2-13 復活②
いらいらする。
ああいらいらする。
あたま痛いし、あんまりいらいらして眠れやしない。
あの侍女達は一体なんなのだ。
わたしの所でお仕事したいというから仕事を振ったのに怠慢ばかり。
さっさと辞めて行った連中はまだいい。
来るのか来ないのか分からない連中がいるとハンネ達に仕事が振りにくい。
そして他の侍女が仕事を片付けてしまうと、順位がどうの家柄がどうのと遠回しになんで他人に仕事をやらせてしまったのか文句を言う。
はっきり文句いえば反論出来るのに。
何を言ってるのか要領を得ないからこちらも抗議するタイミングを逃して何も言えなくなってしまう。
その点グリセルダはいい、最近大分砕けてきて話しやすくなった。
最初からそういってくれてればもっと良かった。
あの分ならもっと仕事を振っても良さそうだ。他の連中がいうにはわたしに仕えるのに相応しくない身分が低い貴族らしいけど、そんなの知った事か!
ああ、でもわたしのいない所で虐められてしまうと可哀想だ。
ハンネも平民だし、あいつらに虐められると困る。下働きの小さな子達は貴族から横暴な扱いを受けていないだろうか。
お父様から何処かの貴族の養女にしようかという話があったけどハンネが嫌がるので断った。ハンネは今のまま私の世話をするのが天職だというのだから、それでいい。
でも、そのハンネもよくお父様に呼ばれていなくなる。
下働きの子達がこそこそ話をしているのを聞いたけど、他の侍女がいるので、もう不要だとかなんとか新しい侍女達にいわれていたらしい。ああ、いらいらする、あの連中!
わたしに言ってくれればその場で火だるまにしてやるのに!!
ハンネは馬車で強欲な貴族にさらわれた所を、大陸で一番偉い騎士のひとりに救われたんだよ?実家はこんな田舎貴族の侍女よりも裕福だし、あいつらなんかじゃ経験できないことをたくさん体験をしてきたのだ。
あの時はまさに物語のお姫様だった。
最後に救出されて、帰ってきた時なんて天馬に乗った騎士にお姫様だっこされて。
出来過ぎたお話のようなお姫様っぷりで幸せそうにわたしに手なんか振っちゃってさ!
ハンネの事を思うと胸の奥がちりっとする。
でも仕方ない。
お父様は立派な騎士だ。惚れちゃっても仕方ない。
レベッカ先生みたいに医師として勉強しなおしたいとかいうならこのお城はいい環境だ。
お城のお医者様は先生よりも知識は豊富だし、ギルドにちょっかい出されずに済む立場だし。わたしの側にいる時間が少なくなるのは残念だけど応援したい。
騎士や兵士たちは訓練でよく怪我をしているし、先生が切り傷とかの治療をする機会も多い。今まで持たなかった刃物を扱う練習もしているみたい。
でもハンネは違う、わたしの世話以外にやりたいことが無い。
最後の節目の儀も終えたし、いよいよ本格的な大人だ。
そろそろ結婚相手を探す時期だし、相手がお父様なら仕方ない。
でも平民だから愛妾扱いされてしまうんだろうか。
わたしも10歳を過ぎたし、体も大きくなってきたので読んでもいい本が増えて段々そういうことが分かるようになってきた。
ハンネはこのままお父様の侍女になってしまうのだろうか。
いつの日かお別れするわたしの世話以外にやりたいこと見つけて欲しいし、応援しなくちゃいけないけど、辛い。
はぁ。
このお城に来て良かったことはエーヴェリーンにお姉様と呼んでもらえたこととあの森くらいだろうか。エーヴェリーンに会って、初めて誰かの姉になって舞い上がってしまったけれど、直後に地獄に落とされた。
あの小僧!
あいつもいらいらする種だ。
わたしを怪我させた時も、神々の祝福を受けたレベッカ先生が癒してくれなければ危険な状態だった。お父様に何といわれようが許すわけないでしょ!!
