1、日常の地獄
【注意】シリアスさん大暴れ予定作品。
全編に渡って胸くそ注意です。
乾いた空気に舞う植物の葉。豊かだった筈の大地は数十年かけてゆっくりと衰退していた。
この地が地球ではないことは、植物を見ても空を見ても明らかだ。太陽こそひとつであるが、空には常に幾つもの天体が浮かんでいる。夜になれば赤、青、紫、緑と様々な色に輝く星々も今はただの白い影。
乾いた大地と色褪せた空の間に生き物たちはしがみついて生きている。
「暴れんじゃねぇぞ!」
「押さえとけ!」
三人がかりで押さえつけられたボロ布の塊と、少し離れた場所でその姿を監視するスキンヘッドの男。無骨で使い込まれた剣を下げ、手には鞭がある。無言で鞭を空打ちし、発せられる音に急き立てられるように押さえ付けている男たちは声を荒げる。
三人の男たちはみな穴の空いた服を着ており、痩せて目ばかりが光りうす汚れていた。首から下げられたプレートが三人の農奴と言う立場を物語っている。
布の塊が拒絶を伝えるように左右に振られる。せめてもの抵抗に、男たちを蹴ろうとしたのか大きく動かされた足から布が外れた。現れた足は枯れ木のように痩せ細っていたが、恐らくは若い女のものだろう。
「**!! ***!! ****!!」
意味の通じない、音としても不快なだけそれが男達の耳を打つ。
「音を出すな! この化け物が!!」
正面からのし掛かっていた男がその拳を振り下ろす。人であれは顔があるであろう場所を強打され、ボロ布に赤い染みが浮かぶ。
「おい、余計な傷をつけるな。昨日、腕を切り落としたばかりだ。その化け物に今死なれては困る。それと終わったら血のついた布は回収しておけ」
鞭をしならせた監視役の男はやる気なく注意する。それに恐縮するように答えた農奴は仲間たちに指示を出す。
「おい、しっかり押さえとけ」
「分かってらぁ」
人であれば肩にあたる場所を、両手に全体重をかけて押さえつける。
「****、*****、***、******。……………シニタイ。コロシテ」
ポツリと布の中から意味ある音の羅列を聞き、農奴達の動きが一瞬止まる。ぐったりとして動かなくなった布の塊に触れている手が硬直する。
「何をしているんだ!! やめろ!!」
遠く母屋の方角から、騎乗した騎士らしき人影が男たちに向けて怒鳴っている。
「落ち人様に何をしている!!」
疾走してきた騎士は飛び降りると男たちに剣を向ける。とっさに剣に手をかけた監視役の男を斬りつけ地に這わせた騎士は、血濡れた刃を農奴たちに向けた。
「放せ!」
「ハ、ハイィィィ!! あのどうかお許しを!!」
「俺たちだってこんな化け物に近づきたくはなかったんだ!!」
「命令で仕方なく!!」
「化け物の力を受け継ぐ子供が欲しいと……」
「化け物を増やしてから殺す。そうすればこの飢饉も助かると……」
口々に言い訳を口にする男たちを一瞥すると、騎士は布の塊を抱き起こした。力を込めて抱き上げたにも関わらず、手応えのなさに尻餅をつきかけ、慌てて落ち人を抱き締める。
ぐったりと反応がないにも関わらず、驚くほどに軽く細いと言うよりは薄い胴体。すえた臭いが鼻をつく。吐き気さえ及ぼす強い臭気は、落ち人への酷すぎる扱いを物語っていた。
「?」
抱き締めた身体に違和感を感じて、騎士は静かに布の上から身体を探る。
両腕がない……。本来あるべきものがないその感触に、騎士は目の前が絶望に染まっていく事を感じていた。
「…………落ち人様に何をした」
不穏な空気を纏う低い声で尋ねられて、農奴たちは身をすくめる。答えない三人を切り捨てようかと考え始めた騎士だったが、傷口を押さえた監視役からの答えに絶句する。
「その化け物は大地に実りをもたらす。
大地に血を吸わせれば大豊作。爪や毛を細かく砕いて撒けば、どんな効果かは知らないが病気もせずに作物の生育が早まる。何故か獣害の被害も受けない。
農地が駄目になる度に、農場主様の命令で何度も切り取ったが効果は絶大だ。
騎士殿だってこの化け物の噂を聞き付けて、捕らえにきたのだろう? 残念だったな。化け物の腕は昨日切り取った。今頃は新しい開墾地に混ぜられているだろう。
残っているのは両足と胴体だけだが、これでも良ければ持っていけ。毛も刈ったばかりだがそのうち伸びるだろう」
足の指は何本かないがな……と吐き捨てるように続けられて、今度こそ命を絶ってやろうと騎士は武器を握る手に力を込める。
「……………はい、申し訳ございません」
駆け寄ろうと落ち人を地面に寝せようとしたとき、何かに話しかけられたのか、騎士は返事をする。もう一度抱え直した落ち人をしっかりと抱いて、母屋へと急いだ。