五日目 PM そして僕はひとりになった
お昼過ぎに予定通りデロス島からミコノスへ帰った僕は、宿に戻りサカキさんと再会する。
サカキさんはひととおりの支度を済ませて、来た時と同じように大きなリュックを背負っていた。
彼女の行く先はピレウス…たしかギリシアからまた北に上がって、スイスに戻るんだったっけ。
「じゃあ、あたしはいくから」
「港まで見送るよ」
どことなく気まずい…昨夜からの変な空気の中、僕とサカキさんは宿を出ると、言葉少なげに港までの道を歩いた。
何か気の利いた事を言おうとすればするほど僕の口の中は渇き、思うように言葉にする事が出来なかった。それは彼女も同じなのであろうか…
お互いの存在を、過ぎ去った思い出の人にするための道のりを歩き、港にたどり着いた
僕とサカキさんは、そこで大きく手を振って別れた。
「じゃあね」
「じゃあ」
僕に笑顔を残して背中を向けたサカキさんが、港に見える船に向かって歩いて行く。
リュックを背負って小さくなっていく彼女の後姿を眺めながら、どうしてハグのひとつも交わさなかったんだろう…? と少しの後悔をしていた。
でも、その反面…少しホッとしていた。
これでまた仕切り直しと言うか、新しい旅が始まるのだ。
別れと出会い繰り返すのが旅であり、その延長線上にあるのが人生なのだと僕は思う。
とまあ、そんな詩的な感傷に浸りながらも、僕はまったくま逆の行動を取るべく港に背を向け歩きだした。
彼女もいなくなったので、ちょっとハメを外してみようと考えていたのだ。
ぶっちゃけて言うと、それほど高い値段でなければ、女の子を買いに行こうと思っていた。それほど深い理由があるわけでもなく、ただ自然とそうしてもいいな…と思った僕は、ふらっと外を歩いて、それらしい場所を探し始めた。
もちろん昼間っからそんな事をするつもりではない。
そういう女の子が出現するのは夜になってからだし、本当に女の子を買うのかどうかもまだわからなかった。
ただ、そう言うモチベーションで街を散策していると、街並みの風景がちょっと違って見えたり、自分が世界征服でも企んでいるような「悪人」感が味わえたりするので、もしかしたら、そう言う気分になりたかったのかもしれない。
これまでに訪れた国で、何度かそう言う「悪人?」の行いをしてきた僕は、自然と街のどのあたりに行けば、そういう場所があるか…多少ではあるが嗅覚が利くようになっていた(もちろん上には上がいて、よくこんな場所見つけるなぁ…と感心を通り越して感動をも覚えるプロフェッショナルもいるのだけど)。
僕は探偵のように、路地裏の日の当たらない場所を選んで街中を歩いた。
リトル・ベニスと呼ばれている海沿いの路地を歩いていると、狭い路地の階段(段差)に黒人が座っていて、僕に微笑みかけていた。
白いセーラー服(みたいな?)を着た彼は25歳くらいだろうか…(どこかのレストランの店員かな)彼は、僕が立ち止まると、けっこう流暢な英語で話しかけてきた。例の如く英語が未熟な僕は、愛想笑いと頷きでやり過ごしながら話を合わせた後、思いきって彼に「女の子」が買える場所があるかを聞いてみた。
彼にはどことなく不良(笑)と言うか、チョイ悪的な人懐っこさがあり『この島のことならなんでも聞いてくれ』オーラがあるような気がしたのだ。
「いるよ、そういう女の子はいっぱい。でも、今はまだオフシーズンだし、それにどちらかと言うとゲイの方がはるかに多い。まあ、夜になったら探してみるのもいいさ」
まあ、だいたいこんな感じで彼が説明をしてくれた。
探せばいるだろうな…大体の手ごたえを掴んだ僕は、その後少し彼と話をして笑い合うと、大きく手を振って彼に別れを告げた。
それから海伝いに宿の方まで戻り、宿の周りを散策してアイスクリーム屋さんでアイスクリームを買って、歩きながら食べた。
サカキさんが去って一人で街を歩いていると、本当にオフシーズンであることを実感した。
店の多くのドアは閉ざされ、シーズン開幕に向けて改装やペンキ塗りをしている店もちらほらとあった。
アイスクリームを食べ終わって、することもなく宿に帰る。
ドアを開けがらんと静まり返った部屋の中に入ると、そこで初めて一人になった実感というか寂しさが込み上げてきた。
その昔、一緒に住んでいた女の子が全ての荷物と一緒に部屋から出て行った時、こんな感じだったっけ…
重くよどんだ空気の中、僕はリュックからウゾを取り出し一口飲んだ。
身体にアルコールが沁み込むとともに、ふいに疲労感というか眠気が襲ってきた。
一日中紫外線を浴びているせいか、時差ボケか…僕はそのまま「昼寝」とばかりにベッドに倒れ込んだ。
夜になったら起きて「女の子」を探しに行こう! と、そのまま眠りにつくと、次に目を覚ましたのが完全に夜であった。
おそらく8時か9時くらいだろうか…寝る前は結構夜に弾けようとモチベーションが上がっていたけど、その時はとにかく眠くって、なにもする気が起きなかった。
結局僕はベッドから一度も出ることなく、朝まで眠りについてしまった。