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27、エリックへの神罰

 天才と自他共に認められていた俺が何故こんな目に遭うのか。怒りを腹に溜め込んだまま流刑地へと流されて、同じ罪人たちとすら交流も拒否したまま、物置小屋の二階に住み着いた。


 今後の俺の生は『神』によって定められた。俺が組んだ術式により、今もまだ生命力(リソース)が流出し続けている落ち人を元に戻すまで、罪は消えないらしい。


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、研究が進むからいいかと自分を無理に納得させた。流刑地に持ち込める資料は大箱ひとつ。ほとんどが頭の中に入っているとはいえ、王都に残していくのも悔しい。そう思っていたが、禁忌の研究として俺が開発した術式は神によって消滅させられるそうだ。


 出発前日、神官どもの立ち会いの元、残すと決めた研究成果が目の前で塵になっていくのを呆然と眺めるしかなかった。


 旅程もそうだったが流刑地でも居心地は大して変わらない。最近では誰もが遠巻きにする中、日に二度、落ち人が食べ物を置きに来る。


 始めの内、誰も食事を持って来ず、俺自身も食べる気になれなかったから、消された資料を忘れるためにも研究に没頭していた。


 それでうっかり死にかけたが、罪人とされた兵士たちにしろ、ロズウェルにしろ俺を恨んでいるのだろう。特に何も感じなかったようで、そのまま放置された。


 偶然落ち人ティハヤがそれに気がつき、こうして日に二度、無言で食事を置いていくようになった。


 廃棄地に到着して早二ヶ月。いまだに言葉を交わした事すらなく、今後もその予定はないが、開墾は順調に進んでいるようだ。


 少しずつ青物が増えていく食事に、俺以外の時は間違いなく進んでいることに気付かされた。


 ――――夜が来るな。


 明かり取りの小さな窓から、うっすらと輝く星が見える。


 どんなに眠らずに研究を続けようとしても、いつの間にか眠りにつき悪夢を見る。最近では抵抗も諦めた。これも『神罰』とやらの一環なんだろう。


 深い眠りに落ちる前にと、切りの良いところまで進め、薄い毛布一枚を身体に巻き付けその時を待った。


 ――――これくらいで俺を罰せられると思うな。


 握り締めた腕に力が入る。





 ******






 花と潮の薫りに目覚める。


(また……か。どんな意図があって俺にコレを見せるのかは知らん。だが神よ、俺は後悔などしない。何が悪いというんだ?)


 低い視界のまま、自由にならない体を取り戻そうと足掻きつつ、神へと毒づく。


「エリック(千早)こっちよ……」



 微笑む婦人に心が浮き立ち、喜びと安堵に満たされる。


 日々異なるが、強制的に味わわされる幸福は屈辱でしかない。それに気が付かないのか、この極上の悪夢は今日も幸せな日々で始まった。


 柔らかな手が髪をすいていく。


(こんなことは知らん。俺の母親という生き物は一度も俺に触れなかった)


「エリック(千早)、ほら綺麗ね」


(草木が綺麗などと一度も思ったことはない)


「あら、お友だちよ。遊んでらっしゃい」


(忌々しい。友達などいない。いるのは敵と競争相手だけだ)


 俺がどう思おうと、この身体は喜んでオトモダチとやらの元へと向かう。


 夢の入り口には数パターンある。どれもこれも胸焼けするような幸せの押し付けで始まるくせに、すぐに悪夢へと変わる。


 オトモダチと遊ぶことはない。

 オニイチャンとやらと、家に帰ることはない。

 オバチャンと一緒に畑で働くこともない。


 ただただ闇へと落ちていく。






 ******






「ふん、今日も不快な夢だった」


 数日前に片手がなくなり、今日は月のない夜に畑に引き出されて、畝を作ることを強要された。力のない片手で振るった鍬が裸足の足を傷つけたのは、おそらくやつらの狙い通りなのだろう。


 冷たい汗を拭いながら俺は努めて冷静に分析を続ける。


 悪夢を見始めてから既に三ヶ月が経っていた。




 ******





 その日の悪夢は少し毛色が違った。

 悪夢の方も一向に後悔しないエリックにしびれを切らしたのかもしれない。


 いつも以上にリアルな五感。今までは一枚厚い布越しの様だった現状認識が、酷くスムーズに行われていた。


「来い、化け物!」


 両手を失い一般の労働が出来なくなった"俺"を監視人が引きずる。ゾロゾロと数人の男たちを従えて人気のない場所に向かって歩みを進める。


 既に条件反射になっている怯えに呑み込まれながらも、何が起きたのかと俺は冷静に周囲を観察する。


 普段だったら感じない風を感じる。

 普段だったら分からない匂いがある。

 いつもなら既に飛び起きている刺激を受けている。


 一体何が起きたんだ?


