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32、新たな布陣

 残暑厳しいある日、千早の家の前には二台の馬車が停まっていた。既に騎乗した兵士たちが馬車を守り出発を待つ。少し草臥れてはきているが、相変わらずのテント前には留守番の数人が立っていた。


 王子とその護衛が廃棄地に向けて出発したとの報告を受け、イスファンは人員配置の変更を決断。千早へようやく反省を示し始めたエリックを戦力のひとつと数え、夏の農作業も一段落したことから、ロズウェル、エリックを含む漁業と千早の日常生活に携わる十人弱を残し、吊り橋砦へ移動することになった。


 千早に謝罪をした日以来、千早に関わることだけは発動するようになったエリックの魔術が、作業効率を恐ろしく上げていた。


 数日前にエリックの魔術により作られた上下水路の様子を確認したイスファンは、問題なしとし今日、吊り橋砦へと出発する。


「後はよろしくお願いします」


「いってらっしゃいませ。良い出会いを祈っております」


 ロズウェルの馬に相乗りした千早が、居残り組へと挨拶する。砦の兵士を介し村に確認した所、犬も猫も初夏に産まれた仔がちょうど貰い手を探していると言われた為だ。


 ロズウェルの騎馬ならば十分に日帰り出来る。今日貰ってくることになったとしても大丈夫な様に、蓋付きの籠を抱えた千早はロズウェルの後ろに座った。


「では……ティハヤ様、何かありましたらすぐにご連絡を」


「厄介な客人の相手はお任せください」


「ロズウェル、エリック、任せたぞ」


「なぁに、すぐに片付けて、冬の間の開墾作業に戻って参りますからね」


 兵士たちは口々に千早へと別れの挨拶をして砦へと向かっていく。ロズウェルと相乗りした千早も、自分で飛行するエリックを供に村を目指した。


 空を駆け村を目指す。


 ベヘムの村は廃棄地とファンテックがいる砦からちょうど中間の所にあった。三つを線で結べば二等辺三角形が出来上がるだろう。


 空から見ても村は貧しかった。屋根に草が生え、崩れそうなあばら屋が続く。村の端に降りた三人は、約束しているベヘムの家を目指して進む。


 体格の良い男が珍しいのか数人の子供が家の陰から千早たちを見ている。恐る恐る寄ってきた八つかそこらの少年にベヘムの家を尋ねると、喜んで案内を買って出てくれた。


「ほら、あそこ!! じゃあね!!」


 バイバイと手を振り一緒に遊んでいたであろう子供達の所に戻ると、誇らしげに迎え入れられていた。


「ティハヤ!!」


「ワンワン!!」


 千早たちを見つけたベヘムが笑顔で呼ぶ。外で寝そべっていた犬達が尻尾を振り駆け寄ってきた。飛び掛かられるかと千早を庇う位置に立ったロズウェルだったが、犬達は千早の前で止まると上半身を伏せ、尻だけを上げて尻尾を振る。


「相変わらず好かれてるな。ほら、遊ぼうだってよ」


 踊るようにジャンプする犬、アウアウ言いながら体を擦り付ける犬、少し離れたところで腹を見せる等々、アピールを止めない犬たちを笑いながら、ベヘムは千早と挨拶を交わす。


「今日は……」


「おう。砦の騎士さまから聞いた。ティハヤの家で飼う番犬とネズミ退治の猫を探してるんだろ? 村で世話してる野良猫に仔が産まれたし、俺ん家の犬もちょうどこどもを産んだんだ。これ以上は飼えないし、困ってたから助かるよ」


 前に出会った時と変わらぬ笑みを浮かべるベヘムに千早も安堵の笑みを浮かべる。


 山羊小屋に子猫と子犬達がいると聞いて共に歩き始める二人をロズウェルたちは見守っていた。


「いっぱいだね……」


 案内された小屋には箱に入れられた子猫が四匹、母犬と共にコロコロと歩き回る子犬が三匹いた。


「さあ、どれでも選んでくれ!」


 複数の親から産まれたと思われる特徴の違う猫達が、ミィーミィーと鳴いている。子猫とはいえ、地球でいえば若猫ほどの大きさの猫たちは、一斉に千早に向かってアピールし始めた。中には他の猫を踏みつけて箱から脱出を果たし、千早へと身を擦り付けるものもいる。


