14、ちはやちゃんを救う会
なろうユーザー、酔勢 倒録様より千早(12歳)のイメージ画像を頂いたので挿入しました。
先輩、いつもありがとうございます。
「…………ではこれで第千二百六十八回神界会議移転及び転生者報告会を終わります。続いて四年前に移転済みでありましたが、この度偶然発見された移転者に関する緊急動議を行います。
始めにご臨席の皆様には、見ていただきたい映像があります」
年に何度か行われる神々の会議。その中でも最近危険視されている移転者、転生者についての会議が終わり、空気が緩んだ所を狙ってその動議は出された。
半円状に広がる議場に緊張が走る。前回の緊急動議は、ひとつの世界を滅ぼしてしまった転生者の尻拭いであった。
その前は貞操観念が非常に強い世界であったにも関わらず、移転者がハーレムを形成し、結果主神を失墜させたことへの対応協議であった。
最近は異世界にも地球系オタク種の危険性が広まり、問題が起きないようにと、お互いに対応と監視を強化している。
だが、四年前であれば一番移転及び転生、有り体に言えば地球系世界からの誘拐が頻発していた頃だ。今ほど境界が管理されていなかった為に、神々の感知していない移転、転生が頻発していたのだ。
今回の議長、アステカの神である黒いテスカトリポカの合図を受けて、神々の席にあるモニターに映像が流れる。中央のモニターにも大写しで流れているが、黒いテスカトリポカの、表現し難いごちゃごちゃとした巨体に隠されてよく見えなかった。壇上にいる議長の姿を無理やり表現するなら、極彩色で口を含む体のあちこちから関節毎に分離された腕が浮き、背中からは複数の棒状の何かが突き出し、ホルンか大砲でも背負っているようだと言うしかない。
そんな映像に集中できないことこの上ない見た目だが、その相手となる神々もまた人としての形を持っているものだけではない。老若男女、美男美女。それと同数かそれ以上に印象的な神々が座っている。例えばある者は暗幕を被り目だけを露出している。またある者は男の頭部に黄金虫のような胴体をつけていた。
【ある少女の移転】
子供が書いたような文字でタイトルコールが流れる。地球系世界の神々は一様に映像を見つめた。
夢と希望に満ちた優しく明るいオープニングソングが流れる中、妊婦が画面に出てきた。大事そうに抱える腹は大きく、臨月も近いことがうかがえる。
祖父母と思われる人物たちが笑みながら話しかける。男の幼子が満面の笑みで腹を撫で、父親は愛情深く労るように妊婦を抱き締めた。
幸せそうな極東人の家族は次の場面に進む。産まれた子供のお宮参り。その映像から日本という、数多く神を輩出した国の民であることが分かった。
映像は次々と流れ、それに合わせて赤子も成長していく。
「ほら、千早。神様にありがとうって」
「うん、おかぁしゃん。
うみのかみちゃま、いつもおとーさんをまもちゅてくれて、ありがとーございまちゅ」
パンパンと手を打って祈る幼女は、母親の教えを受けて信心深く素直に育っていた。
地蔵に手を合わせ、神棚の掃除を手伝う。折に触れ、幼子が参拝する神社の側には、家族が食べるための野菜を育てる家庭菜園があった。
父親は海での養殖を生業にしているのか、毎日浜へと出ていく。母親は他の仕事を持ちつつも、時間が許す限り父親を助けよく働いた。
兄と妹は寂しいと訴えることもなく、祖母に面倒を見られながら、家の手伝いをよくし地域にも愛されている。
ランドセルを背負うようになった千早の幸せなエピソードが続く。
家族で行う花火に笑い、花見の席で弁当を頬張る。初めて犬と一緒に散歩をする姿。陽だまりで飼い猫とひとりと一ぴきで眠る姿。同じ年頃の子供と遊び、年上の子供達に連れられて海へと走る。千早はいつも笑顔で、そして元気に走り回っていた。
ここで画像が見る神によって変わった。正面のモニターは分割されて、神々毎の沢山のエピソードが流れている。
日本系の神々には祭りに参加し、四季折々その時の神に感謝と挨拶を捧げる古き良き幼子の姿を。
単独神系の神とその使徒には、一人の友人を庇う姿を。
その庇われた子供は、一神教の子だった。周囲を囲む子供達は、ごく普通の子供だ。子供特有の残酷さと無邪気さで自分達の祭りに参加しない友達を追い詰めていたのだ。
ギリシャ系や北欧の自然系神々には、図書館の本でその存在を知った千早の無邪気なエピソードを。キラキラと好奇心に輝く千早の瞳を、神々は微笑ましく見守っていた。
アジアの神々には日本の神々の源流となった事を知った千早の尊敬に満ちた眼差しを。よく学んでいると満足げな雰囲気が満ちる。
楽しい子供時代の思い出に交ぜて、神々へと千早の善良性と幼さを訴える映像が続く。
時は流れて、真冬の荒れた海が映し出された。
