1-6 家族会議
その冬は結局、エーゲリーエ姉と一緒に遊んで暮らした。
体を動かして遊んだり、いろんなお話を聞かせて貰ったり、結構物知りなお姉様なのであった。たくさんのお話を知っているので、凄いと褒めたら実はといっていろんなお話の情報が詰まった不思議な道具があってそこから得たの、と内緒だよと教えてくれた。
わたしもその黒い金属質のような石板のような変な道具をちょっと借りて読んでみたけれど、うーん、お話を理解する為の前提知識が無いみたい。
エーゲリーエ姉がわかりやすいお話に変えてくれたお陰で、色々語彙が増えたし理解できる事も増えてきた。
山小屋の生活は相変わらず。
かちんこちんになってしまった防寒具もどうにか干し直して、布団替わりにできるようになったので寝てる間の凍死は免れた。
食生活は社の向こうでたくさん食べても、帰ってくるとお腹は減ったまま。
でも最近は舞殿の近くの祭壇にもお供え物があったりして何とか食べ繋いでいる。
寒い中でも巫女様達は儀式やら奉納舞やらに励んでいる。
なかなかお社の向こうへ行けない時は以前のようにじっと巫女様達の様子を見て真似してみたりしてる。
春に豊作祈願、夏に雨ごい、秋には収穫感謝の奉納を、冬は神霊の守護に感謝を、と年中行事で巫女様達はあちこち出張した時に恥ずかしくないよう練習しているらしい。
ある日、エーゲリーエ姉のお話の場面を二人で再現しようという流れになり、二人でとぅっと岩の上に飛び上がり木の枝を持って交差させてポーズを決めていると、ちょうど通りかかった二の姉様が少し疲れたような口調でおっしゃった。
「二人とも楽しそうで何よりだわ、お勉強の方は進んでいるのかしら?」
いやぁ、全然です、と口を開きそうになったわたしをエーゲリーエ姉が抑えて代わりに返答した。
「もちろんです、エイファーナお姉様!」
「貴女には聞いていません、エーゲリーエ。さて、イルンスール。どうなのです、計算はできるようになったのですか?」
ぴしゃりとエーゲリーエ姉を黙らせてこちらに水を向けてきた。
「私が何番目の姉か覚えていますか、そしてエーゲリーエの数字を掛けるといくつになりますか?」
色々世の中の事分かったようなつもりになってきたけど、そういうお話はわからないなあ・・・・・・。
軽く溜息をついて、二の姉様が今度、私の所にも連れてきなさい、とおっしゃった。
「でも私が面倒を見る約束ですよ!」
「ビルビッセの所には時々連れて行ってお手伝いさせたり、一緒に楽しくお食事しているんでしょう?ね、イルンスール、貴女は私の所には来てくれないの?」
哀しいわ、と嘆く二の姉様に申し訳ない気持ちが湧き上がって顔を出す約束をした。
エーゲリーエ姉はあちゃー、という顔をしている。
二の姉様の家は刺激的な薬品の匂いに満ちているけど、来客用のお部屋はいい匂いがしていてお姉様が自ら調合した香水だそうな。二の姉様はひらひらした服を着ていて姉妹で一番お洒落。次女なのに一番幼くも見えるし、同時に大人びても見える不思議な魅力を持っている。
そのお姉様が待ち構えていた部屋にはテストが用意されていた。
有無を言わさず座らされ机に向かい、、、うん、わからないね!
・・・これは家族会議ね、と二の姉様が呟いた。
いつも通り大樹の前に佇んでいる一の姉様の前に久しぶりに姉妹全員が集まった。
わたしは中央で、吊るし上げにあった気分だ。
二の姉様が教育権を取り上げると息巻いて、六の姉は防戦一方。
一方的に白熱する議論に一の姉様が口を挟んだ。
「どうやらイルンスールの教育の仕方は変えた方が良いようですね」
「そんな!約束が違います!」
「でも、このままではこの子が将来困ってしまうのですよ?」
エーゲリーエ姉が、そうじゃない、まだ早いと抗議する。
「どういうことです?この子はもう教育を始めても問題ないくらい賢いように思えますが」
訝しがる一の姉に対して、エーゲリーエ姉が必死に訴える。
「私に懐いてくれていても最初は上手く話せなかったんです。前に説明したじゃないですか!ほとんど誰とも話さないで、放って置かれたって。この子にはまだまだ一緒に遊んだり話す時間が必要なんです」
まあ、どういうことですかと一の姉様が説明を求めた。
ありていにいってわたしは育児放棄された子供で、しょっちゅう石を投げつけられるし食べ物もろくに与えられておらず餓死寸前だった。最近は巫女様の一部が食べ物こそこそ置いてくれているのに気が付いて大分助かっているけれど。
「そんな!嘘でしょう。こんなに可愛いのに!」
四の姉様が口を挟んで私を抱き上げる。いつもながら暖かくて柔らかくて抱かれ心地のいいお姉様だ。でも、こんなばっちいわたしが可愛いなんて姉馬鹿も過ぎるよ。
ばっちくて、やせっぽっちで、不気味で、敬虔な巫女様達でさえ嫌がって石を投げてくるのに。心も容姿も美しい四の姉様を穢してしまう気がして抜け出そうとしても暖かさにすぐ抵抗する気も無くなり、だらんと力を抜いてしまう。
「ああ、ずるい。私にも・・・・・・」
いつも武装して銀の弓を携えている五の姉様がわたしを奪い取って抱こうとする。
いだだっ、硬い鎧が当たって痛いっ。
あ、痛がってると三の姉様が冷静に指摘するが、みんなやいのやいのと騒いで聞いていない。処置無し、と三の姉様は諦めて一歩引いて眺めている。
諦めないで!助けて!
騒がしくなって、収拾が付かなくなってきた所で、二の姉様がパンパンと手を鳴らしそこまで、と遮る。
「エーゲリーエの言い分は分かったわ。でもそれならそれでもっと色んな相手と話すべきでしょう。これ
からは皆で役割分担するのはどうかしら」
それがいい!と歓声を上げる複数の声とそんな!と嘆く一人の声が響く。
「話は決まったようですね、では今後は担当を決めて育てましょう。ただし、エーゲリーエの話を聞いていると随分厳しい生活を送っているようですから、先ずは各自イルンスールが生き抜く力を身に着ける事を優先しましょう。いいですね、エイファーナ」
「わかりました。でも学問も生活に密接することもありますよ、その程度は構いませんよね?」
「ええ、もちろん。エイファーナなら加減を誤ることはないでしょう」
そんなわけで役割を分けて教育方針が決まった。
二の姉様は医療、先ずは健康状態の把握と改善を、と。
三の姉様は採集、薬草知識。栽培や農耕技術も並行して教えてくれるそうだ。
四の姉様は家事全般。
五の姉様には身の守り方を習う。
六の姉様とは今まで通り。
とはいえ、姉妹全体の教育役を担ってきたという二の姉様は結局、普段の会話の中で何かにつけて算術やら礼法やらを教え込んできた。
一の姉様、礼法って森の一人暮らしに必要でしょうか・・・?
今だ人格が形成され切ってない年ごろ