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サラダに愛を添えて

作者: 蘇芳

僕はサラダが嫌いだ

だから僕はサラダになる事に決めた


思えば君と出会って もう八年以上経ったのかな

当時 遊びでバンドをしていた時


その練習で使っていたリハーサルスタジオ

細長いビルの二階の音漏れ

そこで君の歌声に 聴き惚れてしまったんだっけ


お会計の時はびっくりしたよ

僕がお金を払っている時に その声の主が居たんだから

歌姫が僕の後ろで会計待ちで並んでるんだよ?

なんだか不思議な気持ちだったよ


僕も若かったし直ぐに声をかけたんだ

声もだけど 容姿がめちゃくちゃ整ってたんだもん


異国の血が入ったエキゾチックな見た目に

短く切り揃えた黒髪で ハリウッド女優を思わせたよ


そして一番驚いた事は 君はまだ制服を着ていた

聞くと僕の二つ歳下だったみたい

あの歌声と この容姿の持ち主が

僕よりも歳下だったんだもん 少し心が折れたよね


ここからは少し長くなるから割愛するけど

学生特有の歳上に憧れる風潮か

僕たちは付き合う事になったんだったね


デートは大体カラオケだった

僕は汚い声で90年代ロックを歌うけど

君は海外映画の曲や ミュージカルの曲を

綺麗に歌い上げるんだから 遣る瀬無かったよ


カラオケでの注文はいつも唐揚げ 君はサラダを頼むけど

僕は野菜が苦手だったから手をつけなかったな


そう言えばリハスタで歌っていた曲はなんだったの?

そう尋ねたら 「私が作った」ってさ


「自分の想いを歌詞にして吐き出せるから作るの

カラオケには入ってないからあそこで偶に歌うんだ」

本当に僕は肩身が狭かったね


お付き合いを解消してからも

特に仲が悪くなった訳でもなく メールで偶にやり取りもした

今となってはどんな理由で別れたのかも忘れたよ


出会った時の僕の歳を 君が追い越したある日

君は久しぶりに僕に連絡をしてきた


「実はね 東京に行くんだ

事務所に入って 舞台女優になるの

少し遠くなるけど 応援しててね」


「もちろん いつか見に行くよ

スポットライトの下の その君に会いに行くよ」

君の文章の中に 希望の兆しを見た


何年か経っても僕らはSNSで繋がっていた

レッスンの感想や舞台告知などを君は投稿する

メールでのやり取りも偶にしていた


ある日の投稿に 僕は喜びを覚えたんだ

僕たちが出会った都市 そこで君の舞台公演がある


僕は直ぐにネットでチケットを予約したよ

初めて観る君の舞台で 君は一体どんな姿をしているのか

ショートヘアはもうやめたのか どんな大人になったのか


チケットに記載されたのは二列目

舞台から向かって左手側だったのを覚えている


僕は変わった 音楽などとうに辞めて

普通に就職をして 普通に毎晩の晩酌を楽しむだけ


君は変わらない 夢を常に追いかけて

舞台の上に立ち 華やかにピンスポットを浴びている


そう、思いたかった


僕は勝手に君が主役で

そして中央で舞台に立つものだと思っていたんだ


君は舞台の下手で 主役に喝采を贈るような役

歌声は あの頃より更に綺麗になっていたけれど


決められた詩を歌う 下手、左側で

アドリブも許されない ピンスポも当たらない脇役


僕は天井に登って 無理矢理ライトを君へと向けたかった

脚本を書き換えて 君の詩を捻じ込みたかった

配られた台本通りの 君の笑顔が痛かった


公演が終わった次の日 君から連絡が来た

同じ左手側の二列目とは言え よく気付いたものだ


「観に来てくれてたんだ。なんか、恥ずかしいな」


僕はそれに返信する事が出来なかった

ただ頭の中で願う事しか出来なかった

想う事しか出来なかった


君以外 野菜になってしまえばいい


君への喝采の言葉を添えて 偽り無い心を添えて

もちろん 愛を添えて


そして世界もサラダになってしまえばいい

僕はそのサラダボウルの中


メインディッシュの君が出て来るのを

これからも待ち続けている


僕はサラダが嫌いだ

だから僕はサラダになる事に決めた

君を彩る為の前菜になりたかった


でもこれは 僕が望んだ事で

君がどう思って どう考えているのかは知らない

ただ 僕の我儘で


それでも僕はサラダになりたい

君に嫌われたとしても



お読みくださり、ありがとうございます。

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