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23、開墾

 千早の朝は早い。


 日が昇るとすぐに起き出して、身支度を整え一日の労働を始める。


 これでも初期に比べれば遅くなったのだ。あの神託騒ぎの翌日も、暗い内から起き出して、日が昇る頃には水汲みを終え、家畜小屋の掃除を始めていた。そんな千早を見つけた早起きの兵士は、今でもトラウマとなり最近では暗い内から目が覚める。


 昨日、兵士達の手によって岩などを避けた乾いた大地に、神託騒ぎの翌朝から山積みになっていた肥料を撒く。夜の内に補充されるらしく、千早は危険だから近づかないで欲しいと兵士たちに頼まれていた。


 馬車に積まれていたロープで大体の区画を決めて、毎日少しずつ開墾を進めている。


 神託騒ぎの数日後、吊り橋に砦を築くと兵士達の半数以上はこの地を離れた。ナシゴレンが陣頭指揮を命じられたと、しばしの別れの挨拶を交わす。酷い隈の浮いた顔で、深々と頭を下げていったナシゴレンを千早は心配していた。


 あの騒ぎに居合わせた兵士達の半数が日を追うごとに疲れていく。そしてそれまで以上に千早に献身的に仕えるようになっていった。


 変だと思いながらも、千早が問いかけても何でもないとしか言わない相手に、無理しないでと声をかけ、今日も一輪車に山積みした肥料を畑に運ぶ。


「ティハヤ様! またそのような……。どうかこちらは我々にお任せを」


 畑を担当してくれている兵士が、一輪車を奪い取り畝へと運ぶ。


「大丈夫だよ?」


「それでもです。お疲れにならないようにお過ごし下さい」


 お前が休めと突っ込みを入れたくなる顔色の兵士が、ゾンビのような足取りで一輪車を押していく。


「ティハヤ様、こちらでしたか」


「おはようございます」


 千早を見つけたロズウェルが、ピシリと整った敬礼をして護衛の位置につく。必死に隠してはいるが、ロズウェルからも強い倦怠感が漂っていた。


「今日はどこを?」


「畑の開墾をしようとしたんだけど、一輪車持ってかれちゃった。朝は水撒きしてから作ってる苗の確認。水に浸けておいた種も回収して、植えてしまうつもり。

 その頃にはご飯できてるだろうから、食事休憩後、植樹の準備かな?」


 家の前半分は既に畑になり、ポツポツとだが芽も出ていた。今のところ、雑草すらも生えないが間引きや病気の確認などすることは山ほどある。


 今は五人の兵士が開墾に従事していた。

 海で造塩と沿岸での海藻等の収穫に関わっている者が二人。

 漁師の真似事をしているのが三人。

 馬の世話と雑務全般をこなすのが同じく三人。

 両側にある半島に探索に出ているのが三人ずつ計六名。


 それに引きこもりのエリック、全体の指揮を執るイスファンと千早の護衛を行うロズウェルが廃棄地で暮らすメンバーだ。


 定期的に砦や吊り橋からの連絡要員も出入りしている。千早が望んだ静かな生活ではないが、餓えることのない日常は送ることが出来ていた。


「では水を汲んで参ります」


 この家の側では危険はない。そう判断しているロズウェルは、足早に井戸に向かっていった。


 廃棄地に来た頃の服装ではなく、今では土にまみれても問題ない格好をしたロズウェルは、一端の農民のようだ。それにしては体格が良すぎるが……。


 手を抜くことなく最速で仕事を行うロズウェルを知っていた千早は、柄杓を取りに小屋へと向かう。


 ドンドンドン。


 一応二階の住人の為にノックをしてから扉を開けた。ここの二階に書物を運び込み、勝手に住み着いたエリックは日々研究を行っており、開墾を手伝うどころか、外に出てくるのも稀だ。


 全て千早のものだから遠慮もノックも礼儀も不要と大人たちは話すが、千早は毎回扉を叩いてから開けていた。


「失礼します。柄杓…………え?」


 普段から物音ひとつしない小屋だが、今日は異変があった。梯子に近い作りの階段、二階の床から手が伸びている。


 薄暗い小屋の中にぼんやりと見える手。まさかの光景にはね上がった鼓動を抑えながら、千早は上を見つめた。


 降りるところだったかと持ち主の登場を待つ。


「寝てる?」


 さっぱり降りてこない相手にしびれを切らして、一言驚かせるなと伝えようと階段を上がる。


「ねえ……」


 階段を上がり、首だけを上の階に覗かせてエリックに呼び掛けた。反応のない相手に寝てるかと顔を見る。


「え?」


 元々青白かった顔は、土気色に変わり兵士たちに比べて細かった身体は一回り小さくなったようだ。遠目ではわからなかったが、差し出された手は艶もなく、血管が浮き出している。