 子犬はといえば、警戒する母犬に止められて千早に近づいてこそ来ないが、興味津々という雰囲気で鼻を動かしている。こちらも子犬ながら豆柴ほどの大きさはあった。


「ちょっと借りるなー」


 ベヘムがひょいひょいと母親から子犬たちを抱き離して千早へと差し出す。


 千早にくっつく以外にも、ロズウェルやエリックも仔の興味の対象になっているらしく、チョコチョコと近づいては、対応に困った大人たちが固まる。それを面白そうに見ていたベヘムが暗い表情を浮かべた。


「なぁ……」


「ん?」


「何匹引き取ってくれるんだ?」


 無言でもふもふとなで続ける千早に向けて、何匹引き取ってくれる予定かとベヘムが話しかける。可愛い仔に夢中になっていた千早は膝に子猫、腕に子犬を抱き、よじ登ってくる子猫たちには好きにさせたまま顔を上げた。


 ベヘムの暗い表情に気がつき、ソッとこども達を下ろすと立ち上がる。


「なんで? やっぱり貰われるのは悲しい?」


「いや、違うよ。逆だ。

 なぁ、ティハヤ……いや、ティハヤ様。あなたの土地にもし余裕があるなら、出来るだけ多く連れてってやって欲しい」


 深々と頭を下げるベヘムは砦の騎士さまたちからは話すなって言われてたんだけど……と躊躇いながら続けた。


「残った仔は殺される。だから一匹でも多く連れてって欲しいんだ」


「何で?!」


 ニャー♪


 驚いて悲鳴に近い疑問を投げ掛ける千早に、子猫達が甘えて鳴く。


 ベヘムは近くにいた一匹を抱き上げて視線を合わせる。


「コイツらが悪い訳じゃない。

 今年は特に実りが悪い。山羊も数匹潰した。コイツらも大きくなったら冬用の肉にって話になってる」


 この村では既に人が食べる食料にも事欠き始めている。出稼ぎにいった男たちからの連絡も途絶えているし、いつ砦がもっと王都近くに移動になるかも分からない。


 今回、騎士からの申し出があり、金品も貰った。おかげで何とか冬を越す目処はたったが、犬猫までは面倒見切れないのだと続けられる。


「そんな……」


 犬を二匹、猫を二匹、多くてもそれだけを引き取ろうと思っていた千早は、悲しみに瞳を曇らせる。


「山羊も何匹春を迎えられるか……」


「どうして?」


「今までは砦の外に草を求めて遊牧に出ていた。でも、魔物が多くなって、犬じゃ追い払えなくなったんだ。もう村周辺で飼えるだけの数まで減らさなきゃならない」


「そんな……、こんなに可愛いのに」


 子犬と戯れ始めた子猫を見ながら、千早は唇を噛んだ。


「ティハヤ様、どうか、傷がつきます」


 そっと告げたロズウェルは、余計な事を話したベヘムをティハヤに気がつかれない様に睨み付けた。


「なら、お母さんたちも一緒に来て貰ってもいいかな? それなら全部引き取るよ」


「え、どういうことだ?」


「こどもだけだとお世話も大変だから。ついでにニワトリと牛と山羊と羊と豚も飼いたいと思ってたの。もしも売る予定の山羊がいるなら、譲ってくれないかな? お金はそれなりにあるから」


 王都から無理やり持たされた金銭が使う機会もなく、倉庫に入れっぱなしになっていた。良い機会だから使ってしまえと千早は思いきって提案する。


「あ、ああ、そりゃ良いけど」


 そんな唐突な千早の提案に驚くベヘムを見ながら、エリックは甘いなと呟いている。エリックの軽口に容赦なく蹴りを入れたロズウェルが良い思い付きですと笑顔で肯定した。


「でね、ベヘム。出来たらで良いんだけど、ウチには動物飼ったことある人いないから、お世話のやり方教えに来てくれない?

