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16、宿屋にて

 夕方、まだ日も残る間に今日の宿泊予定地に着いた。王都直前の宿場町として栄える街である。


 荷馬車は街の一角に集められて、見張りをつける。馬たちは街のいくつかの馬屋番共同で特別に雇われて世話をしてくれるそうだ。明日、早い時間に出発だと聞き、それぞれに割り振られた宿に向かっていく。


「ティハヤ様」


 周囲の人間たちが宿に泊まれる数少ない旅程を楽しもうと足早に去る中、ぼんやりと街を見ていた千早にロズウェルが話しかけた。


 後ろには興味の無さそうな無表情でエリックも立っている。その他の罪人たちも、少し離れた場所で千早の方を見ていた。


「何か?」


「今日の宿にご案内致します。こちらへ」


 人目がなくなったことを確認して、ロズウェルは恭しく手を差し出した。その手を見つめはしても、千早が手を伸ばすことはない。


「私も他の馭者たちと同じ宿では?」


「まさか。あのような場末の宿にティハヤ様をお泊めするわけがありません。本来でしたら街長の屋敷に賓客としてお泊まり頂くべきですが、お忍びという厳命。街一番の宿を押さえました。我々のうち数人も同じ宿に泊まります。どうかご一緒にお出でください」


 千早が手をとることはないと気がついたロズウェルは、体に触れないように気を付けつつ移動を促す。


 兵士たちが移動しないのに気がついた住人がチラチラと千早達に視線を向け始めている。それに気がついた千早は、ため息を押し殺して歩き始めた。


「確認しなかった私が悪いので、今日は泊まります。でも、今後は無理しなくていいので。

 私は場末の宿でも構わないし、なんなら地面に直接でも平気です。皆さんのような貴族の方々が泊まるような宿を取って貰わなくても大丈夫ですから」


 パッと見、痩せぎすの少年である自分が、兵士たちの中でも上位にいる人達と共に上等な宿に泊まれば悪目立ちすると続ければ、王都から離れれば離れるほど宿屋に泊まれる事が稀になる。休めるときに休んで欲しいと懇願された。


 肯定も否定も面倒になりただ無心で足を動かした千早は、案内された宿に入った。


 街一番の宿というだけあって、広い廊下に上等な絨毯。壁には絵画が飾られており、柔らかい光を放つシャンデリアが天井を彩る。


 恰幅の良い豪商や見るからに豪華なドレスを纏った婦人達がエントランスで談笑していた。その中に足を踏み入れた瞬間、千早たちに視線が集中する。


 軍服を見た人々は納得したように視線を動かそうとして、千早に目を止めた。場違いだと咎めるような視線があちこちから千早に突き刺さる。


「……やっぱり何処か他所で」


 小さくなった千早は入り口に向けて(きびす)を返した。


「お待ち下さい。すぐにお部屋に……」


 やんわりと進行方向を遮るように動いた兵士たちに囲まれて、千早はチェックインを済ませた。


「ようこそおいでくださいました、英雄殿。それと砦の勇士たちをお迎えできたこと、この宿の末代までの自慢となりましょう」


 満面の笑みで出迎えるフロントの男に、ロズウェルが手短に予約していた部屋への案内を頼む。


 無愛想と言われても仕方ない反応にも関わらず、笑顔のまま男は兵士たちのチェックインを済ませた。フロントからの目配せを受けて、荷物運びのポーターたちが荷物を受け取り案内する。


