七日目 PM 別れはいつだって・・・
僕たちを乗せたバスがフィラに到着すると、ささやかなパーティ解散式が行われた。
国際カップルの夫婦が笑顔で手を振ってバス停から消えていった。
いつも笑顔で、喧嘩するそぶりなど微塵も見せなかった中睦まじい二人…欧米ではよく見る光景で、とにかく男性側が圧倒的に優しい。
『尻に引かれている』という日本的なものとはまた違って…リスペクトしているというのが近い表現なのかもしれない。
彼らの醸し出す優しさは相手の機嫌を取る(嫌われたくないから)ためにではなく、本心からそうしているので、見ていてとても自然で羨ましくなります。
『女性』に対する価値観が日本とは全く違うから…と言ってしまえばそれまでなのだけど僕自身も大いに賛同…というか見習わなければいけないな…と改めて実感。
心地のいい二人に手を振って見送っていると、沈平さんが僕の肩をぽんと叩き「see you late」と笑顔を残していった。
そう言えば午後からのピレウス行のフェリー、彼も乗るんだっけ。
確か途中で経由する島で降りて、そこからジェットフェリーでギリシア本土に戻るって言ってたような気がする(ジェットフェリーは値段が高いので僕には無縁だけど…)。
お金持ち(笑)の中国人の背中を見送ると、僕は看護師さんと二人向き合う。
彼女は少し照れくさそうに笑うと、僕も恥ずかしくなって笑みをこぼす。
友達とも男女間とも違う微妙な空気の中で、どんなふうに言葉を切りだしていいかわからなかったが、沈黙が続くともっとおかしな(気まずい)空気になるので、僕は見切り発車的に口を開いた。
「じゃあ、僕も行くから」
「う、うん…」
まあ、何とも当たり障りのないというか…平凡な切り出し方なんだろう。
こういう時に気の利いた一言が言えたら、もっと素晴らしい人生を歩んでいだかも…
彼女も同じように、何を言葉にしたらいいのか戸惑っているみたいで、中々次の言葉が出てこない。
「あ、あの……」
「なあに…?」
あまり余計なことを考えても仕方ない…
僕は一度大きく息を吸い込むと、自分が出来る一番の笑顔を浮かべて彼女に言った。
「いい旅を!」
「うん」
彼女は表情をぱっと明るくすると、僕はそれに応えるように大きく頷く。
ベストとは言えないけど、これが精いっぱい…僕は大きく彼女に一礼をすると手を振ってパーティーの解散式に幕を下ろした。
少しの寂しさを抱えながらフィラを後にした僕は、そのまま歩いてホテルまで戻った。
ずっと日差しを浴びていて消耗していたのでホテルで少し休憩すると、荷物をまとめてホテルを後にする。
ピレウス行のフェリーが到着する港まではバスが出ているので、ホテル近くのバス停からバスに乗り込む。バスの中では先客の沈平さんがいて手招きしていたので、躊躇うことなく彼の隣りに座ると、バスは港を目指して走り出した。
バスの中に乗っている時間は短く十分しないうちに港に着くと、僕たちはフェリーの到着までぼうっと海を眺めて過ごしていた。
港の端から身を乗り出すように海を眺めていた沈平さんの隣で、僕も同じように海を眺める。
「とてもきれいなエメラルドブルー…」沈平さんは僕にそう言う。
ええ、本当にその通りですとも。
世界中のどこを探しても、これほどまでに心を魅了する海は無い。
幻想的で美しく、毎日見ていたってきっと飽きないだろう…
いつか僕もここ(ギリシア)に住んで、毎日海を眺めるような…そんな生活を送りたい。それがどんなに退屈でも、毎日笑顔で過ごすことができると思う。
港でも水揚げされた新鮮な魚と真っ赤なトマト、ネコがいればあとは何もいらない。
毎日地元の連中と楽しく騒ぎ、時折海を眺めてはゼウスやポセイドン、ペルセウスの冒険といった神話に思いをはせる。
出来れば…自分が一番大切だと思える人と一緒に…
僕は沈平さんに笑顔を返すと、見納めとばかりにエーゲ海を目に焼き付けていた。
やがて大勢の人が待つ港にフェリーが到着すると、僕と沈平さんはフェリーに乗り込んだ。