一回避 その一瞬を切り取って!
は、速い
この一年、本当に長かった。俺はこのただ一瞬のために努力してきた。進級時に行われるドッチボール大会。その場において、終了まで“唯一人よけ続ける“という偉業をなすべく精進してきた。卓球、ランニング、反復横跳び、定規掴むやつ、体感トレーニング、目の体操。反応速度を上げるために血の滲むような修行をこなした。そして残り時間はあとわずか。外野からの攻撃を全て避けきれば晴れて英雄だ。 しかし、この緊張感と高揚感で残り1分から二球制になったのを忘れていたからなのか、若干14歳にして140km放る太田の渾身の一投のせいだったのか、はたまた今日と言う日が良くも悪くも運命から逃れられぬものだったのか、真偽は定かではない。が、そのときボールがこめかみを直撃した。かすったとかそういうのではない。ハンドボールが、こめかみに、直撃したのだ。きっと乾いたいい音がしたと思う。だってほら、跳ね返ったボールがあんなに高く上がっているんだもの。スーッと意識は沈んでいった。
深い闇の中、意識と無意識が混在する。俺はあれを避けることが出来たのだろうか?いや、出来なかった。クソッあんなに頑張ったのに。これじゃあ笑いものだ。頭も痛いし、身体も動かん。ん、何だ?遠くから、何かが近づいてくる。光を帯びた何かが。凄い速さだ。でもこの距離なら避けられる。あれッ?でも、なんでだ。足が動かない。腕も、頭も、声すら。嫌だ、もう避けられないのは、嫌だああああああああああああああ
「ハッ...」
何処だ、ここは?白い天井、白い掛布団。周りを覆うピンク色のカーテン。...病院、かぁ。
「ハァ...ハァ...ハァ...ハァ、ハァ」
布団から足をだし、床につける。
「冷たッ」
鋭い、痛みにも似た冷たさが足裏を刺した。と同時に足を引っ込めたときの尋常じゃない速度は...
「脊髄反射...てやつか?」
お陰で意識がすっかりはっきりする。途端にとんでもなく耳鳴りがしてきた。
「ハッ、ハッ何なんだ、一体。ここは、ドラゴンでも飼ってるのか?」
吹き抜ける嵐の様な音に、規則的になる機械音。足裏の痛みと、爆音にさいなまれながら廊下に出る。
壁にもたれかかりながら歩き、一階まで下りる。外来用の扉から、身を乗り出し、大通りへ出る。瞬間脳内を駆け巡り、こだまする、車の音が。路面を走るタイヤの音、排気音、エンジン音、それらすべてがアンプにつなげた様に頭に入ってくる。
「一体...どうしたっていうんだ、俺。聴覚過敏にでもなったのか?この様子だと、病院の中で聞こえたのは、寝息や心電図の音だったのか」
両耳を塞ぎ、しゃがみ込み気を落ち着かせる。
「集中しろ、集中。精神一投だ。大丈夫、大丈夫」
少し音の響きが落ち着いてくる。
「そう、その調子、その調子」
余裕が出てきたので、辺りを見回す。日が暮れている。あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。と思っていた矢先、集中が途切れ声が耳に入る。
「今日のNARUTO、イタチ編スタートだってぇ」
「ええー、まーた無限月読?早く本編戻してくんないかなぁ」
...思考がグルグルと巡り、思い出される。
「やべぇッ、NARUTO録画し忘れた。帰らねば!病院のスリッパのまま家路を走る。
「あ、そういや耳鳴り、治ったな」
精神統一は意外と簡単らしい...
翌朝病院からの連絡で、軽い脳震盪で、脳に大したダメージも見えないので普通に登校していいと言われたためすぐに教室に戻ることが出来た。
「八理、ごめんなボール当てて。もう大丈夫なのか?」
「太田!当てるなら鼻にあてろよ。ボールが当たって鼻血ブーがお約束だろ」
「はは、わりぃ、わりぃ。いやー、元気そうでよかったぜ」
なんていつも通りの会話をしつつ、そろそろ朝の会なので席に着く。2、3分して担任がはいってくる。
「おっし、じゃあ号令。お、八理も元気みたいで良かった」
「あ、お陰様で」
出欠をとったり、連絡や、週の目標を言ったりなんなりと、いつも通りに進んでいく。しかし、2号車の女子が目標を言っているところで事態は変わった。放送が響く。
「校内に5名のテロリストが侵入した。生徒の皆さんは速やかに、ぅわッ...」
学校中がどよめく。先生の呼びかけもかき消される。皆金切り声を上げて猛スピードで教室から逃げ出す。再び放送が鳴る。
「よく聞け」
低い声だ、恐らくテロリストの一人だろう。全校が少し静かになる。
「命が惜しければ、ありったけの金と女をを用意して放送室まで来い」
また騒然となる。
「八理!俺らも早く逃げようぜ!」
「ああ、そうだな」
と言ったものの既に非常階段は満員、もう一方の通路からは、テロリスト2人が来ている。
「まずいッ、どーしよー」
「うせやろ、こんな、避難訓練で絶対有り得ねえて思ってた事態に、本当になるなんて」
「太田、お前の剛速球でアイツら殺っちゃてよ」
「無理だって、あっちは機関銃持ってんだぞ!」
大勢が教室へ戻る。俺たちの教室へテロリスト2人が入ろうと、ドアから顔を出した瞬間、太田の投球が一人の顔面に直撃する。コントロール重視のため速度は落ちたが、それでも硬球だ。声も出ぬまま後ろへ倒れる。
「なッ」
もう一方が怯んだ隙に、顔面へストレートをお見舞いする。
「...お、おおおおおおおおすげぇ、太田ああああああ」
教室が歓声でどよめく。この隙にと一斉に避難を再開する。人ごみにもまれながら二階へ降りていく。しかし、テロリスト2人に先回りされていた。
「てめえら、よくも2人をやってくれたなっ、ておい!今足踏んだだろ。アイツ、絶対殺す!」
悲鳴を上げながら皆上へと引き返す。だが、俺は人ごみから押し出されて、あろうことか目の前へ出てしまった。
「あー、見せしめに一発殺ってくか」
「そ、その目出し帽似合ってますね!便所蠅みたいで」
「確定」
そう言って引き金を引いた。発砲音が鳴り響く。もうだめだ とか思うより早く、ああ死んだんだなと思った...死後の世界とは暗いものなのか、一筋の光もない。
「あぁ?外したのかよ、お前」
ん?外した?
