2-15 環境改善活動
いつの間にか雷も止んでいた。
「随分落ちたな」
「全部農地に落ちていましたから、きっと今年は豊作ですよ」
「よくわかるな」
オルタ・エイペーナの森にある神殿書庫にあった本自体が保存の魔術装具になっていた農業書に書かれていた。
「その本貸してもらってもよいか?」
「いえ、どうやら神殿から持ち出せないようです」
研究棟のお爺様方に習っていたので、どんな魔術がかかっているか分析くらいはできる。
あれは書庫から持ち出してしまうと他の本みたいに朽ちてしまう。
書庫自体も頑丈に作られていたが、火災避けや水除などの魔術が展開されていた。
書庫と本が結びついているようだった。
どうやって実現しているのかまではわたしにはわからなかったけれども。
「お父様が良ければ書庫までおいでください。奥の泉に来るとグリセルダが怒るので駄目ですよ」
「ああ、伺おう」
「そういえば、お父様が代わりに約束を守るって、何かあてはあるのでしょうか」
「天馬で飛び回る」
・・・えええ。
わたしを連れて飛び回って捜すって。
「アルヴェラグス様に伺いましたが、帝国騎士でも街道から外れて天馬で勝手に他領の上空を飛ぶと撃ち落とされても文句はいえないって」
「押し通る、槍には自信がある」
えええ・・・。
戦争になっちゃうよ、そこまでするならわたしひとりで捜し歩くよ。
「冗談だ。わたしも老師の弟子だ、まだ若い。師匠の研究を引き継いで何とかする。立場をうまく使えば飛行許可も下りるかもしれんし、飛ぶとしたら君も長時間揺れる天馬と寒い高空でも体調を崩さないくらい頑丈になってもらわないと困るが何にせよ時間がかかる。君が大人になるまで待ってくれ。せめて成人の儀を二つ終えるくらい」
具体的にどうするつもりなのかもわからないし、冗談じゃなかったのか、まだ上空飛んで探す可能性を残している事にも驚き、そもそも目立っちゃダメなんだからわたしを隠し通せる範囲で手段を捜すんじゃなかったっけと思ったけれど、お父様がちゃんと約束を守ってくれる意思があるのは伝わった。
なら、いい。
はあ、安心したら眠くなってきた。頭痛も酷いし、なんだか目が回る。
「どうした?」
さらに力を抜いてもたれかかったわたしにお父様が慌てる。
「いえ、少し疲れまして。空を飛んだせいでしょうか」
そうか、といってわたしを両手で抱えて持ち上げる。
今度はこちらが慌ててしまう。
「む、はだしではないか。いったいどうした?」
ひゃん
すっかり冷えているぞ、と一度膝に下し足の指の間に手を這わして温めようとするものだから小さく声を上げてしまった。
「ちゃんと靴下は履いていますよ。侍女が今日は着替えや靴を用意していなかったのです」
ちょっと寝間着を引いて靴下を見せる。
この靴下は足裏は一部しか保護していないけどいちおう履いてはいる。
「そういえばそれは寝間着か、いったいどういうことだ?」
困惑した様子で聞いてくるので、この際だとばかりにハンネやグリセルダ以外の侍女の横暴を訴えた。
仕事を怠けてばかりで出仕しないこともあるし、重たい物持ってくれないし、料理の献立勝手に変えるし、身の回りの世話してくれないし、外をお散歩している時に雨に降られてずぶ濡れになっても体拭いてくれないし、あれを手伝うのもいや、これもいや、我儘ばかりで何しに来たのかわからない。
ハンネ達に嫌がらせばかりして、わたしのやりたいことを邪魔して、それも遠回しで陰湿なやり方ばかり。
わたしの持ち物なんてお針子さんや職人さん達が作ったり持ってきてくれたものばかり、今更わたしの部屋の私物の取り扱いに使用人の立場がどうのなんて関係ない。
音楽の先生も来てくれたし、彼女は礼拝堂のお掃除も手伝ってくれてる。
男性の職人さんは駄目だけど、母さんが寄越してくれた女性の人たちはお手伝いしましょうかと申し出てくれてるし、貴族の侍女なんて必要ない。
「そうか、本当に済まなかった。ハンネも貴族の女性に囲まれてやりづらかったろう。君の望みは全面的に叶えるからもう心配しなくていい」
「その・・・ハンネの事なのですが、お父様の所に頻繁に通ってるって・・・・・・お父様の侍女にしてしまうのですか?」
これが目下の一番の心配事だ。
ハンネがいなくなったら生活できる気がしない・・・。
「うん?君の様子を報告させていただけだ。君はあまり外に出たがらないし、私の方から様子を見に行くと贔屓しているように思われるからな。・・・だが失敗だったな。やはり直接対話するべきだった。君は初めて会った時からよく出来た淑女のようだったし、最近は美しく成長していたから安心していたが、まだまだ成人の儀をひとつも終えていない子供だというのを分かっていなかった」
済まなかったな、よしよし、と頭を撫でてくださる。
そこまで子供じゃない筈なんだけどな。
淑女らしいとか美しいとか何の冗談だ、これも義理とはいえ親馬鹿なのかと思ったけどせっかく優しく頼れるお父様が出来たのだから甘えておこう。
抱きついて甘えている間にいつの間にか眠ってしまって寝台まで運ばれていた。
横たえられた時に下敷きにしてしまった髪にお父様が悪戦苦闘している。
「すまん、起こしてしまったか」
一応下敷きにしないよう努力はしてくれたらしく、髪がふぁさっと広がっている。
「ハンネかグリセルダを呼んでください」
「いまレベッカを呼びにやらせている、もう少ししたら来る。食事はどうする?少し熱があるようだが」
わたしの顔にかかった髪を払いながら頬を優しくなでている。
ん、んん
そういえば。
「お父様、悲鳴を上げてもいいですか?グリセルダがこういう時はそうするものだって」
「・・・レベッカに殺されてしまう。私は女性とは戦いたくない。勘弁して欲しいな」
逃げる様に出て行った。
やっぱり父さんやシャールミン様に比べると頼りない。




