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12、見習いアリス

 夕食時になっても娘たちが戻ってくることはなかった。その代わりにとまだ若い見習い修道女が派遣されてくる。


「ティハヤ様、今日お世話させて頂きます。よろしくお願いします!」


 元気に話す少女に千早は頭を下げた。


「よろしくお願いします。自分の事はだいたい自分で出来るようになったから、あまり気にしないでください」


「え? そんなぁ。せっかく落ち人様のお世話が出来るって張り切ってたのに!」


 見るからにがっかりする少女をみて微笑ましい気分にながら、千早はセッティングされたテーブルに向かった。


「ま、待ってください!

 さ、どうぞ、ティハヤ様!!」


 急いで回り込んだ少女は椅子を引いて満面の笑みを浮かべる。千早の世話をするのが楽しくて仕方ないという雰囲気の少女に、昼間の件で落ち込んでいた気持ちが少し持ち直してきた。


「ありがとうございます。ところで昼間までいた三人は?」


「お家に帰ったって聞きました」


 瞳をそらして答える見習い修道女は何か知っていると言うことを全く隠せていなかった。その上、思い出したことでもあるのか、プクッと頬を膨らませて不満げな顔をする。


「不満そう」


「だってティハヤ様! 落ち人様を悪くいうなんて、そんなのおかしいですもん」


「悪く?」


「衛士のゴンザレスさんが言ってました! あの人たち、伯爵様のご息女たちだからってティハヤ様をバカにしてたって!! だからお家に帰されたんでっ……あ!」


 ようやく自分が何を言ったのか気がついた少女が、両手で口を押さえた。そのまま上目遣いに千早の顔を見つめている少女に、気にしないでと伝えてスプーンを手にした。


 最近ようやく一人前を完食できるようになった千早用の食事は、いつも彩り鮮やかで豪華なものだ。肉か魚、もしくはその両方をメインに、数種類の皿が並ぶ。


 グゥゥゥゥ。


 千早がスープを食べ始めてすぐに、見習い修道女のお腹が盛大に鳴った。気にしない方がいいのかなと思いながらも、何度も鳴る腹の虫に千早はスプーンを置いた。


「あの、ご飯はまだ?」


「え、いえ、食べました。でもティハヤ様のご飯を見てまたお腹減っちゃって」


「食べ盛りだもんね。ナタリー修道女、この子にも軽く何か準備出来ませんか? よかったらナタリー修道女もご一緒に。侍女の人たちは一緒に食事をしていましたし、何かありますよね?」


 部屋の出入口付近で控えていたナタリーに千早が珍しくお願い事をした。驚いた表情を浮かべたナタリーが軽食を手配しようと一度頭を下げてから退出する。


「あの、ティハヤ様、そんな」


 慌てて遠慮する見習い修道女に名前を尋ねた。


「私はアリスです」


「アリスちゃん。この世界にきて初めて普通の人に会えた気がするの。お願い、一緒に食べてくれない?」


 昼間会った衛士も普通っぽかったけれど、仕事人って雰囲気があって話しかけ難かった。それに比べれば、アリスは話しやすい。久々に話してみたいと思う相手が現れて、千早は喜んでいた。


「ティハヤ様のご飯はいっつも夢みたいに豪華で、みんな羨ましがってたんです! それを頂けるなんて夢みたい!!」


「アリス! 落ち着きなさい!

 ティハヤ様の前でなんです。はしたない。これでは神に仕える身として失格ですよ」


 銀の盆にいくつかの皿を載せて戻ってきたナタリーがアリスを叱責する。千早の皿とは比べるまでもなく質素なものだったが、肉の切れ端や十分な量の野菜にアリスが目を輝かせていた。


「本来であればわたくし共が食事をご一緒するなど不敬なことではございますが、本日は侍女の方々もおられません。ですから特例ということでお許しをいただきました。アリス、幸運だったわね」


