2-33 辺境領主の娘⑤
「え、と、熱病と剣ですか?」
「はい、私はスーリヤ様の祖国ヴァルカから付き従ってきたもの。かの地では姫様と同じように生まれつき火の属性が暴走しがちなものがおります。私もそうでした。こちらのバルアレス王国とヴァルカの間にある外海、ラール海を荒らしていたレインヴァールが魔獣化しケトゥスと呼ばれていた魔物を討伐し水の魔力宝玉を得て属性を安定させました」
最近熱っぽい状態が続いていらっしゃるという話でしたが、そのようなご病気でしたとは・・・。
「まあ、そんな事が可能なのですか?イーザン老師からはそのような事聞いたことありませんでした」
「老師からはなんと?」
「火の魔術を使おうとしなければ、そうそう進行することはないと」
オルプタ様が額に手を当てていらっしゃる。何か思い当たる事があったのでしょうか。
「確かに、その通りですが、今の姫様の状態では危険ではないでしょうか?」
「ええ、まあ最近少し調子が悪かったのは確かですが、どうすればよろしいのでしょう」
「私の様に水竜のような水にちなむ魔獣を倒しその血から宝玉を作るか、水の魔力が濃い霊媒から作成するかになります。幸い先日の聖なる泉の力ならばきっと姫様の病を癒す事ができます」
その作り方をシセルギーテさんが教えるといいますが・・・。
「何故貴女がそのような事をご存じなのですか、それにスーリヤ様はわからないでもないですが、乳姉妹という貴女も負けず劣らずお若いように見えます」
「はい、水の魔力宝玉を使い属性を安定させる際に長い魔術の眠りにつきます。私は度々宝玉を作り直し何度も眠りについて来ました。その眠りの中では歳を取る速度が遅れるようなのです。私はエドヴァルド様と同じ帝国騎士であり、彼に剣を教えた者でもあります。私が長年果たせなかったスーリヤ様をお救い下さったイルンスール様にどうか私の剣を捧げる事をお許しください」
「イルンスール様、どうかシセルギーテの申し出を受けてください。その熱病を冷ます事も何よりですが、姫様には女性の優れた護衛が必要です。それにその熱病の悪化は・・・」
「オルプタ、今は無用のことです。余計な事をいうものではありません。シセルギーテ、申し出有り難く思いますが、スーリヤ様の許可は得られた上での事ですか?」
「は、済みません。つい先走りました」
そういえば何のお話をしていたのでしたっけ・・・?
「わたくしの事なら構いませんよ。長年有望な帝国騎士を縛り付けてしまっていた事申し訳なく思っていましたし、恩人であるイルンスール様を守りたいというならわたくしからお願いしたいくらいです」
「お二人がよろしいのでしたら、お願いしましょうか。でもわたしにはそこに控えている第一の騎士アルミニウスがいます。彼の同僚として仲良くしてくださらないといけませんよ」
「は!必ずや姫様を守る力として共に任務に当たる所存です」
<<よろしい、ではデイム・シセルギーテ。わたしに剣を与えるのは無理なので省略させて頂きたいのですが、構わなければいまこの時よりわたしの騎士として立ち上がりなさい>>
<<は・・・ははっ!光栄です!!>>
驚きました。この言葉は一部の者しか教わらないものだと聞いていました。王位継承権を与えられないお姉様は教わっていなかった筈です。
シセルギーテ様も驚いて一瞬戸惑っていらっしゃいました。
「では、イルンスール様。わたしとシセルギーテはさっそく水の魔力宝玉を作る準備を整えます。いきなり騎士を連れ出して申し訳ありませんが戦の最中ですし、できれば姫様には安全な森の神殿でそのまましばらく眠りについて頂きたいのです」
オルプタ様はお姉様に杖を捧げて以降大蜘蛛が道を通してくれるようになり、それから魔術で神殿を再建されていたそうです。
「でも皆さんを置いてわたしだけ安全な所に行くなんて・・・」