「ち、ちょっとからぶっただけだ。運のいいガキだッ」
眼を開けば景色は明るかった。反応が...上がってる!?
「死んでない!ぃヤッホーい」
「おい、ガキ。二度目はねえぞ」
「あ、」
今度は眼をつぶらなかった。銃弾がゆっくりと迫ってくる。少し足をずらすだけで簡単によけられた。こめかみの横を高速回転する銃弾が通り抜けていく。
「なっ、」
「...おお!あるぞ、コレ」
ダッシュで2人の間に入る。
「図に乗るな!」
二発の銃弾を身体を捻りながらスライディングして躱す。同時に発砲したせいで、二人とも互いの玉に当たり倒れてしまった。
「もしかして、もしかすると...俺、ヒーローになれる!?」
大量足音や悲鳴をかき分けて、最後の一人の行方を捜す。どうやらあの脳震盪以来シナプスや神経系が大幅に進化したのだろうか。見ようと思えば目はとんでもなく遠くまで見え、おまけに第六感の様なものまで発現したようだ。
「いた。体育館に向かってる。ここは一肌脱ぐか!」
まさか、あの俺以外全員やられるとはな。ガキどもから巻き上げるのも楽じゃねえな。だから言ったんだ、人質とって立てこもればいいって。たく、
「おーい、便所蠅くーん」
理科室からゴーグルをかけたガキが飛び出してくる。
「俺はエスケープマン お前を倒すものだ!」
「ああ、ってめえ。命知らずなガキだ。おまけにパクりの台詞を使いやがって。丁度いいお前を使って巻き上げるとすっか」
そう言って、最後のテロリストが迷わず発砲してくる。それを首をすくめて躱し、ダッシュして接近する。
「何だぁ?とんでもねえ反応だな」
右腕を引き絞り、放つ!
「まず一枚目、ヒーロー・パぁーンチ!」
が、しかし、あっさり片手でパシッと止められてしまう。
「あんれぇ~?あんな速度で反応できるのに、なんでこんな非力なのぉー」
「なめ腐ったガキだ。この距離じゃぁ避けられねえだろお!」
手を掴んだまま、連射してくる。まずい、掴まれた手を支点にして、相手の股下に潜り込む。「ぐぁ、肩がっ」
片腕だけで機関銃を連射したせいで、右肩を痛めたようだ。
「これなら、どうだッ。ライフル・キーック」
満身の力で蹴りを繰り出し、足裏を回すようにして腹部にねじ込む。
「ぁあ」
今度は少し効いたようだ。だが、直ぐに銃を拾い、射撃を再開してくる。
「はぁ、はぁ」
銃弾を何とか避ける。どうやらこの超反応は体力を結構使うようだ。
「ぁああ」
あっちもなかなか疲れてるみたいだな。
「おい、ガキ」
「ん?」
「暑いのは、好きかぁ」
「え?」
理科室のガス管を射撃、直後爆発に包まれる。
「げっほ、げっほ」
何とか超反応で、爆発に直接巻き込まれることはなかったものの、熱と煙で大変だ。
「やべべ、アチチ」
ジャージの上着を脱いで、はたいて鎮火する。
「くっ」
炎の中から飛んできた銃弾がゴーグルの端をかっ飛ばす。
「ここでぇ、終わりだあ」
炎を駆け抜けて出てきたのは、目出し帽が焼けて、素顔が露になったテロリストだった。
「お前...お前、頭が爆発してアフロになってんぞー!」
「これは、天パだぁッ」
怒りをあらわにし発砲してくる。避ける瞬間息を止めるせいで止まるときつい。おまけにこの煙だ。だが、
「お前が諦めるまで、俺は避け続ける!!」
「上等だぁ」
右 右 下 下 A B じゃなかった、四方八方からくる銃弾を避け、体力はもう限界に。
「ばてたみてえだなぁ。終いにしようぜぇ」
だが、引き金を引くも発砲されない。
「しまった、はッ」
それを見逃さず、突進する。そのまま懐に、
「なあんてなあッ」
その瞬間機関銃を捨て、腰から拳銃を取り出し、射撃。2発の弾丸は少年の身体を貫いていった...はずだった
「な!?」
少年の身体は残像で、貫かれたのはジャージの上着だけだった。
背後から落ちた機関銃を振り上げ首筋に一振り。鈍い音とともに崩れ去った。
「はい、お湯~」
後日談
今回の件で、生徒や教師たちに被害はなく、銃弾が腹部に当たった二名のテロリストが死んでしまったらしい。ま、テロリズムをするということは命を懸ける気持ちくらいあるだろう、と思いつつもやや罪悪感を覚えてしまった。しかしまあ、これだけの回避能力を得ても、
「学校からは逃げられん」
はぁまったく、
「どーして教室棟は無傷なんだよぉ~」
!?