2-2 辺境領主と狩
国営で保護している森林公園に会場が何か所か設営され、貴族のご婦人方はこちらで待機してお茶会を開き、勢子達が森の奥で獲物を追っている。
幸いよく晴れ、東から緩やかな風が吹いている、大規模な狩りには最適な日だ。
騎士達は従士を伴い分散して警備につくか、もしくは狩りに参加している。
狩人が十分いるので私は参加せず、親族や領主たちと歓談することにした。
イルンスールも既製品で無難なバルアレス王国の貴族女性用の袖の短い衣装を選んで針子に調整してもらっている。
マントだけは天鵞絨の出来の良いマントで不釣り合いだが、フッガー商会から見本品として献上され断れなかったようだ。しかし暑くはないのだろうか。
「イルンスール、こちらが私の異母兄にして第一王位継承者ギュスターヴ殿下だ。ご挨拶を」
兄上は自分の領地もあるが、今は王城に勤め父を補佐している。
一時的な滞在に過ぎない私と違って王都に自分の邸を持ちそこで家族と暮らしている。
領地は代官任せらしい。
イルンスールは無事、そつなく兄と兄の子供達に挨拶を済ませた。
もともと貴族らしき教育を受けていたようだから、礼法の型は違えど身のこなしは十分貴族らしく見える。パラムンの姉もよく躾てくれたようだ。
むしろ兄の子達の方が不躾な視線を彼女の顔に注いでいるな。
さすがに長男はもう18歳だったか、礼儀を心得ているが、三男坊はいかん。
イルンスールの前にでて彼らの視線を遮る。
「兄上、我らはこの後領地へ帰ります。父のことをよろしくお願いします」
「ああ、エドヴァルドご苦労だった。私もお前の武勇伝の数々を聞きたい、息子達にも聞かせてやってくれるか」
「喜んで兄上。イルンスール、悪いが少しアルミニウスと・・・」
「あら、エドヴァルド、私達にはお嬢さんを紹介してくれないのかしら?」
むぅ、やっかいな女達が来たな、いつも通り面倒な4人組を連れている。
いずれ挨拶はしなければならなかったが。
「これは王妃殿下、ご無沙汰しております。イルンスール、こちらは第一王妃殿下カトリーナ様だ。兄上の母へご挨拶を」
もともとは第三王妃であり、兄の体が弱かった為私とは険悪だった。
だが、第一王妃の死後昇格し、兄も成人後は徐々に健康になり、私も国を出て祖国ではなく帝国で軍務に着いた為、関係は改善しているはずだ。
私には王位を狙うような野心はない。
兄は私より年齢が一回り上で長子であり、大貴族の後ろ盾があるのだから王座は盤石で、今更私を敵視する必要はない。
「カトリーナ様、お初におめもじつかまつります。スーントゥルーフの良き日にお会いできたこと光栄に存じます」
「ふふ、感心なこと。こちらは私の実家にあたるアイラクリオ公の縁者たち、彼女たちとも仲良くしてくださいね。私の娘は皆嫁いでしまってここにはこれなかったから貴女と会えて嬉しいわ」
イルンスールはそつなくカトリーナとの挨拶もこなしてくれた。
カトリーナも上品に口もとに手をあてて微笑んでいる。
今時王家の守護神の名を持ち出すのも珍しいが正式な挨拶としては悪くない。
だが、アイラクリオ公の縁者のご婦人たちは少々タチの悪い顔でイルンスールを笑っている。連中は服や顔を見て嘲笑うかのようにしている、視線と口もとだけで声には出さない所が嫌らしい。高価そうな香り袋を服に仕込んでいるのだろう。漂う匂いにむせ返りそうだ。
伝統に固執する割に社交では帝都の流行りをおっかけたがる田舎貴族共め。
これだから帝国騎士として軍務をしていた方が国元にいるよりマシなのだ。
「兄上、お話はまた今度そちらに伺います。イルンスール、少し共に会場を回ろうか」
挨拶周りに連れ出すことにした。
立場からすると貴族達から来るのを待った方がよいが、ここにはいたくない。
「済まなかったな、もう帽子を被っていい。オイゲンから貰った大事な帽子なのだろう?」
「有難うございます、お父様。でも似合わないのでしょう・・・?」
しずしずと私より少し遅れて付いてきながら先ほどの事を気にした風だった。
「そのマントには合う、暑くなければもう少し留め金をずらしてしまえばいい」
「今日は隣国のアルシア王国と同盟市民連合からも大使が来ているそちらに挨拶しにいこう」
「はい、お父様」
近侍の従者に案内を命じて私とイルンスールに騎士達を連れて会場内を歩く。
「アルシア王国というのはトレイボーン様に北にある隣接した王国で古代に西方から移民して建国して来たので仲が悪いとお聞きしましたが・・・」
どう対応するべきか、と疑問を呈するイルンスールに返答する。
「遥か古代の話で、白の街道で分断されてからは戦争もない。混血が進んで彼らもこちらとあまり見た目は変わらない。我々も南方との混血が進んでいるしな。感情的にはどこかに対抗心があるのかやはり仲が悪い。それでも時折騎士達で決闘騒ぎがあるくらいで戦争になるほどではない」
この回答では安心してよいかどうかわからないか・・・、少し困惑顔をしている。
「まあ君が心配する必要はない。問題は同盟市民連合だな、彼らは我らの名誉や誇りを解さん。多少仲が悪くてもアルシア王国とは価値観が合うのだが。連合は自由都市連盟のような共和制の都市国家群から構成されているが、帝国の自治都市である前者と違って商会などの自由な経済活動を否定し全て政府で管理しようという輩だな。ギルドをより悪辣にしたような連中だ。帝政にも批判的で我々のような封建領主を否定している」
平等な理想社会を、と声高に叫ぶ連中を思い出して皮肉な笑いが漏れてしまう。
自由都市連盟はそんな綺麗なお題目を唱えない。
「殿下、周囲に人が」
ユリウスに制止されて我に返ったが、つい熱が入ったか。
野を駆け回って槍を振るうのが性にあっているが、私も王の子だ。
大使たちとは問題なく挨拶を終えた。彼らも幼くも淑女らしく振る舞うイルンスールに紳士的に接した。会場内の自国貴族達の方がよほど好奇の視線を浴びせ不躾だったくらいだ。
「さて、帰ろうかイルンスール。老師が間に合わなかったが、いい加減来週には私も領地に帰ろうと思う」
「あの、お父様。できましたら少し森を散歩したいのですが、その・・・目の前ですし」
ふむ、大人しく物わかりのいいこの娘が自分の希望を伝えてくるとは珍しい。
やはりこの空気は耐え難かったか。少しくらい気分転換させてやるとしよう。
それにしても、事件から出来るだけ遠い地方に連れ出して、変な縁が出来てしまった私と老師の拠点で預かるというのは仕方ないが、人前に出なければならない立場に置くのはやはり少々可哀そうだ。元々王族の子として育てられていたわけでもないし顔の傷をああも覗き込まれては特に。
ああ、でも老師は皇家所縁の娘かもしれないといっていたな。
やはりそこらの豪商などに預けておくわけにもいかないか。仕方ない。
「ああ、そうだな。私も少し気晴らしがしたかったところだ。アルミニウス、ついてやってくれ。ユリウス、私の馬を連れてこい。私も少し狩りに参加したら戻ってくる」