 疑問が身体を駆け巡る。男の手を振り払おうとしても、抵抗は弱々しく相手を苛立たせるだけだった。


 まあどんな夢であろうとも、これが夢であることには変わりない。傍観者として見ていればそのうち終わるだろう……。


「がっ! ぐぅ!!」


 大人しく歩いていたが、後ろから蹴り飛ばされて地面に転がった。逃がさないようにか、腹部を踏み抜かれ痛みに丸まる。


「剥げ」


「え、いや、このままじゃ駄目なのですかい?」


 農奴が監視人を窺うように見る。顎をしゃくられ、顔を覆う布を剥がれた。


「あいっからわず不気味なツラだ」


「うぇっぷッ! 本当にやるんですかい?」


 農奴たちが俺の顔を見て不快そうに眉をひそめる。


「…………顔の布は戻せ。服を剥げ」


 思いの外、俺の顔面にダメージを受けた監視人は、そう指示を出して少し離れた所に立った。一体、何がしたいのやら。痛め付ける所を見るだけならば、布越しでも十分だろうに。


 バサッと乱暴に布を被せられ、視界が覆われる。服を剥ぐために伸ばされた腕に強く掴まれて反射的に蹴り飛ばそうと足を動かした。


「大人しくしやがれ!!」


 俺の抵抗を感じた農奴が拳を振り下ろす。普段は虐げられる側だからこそ、自分が上位の時に容赦はない。


 肉を打つ音がする。軟骨が折れる音がする。血の味が舌に広がる……。


 さて本番だなと、今日は妙にリアルな苦痛に耐える覚悟を決める。所詮は夢だ。そのうち終わるさ。


『いい加減にしてくれないかな?』


 肩をすくめる余裕すらある俺に、何処かから声がした。それと同時に馬乗りになっていた農奴の重みが消える。


「あ"?」


 驚いて体を起こせば、一面の暗闇の中にいた。


『本当は来たくなかったんだ』


 さっき話しかけてきた声が指を鳴らすと『世界が』出来る。


「はじめまして、天才にして天災の愚かで賢い羽虫殿」


 何処からともなく聞こえてきていた声が、正面から聞こえた。


「誰だ?」


 そう聞きながらも俺には予想がついている。これは『神』だ。


「そうだよ。僕はオルフェストランス、君の世界の神だ。それでね、羽虫殿、本当にいい加減にしてくれないかい?」


 呆れた表情を隠さない神は、俺を見ながら頬杖をつく。豪華な王座に座り、下界を見渡す絶対的な視線。尊大な姿だったが反発する気にはなれなかった。


「いい加減にしろとは?」


「落ち人の千早さんのことだよ。君はどうして反省しないんだ? 君がやったことは世界を滅ぼしかねない禁忌なんだよ? これだけ丁寧に教えてるのに馬鹿なの?」


「世界を滅ぼす? 何故? 俺はただ認められた手順で新たな力を求めて、時空に手を出しただけだ」


 神は俺たちと違う名前で呼んでいるが、落ち人がとはティハヤの事だろう。


「あのさぁ、それが困るんだよね。

 君、良く言ってたよね。『()が与えた召喚術は既に人の手にある』ってさ。だから僕が引っ張り出される羽目になった。君がやったことの尻拭いで今はそれどころじゃないのに」


 神が疲労を感じるかは知らないが、目の前の神は疲れていた。


「羽虫殿……」


「私は羽虫ではない。エリ……」


『名乗るな、虫けら。いや、お前は虫に例えることすら勿体ないな。この世界に害毒をもたらしたゴミめ』


 虫に例えられることに抗議しようと口を開きかけた。だが神の怒りを買っただけらしい。


「僕が認めた召喚は小型のものだ。お前がやったあちらの生き物を落とすような大掛かりなものを認めた覚えはない」


「お前は一度でも考えたか? あちらの世界にも人の世があると。似た形を持つ世界だ。考えたよな? その上で研究素材として価値あるものをと望んであれほど穴を大きくしたんだよな?」


 神から怒りが迸る。命の危険すらも感じる物理的圧力。あの時、王子を助けるだけならばあれほど大きなリソースは不要だった。だが次に実践する機会がいつ廻ってくるか分からない。出来るだけ多くの術式を『落し物』に組み込むために、大掛かりな術を行使した。


 その結果落ちてきたのがあの『落ち人』だ。ただ俺の組み込んだ術式により全ての力を失っていたが。


 力を喪ったモノに用はない。身に纏って落ちてきた『落し物』は状況を知った上司どもが剥ぎ取っていった。例え力を失っても文献にあるように言葉くらいは通じるだろうと、経過観察と証拠隠滅も含めて奴隷として売り払う。


 死体を焼き尽くすのは簡単だが、何度も大きな力が動いてはあらぬ憶測を呼ぶからな。五年に一度程度アレを観察して、雌雄は分からないが上手く子でも出来ればそれを買い取り研究すればいいと高をくくっていた。


「落し物は物だよ。そこに意識はない。でも落ち人は人なんだ。人であるならば最低限守るべきルールがある。そうだろう?」


 当時を思い出す俺に、憐れみすら浮かべて神は問いかける。


「人? 人だったのか、アレは」


「そこから?! ねぇ、そこからなの?