 千早にも一人のポーターが近づいてきた。だが荷物を抱きしめ、頑なに渡そうとしない千早に業を煮やしたのか、小さく舌打ちして下がっていった。


「…………ティハヤ様?」


 奥から出てきた支配人と打ち合わせをしていたロズウェルが、顔色の変わった千早を見つけ歩み寄る。


「何でも……。それより私は何処へ?」


「こちらでございます。お嬢様、どうぞ」


 笑みを顔に張り付けた支配人自ら、千早の案内をかって出た。千早の斜め後ろにはロズウェル、そしてさらにその後ろには退屈と苛立ちを隠さないエリックが続く。


「こちらのお部屋が当宿最上級スイートでございます。どうぞおくつろぎください」


 最上階の一番奥に作られたスイートルームに案内された千早たちは、室内に足を踏み入れる。


 沈み込みそうな毛足の長い柔らかな絨毯。窓ガラスは無色透明で、一部がステンドグラスになっている。


 リビングに続く扉の奥を覗けば、複数の寝室。風呂の設備も整い、湯も豊富に出るようだ。


「ティハヤ様はこちらの部屋をお使いください。エリック殿は右の部屋で良いだろうか?」


「ああ」


「私は何かあったときのために、リビングに控えております。ご用の際はお呼びください」


 千早を一番豪華な部屋に案内し、リビングからすぐの寝室をエリックに割り振ったロズウェルは入り口の脇に椅子をひとつ動かし、そこに荷物を置いた。


「同室?」


 各部屋は独立しているとはいえ、まさかの同室に千早が動揺を浮かべると、決して邪魔はしないから安心して欲しいと乞われる。エリックは千早に構うことなく、さっさと割り振られた部屋に入っていった。後ろ手に扉をきっちりと閉めたまま、エリックの部屋からは沈黙が続く。


「あの、ロズウェル様はどの部屋を?

 左の寝室ですか?」


「いえ、本日はこのまま不寝番を務めさせて頂きます。夕飯は宿の者がこの部屋まで運ぶ手配をしております。

 ティハヤ様が外に出られる時は護衛致しますので、一声かけてくだされば幸いです」


 眉ひとつ動かさずにそう言ったロズウェルは、先ほど動かした椅子に座る許可を千早に求めた。


「え……?」


「出来る限り気配を消し、ティハヤ様のお邪魔にならぬようにさせていただきます。それでも私が一緒の室内にいるなどご不快だとは思いますが、平にご容赦頂ければ幸いです」


 踵を合わせて姿勢を正し頭を下げる。微動だにせず千早からの返答を待つロズウェルに、半ば呆れながら千早はソファーを指差した。


「とりあえずあちらに座りませんか?

 自己紹介もまだですし、お話しましょう」


 千早の誘いを受けて移動する最中、エリックの部屋から内鍵をかける音が響く。


「申し訳ございません」


「別に謝られる事じゃないです。そのうち否応なく話さなきゃならなくなるだろうし」


 エリックの対応を聞き頭を下げたロズウェルは千早が口を開くのを待つ体勢になった。


「………………あの」


「はい」


「ロズウェル様は私の護衛と言うことでいいんでしょうか?」


 躊躇いがちに切り出した千早にロズウェルが大きく頷いた。


「その通りです。今後お側を離れずお守りし続けることを誓います。

 オルフェストランス神からの神託を受け、罪人たちから選抜されました。ティハヤ様をお側近くで守る護衛の任を受け、光栄なことと思っています。私のことはどうぞロズウェルとお呼びください」


「これから行く荒れ地は、生き物はおろか植物も生えない所と聞きますから、護衛は到着まででいいですよ。その後、お互いに好きに生きるということにしませんか? 自分のことは何とかしますから」


「……今は生き物なき不毛の地でも、今後何があるか分かりません。ティハヤ様の身に何かあっては私は己が許せません。ご指示に逆らう無礼は承知しておりますが、どうかお守りすることをお許しくださいませんか?