 ウチの周りには草も生えてるし、山羊の放牧がてらでいいから。その時に、今日連れ帰れない子達連れてきて欲しいの」


「え? あの土地がもうそんなに回復してるのか?」


「うん。牧草の種を蒔いたから、一面とまではいかないけど、家の裏から海の近くの林までは草が生えてるよ。

 この冬には肥料を吊り橋砦まで撒こうって話してたんだけど」


「森……なら、なぁ、ティハヤ、あの森、お前のものだってのは本当なのか?」


「事実だ。それとティハヤ様とお呼びしろ」


 返答に困り、助けを求めてロズウェルを見上げれば、肯定が返される。


「すみません。貴族のお嬢様に失礼を言いました。ティハヤ様、数々のご無礼お許しください」


 ロズウェルに怒気を向けられて顔色を青くしたベヘムは素直に頭を下げた。


「貴族じゃないよ」


「ティハヤ様」


「私は貴族じゃない。だから今まで通り、ティハヤでいい」


「しかし……」


「いいの。私から友達を奪わないで」


 難色を示すロズウェルにそう話した千早は、もう一度ベヘムに普通に話して欲しいと頼む。


「え、でもなら何で? 貴族じゃないならなんで騎士様達が仕えたり、土地を持ったりしてるんだ?」


「気にするな」


「気にって……気になるだろ。ティハヤは一体何者なんだよ」


 混乱するベヘムに、エリックが魔法をかけて記憶を消してしまおうかと杖を握り直した。それに気がついた千早が止めるように身ぶりで示す。


「それでベヘムとやら、ティハヤ様に何か頼みがあったんじゃないのか?」


「あ、ああ。なぁ、俺たち村人も森に入ったら駄目かな? 森には獣もいるし、食いもんもある。冬用に少しでも食料を節約したいんだ」


「森では騎士が活動している。殺されても知らんぞ」


「だから、浅いところだけでも使う許可が欲しいんだよ。なあ、駄目かな?」


 すがるように見られて千早は悩みながら、イスファンに相談してみる返答する。検討してもらえるだけでもありがたいと頭を下げるベヘムに、廃棄地へと出来るだけ早く訪ねてきて欲しいと千早は頼んだ。


「おう! 山羊たちにも新鮮な草を腹一杯食べさせたいからな! 明日にでもすぐに行く!」


「吊り橋砦へは連絡を入れておきます。犬たちはベヘムと共にで宜しいですね?」


 子猫を掴み上げ、用意してきた籠に入れつつロズウェルは尋ねた。確かに籠は猫二匹で一杯だ。残りは二匹は千早とエリックに抱かれて移動することになる。


 犬であれば山羊たちと一緒に連れてきてくれるだろうと頼めば二つ返事で承諾を得た。


 小屋を出たところで待っていた村長らしき老人に、ロズウェルが小袋を渡す。チラッと中身を見た村長は、にこやかな笑顔で千早達を見送った。


「いくら渡したの?」


「お気になさらず」


「都で渡された金品あるから、戻ったら返すね」


「大した金額ではありません。お忘れ下さい」


「……気になるから。お金貰う由縁はないもん」


「山羊は村の共有財産です。明日以降、使者をたてて買い取りの交渉を致します」


「ならそれも払うよ」


「なあ、おい、コイツどうしたら」


 押し問答する二人の間に割り込んで、エリックが困った表情を浮かべている。


 すやすやと眠る子猫を持て余しているようだ。


「可愛いよ」


「そうですね」


 そんなエリックを横目で見ながら、千早たちは何事もなかったかの様に押し問答に戻っていく。


 ちなみに千早の腕の中にいる子猫は、空高く舞い上がったことに驚いたのか、目を見開いて固まっていた。


 空の旅は順調に終わり、ベヘムの件を吊り橋砦へと伝える為に、ロズウェルは再度馬上に戻る。


「ティハヤ様、金銭を気にする前にこの仔らの名前をお考え下さい」


 いきなり猫四匹、犬四匹の大家族となった佐々木家は、犬達が到着する前にと準備に追われることになった。









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