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18、砦到着

 遠く森の切れ目に、チラチラと砂色の建物が覗く。武骨な作りの砦だとはっきりしたのは、随分近くなってからだ。


「ティハヤ様、もうすぐ砦に到着します。今日はあちらでお休みください。明日、ティハヤ様が暮らす土地へと向かいます」


 上空から警戒するために、旋回していたロズウェルが千早の馬車に近づき話しかけた。


 分かりましたと言葉少なく答えた千早は、二週間近い旅で痛む腰や尻を庇いながら馬を歩かせる。


「開門!! 閣下、お帰りなさいませ」


 近づいてくる一団に気がついていたのか、堀を巡らせた砦は跳ね橋を下ろし出迎えの兵士達が待っていた。


 何度となく魔物を撃退して砦へとたどり着いた兵士たちは、安堵の表情を浮かべながら中に進んでいく。


「閣下!」


 イスファンと同世代だと思われる小太りの軍人が正面で待っていた。イスファン達罪人兵士たちを見るその瞳には、うっすらと涙の膜が光っているようにも思える。


「もう閣下ではない。貴族の地位も、兵士としての立場も返上した。この砦の指揮権はお前にあるだろう。

 …………特務懲罰中隊長、イスファン。第四十八防衛砦への到着を報告します。ファルテック閣下、許可を願います」


 ピシリと整った敬礼を送ったイスファンに、ファンテックは冗談は止めてくれと話す。じゃれ合う二人に、副官ナシゴレンがティハヤの休息場所を問いかけた。


「……例の」


「ああ、ティハヤ様とおっしゃる」


「どちらに?」


「真ん中の馬車だ。馬の世話を頼む。道中、一度も弱音を口にされることはなかったが、相当お疲れのはずだ。休息出来る様に手配も頼みたい」


 神妙な顔に戻った二人は、言葉少なく打ち合わせをする。そして千早が操る馬車へと近づいていった。


「ティハヤ殿」


「…………初めまして」


 物珍しそうに砦の内部を見回していた千早は、話しかけられて驚きながらも答えた。ファンテックは、窮屈そうにその太鼓腹を軍服に押し込んでいる。日に焼けた赤ら顔に気の良い微笑みを浮かべたその姿は軍人と言うよりも、近所のおっちゃんを思い出させた。


 移動の間、厳しい表情を浮かべた筋肉質で大柄な男たちに囲まれ続けていた千早は、こんな軍人もいるのかと内心驚きながら馭者台から飛び降りた。


 腰と尻に走った痛みに軽く眉をひそめつつ、もう一度丁寧に挨拶する。


「お疲れのご様子ですね。無理もない。我々軍人と同じ旅程をこなされたのです。すぐにお部屋にご案内いたします。横になられれば少しは良くなりますよ。

 砦の者たちはティハヤ様のお立場のことは知りません。安心してお休みください」


 人好きのする笑みを浮かべたファンテックは、砦で働く女達に頼んで整えてもらった部屋に千早を誘導する。千早が落ち人であることは、砦の上層部のみが知っていた。


 砦で働く多くの者たちは、貴族の孤児が早春に廃棄地となった責任を取らされて、不毛の地に封ぜられたと聞かされ、千早に同情していた。


 案内された部屋自体は砦の中ということで武骨ながらも、可哀想な女の子が来るとの連絡を受けて、砦の女たちが心を尽くし整えていたものだ。

 ベッドを覆う布は優しい色合いのパッチワーク素材に取り替えられて、テーブルには近くで自生していたと思われる薄いピンクの小花が一輪飾られている。せめて砦にいる間だけでも心穏やかに過ごせるようにと、少女が好むであろう家庭的で柔らかく、明るい雰囲気に統一されていた。


 千早が部屋に入れば、埃を被って気持ち悪いだろうと、近くの森から砦の女たちが総出で集めてきた薬草を入れた盥風呂が準備される。身体を見られることを千早が嫌がれば、普段は料理婦として働いているという女の一人が、にっこりと笑いながら話しかけてきた。


「男たちには配慮も何もありゃしない。こんな細っこい女の子を馬車で旅させるなんてさ。

 お尻痛いだろ? まさか皮膚がめくれてるなんて事はないだろうね? もしそうなら、ウチの宿六(やどろく)をぶちのめしてやらなけりゃならないね。 疲れちゃいないかい? 大丈夫かい?