 千早のテーブルに予備の椅子をセッティングするようにアリスに指示を出しつつ、ナタリーが話す。


「神に感謝いたします」


 そう話したアリスは感謝の祈りを捧げると、早速食事に取りかかった。しばらく無言で食器の発てる音だけが響く。


「あの、ティハヤ様?」


 しばらくして食べ終わったアリスが千早に話しかけた。


「どうしたの? 足らないならこれも食べる?」


 手を付けていなかった肉が盛られた皿のひとつを差し出しながら千早は答えた。その皿に視線が釘付けになりながらも、アリスはお腹が一杯だからいらないと遠慮する。


「……ティハヤ様はさっき私に初めて普通の人に会った気がするっておっしゃいましたが何故ですか? ティハヤ様の周りにはいつも選ばれた貴人たちが控えていたのに」


「みんな表情は笑っていても、瞳は違うから。

 怯えだったり、恐怖だったり……最初の頃はわからなかったけど、落ち着いた今なら分かる。私に近づく人達はみんな何か別の事を考えてる。

 だからアリスちゃんみたいに、一生懸命ひとつの事だけをしている人に会えて嬉しかった」


「そんな! 皆様、ティハヤ様に喜んで頂こうと…………、少しでもお心楽しくこの世界で過ごして頂こうと心を砕いておいでです。贈り物だってあんなにいっぱい。私も運んだことがあるから、高価なものが多いのも知ってます」


「アリス、おやめなさい」


 興奮してきたアリスをナタリーが嗜める。その姿を見ながら、千早の口から疑問の声が漏れた。


「高価……ねぇ」


「兵士の皆さんも少しでも償いになればと、各地に現れる魔物狩りに出たままです。今日食べたお肉だって、討伐隊が狩ったお肉です。こんな美味しいお肉、街を捨てる前だって食べたことないです。故郷を捨てるしかなかった私たちは、当然食べるのにも困っていました。そんな私たちを助けてくださったのは、国の救護所と神殿の皆様だけです。その人たちを、なんでそんな風に思うんですか?」


 話している間に感更に情が高ぶったのか、涙目になりながら訴えるアリスを慰める為に、ナタリーが肩を抱いた。


「申し訳ございません、ティハヤ様。もう十数年からになりますが、年々干魃は酷くなり農地も減っております。それに加えて、魔物の被害も大きく、維持できなくなった辺境から順に国土を手放し、皆、神の祝福篤きこの地に逃げてきております。

 アリスもそんな土地に生まれた者でございます。どうかお目こぼしを」


「…………謝られるようなことではありません。

変なことを言ってごめんなさい、アリスちゃん」


「落ち人様、どうしたら許してもらえますか?

 本当なら、落ち人様がくれば大地に実りが戻り、魔物も消えると聞きました。今回私たちが落ち人様を害してしまったから、怒って実りを下さらないんでしょう? 教えて下さい。どうすればいいんですか? どうすれば大地に実りを戻して、私たちを助けてくださいますか?」


 祈りの形に手を組んだアリスは真摯な瞳で千早を見ている。


(天の声、どういうこと?)


(告。本来界を繋ぎ、落ち人が移動するエネルギーの余波を世界が吸収。それにより活性化が行われていた。世界が活性化されれば力が滞って産まれる魔物も消滅する。

 しかし今回はイレギュラーが起こった為に、リソースとして活用不可となった。

 盗人どもからリソースの回収を試みたが、既に盗まれた力の一部は変質し同化。更には消費されているものもある。

 神の力を使い、強制分離させても回収できる力は1割以下。それでは全く足らないと判断された。

 現在は変質の原因となる術を使った魔術士に、落ち人へとリソースを返還させる術式を作らせている最中である)


(では今、この世界の飢餓や魔物はどうにもならないと?)


(告。落ち人の漏れの分で調整するため、大幅な救いは不可能。再召喚も相手世界の協力なければ出来ない)


「…………ごめんなさい、私では力になれない」


「落ち人様! なんで?!」


「アリス! 口を慎みなさい!!」


「失礼します!!」


 泣きながら飛び出したアリスの背中を何も言えずに千早は見送るしかなかった。


(この世界の人たちが私に救いを期待をしてるなら、さっさとここから逃げた方が良さそう。ようやく歩き回っても大丈夫になってきたし……)


 そんなことを考えながら、無言で食事を続けて食器を下げてもらう。


 翌日面会を申し出た千早の願いを受けて、トップ三人と王太子が揃っての謁見が叶うことになった。



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