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10、賠償

 心底から呆れた声が出た。そのまま踵を返して法王と一緒に館の中に戻ろうと歩き出す。


「私のことなんか、どうでもいいんじゃないの」


 小さく呟いた千早の声を拾った兵士たちは、身を固くした。王もまたその声を拾い、不味いと思考を巡らせる。


「ティハヤ殿、お待ち下さい!」


 腕を伸ばす王に向けて、千早は苦く微笑んだ。千早の声が届いた範囲の兵士たちは、またこの世界の謝罪の体勢になっている。


「謝罪は受けました。陛下、皆さんを裁きにはかけないでください。私が悪者にされそうだから。私以外の何か別の罪があれば別ですけど」


 ペコッと首だけで頭を下げて、あとは振り返らずに中に戻る。後ろがざわついていたが、千早は意識して振り返ることをしなかった。


 案内役に先導されるまま建物の中を進む。明るい外から薄暗い室内に戻った千早は、体が随分と熱くなっていることに気がついた。だがまだ話しあいはつづくのだからと、必死に案内役の後ろを歩く。


 中庭に残された王たちは慌てて追いかけてきた。合流した王達はすぐに千早の慈悲深い心に感謝を捧げる。それと同時に千早がいたにも関わらず、自分達の都合を優先した罪人の紋を持つ者たちの謝罪も伝えてきた。


 今回の無礼の罰に、捕らえられている全員が最低でも数度食事を抜くことになるだろうと宰相は伝えた。


「……感謝ですか。別に私はなにもされていないし、してもいないです。食事を与えないなんて事はしないでください。私が原因でご飯抜きなんて、何の嫌がらせですか。それで何の謝罪になると言うのよ」


 千早は自分の口から出ている言葉に驚いた。自分の心が予想外に刺々しくなっているのに気がついて、一度大きく息を吐く。


「まだ着きませんか? 申し訳ないのですが、疲れてきました」


 興奮と混乱から落ち着いてみると、体力が落ちた体はやはり限界を訴えていた。やはり目覚めてからすぐに話し合うのは無理があったかと千早は後悔する。疲労でふらつく千早を抱き上げ運ぼうと、近くにいた護衛の一人が近づいてきた。


「抱き上げられるほどではありません。ご心配なく」


「しかし……」


 疲労よりも信頼できない人間に触られる嫌悪の方が勝った千早は瞳に力を込めて断る。もう少しだけだと、両足に気合いを込めて踏み出した。


「……場所を変えましょう。ここから近いのは談話室ですね。準備を」


 その声を受けて修道女の一人が早足で立ち去った。


「角を曲がってすぐのところに、談話室があります。そちらで続きを話しましょう」


「…………分かりました」


 正直すぐにでも部屋に戻って、ベッドに横になりたい誘惑に駆られながら千早は同意した。




「では改めて今後の事を決めていきましょう」


 全体として柔らかくまとめられた優しい光の満ちる部屋で、運び込まれた寝椅子に腰かけた千早に法王が話しかける。法王たちは備え付けの椅子に腰かけて千早と向き合っていた。


 法王たちの前には芳香から判断して紅茶と思われるものと、軽く摘める菓子が置かれている。


 千早の前には薬湯と軽食がセッティングされた。長く使われなかった胃袋は縮み、一回の食事で十分な栄養を取ることが出来なくなっていた。それゆえ、数時間おきに何度も食事をすることになったのだ。


 そんな状態で法王たちとの会談に臨み、中庭まで歩いて見せた千早を、修道女たちはひそかに心配していた。出来れば柔らかく煮たスープも出したかったが、この場を取り仕切っている者たちに、会談の場にそぐわないと難色を示されて断念したのだ。


「最初に貴女の生活は国が保障します。安心してください」


「落ち人様の境遇を知り、多くの信者が喜捨をしています。それは神殿の収入とは別に集計していますから、全てティハヤ様に渡しましょう。何なりと必要なものにお使いになってください」


「王家としても、予算を組んでそなたに賠償をする。さしあたり住居と必要なものを揃えるための金銭、護衛と身の回りを世話する者たちは選定しよう」


「陛下はそう言いますが、ティハヤ様が望むならば我々は、いつまででもこちらにお住まいになって頂いてよいのです。外は社交やしがらみなどお心を惑わすことも多いでしょう。