あいつがいなければ可愛いエーヴェリーンと姉妹ごっこして一緒に遊べるのに。
何かと邪魔をするし、彼らの部屋や大広間には鏡もあるしあちらへ遊びには行けない。
エーヴェリーンが来てくれるのを待つしかない。
はあ。
本物のお姫様と出自すらしれない平民の娘じゃ住む世界が違ったのだ。
ここに引っ越してくる前にハンネと相談してなんとかお姫様っぽく振舞おうと努力してみたけど、どうも難しい。貴族のやり方にできるだけ合わせてみたのに、うまくいかない。
諦めよう。
わたしにはまだ心の友ナジェスタが手紙を寄越してくれるので大丈夫だ。
まだまだやっていける。
侍女連中と違ってわたしの顔なんて気にしないし、以前北方の女たちなら自分で狩りに行って怪我の一つやふたつしますし、勲章みたいなものですよ、と私を真っ向からみて気にしないといってくれた。戦友の契りで同じ傷をつけるものもいるという、ひとつどうでしょうと提案されたけど、いやいやそれはさすがに無理ですよというと残念そうにしたくらいだ。
会えないのは残念だけど、父さん達からも手紙は来るし、お針子さんや音楽の先生も来てくれている。
ここにはわたしが占有している清浄な森もあるし。
あの侍女連中を森の神殿に連れて行く気にならないので、ハンネとグリセルダが当番の日がいつも待ち遠しい。あの森にいればこの不快な気分も癒される、わたしの気が休まる居場所だ。
あそこの泉でお父様に会ってからグリセルダが珍しく遠回しに本を読めというようになって、レベッカ先生からもう10歳、というかそろそろ11歳だしと大人の仲間入りをする準備を始めようといろいろ教わるようになった。
うん、そういうことか。
わたしの年齢は昔適当につけただけで、わたし自身サバ読んでるなあと思っていたけど、昔はその年齢通りかそれ以下の大きさだったからそれで良かった。
今年だけで4,5年分くらい大きくなったんじゃないかな、大きくなったのは嬉しいけど、もうちょっとゆっくりでいいよ。
先生の話じゃ成長期に急激に大きくなる人は結構いるらしいけどね。
もともと知らなかったけど、自分でも本当の年齢がいくつなのか今じゃまったく見当もつかない。
エーゲリーエ姉は言った。
女は秘密があった方が魅力的だ、と。
謎めいた所があった方が神秘的に思って、周りが勝手にあれこれ世話してくれるので、適当にお茶を濁してしまえ、と。
よし、もう年齢と体の成長のことはどうでもいいや。
ところでエーゲリーエ姉、サバってなに?
はぁ。
もうこのまま起きてしまおう。
むくっと起き上がり、髪をまとめていた帽子をぺいっと放り捨て、上から被るだけの寝間着を脱ごうとして着替えが置いていない事に気が付いた。
誰、今日の当番は。
まったくもう。
顔を洗う水桶も用意していない。
ギィエッヒンゲンなら4階でも蛇口を捻れば水が出てきたのに。
寝台を囲む帳をどけて外に出るけど、やはり無い。
仕方ないので衣装棚まで歩いて下着だけ取り出す。
太ももまである長靴下を履いて靴下止めで吊ってベルトを締めて固定する。
靴下の足裏は土踏まずだけ保護する特注品だ。
ちょっときついけど、急成長が止まるまでは仕方ない。
枯れ木のようといわれたわたしの脚も、いつの間にか水をさしたかのように瑞々しくぱっつんぱっつんになった。
そして白タイツと、もこもこさんの出番は無くなってしまった。
他の物も進められたけど、やっぱりぴったり体を包んでいないと寒い。
お針子さん達はちゃんと今まで通りのちくちくしない柔らかく履き心地のいい長靴下を作ってくれた。
続いてもこもこさんの代わりに紐で結ぶタイプの下着を履く。