 この薬草湯には疲労回復、皮膚炎、打ち身なんかに効果があるからね。少し滲みるけど良く効くんだ。ゆっくり浸かるんだよ」


「やどろく?」


「ああ、ダンナだよ。幸運な事に今回、お嬢ちゃんと一緒に砦に戻ってきたから、また一緒に暮らせるようになったのさ」


 上がった頃に片付けに来るからそのままにしておくようにと念を押した女たちは、着替えと布を準備してから下がっていった。


 女たちの中には、罪人となった兵士たちの妻子もいるのだろう。久しぶりの再会に、喜びを隠しきれずにいるようだ。


 布で念入りに身体を拭いてから盥風呂に入れば、千早の身体のそこかしこが痛む。擦り傷に滲みるだけでなく、赤くなった皮膚にも浸透しているようだ。


 我慢していると、痛みが落ち着いてくる。ゆっくりと上半身にも掛け湯した千早は、湯から上がり準備された締め付けないワンピースを着る。


 肌触りからして木綿に近い素材だと思われる。襟元やスカート部分を触って、懐かしい感触を楽しむ。だが気が抜けたのか、急速に押し寄せてきた疲労に目を開けて居られなくなった千早は、窓の側にあったベッドに倒れ込むようにして眠りについた。





 ――――一方その頃…………。


 砦の上部、指揮官の執務室に男たちは集まっていた。イスファンにファンテック、ナシゴレン等防衛を主にしていたメンバーと、ロズウェル、そして興味ないと馬車に籠ろうとしたエリックも、無理やり参加させられている。


「……それではティハヤ様がお住まいになる場所は相変わらず荒野か」


「はっ! 落ち人様が旧マチュロス領、現廃棄地に居を定めるという通達を受け、兵を出し確認したところ、いまだ虫はおろか草一本生えぬ地との事でした。

 魔物を分断する為に落としたマチュロス領とこちらを繋ぐ吊り橋は、砦所属の魔術師に復旧させましたが、その後すぐに崖周辺に濃い霧が発生しております」


「何故だ? 霧が発生するような地形ではないだろう」


 廃棄地を分断するように続く深い渓谷は、海まで続いている。今までは数多くの橋をかけて、豊かな海の恵みを王都に運んでいたが、廃棄が決定されて全て落とされた。文字通り陸の孤島となっていたマチュロスは、いまだにその大地の力が回復していないのだろう。


「魔物の残骸は?」


「数日かけて片付けましたが、まだまだ残っております。マチュロスに入った兵士の報告では、吊り橋から南北に離れるほどに多く転がっていると」


「エリック殿」


 数が多過ぎて対処できないと白旗を上げたファンテックから、うつらうつらと船を漕ぐエリックへと、イスファンは矛先を変えた。


「……なんだ?」


「魔物の死骸を始末するのは貴方にお任せする。衛生面を確保する為にも、早急に対処願いたい」


 稀代の天才であるエリックの力をもってすれば、焼き捨てることくらい容易いだろうと頼む。それを聞いたエリックは、腕を組んで瞳を閉じたまま頭を振った。


「断る」


 端的すぎる拒絶に、即座に部屋に怒気が満ちる。


「な!」


 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったナシゴレンを制し、イスファンは再度頼んだ。


「無理だ。俺の魔法は神によって制限がかけられている。今の俺に許されているのは、落ち人に力を戻す術式を開発することに必要な分だけだ」


 稀代の天才と言われた男の無力化。


 その事実をため息交じりに説明されて、周りの人々は顔色を変えた。


「では、ティハヤ様をお守りすることも出来ないのか?」


「術式のみ……」


「それでは足手まといになりかねない」


「ああ、それでも神とやらのご意志だからな。落ち人の元から離れることもできない」


 苦々しげに笑ったエリックは、だから俺の事を一切頼るなと言い放った。


「ロズウェル、知っていたのか?」


「いえ、ですが普通ならば飛行して移動するエリック殿が、全行程馬車旅に耐えておられましたから、何かあったのだろうとは思っていました」


「ティハヤ殿はこの事実をご存じなのか?」


「俺は落ち人と直接会話したことはない。知らんだろうし、俺がどうなろうと興味もないだろう」


「ティハヤ様は廃棄地で一人静かに生きることをお望みです。エリック殿がどういった状況でも気にしないかと」


「ともかく、明日、砦を出て廃棄地に向かう。ティハヤ様が何処に居を定めるかは分からないが、その地を片付けることから始めよう。

 …………忙しくなるな」


 手早く懲罰隊のメンバーを二つに分け、街道を回る班とティハヤの生活を安定させるための班を作ったイスファンは、指揮権の中に戻りたがったファンテックとナシゴレン双方に指示を出す。


 世慣れ交渉事を得意とするファンテックが街道防衛班の世話を引き受け、ナシゴレンが廃棄地を守る布陣となった。


「吊り橋を守る為の出城も作らなくてはな」


「脅威はどこと判断されますか?」


「東だ」


 間髪をいれずに王都方向を口にしたイスファンは、出入りする唯一の場所が吊り橋だけなことを感謝する。


 古い友人たちが時候の挨拶の体を装い、警告してくれていたのだ。ゆえに落ち人を害する動きがあることを既に掴んでいた。





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