まだ雪が残る庭で木の枝を切る高齢となった祖父母。ポリバケツに入れられた枝は、祖父の手で暖かい部屋の隅に置かれる。大事そうに枝を撫でながら、祖母は何かを枝に語りかけた。
その花が満開を迎えたある日、母親に起こされた千早がパジャマのまま目を擦って現れた。
「さあ、千早……」
部屋に準備されていたスーツがうつる。グレイの上着に黒とグレイのチェックのスカート。寒い地方の子供だからと準備された厚手のタイツ。タグを外され念入りにアイロンがかけられた純白のブラウスと大きめのタイ。
この日の為に購入されたのが明白な新品の衣装に着替えた千早は、母親の化粧台の椅子に座った。
母親が今日のために美容師の友人に頼みこんで覚えてきた編み込みをおこなう。サイドで作った三つ編み二本で他の髪を止め、残った三つ編み部分でお団子を作る可愛らしいものだ。
部屋の隅では祖母が千早の着替えを見守りつつ、暖かい部屋に入れ、今日に合わせて咲かせた桜の花で髪飾りを作っていた。
編み込まれた髪に最後に祖母の髪飾りを挿す。すっかり目が覚めた千早は鏡の中の母親と目を合わせた。
「お母さん、ありがとう」
「どういたしまして。可愛いわよ、千早」
「卒業式おめでとう、ちぃちゃん」
「ありがとう、おばあちゃん」
ニコッと笑った千早はいつものように元気に立ち上がろうとして、母親に止められている。髪が崩れていないことを確認した母子は軽く摘める朝食へと向かっていった。
着飾った子供と暗い色のスーツに身を包み、子供の成長を喜ぶ親たちが流れていく。
卒業証書を貰い、クラスメートと同時に教室を出る。先生とのお別れ会の会場へと向かう子供達だったが、偶然千早だけが誰の視界からも消える一瞬があった。
風を感じたのか空を見上げる千早の足下が持ち上がり、地面が千早を覆い隠そうとした。
驚く千早が消えた画面には、千早の手から落ちた卒業証書と桜の髪飾りだけが残されていた。
………………神々にはわかっていた。これが異世界への召喚であると。その召喚が幸せなものであるならば、緊急動議などされるはずがない。
幸せな日常であるからこそ、続きを拒否する気持ちもあった。既に気の早い女神たちの一部は、千早が移転させられただけで同情に涙を浮かべている者もいる。
無情にも穏やかで光に満ちたような音楽は、風雲急を告げる。悲しく荒々しい曲調に変わり、遠く雷鳴の音が響いてきた。
世界を渡った衝撃で朦朧としている千早に突きつけられた短杖。移転直後の魔法による副作用で気を失った千早から奪われる服。髪を結んでいたゴムすらも奪い取られて、千早の身には地球の物は何一つ残らなかった。
嵌められる首輪。夢現に引き起こされて立たされた、悪意に満ちた競り。嘲る人の顔、顔、顔。
千早の混乱と絶望が画面からひしひしと伝わってくる。
場面は変わって牢獄のような何かの中で千早は膝を抱える。体を隠す布を奪おうとした奴隷もいたが、千早の姿を直接見ると怯えて逃げていく。しまいには同じ場所に入っている奴隷から、近づくなと暴力を振るわれていた。
ろくな食事も休憩も与えられずに連れてこられた農地。日々続く重労働。振り下ろされる鞭。奪われ、与えられない食事。
全てに絶望し逃げようとしても捕らわれ、上半身を剥かれて血が飛び散る程に痛め付けられる。
千早の血が落ちた大地から芽吹く草。何かに気がついた男達。男達が目配せで千早ににじり寄る。
数人がかりで押さえつけられて、手のひらを机に広げさせられた。画面の端には不気味に光る刃が写っている。
…………神々から漏れる怒りと悲しみの押し殺した呻きが会場に満ちる。
満面の笑みを浮かべる現地人の顔は欲望に陰っていた。画面の奥に映る千早は手を強く握りしゃがみこんでいる。
そして何処か違う場所で勝利の微笑みを浮かべる若い男の姿。付き従う男達も見事な衣を纏い、人々の称賛を浴びていた。
そのあとも千早の地獄のような光景と現地人達のこの世の春を謳歌する姿が交互に続く。
そして合間には必死に千早を探す地球の家族、地域の住人達の姿も映し出され…………。
一年……。
二年…………。
三年………………。
諦めずに子供を探し、誕生日には好物を作り帰還を信じて待つ母親。すっかり無口になった父親は毎日何かから逃げるように海に出て、帰宅後は無表情で酒を口にする。
息子夫婦に諦めろと諭しながらも、死の床にて、神を恨み、悔し泣きをし逝った祖父。気丈に振る舞いつつも、ひとり部屋で泣き崩れる祖母。
制服から私服へと変わった兄は故郷を離れたようだ。遠い都会と思われる市街で常に誰かを探すように人混みを眺める。
腕を完全に欠損した千早を現地人が押さえつける。恐怖と劣情という反する感情を向けられた千早の絶望の表情で映像は途切れた。
「この娘はどうなったのだ?」