こっちは白蜘蛛さんの糸で作って貰った。
すべすべで滑らかで肌触りが良い。
あの蜘蛛さんは随分色々な種類の糸を作れるみたいなので採集活動にも協力してもらっている。マントにするには古いものの方が魔力がよく乗った。
研究棟のお爺様達の協力で紅い染料も完成し、納得いく水準になった。
皇帝や近衛騎士に献上するような品質だけど大丈夫かな、とお爺様達は言ってたけど、シャールミン様が自重しなくていいと保証してくれたといったら面白がっていろいろ教えてくれたのでちょっと痛かったけど注射器で血を抜いて、薬品と混ぜて糸に染み込ませ教えられるがままマントを魔術装具にしてついでに四の姉様に教わった通りお祈りを込めて丹念に編んだ刺繍もつけてみた。
完成品は染料が鮮やかに染まり過ぎ、そのマントはお父様に押し付けた。
わたしあんな真っ赤なマント派手過ぎて嫌。
エイファーナお姉様みたいな少し抑えた赤紫のがいい。
お父様にはそのうちお礼しなきゃと思ってたし、もともとちょっと大きすぎたしあれはあげてしまおう。
父さんもお父様の事は信頼して大丈夫だっていってたし。
でもグリセルダにいわせるとお父様が相手でも警戒すべしっ・・・て、色々教わった後だと確かに、そうかも。
立派な人だとは思うんだけど。
・・・父さんやシャールミン様に比べるとちょっと頼り甲斐がないかな。
はぁ。
何度目かの溜息をつく。
それにしても急成長し過ぎた。体中の関節が痛んで何をするにも億劫だ。
この痛みにもいらいらする。
誰も来ない。
外はまだ暗いけど、当番はもう来る頃だ。
気鬱なので、外の空気が吸いたい。
いいや、でちゃえ。
わたしの寝室がある3階の扉を開けて塔の間の低階層部分を結ぶ連結回廊に出る。
残念ながら曇りだ。大きなもこもこした雲が見える。
散歩して外の空気を吸っていると嫌な奴が来た。
なんだっけ、えーと母がアイラ・・・クリオ公?とア・・・ホリーヌ公?だったかなんだったかの流れを汲む何とかさん。
長ったらしい名乗りだから本人の名前忘れちゃったよ。
わたしの所を辞めていった筈だけど、何してるんだろう。
「あら、姫様ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「それにしても斬新な身なりですのね。今日の当番はどなたかしら、外国ではそんな恰好が流行っているんですの?わたくし田舎の出ですからそのような仮装は疎くて是非最先端の帝都の流行をご教授賜りたいですわ」
・・・?
何言ってるのかよくわからない。
わたしもここの侍女達も帝都の流行なんか知ってるわけないでしょう。
前も言ったけど彼女にはもう少しものを伝える努力をしてもらいたい。
会話の間がよくわからないので、黙っていると次々話しかけてきた。
君と廊下で談笑するほど親しくなかったたと思うのだけれど。
「あらあら、もしかしてもう誰も世話を焼いてくれる侍女がいなくなって困ってそんな愉快な恰好になってしまったのかしら」
ほほほ、と愉快そうに笑う。
ああ、少しは伝わりやすくなった。
こいつが今日の当番の邪魔をしたんだ。
時間の無駄だ、どいて欲しい。
前にそういったらこの世の終わりみたいな顔をしてわなわな震えていた。
あの時はいつまで経っても動かないので何かの病気かと思ってアルミニウスに医務室に運んで貰ったんだった。
今は彼が来るのを待たずに出てしまったのでいないしどうしたものか。
グリセルダは自分は直截的な物言いをするくせにわたしには駄目だという。
うーん、でもどけといいたい。
<<そこを退いて、道を開けなさい>>
退いた。
これで良し。
ようやく主人公視点




