六日目 PM 伝説の島
サントリーニ島で連想することは、アトランティス大陸の伝説だった。
一万二千年も前に存在したとされる幻の文明で、当時では考えられないような発達した科学で栄華を極め、果てには神やアテネに戦いを挑み、最後にはゼウスの怒りを買って、一晩のうちに海の底に沈められたという。
古代ギリシアの哲学者プラトンの『クリティアス』に記された伝説のアトランティス大陸だが、それが実在したかどうかは近年の科学で次第に明らかになってきていて、結果的には存在を証明するのは難しいとのこと。
紀元前千五百年頃、ミノア文明時に起こったサントリーニ島の火山噴火のことをモチーフにしているのでは? というのが有力な説の一つで、僕自身もそうではないかと思っている。
現にサントリーニからはかなりの数の遺跡や壁画が発見されており、そこに文明が栄えたことは歴史的にも証明されており…そこに尾ひれがついて壮大な話になったのでは? と僕は考える。
実際に『クリティアス』に登場するアトランティス大陸もエジプトの神官から聞いた又聞きの又聞きで、かなり信憑性にかけるみたいだし(笑)。
フェリー乗りながら僕は、ぼうっとそんなことを考えていた。
旅の最終目的地のサントリーニ島ではあるが、僕の旅はミコノスでほぼ終わっていた(得るものがあった)ので、あとはおまけみたいなものかな。
夜も更けて眠くなってきた頃にフェリーの速度が落ちる。
アナウンスでまもなく到着を告げると、僕は島に着いてからの心の準備をしていた。夜遅くに島について、はたして宿を確保できるだろうか? それが一番の不安なことであった。もし港について宿が見つからなかったら、どうやって過ごせばいいのか? 野宿?
無計画な旅をモットーとする僕にとって、これは切実な問題であった。
まあでも、港につけばきっと客引きはいるだろう、いや、いてくれなければ困る…非常に。
そんな杞憂をよそに船は港にたどり着く。
暗くてよく見えなかったが港自体はとても小さかった。こじんまりとした港の建物を背に、とてつもなく高い絶壁が大きな影のようにそびえ立っていた。火山の爆発で島の大部分が吹き飛んだ生々しい傷痕である。
それを見上げながらフェリーのゲートから出ると、港にはまばらではあるが、客引きらしい人達が待ち構えていた。僕はほっと胸を下ろすと、その中の一人のおじさんに近づき交渉を始めた。買い手と売り手のバランス…オフシーズンはとにかく観光客が少ないので、結構こっち(買い手)の我儘が通る。僕はあたかも旅行慣れしているキャラを自らに憑依させると、おじさんに堂々と「20ユーロ、OK?」と迫る。おじさんは一瞬苦虫を噛み潰したように顔を歪めて一呼吸置いたのち、しぶしぶと「OK」と首を縦に振った。
「仕方ない、宿を空っぽにするよりはマシだ…」おじさんの顔がそう物語っているようであった。
交渉成立…満足げにおじさんに笑みを浮かべると、僕はおじさんが用意している車に乗り込んだ。でも、仮にシーズン中だったら、この何倍取られるのだろう? そんなことを考えいると車が発射する。どうやらお客は僕一人みたいで、車は絶壁に向かっていくと、とてつもなく勾配のきつい曲がりくねった道を登り、ついさっきまで見上げていた絶壁の頂上へたどり着く。
そこから数分車で揺られたのちに、僕は一件のホテルに到着する。
値段が値段だったので、それほど大したホテルを期待していなかったのだけど、これが結構きれいなホテルで若干テンションが上がる。
おじさんは僕を部屋に案内すると「チェックアウトは鍵をドアにつけておいて」と説明を残し去って行った。僕はフェリーの長旅の疲れもあって、すぐに豪華なダブルベッドにもぐり込むと、そのまま深い眠りに落ちた。