「可哀想に……」
「あの世界とは協定を結んでいるはず」
「協定違反だ!」
「……滅ぼすか?」
神々がざわめく中、木の皮で作られた人形と木彫りの馬の頭部を持つ人形、そして数人の日本神が壇上に上がった。
静粛を求める議長の声を受けて、神々は壇上を見つめる。
「ご来席の神々に申し上げます。私は今の移転者である佐々木千早の家で奉られております家神オシラと申します」
「同じく佐々木家の近くにあります神社におります荒神と申します」
「我々はあの地域を守る道祖神でございます」
三神三様の挨拶をしてから、移転してしまった幼子のその後を話す。
天照大御神に助けを求めたこと。あちらの世界の唯一神に接触したこと。現地人達の非道。
「この度、千早は生き物ひとついない土地へ向かうこととあいなりました」
「何故!? あちらの神は幸せにすると言ったのでしょう!!」
幼子を守護する女神がオシラの言葉に反応する。そこで語られた現地人たちの身勝手に、神々の怒りは高まった。
「千早はこうも言いました。
自分はこの地獄に残るから、家族を不幸にしないで欲しい。帰りたいと言わないから、私がこの地獄で償うから、どうか家族を許して欲しい」
「この子羊は許しを乞うことなんて何もしていないだろうに」
「憐れな娘だ……」
囁きが議場に満ちる。
『……どうかこれ以上家族を苦しめないために、家族から私の記憶を消してください。いないものとしてください。それが出来ないならば、せめて私を死んだことにしてください』
突然、会場に放送が流れた。演技上手の日本神が千早の声まねをして録音したものだ。
身を切る悲しみに彩られた声に泣き出す神も多い。
「……どうか皆様、千早を、我々の幼子を救っては下さいませんか?
あの子は移転に際しての生命力を奪われてしまいました。
あの子は戦う術も持たずに、ただひとりあの世界に立っています」
「どうか、千早に力を貸してください。
このままではまた飢えに苦しみ、ひとり孤独に死ぬことになる。死の解放を夢見て生きるしかない幼子を救ってください」
「我らが守護し愛した幼子をこちらの世界に呼び戻すのは不可能。これは重々承知しております。だからこそ、相手の勝手で親許から引き離された雛鳥に、せめて飢えぬ生を与えてやりたいのです。どうか……どうかお願い致します。お力をお貸しください」
涙声て深々と頭を下げ続ける三柱の神。自分達だけではどんなに助けたくても、神格が足らずに助けることは出来ない。だからどうか助勢して欲しいと、必死に世界に向けて訴えた。
「…………われの力を贈ろう」
一人の神が口を開いた。
それを皮切りに次々と神々が祝福を口にする。
ある沢の神は水に苦労せぬようにと清流の恵みを。
ある川の神は豊かで清浄な大河を。
海に関する神格を持つ神々は、争うように豊かな漁場を。
大地を守護する神々は実り大き豊かさを。
農業、木工、加工、料理、機織り、それぞれが己の神格と権能に則した祝福を与える。
数柱の神が集まり住居を贈るものもいた。
力の弱い道祖神たちは集まって境界を守ることにしたようだ。それに守護神とも呼ばれる防御を主とする神々が力を貸す。
破壊神や武神と言われる神々もまた、千早に祝福を与えようとした。けれども受け手である千早の魂の脆弱性から危険視され、今回は見送ることになった。そんな今回は純粋な力のみを千早に贈ることになった神々は、今後も定例会で見守ることを約束する。
特に熱心な女神たちは交代であちらの世界を監視することにしたようだ。
これが宗派、地域を越えた神々の組織『ちはやちゃんを救う会』が発足した瞬間である。
【頂き物のイメージ画像】
移転直後のちはやちゃん
(セリフも酔勢先輩が考えてくださいました。ありがとうございます)
「……え、ここどこ? 先生、クラスのみんな、どうして誰もいないの? 何だか変な服を着た大人たちが、私を怖い目で見てるよ。何で、どうしてそんな目で見るの? 何だか怖いよぉ……。お父さん、お母さん、オシラ様、誰か、誰か助けて!」
【舞台裏】
イエーイ、大成功!!(天宇受売命等参加した神々)
うふふ、これでこっちの神々は千早の味方よ! あとはなにやっても大丈夫!!(企画:天照)
<映像を作った神々でハイタッチ>
これで少しはプレッシャーになるでしょうか?(構成指導:オシラ)
それはどうかしら?あちらは今まで甘えてきたものね。甘やかしたっていうのもあるけど……同期だからね(天照)
あれくらいのほうがみんなその気になってくれると言うのは本当でしたな。何柱か今にも滅ぼしにいきそうでしたからのぅ(道祖神の一柱)
さぁてあれだけで済ませれば納めるつもりだったけど、舐めたまねしくさった分、後悔して貰いましょうか(笑顔の天照)