それで良いと思う。そしてそれを覚悟せねばならぬと思う。それだけのことを我らはこの地の民にしている」


 力を使い続ける神の横で、悲しい性を持つ神は揺るぎ無くその鎌首をもたげ、幼子がいる地平の彼方を見る。


「だが願わくば、どうか我らが幼子に自由を。平穏を。

 その責任に押し潰されぬ強さを」


「フフフ、それは大丈夫でしょう。なんたって我々が味方なのです。

 今回、非常に利益を頂きましたからね。我々も少しは御助勢致しますよ」


「それは心強い。頼りにさせて頂こう」


「さて、終わりました。少しは生き残りもいますが、これは残して良いのでしょう?」


「ああ、構わぬはずだ。語り部も必要だろうからな」


 ぼんやりと不穏に光る蝗帝を旧王都一面に残したまま、二柱の神は掻き消えていった。








 ******




【とある山道】


 深夜、前後を騎馬に守られた馬車が細い山道を疾走していく。馬車に描かれた紋章は先頃立太子となった姫のものだ。


「姫様……」


 揺れる馬車からリアトリエル王太女を守るように抱き締めて、侍女は不安げに外を見ている。


 薬で眠らせた王女の顔色は悪い。権限もなく頼りになる部下もいないまま、それでも民を救おうとただひとり奮闘していた王女。そんな主君に一服盛り、馬車に押し込んだのは蝗帝が王都を襲う寸前だった。


 王太女を心配した元夫である公爵の厳命を受け、決死の覚悟で突入してきた部隊も無傷とは言えない。それでも必ずリアトリエルを生かして公爵領へと保護する為に、士気高く馬を駈っていた。


「もう少し行くと、広場になっている場所がある。馬に水を飲ませる為に一度休憩する」


 覗き窓からそれだけ伝えると、騎士はまた隊列に戻ろうとした。


「……何者だ!!」


「気を付けろ!! 魔術師だ!!」


 突然騒然とした空気が流れ、慌ただしく武器を抜く音がする。鋭い馬の嘶きと共に、馬車が止まった。


『鎮まれ』


『我らは倫理の守護者。

 そなたらの主君に用があって参った』


 覗き窓から首を出し外を見れば、崖の先、宙に四人の戦装束の女達が浮かんでいた。


『……眠っているわね』


『起こしましょう』


 馬車を見た女がそう言った途端、薬で深く眠っていた筈のリアトリエルが身じろぎをする。


『出てきなさい。王太女リアトリエル』


「無礼な! 王太女様にそのような……」


『うるさい。黙れ』


 苛立った一番若い娘が騎士を指差す。抵抗する間もなくふわりと宙に浮いた騎士は、谷の上まで移動し止まった。


『出てきなさい、リアトリエル。我らは神罰の執行者なり』


 その声を受けてようやく意識がはっきりとしたのか、リアトリエルは飛び起き外へと出る。


「女神様?」


『目覚めましたか、リアトリエル』


「ご無礼を……どうかお許し下さいませ」


 状況は掴めぬままに王太女は頭を下げた。その姿に一瞬憐れみを浮かべた女神の一人は、リアトリエルに近づきその額に手をかざした。


「まさか……そんな……」


 脳内に浮かび上がった王都の現状。死屍累々。蝗帝と人が等しく朽ち、砕け落ちた城壁。この世の終わりのような光景に絶句する王太女を確認すると女神は宙へと帰っていく。


『さてリアトリエル。落ち人の真実を知り、世界を理解しようとした王女よ』


 断罪の声音で語りかける女神に、王太女はただただ頭を垂れた。


『これを受けとりなさい』


 ドサドサっ!


「な?」


「ボサノリア公爵にザザ卿……それに」


 怯えきり顔色を蒼白に変え震える男達を見て、周囲の騎士たちが色めき立った。


 都へ迫る蝗帝の脅威を知り、早々に逃げ去った貴族たちが軒並み揃っていた。魔物の襲撃は落ち人のせいだと口汚く罵っていた貴族が特に怯えている。


「この……方々は」


『民を見捨てた愚か者たちよ。既に心は折ったわ。あの子の経験をその身で受けただけなのに、本当に根性がないわね。後は貴女が王として始末をつけなさい』


「王として?」


『ええ、王として。貴女の父王だけれど……残念だったわ』


『暴徒化した民に殺されるとはねぇ』


『宰相もね。まさかの結末だわ』


『法王を頼って南に逃げたのに、本当に残念』


 首を傾げ指を顎に当て、あざとく無念がる女神たちの姿を見て、リアトリエルは背筋に冷たいものが走った。


「それは……煽動したものがいるのでしょうか」


 躊躇いがちに口を開けば、良い笑顔で返される。それで予感が正しいことを知った。


 父である王は神罰を恐れた法王により、殺されたのだろう。


『ああ、でも法王様も大変よね。土地が変わり、今までなかった病が流行るそうだもの』


 クスクスと笑いながら、年若い女神が宙を舞う。


『ええ、本当に。可哀想よね、助かる術のない病だもの。どうするのかしら』


 他人事の様に話す女神達を、人々は畏れ戦き見ている。女神たちが、この地の民に一欠片の慈悲も与える気がないことは明白だった。


『貴女はこのまま東へお行きなさい』


『東に遷都するといいわ』


『そうすれば神罰から逃れられる』


『逃がしてあげる。だからひとつ約束して』


「約束でございますか?」


 冷や汗をかきつつ、それでもリアトリエルは女神に問いかける。


『落ち人に平穏を』


『落ち人に幸せを』


『あの子を見守ってあげて』


「それは私の願うところでもあります」


『ふふ。そうね。知っているわ』


『だから貴女と貴女の愛する人々は除いたの』


『女王リアトリエル。変化の道を歩む王よ』


 空気を変えた女神が女王へと語りかける。


『そなたの道行きに祝福を』


『神罰の夜は抜けた』


『帳の内から逃れし姫よ』


『民を率い、世界を守りなさい』


 語りかける女神の背後から朝日が昇る。黎明たる輝きの中、剣を抜いて目の前に立てた女神は人々達に語りかけた。


『此度の神罰がなぜ起きたのか、忘れてはならぬ』


『二度と召喚をしてはならぬ』


『この地を哀しみで満たしてはならぬ』


『おのれの足で立つことを覚えよ』


 朝日射し込む中、宙に消え行く女神達の前で頭を上げられる者はいなかった。






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