「いえ、あそこならば絶対に安全です。姫様が神殿にいて下さればその分守備に人が割けます。そろそろ戦端が開かれ後方攪乱してくる敵兵が現れてもおかしくありません。何卒お願いします」
それは名案だと皆で説得しました。
誇り高いお姉様は嫌がりましたが理屈でちゃんと語れば最後には納得される方です。
「わかりました、でもひとつスーリヤ様にお願いしたい事があります」
「わたくしに出来る事でしたら何なりと」
「スーリヤ様は南国一舞姫と伺いました、お元気になったらわたしに南国の舞を教えていただけませんか?前に北国の民族のものを教えて頂いたこともあって是非他の地方のものも知りたかったのです」
ほんの一時期だけ私もお姉様に習いましたが、ほんとうにお好きなのですね。
でも南国の舞は激しい踊りと聞きますからお姉様にできるかどうか。
「まあ、うれしいこと。勿論喜んで引き受けましょう。ふふ、体を動かすいい目標ができました」
シセルギーテ様達がスーリヤ様を連れて退出され、お姉様もその日は自室でお休みし翌日はお元気になって神殿へ向かわれました。
熱っぽさはあるもののいつものことだそうで、心配しなくてよいと仰せです。
その後は魔力宝玉を作る準備をしながら神殿で寝起きされ、鬼気迫る表情で石壇で毎日舞っています。何でも神々に捧げる奉納舞だそうで、道理で敬虔深いお姉様が熱心に励むわけです。
「さすがに大分呪いを吸い上げたので、浄化するにも神々にお礼を申し上げるにもたくさんのマナが必要になりますがこの神殿の空気は素晴らしいですね。次々と新しいマナが誕生し還元されていきます。どれほど奉納しても尽きる事はありません」
「神々がマナを奉納されて喜ぶのでしょうか?それに何故そんなに満ちているのでしょう」
お姉様には残念ながら体力がありませんから休み休みに舞っていらっしゃいます。
そんなに荒い息をつくほどお疲れなのに、それでも神々に相対して舞い続けるなんてどこまで敬虔深いのでしょう。
休憩中を見計らってお茶をお持ちしてこうして二人だけでお話をさせて頂いています。
他の皆さんは再建されつつある神殿でお姉様が快適に過ごせるよう忙しく働いています。
またお菓子を作ってお持ちしようとしたのですが、戦時中にそんなに贅沢するのは心苦しいので当分は良いと断りを入れられました。それもそうですね。ちょっと不謹慎でした。
「やはり神々も自分達の源たる力が還ってくれば喜ぶのではないしょうか」
「自分達の源、ですか?」
「ええ、始まりの時代の巨人ウートーですよ。かの存在が泥となって全ての礎となり主神が誕生し残った土から世界樹も生まれ育っていったというのは大陸中の神話でも共通事項のようですし」
しばらくお話している内に分かった事は、お姉様には世界中に神々の元となった力が今も満ちており、ありとあらゆるものに神々が宿っているいるように感じられているということです。私にも魔術師達にもそのような神々の力は感じ取れません。
私の質問にうーん、と首を傾げて手の平の虚空を見つめていらっしゃいます。どうもやはり私達には見えないものが見えているようです。
さて、と立ち上がりしばしの別れを告げられます。
「いまオルプタさま達が準備して下さっている神獣の繭に泉の水と秘薬を満たしこれから宝玉を作って、それと共に水の中で数週間眠りにつく事になります。神殿に湧く清浄な水であればもらった呪いも清められましょう。眠っている間の事よろしくお願いします。エーヴェリーン」
「はい、ラリサとスーリヤ様達の事はお任せください」
そしてその晩から眠りに入られたお姉様でしたが、数週間程度では眠りから覚めませんでした。侍女達の前で一度目覚めかけましたが、すぐにまた眠りについてしまったようです。
水と秘薬を補充したオルプタ様の見立てでは数ヵ月はかかるとのこと。
余りにもここ最近お姉様は無理をしすぎていて、この泉の魔力でもお姉様の失っていた力を回復させるには難しいという話でした。
やはりレベッカ医師の危惧は正しかったのです。




