二日目 PM β'〜三日目 AM α'
安物の二段ベッドが、今までに感じた事のない高級ベッドようなの安らぎを与えてくれた。
アテネのピレウスへ戻るための船が出港する午後七時半が近づいた頃、僕は目を覚ますと久々のマトモ?なベッドの感触を名残惜しいまま、ドミトリーを後にした。
外はすっかり夕暮れで、僕はリュックを担ぎ船が着く港を目指す。
仲良くなった日本人の男の子に町のどこかで出会うかなと思ってたけど、これは期待外れに終わった。
おそらく僕の生涯で彼と出会う事は、もう無いだろう…
港まで歩き、すでに停泊している真っ白なフェリーに乗り込むと、僕は再び狭い乗客室のシートに腰をおろした。
フェリーは明日の早朝にピレウス港に着くとの事…『さて、次の行き先は、どうしたものか…』
静かに動き出した船の中で、僕は九時間後に訪れる選択肢をぼんやりと考えていた。
アテネへは戻らないから、おのずとまたフェリーに乗る事になる。
その場合、行先はミコノスかサントリーニかだ。トルコはあまりにも遠い…(汗)
両方とも世界的に有名で、その美しい風景はポスターになり、カレンダーになり、ガイドブックの一面を飾ってる。
誰もが一度は目にする風景で、サントリーニに至ってはあの『アトランティス文明』のモデルとなった島である。
『さて…どちらにしようかな』
決めきれない事はなるべく後回しすると言う僕の習性が、そんな事は『明日に考えればいいさ』と眠りの世界に誘惑する。
まあ、起きるまでには決まってるだろう…そう考えた僕は、誘惑の導きに従って目を閉じた。
まだ外が暗い早朝…午前五時くらいに、港の気配?を感じた僕は目を覚ます。
そのあてずっぽうな勘は見事に的中し、船はもうすぐ港に到着の所まで来ていた。
オレンジの明りに浮かぶ港に船は到着し、まだ肌寒い息を吐く僕は、再びピレウス港のコンクリートを踏みしめていた。
クレタ行きの船着き場は、前に書いたように港の入口からとても遠い(汗)。
また、あそこまで歩くのか…と、覚悟を決めた僕だったが、まだ行先は決まっていなかった。
港の入口に着くまでに決めよう…重いリュックを担ぎながらそう決心した僕だが、結局港の入口にたどり着いても行き先は決まらなかった。
港の入口の船着き場には、フェリーが二隻…僕の前に左右に並んでいた。
右がサントリーニに、左がミコノスに行く船で、出航時間はほぼ同じだった(…と思う)。
船を左右に見比べて迷う僕…(優柔不断ですねぇ)。
どちらに乗るかはまだわからなかったが…ひとつだけ確信している事があった。
それは…この決断が、間違いなくこの旅のターニングポイントとなる。
心のどこかでそれはずっ思っていた…今まで色んな国を旅して歩いた経験で培われた勘みたいなものだろうか。
この前の旅で訪れたペルーでは、ペルーではなく隣国ボリビアのラパスを訪れた時に、旅の模様が一変した。
陽気な太陽と人々が、本当に優しく自分たちを迎えてくれたような気がして…過酷だった旅が、一気に楽しいものに変化した。
まるで曇り空が一気に晴れ…まぶしい太陽の微笑みと歓迎を受けているような。
そんな変化が訪れる事を…心のどこかで期待していたのかもしれない。
何しろ…まだ旅の感動と言うものに巡り合っていなかったから…(汗)
船を前にして、ずっと立ち尽くす僕…決められない…いや、心の中ではもう大方決まってるんだ。
あとは…それを信じるだけでいい。
僕は大きく頷くと、心の思うままに自分を信じて一歩を踏み出す。
『きっとここから、僕の本当の旅が始まる…』
もし、自分の旅をあとから振り返った時…きっとそうなるだろうなと思いながら、僕は自分の決めた行き先の船のタラップを駆け上がっていた。
そして…その言葉通り『その瞬間』から、僕の本当の旅が始まりを告げた。