「びょぅ……きゃ!」


 驚いて仰け反ったのがいけないのだろう。足を滑らせてズルズルと階段を滑り落ちる。ドンと大きな音を発てて床に転び、痛みに涙目になる。タイミングをずらして落ちた農具がけたたましい音を響かせて床に転がった。


「ティハヤ様! いかがなさいましたか?!」


 小屋から発せられる音に気がついた兵士たちが駆け込んできた。それに二階を指差すことで返事にするティハヤに、どこか怪我でもしたのかと遅れて駆けつけた衛生兵が確認する。


「エリック! 貴様、ティハヤ様に何をした!!」


 怒りも露に階段を上がるイスファンだったが、ほどなく肩にエリックを担ぎ上げて降りてくる。


「おい、ルー、ティハヤ様の手当ての後にコイツも診てやれ」


 何故か数年前から簡易の治癒魔法が使えるようになった部下に指示を出した。ティハヤの打ち身の手当てをしていたルーが、集中を途切れさせまいと頷くだけで答えた。


「あの、私は大丈夫だから」


「駄目です。すぐに終わりますので、もう少しご辛抱を」


 聞く耳を持たない衛生兵の手当ては、千早の打ち身と小さな擦り傷を完璧に治すまで続いた。簡易な治癒魔法とはいえ、生来使えたわけではない。負担も大きく一日数度しか使えないそれを惜し気もなく使っても誰も止めず、それどころか本当に治ったのかと尋ねる始末だ。


「あの、その人……」


「大丈夫です。問題ありません。ただの飢えです」


 手当てが終わってロズウェルに抱き上げられたティハヤに、ルーがエリックの状況を伝える。


「飢えって」


「そう言えばほとんど食事に現れてませんね」


「持ち込んだ食料があると思っていたが、違ったのか?」


 疑問を口にするティハヤに対して、ロズウェルやイスファンが言われてみればと思い出している。


「え……、ここに来て十日くらい経つけど、その間ずっと?」


「いや、一、二度時間外に食事を求められた事がありますな。その時は余り物のスープと堅焼きパンを渡し、時間を守ってくるようにと伝えました。それ以来顔をみなかったので、てっきり何処か他所で食べているのかと思っておりました」


 全員分の食事を担当している兵士が記憶を探りながら話す。


「すまんがこいつでも食べられそうなモノを準備してやれ。死なれでもしたら厄介だ。

 それとエリックを外へ出せ」


 イスファンの指示を受けて、食事番が準備に離れる。同じく指示されて若い兵士が四方から手を延ばして、ぞんざいにエリックを持ち上げると、入り口から少し離れた直射日光が当たる場所に放り出した。


 低く呻くが起きる気配のないエリックに、舌打ちしながらイスファンが近づく。


「ロズウェル、これ借りるぞ」


 入り口に置かれていた二つのバケツの内片方を持ち上げて、エリックの前に仁王立ちになると、顔目掛けて勢いよく傾けた。


「……っ?!! な、なんだ?」


 掠れた声で驚いたように両手を動かすエリックは、ほどなく目を刺す陽光に気がついたのだろう。眩しそうに手を顔に翳しつつ周囲を確認している。


 廃棄地にいる人々が自分を囲んでいることに気がつく。


「…………ティハヤ様のご迷惑になる。不摂生で倒れるな、愚か者」


 意識して抑えた低い声でエリックを叱りつけると、イスファンは解散を告げた。今日一日でやらなければいけない予定は山ほどある。これ以上エリックに構っている暇はなかった。


「エリック殿、研究も大切ですがご自愛ください」


「ふん、どうでも良いことだ。もし本当に赦されざる罪人ならば、神が俺が死ぬことも許さんだろう」


 ヨロヨロと起き上がると、水気を手で拭い小屋へと向かう。


「俺は認めない。あの時の選択が間違いだったなど。俺の研究が神に弓引くものだとは。認めて堪るか……。

 落ち人システムは神からこの世界にもたらされたモノ。それを有効に活用して何が悪い……」


 ブツブツと呟きながら小屋へと戻るエリックは自身に向けられた人々の非難の表情に気がつくことはなかった。





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