 ホント、勘弁してよ。ちは……いやティハヤさんを見て、人じゃないってどうして思えるんだ!!」








 本気で呆れ返ったらしい神が頭を抱える。


「あー……ねぇ、僕の教典、特に落ち人については覚えてるかい?」


「当然だ」


「ならなんで人じゃないって思うんだよ。ちゃんと僕、言ったよね? 落ち人はこの世界の為に犠牲となり、他の世から来訪してくれる稀なる救い主って」


「ああ、だからこの世界を救う義務が……」


「無いから! 落ち人は事故の被害者みたいなものだから!!」


 全て話す前に否定される。興奮していた神だが深呼吸をして俺に向かって教え諭す口調となる。


「落ち人は運命をねじ曲げられて、それまでの生から切り離された、世界の犠牲者だよ。奪われる相手にしてみたら、僕らは強盗犯で誘拐犯だ。でも一度境界を越えてしまえば命あるかぎり戻ることは出来ない。

 だからせめてと相手側の世界と協定を結んで、落ち人を優遇することで許してもらっていたんだ」


 新たな事実に好奇心が疼く。だが理性の何処はこれ以上聞くなと警告を発していた。


 神が知ればいい事実だけれど、君は神の真理に近づきすぎた。だから教えておこうと厳粛な気配を発して至高神は話す。


「界を越えるとき、その命を守るために莫大なリソースを纏って落ちてくる。纏えなくては死ぬだけだ。現に生きて落ちてくる人は少ない。だから世界に力が足りなくなれば、あちらに頼み込んで無機物を送ってもらう。無機物なら落ちた途端に弾けとんでも問題はないからね。

 もちろん借りたリソースはいつか返さなくちゃならない。利子をつけてね。

 それだけの負担をしてでもこの世界はリソースを必要としている。見ろよ」


「が、……ぁぁぁ」


 作られた世界が力の分布に変わる。膨大なデータが脳を焼く。不安定な世界。固まった力。変質するリソース。


『滅び』が目前に迫っていた。


「このままでも百年や二百年は保たせるよ。でもそれまでだ」


「それでは早く次の落ち物を、落ち人を呼び込まなくては」


 ティハヤから微弱なリソースは漏れている。だがこの世界を助けるのには圧倒的に足らない。


「それが出来れば苦労はないよ。

 ほら、あっちを見ろ」


 指差された場所を見れば、濁った塊が浮いていた。


「アレは己の世界から大切な『(ひと)』が奪われた怒りだよ」


「怒り? あの醜悪な塊がか?」


 到底怒りだけではないと思うのだが。その俺の疑問に答えるように神がため息をつく。


「アレは僕のそしてお前の世界にいつもリソースを譲ってくれていた世界の意思さ。

 大事な大事なリソースを予定外に奪われて。世界が変わってもせめて幸せな生をと望んでも、生きるための力を奪われて、痛め付けられて、人生に絶望して。それでもまだ命があるならと我慢してくれていた神々は、お前やあの世界の支配者たちの所業に我慢の限界を超えた」


 強制的にアレが何かを理解させられながら、神が紡ぐ『神々の世界の理』を聞く。


 神の間だからこそ嘆きと悪意を振り撒くだけで済んでいるが、これが地上に降ればただでは済むまい。


「俺が世界を滅ぼすのか?」


「……うん、そうだよ。このままじゃどうしようもない」


「俺は世界を滅ぼしたかった訳じゃない」


「うん、そうだね。君は世界に己を認めさせたかっただけだ」


「どうしたらいい?」


「知らないよ、自分で考えてくれ。君がやった事だ」


 投げやりになった神の言い方に途方にくれる。天才を自認する俺が一体どうしたことか。


「…………世界を存続させるのは()の仕事だ。だからお前が世界を救おうとなんてするな。この世界は要監視対象になっている。落し物など望めない」


 戻ったら何としてでも再度召喚の儀式の覚悟を決めていた俺に神は言う。


「世界は僕が何とかする。ほとんど詰んだ世界だけれど、それでも僕が手塩にかけた愛しい世界だからね。切り捨てざるを得ない場所も出るだろうけど、出来るだけのことはするつもりだ。

 お前は人の身で出来る責任の取り方を考えろ。ああ、でも安易に死を望むなよ。死んだくらいじゃ償えないんだ」


 どうしてこう神とは厄介なものなのだろう。

 俺の常識も知識への自信もプライドも何もかも打ち砕いて、それの上なんの道を示さずに放り出す。


 戻れというように人差し指を動かす神の姿を見ながら、俺は四年前の精算にようやく意識を向けた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 卑しい賤しい羽虫風情がプライドなんてものを持っていた事実が中々興味深いですね。
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