三日目 PM ミコノスの猫と手料理
どこをどう歩いたのか、よく覚えていない…
後々にはこの島の迷路にも慣れて、迷う事無く自分の宿に帰れるようになるのだけど、この時はまだ右も左もおぼつかない状態だった。
浜辺に近い飲食店が並んだ中心部の場所…島のマスコットのペリカンのペドロ君が、水揚げされた新鮮な魚を漁師のおじさんからもらい、そのおこぼれを数匹の猫が甘えた声でねだったりするのを見ながら、僕は白い迷路の中を探索する。
海伝いに真っ白な教会を見ながら歩いていくと、僕の前に大きな5台?の風車が現われた。ドンキホーテに出てくるような大きな風車は横一列に並んでおり、風車の向こうには真っ青なエーゲ海か見える。
『この風景はネットやガイドブックで見た事がある…』地球の歩き方等に乗っている名所の写真て言うのは、一番いいアングルで撮っているために、実際にその場所に行くと『何だ…こんな感じなのか…』と落胆する事が多い。
エジプトのピラミッドは、砂漠の真ん中にそびえ立っているいるようで、実際にはそうでなかったり…数日前に訪れたパルテノン神殿なんかもその一つである。
ペルーのマチュピチュなどはその例外ではあるけど、大抵は興ざめしてしまう事が多い。
でも、この風景は写真の中の風景と変わらず、いやむしろそれよりも遥かに幻想的で美しかった。
自分が詩人にでもなった気分で風車の周りの石垣を歩き、風車の隙間から見えるエーゲ海に目を癒す…そんな事を繰り返しながら、僕は風車の石垣で腰をおろす。
夕暮れが近づき黄金色になった原っぱを眺めていると、そこには…いたいた、この島のもう一つの名物である猫が3匹ほど、僕を見ているではないか。
野良猫だからどうだろう…と思っていると、そのうちの一匹が僕の方へ近づいてきた。
おいでおいでの手招きをすると、その猫は嬉しそうに僕の足元まで来て、すりすりをしてくれた。
まるで母猫に甘えるように、そのグレーの野良猫は僕の腕の中に飛び込むと、ゴロゴロと喉を鳴らす。
僕はその猫が愛おしくて、勝手にミロ君と名付けると、ずっとそのミロ君の頭や喉を撫でてやった。
他の二匹は近付く事無く、僕を遠くで見ているだけだったが…
ミロ君をさんざん触った後、僕は彼?に別れを告げると、宿へ帰るべく歩きだした。
明日この場所にきてもしミロ君がいたら、何かご飯でも持って行ってやろう…そう思いながら、再び迷路の中に足を踏み入れる。
そこから、出るわ出るわ…街の至る所に猫が出現して、それを相手にしながら、僕はこの迷路の中果たして『帰れるのだろうか…』と不安を抱えながら、気がつけば何とか宿に帰りつく事が出来た。
『おかえり』玄関を開けると、サカキさんが僕を迎えてくれていた。
何か異国の地で日本人が迎えてくれるっているのは不思議な気分だな…
サカキさんは僕が持っている本を指差し『これ、借りてもいい?』と聞いてきたので、僕は何気に古本屋で買った『シルミド』を彼女に渡した。
旅に行く時は、なるべく普段自分が読まないであろう本を古本屋で買い持っていく。この時は『シルミド』とSAS(イギリスの特殊部隊)を扱った小説、あとは…
見習い魔道師とゴブリンの師匠の『魔法使いは〜』で始まるシリーズの一作目だったかな。
お互いに少し落ち着くと、僕達は一緒に晩御飯を食べる。
宿が普通の家でキッチンがあったので料理を作る事にした。
彼女がトマト、ソーセージ、ズッキーニ、僕がパンだったかな…お互いが勝ってきた食材を台所にある鍋を使って料理する。
生板の上で野菜を切り、それを鍋に入れて煮込んでいく…パスタのトマトソースを作る要領で、そこに塩を入れて味を整える。
『味見する?』サカキさんがスプーンを差出し、僕は言われるがままに鍋に中の料理の味見をした。
『ね、酸味が強いでしょ?』彼女が小さな笑顔で僕に同意を求める。
確かに、日本のトマトより酸味が強かった。野菜や魚は朝一の船で運ばれ、それを彼女は買ったと言う事なのだが…(汗)。
その野菜を煮込んだ鍋にソーセージを切って入れ料理は完成…それを台所のテーブルに運び、二人の食事が始まった。
ソーセージは絶品で、トマトの酸味など忘れてしまうくらい美味しかった。
決して豪華では無い食事をしながら、僕達はお互いの事を話した。
日本にいたら絶対に出会った無かった二人…でも、こうやって一つの部屋で共に夕食を食べていると、ふとここが、日本から何万キロも離れた異国の地である事を忘れてしまう…
部屋の窓に向こうにいあるのはギリシアの夜では無く、もっと身近な近所の夜なのでは…とさえ錯覚を起こす。
正直に言って、とても心が安らいだ…僕は結婚というものをした事がないけど、こう言うものなのかな…みたいに感じたりもして、少し不思議な気分だった。
若かりし頃、当時付き合ってた人と同棲をしたけど…その時は若さゆえか毎日が喧嘩の連続だった…(笑)。
その人とは結婚を約束していたが、結局一年持たずに関係は破綻し別れてしまった。
その時は『もう誰とも暮らさない』と思っていたけど、それから数年が経ち、自身に何かの変化が訪れたのか…
こう言う生活だったら『いいかも』と思う自分がそこにいたりした。