初日 AM α'
日本国から僕を乗せた飛行機は、早朝のアテネ国際空港に降り立った。
自らの足でタラップを踏みしめると、僕は神話の国、ギリシアの空気を胸に吸い込む。
「さて、ついに来てしまったか…」
独り言のように呟くと、僕はこれからの旅の相棒、10年来の付き合いになるリュックサック(かなりボロい…)を受け取るため、空港のロビーに向かった。
僕が今回の旅にギリシアを選んだのは、パルテノン神殿を始めとする遺跡が見たかったから。
元々遺跡が好きで、今までに世界各国の様々な遺跡を見て、その度に言葉に出来ないくらいの感動を貰っていた僕は、まだ自分が行っていない遺跡の中で、最も有名どころになるギリシアの地を選んだのだ。
きっとまた素晴らしい感動が待っている…僕は期待に高鳴らせると、自分の全てを詰め込んだリュックを軽々と背負い、税関に向かった。
やましい事は何も無いのだが(本当に)…少し緊張しながら無事税関を抜けると、空港から出て、本当の意味でのギリシアの地に足を踏み入れた。
ここらら僕の旅が始まるのだ…
まだ真っ白で、何も書き込まれていないノート…それが僕の『今』である。このノートに今から何を書き込むのも僕の自由だ。
…でも、その自由って言うのが本当にやっかいで…特に一人旅の場合、その全てを自分で決め行動する事になるので、良い事も悪い事も全て自分に降りかかってくる。
まあ、当たり前といえば当たり前の事だけど…
まだ春先のせいか、少し肌寒い…
陽光に晒された空港を一度振り返ると、僕はアテネまでのバスに乗るためにバス停に向かった。
もう旅が終わるまで空港に戻る事は無い…ここを出ると、あとは全て自分自身の手で旅を創るのだ。
そう自分に言い聞かせながらバスに乗ると、僕は首都アテネに向かった。
バスは一時間程でアテネの中央、シンタグマ広場に到着した。
かなり近代的で賑わいを見せる街並みは、僕の住んでいる大阪、もしくは過去に行ったスペインのマドリードに近い…そんな感じで、どことなく親近感を覚えた。
平日のせいか、出勤途中の人々が目に付く通りをぶらぶらと歩き、屋台で売っているクルーリと言うごまパンを買って食べる。
これが中々香ばしくて美味しい…まあ、異国に来て最初は殆どの例外なく、日本以外の新しい食べ物…と言うフラシーボ効果で『美味しい』と感じてしまうのだが…
道行く人に、何年も上達しない英語で「アクロポリスは何処?」と聞きながら、教えられた方向に足を進めると、少しづつビルが減っていき、緩やかな階段状の道と、その脇に並ぶレストラン、みやげ物などのお店が目立つようになり、そこを登っていくと、その先(頂上)には一見して『それ』とわかるような遺跡群が見えるようになった。
早朝のせいか人がまばらな登り坂を、はやる気持ちの急ぎ足で登り…僕はついにアクロポリスにたどり着いた。
遺跡にはエントランスがあってそこから入場するのだが、パルテノン神殿はもうでかでかと僕の前に姿を見せていた。
テレビや写真で見た壮大な遺跡…過去に訪れてエジプトのピラミッドやペルーの天空都市マチュピチュを前に感じた感動に再会!
…と思いきや、それがどうして…意外にも僕が求めていた感動は無く、ただ淡々と「ああ、これがあのパルテノンか」と言うくらいのものだった。
『何故?』心が躍動しない自身自分に質問するが、答えが見つからない。
かつては遺跡を前にすると心が震え、その偉大さに…同時に自分のちっぽけさに涙が出てしまうくらい、感受性豊かだったのに…
肩透かしを食らったように、僕は落胆する…
『遺跡のせいではなく…ひょっとして、僕自身が心の枯れた大人になってしまったのか…?』
そんな事を考えながら、僕は今回の旅にこの国を選んだ事を後悔し始めた。
記念すべき旅先の一ページなのに…始りがこれでは、この先どうなってしまうのだろう…?
肩に食い込むリュックの重たさを感じながらも僕は首を振り、マイナス思考を振り払う。
いや、まだまだ旅は始まったばかり、これからきっと素晴らしい冒険が僕を待っている!
そう自分に言い聞かせると、相棒のリュックを担ぎなおし、エントランスをくぐると、朝日に浮かぶパルテノン神殿に向かった。