1-43 ある魔術師の願い③
馬上に侍女を抱えたエドヴァルドが戻ってくる。
今度は街道上を走って来たようじゃな。
ハンネという侍女はもどかしげに馬から飛び降りようとするので、エドヴァルドが手を貸してやって降ろしている。
「お嬢様、ご無事ですか?・・・まあ、肩を怪我していらっしゃるではありませんか!レベッカ先生がついていながらどういうことです!」
男爵の生き残りの騎士がマントを被せてやっているのでレベッカの傷を分かってないようじゃな。傷口周辺の血は消えたが、服は血まみれのまま、切り裂かれた大穴が開いておる。
そういえばイルン嬢は自分は癒さなかったのか、癒せなかったのか?
イルン嬢達を見ながらエドヴァルドが話しかけてくる。
「老師、いい加減どういうことか教えてください。これ以上は困ります。ところでまさか泣いていらっしゃるのですか?」
「ぬっ、女神の慈雨に振られただけじゃ!」
慌てて目を擦る。ちっ、意地の悪い笑みを浮かべおって。
「女神?慈雨?老師が?何の冗談ですか」
「儂は信仰を取り戻した、今は言うな」
きっぱりこの件の会話を打ち切る。
ふん、こやつも難しい立場になるのがわかっているだろうに、よくここまでやったな。他国の貴族と争わせた儂がいうのもなんじゃが。
「で、状況についてじゃが詳しいことは後で話す。儂にもわからぬことばかりじゃ。それよりここにいる人間を全員殺せるか?むろんイルン嬢以外じゃ」
ぎょっとしてエドヴァルドの部下二人がこちらを見る。
「馬鹿な事を言わないでください。出来るはずありますまい!」
まあ、そうじゃろうな。
「エドヴァルド殿、魔術師殿がおっしゃる事は私も考えました。ここからは慎重に行動せねばなりますまい」
隣の騎士も同意する。こちらは覚えがある、確かパラムンだったか。
「アルヴェラグス殿にパラムンまで、一体何が・・・?」
「お話は後で、ひとまず男爵館を制圧し従士達が戻ってくるのを待ちましょう」
先にエドヴァルドの話を聞くと、侍女の解放を男爵に迫りそれを条件に見逃したという。侍女の方も解放されるやいなや、街道を南に駆けだそうとしたので男爵を捕える事はできなかったようじゃ。
エドヴァルドの部下二人の騎士は何処から見て状況を理解したのか後で聞き正確に把握せねばなるまい。
レベッカの治癒が終わった後なら、ただ気を失ったものが意識を取り戻しただけで儂が早とちりしたことにすればよい。魔術師は真っ先に始末した、あの場で儂以上にマナの動きが理解できたものはおるまい。
ディシア王国とは敵対することになるかもしれんし、これ以上エドヴァルドを巻き込むのは不味いか。神々も酷な事をする、あんな力を与えても不幸になるだけだというのに。
どうすればよいか・・・・・・。
儂の悩みをよそにイルン嬢は今は幸せそうに侍女らと話しておる。
「だから、レベッカ先生が神々から加護を受けていたおかげだってば!わたしは何もしてないよ。お願いしただけ。やっぱりアンナマリーさんの言う通り先生は天の使いだったんだ!天女様だったんだ!!」
イルン嬢に拝まれてレベッカは焦っておる。なんじゃそりゃ、どういう理屈じゃ。
いっそ、もうそれでよいか。
今度こそヨハンナ殿達には詳しい事を話してもらわねばならぬが、それはそれとして。
「エドヴァルド、頼みがある。これが最後となろう」