 神の膝元で修道女たちと静かにお暮らしになるのはお嫌ですか?」


「どうかお二人とも、少し落ち着かれてください。住居に関しては、我々国でも選定を進めています」


「宰相よ、それは不要だ。ティハヤ殿には離宮のひとつを贈ろう。夏離宮、冬離宮、狩りの為の離宮、物見遊山で使う離宮など幾つもあるからな。ひとつずつ見て回って頂き、気に入ったものを贈らせていただければと思う」


「そうですね。王家の離宮ならばティハヤ様のお住まいとしても、不足はないでしょう。もしそれで気に入らなければ、各地の神殿からお選びいただいてもいいですよ? 神のお住まいとして恥ずかしくない物を建てております。少々改装は必要でしょうが、お気に召したものがあれば是非にも」


「落ち人様の身の回りの世話はいかがしますか? 修道女だけでは退屈されるやもしれません。ですが王家の方々に仕えるのは貴族たちの子女。落ち人様も落ち着かぬのではありませんか? ここは広く人材を登用しております国から、お心に添う者を選ぶべきでしょう」


 三者三様に今後の計画を話す。千早は修道女が入れてくれた薬湯を啜りながら、ぼんやりと聞いていた。


 気晴らしに友人となる同じ年頃の娘を雇おう。美味しいものを食べて頂き、早く体力を戻すためにも、腕の良い宮廷料理人を派遣しよう。医者も常駐させた方が良いだろうから侍医を派遣する等々、千早が生きていく上で必要と予想される様々な『配慮』が語られる。


 それが一段落したのは、薬湯も三杯目になった頃だった。千早が軽食に手をつけていないことに気がついている修道女たちは、話の切れ目を狙って千早に少しだけでも口に入れるように頼む。だがお湯で腹が膨れた千早は、軽食に手を伸ばすことがなかった。


 三人はようやく千早に、元気になったらどういった生活をしたいのか尋ねる。


「別に私はどうでも。

 働けと言うなら働くし、髪を、血を、肉を差し出せと言うなら、好きにしてください。逆らう術も力もありませんから。私の血肉の効果についてはどうせ報告がきてるんでしょう?

 もうどうでもいいんです。……ただ出来るなら、私は誰とも関わらず静かに暮らしたい」


 この世界の全ての人間が恐ろしい。その単語を千早は無理に呑み込んで、残り少なくなった薬湯を見つめた。


「そのような悲しい事を」


「法王様のおっしゃる通りだ。ティハヤ殿はまだお若い。夢や希望のひとつや二つはあるだろう」


「この世界がどのようなものであるかまだご存知ないので、途方に暮れているのではございませんか? 時はたくさんあるのです。お体が快癒されてから、もう一度お話しさせて頂きましょう」


 あまりの千早の無気力ぶりに驚いた三人は、疲れているからだろうと、今回の話し合いを打ちきることにした。都合の悪いことは聞かなかったことにしたようだ。血肉については誰も触れなかった。


 少しこの生活に慣れれば思い付くこともあるだろうと、何か希望が出来たら近くに控える者たちに伝えるようにと命じる。


 曖昧に頷いた千早が何とか自室に戻ると、出掛けに贈られた服等も含めて、豪華な贈り物がまた複数届けられていた。勧められるままに袖を通し、あまりの重さに体力が落ちたこの体では着られないと断った服より、更に重そうな新しく贈られたドレスを見て、千早は乾いた笑いを漏らす。


 宝石や小物、髪飾り等も届いていたが、この短い髪でどうしたらつけられるのだろうと逆に面白くなってしまった。


 贈り物をろくに確認もせずに片付けてくれるように修道女たちに頼み、被っていた布を外す。顔色を良く見せるために厚く塗られた顔が気持ち悪い。そう思って顔を洗うために、奥に向かって歩いているとき、千早の体力は限界を迎えた。トサッと人が倒れるにしては軽い音を発てて床に倒れた千早は、それから三日寝込むことになった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 10話迄で読む気は失せました。 神と名乗る者達は自分勝手に完結して自分の手を汚すのが嫌なのか処罰は全て主人公に丸投げ。 酷いめにあって卑屈になった彼女が断罪できるはず無いと分からないかね。 …
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