 もしも私たちが同行することで何らかの負担を予想されているのでしたら、ご心配は無用です。我々の全てはティハヤ様の為に」


 頑なに護衛という立場を得ようとするロズウェルに、千早は困惑の視線を向ける。


 そもそも千早が宰相の申し出を受けて、不毛の地を死に場所…………新天地に選んだのも王都の人々から少しでも離れるためだった。それなのにこの地獄にいる原因となった者たちと同居する事になって困っていた。


 罪人として来たくもない痩せた不毛の地に赴任するくらいなら、任務は果たしたとして何処か好きなところに消えてもらおうと計画していたのだ。


「……私は一人で静かに()()()()


「でしたら私はティハヤ様の静かな生活を守るために、働きましょう」


「行くのは不毛の地。飢えるかもしれないし、水もないかもしれない。すぐに死ぬことになるかも……」



「ではティハヤ様が飢えぬように、渇かぬように手足となって動きましょう」


「それは騎士の仕事でも護衛の任務でもないです」


「構いません。私は既に騎士ではない。騎士の誇りは地に落ちました。今の私はただ生き長らえているだけの罪人です。

 ティハヤ様、我々が貴女様にしてしまったこと、白日の元に晒せず申し訳ございません。いつかは必ず真実をとグレンヴィル殿下も含めて決意しておりますが、今はまだ民へ伝える準備が整わぬのです。今、明らかにすれば逆に御身に危険が及ぶのです。どうかお許しください」


 すっとソファーから立ち上がったロズウェルは初日に出会った時の土下座の姿勢になる。


「四年前、我らが貴女を呼び出してしまった事を謝罪致します。

 魔術師エリックが貴女に術式をかけたこと、謝罪させてください。

 その後、貴女が歩んだ苦難の道の全ては、我々の責任です。

 謝罪の場での対応は最悪なものでした。我々……いえ、私はあの場でも我が剣の主としていたグレンヴィル殿下を優先いたしました」


 床に額を擦り付け謝罪を重ねるロズウェルは、懐剣を千早に差し出した。


「あの、これは?」


「これは私の覚悟と決意でございます。その懐剣は騎士になったおり、祖父に贈られたものでございます。

 もしまた私が何か不快な思いをさせてしまった時には、是非こちらで罰していただきたく。切りつけるもよし、刺すもよし、殴るでもよし。刃を熱すれば焼きごて代わりとしても使えるでしょう」


 予想外の使い方に目を白黒させている千早に気がつかずに、額を床に擦り付けるようにしてロズウェルは続ける。


「もちろん今回の謝罪くらいで許していただけるとは思っておりません。今後、許されるとも思っておりません。

 神殿関係者達が同行している間はティハヤ様のご身分が明らかになってしまう恐れがあるので容赦願いたいのですが、明日の昼以降でしたら何時如何なる時でも、理由の如何を問わず慎んで罰をお受け致します。

 無論、他の罪人たちも皆覚悟を決めております。もし私が役割を果たせなくなった時には、他の者が参るだけです」


「役割?」


「例え腕や足をうし……」


「やめて!!」


 言い募ろうとしたロズウェルを鋭く千早が止める。顔を上げ、ようやく千早の顔色が蒼白になっていることに気がついたロズウェルは慌て出した。


「聞きたくない。これ以上……聞きたくない。

 これから宿に泊まれることも少なくなるんでしょ? あっちの部屋で今日はゆっくり休んでください」


「しかし」


「お願いです。私もしばらく部屋に下がります。夕飯が届いたら、各自食べてください。気が向いたら私も食べに来ます」


 震える手を隠すように握った千早はそう話すと、ひき止めるロズウェルの声を振り切って与えられた部屋へと逃げ込んだ。


「………………また失敗してしまったか」


 ゆっくりと足を崩したロズウェルは、閉ざされた千早の部屋の扉を見つめる。肩を落とし何が悪かったのか考え続けるロズウェルに、扉の隙間からエリックが声をかけた。


「おい」


「エリック殿、どうされましたか?」


「無駄なことはやめとけ」


 目だけを覗かせたエリックはまた部屋に戻っていった。カシャンと軽い内鍵の音が再度響く。


「…………どうしたものか」


 重い溜め息を吐きながら立ち上がったロズウェルは、千早にお願いされた通り、ゆっくりと部屋に向かって歩き出した。


(C) 2019 立木 るでゆん

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