三日目 AM α'
この旅を左右する大きな選択…おそらく日本を発つ前から心の片隅にあっただろう迷いに終止符を打った僕は客船のエスカレーターを上がり、二等船室に足を踏み入れた。
クレタ島行きほど大きくない船の二等船室は、なんと喫茶サロンの空いている席だった。
係員の指差すとおりに喫茶サロンにたどり着いた僕は、そこで空いているソファに腰をおろす。
周りのお客さん達も席につき出し、喫茶サロンのテーブルは大方満席になり乗船して少しすると、船は静かに出港した。
僕が下した決断はミコノス…理由らしい理由は無い。どちらを選んだとしても、おそらく後悔はしなかっただろう。
ただ、写真で見た白と青の美しい町並みには、どうしようもなく僕を引き付ける何かがあった。
そこにある風景の中に自分がいる姿を自然と想像できたのと…あとは大好きな猫かな(笑)。
幼い頃から実家が犬を飼っていたおかげで、ずっと犬好きだった。
犬を見るだけで無条件に心が和み、気がつけば知らない犬にでも触りにいくくらいで、周りが見て呆れる程犬が好きだった。
それは一生変わる事無いと自分では確信していのだが…ある女性と知り合って、それが変化してしまった。
細かい事はまた違う場所で文章にするとして…その女性の影響で、僕はすっかり猫好きになってしまったのだ。
それは自分自身でも驚きで…その原因となった女性自身も『信じられない…』と言うくらい、猫の虜になってしまった。
彼ら(猫)の魅力は語りきれないほどあるとして…いったん猫を好きになってしまうと、もう犬にそれ程の興味が湧かなくなった。
そんな革命が自身の中で起こったのが、つい一年くらい前で…
それが無ければ、おそらくミコノスに行きたいとも思わなかっただろう。
アトランティス発祥の地、サントリーニには興味があったが…
人生の中で、自分の何かが大きく変化する事が何度かあると思う。
子供の頃苦くて不味いだけだったビールが大人になって美味しく感じたり、嫌いだった野菜が普通に食べれるようになったり…
当たり前にキャッチボールで出来ていた友人との距離が、だんだんと遠いものになり…
忘れる事なんて一生出来ないと涙を流し別れた恋人を、時間の経過とともに全く思い出さなくなったり。
本人が望む望まないに関わらず、そう言った変化は時として無情に訪れ…その結果、自分は少しづつ成長しているのだと思う。
でも…その変化によって僕は、確実に孤独への道のりを歩いているような気がする。
寂しさに誰かと一緒にいるより、一人でいる事を好むようになった。それ程人を必要としなくなっている自分がいる。
いや…正確に言うと、自分を受けいれる僅かな世界にしか心を開けなくなった…のだと思う。
時々この現状が正しいのか間違っているのか…わからなくなる。いったい僕は…どこに導かれているのだろうか…
…と、村上春樹チックなもの思いふけっていると、船の様子が少し慌ただしくなる…
ミコノスが近づいているのを肌で感じた僕は客室を出るとデッキに出る。
エーゲ海の風に目を細め、エメラルドブルーの海の眺める僕の視界の先に、その町を確認する事が出来た。
『海の中の宝石箱みたい…だ』
青い海の中に浮かぶ真っ白な町並みに、僕は思わず息を呑んでそう呟いていた。
僕が想像したどんな風景も色褪せてしまうくらい、ミコノスの街は美しく…幻想的だった。
絵葉書の世界、おとぎの国…自分が映画主人公にでもなったような錯覚に陥った僕は、確実に近づくその幻想の風景にずっと視線を釘づけにしていた。
船はミコノスの港に到着し、僕はリュックを担ぎ海の中の宝石箱の地を踏みしめた。
自分の中に、あの…旅の流れが変わる感覚が訪れている事をはっきりと感じる事が出来た。
『ようやく旅が始まった…』
少し笑みを零しながら自分にひとつ頷く僕…
その言葉を『旅の神様』が聞きつけたかのか…今回の旅最大の『出会い』が、僕自身に訪れようとしていた。