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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の獣
41/212

1-41 ある魔術師の願い

剣を振りかぶった騎士を前にもはやこれまでと観念した時、雷光のような白い光が目の前を通り過ぎた。


ザンッ。


騎士の腕を白熱した何かが貫通し、千切り、飛ばす。


槍だ。


バチバチと青い火花に輝く槍が、白の街道に突き立っている。

腕を飛ばされた騎士自身も余波で飛ばされ倒れている。


間に合ったか。ふぅ。


蹴り飛ばされていた杖を掴んで空を見上げると、予想通りの姿を見て声をかけた。


「早かったな、エドヴァルド」

「これは一体何事ですか老師」


天馬に跨った騎士が空から駆け下りてきて、剣を抜いて天馬を降り他の敵兵を牽制し声をかけた。


「こやつらが代官の娘を攫い、医師を殺した。この娘を保護してくれ」


死んでない、と抗議の声が上がるが時間の問題じゃ。


「何者か知らんが、そうはいかん!」


残り3人の騎士と従士達が数に任せて斬りかかる。


「馬鹿共が!」


エドヴァルドは剣を両手持ちに切り替え、最初に斬りかかってきた騎士の腕を叩きつける様にして残りの騎士の方へ斬り飛ばし、背中に回り込み回転しながら二人目の首を撥ねた。

イルン嬢が小さく悲鳴を上げる。

幼女にみせるものではないな、ローブで彼女の視線を隠す。


3人目の騎士は少し粘ったが、業を煮やしたエドヴァルドは魔力で身体強化して構えた盾を蹴り飛ばし、がら空きになった胴を薙いだ。

最初に腕を斬り飛ばされた騎士が気丈に従士達にかかれ、と号令をかける。

怯んでいた従士達が、主を守るために槍を突き出し行進する。

愚かな・・・、死人を増やすだけじゃ。


エドヴァルドは剣を捨てると地面に刺さったままの槍を引き抜き、取り囲んだ従士達をまとめて薙ぎ払う。一撃で5人が死んだ。運よく間合いから遠かったものは死なずにすんだが、槍に込められた魔力は槍閃となって圏外のものにも重傷を与えた。

エドヴァルドは騎士にその槍を突き刺し、止めを刺す。


「まだ逆らうものはいるか!」


エドヴァルドの大喝に生き残りの従士達は武器を捨てて降参の意を示した。


「終わったの・・・お爺さん?」


ローブの中で震えていたイルン嬢が戦闘が収まった様子を悟って声を出した。


「ねえ、終わったならレベッカ先生を助けて?血が止まらないの、わたしこんな大きな傷の血の止め方わからない!」


儂のローブに掴まっていたいた手が真っ赤じゃ、なんとか血を止めようとしていのだろう。

レベッカの周囲は血の海になっている。流れる血もいずれ尽きよう。

いちおう脈をみるが、もう止まっている。

息絶えたようじゃ。


「残念じゃが、もう手遅れじゃ。・・・エドヴァルド、街道を北へ進み馬車にこの子の侍女が捕えられておる。助けてやってくれ。邪魔をするならオルステンド男爵も捕えよ」

「わかりました、すぐに部下が来るでしょうから大人しく待っていてください」


奴は天馬を呼び寄せ、すぐに駆けて行った。


「レベッカ先生は死んでないよ・・・?今までお話してくれてたもん」


瀕死の状態で逃げろ、とでも声をかけていたか。


「人は誰も救けてくれないんだね・・・いいよ」


哀し気にイルン嬢は再びレベッカへ向き直る。


「先生、起きて?先生が死ぬなんて嘘だよ。今までたくさんの人治してきたんだもの。アンナマリーさんも先生は天の使いだっていってたよ?そんな傷、神様がきっと癒してくれるよ。聖句はアンナマリーさんに習ったもの」


左腕をだらん、と下げたまま右手でゆさゆさとレベッカを揺さぶる。


「・・・もうよせ。安らかに逝かせてやれ」


イルン嬢は肩に手をかけた儂の手を、救けてくれないならあっちいって、と振り払った。


「・・・神様、万物の礎となった優しき巨人ウートー、風を司る大神ガーウディーム、恵みの風を運ぶスーントゥルーフ、どうか癒しの力をここへ」


神に祈り始めたか、この子らしい。だが神はもうこの世界にはいない。

地獄の女神ならいるかもしれんがな。


「いるよ、神様はいる。レベッカ先生や母さん達に縁をつないでくれた。そこにも、ここにも何処にでもいる」


狂ったか、虚空を見て譫言を言い始めおった。

・・・無理もないか。


「だから、救けて、救けてよ。毎日お祈りして捧げもの欠かさないから。お姉様、エイメナースお姉様、エイファーナお姉様、帰ったらちゃんとお勉強していい子にするから、救けてください。お姉様ぁ・・・」


慟哭しながら何度も何度も繰り返し大神や眷属の神々に祈りを捧げ続けるイルン嬢の右手が淡く輝き始める。

・・・魔術か?いやマナの動きはわずかしかない。

まさか・・・発現するというのか!癒しの奇跡が・・・百年振りに!?


イルン嬢の手も、おびただしい血にまみれたレベッカの体も浄化されるかのように血が光となって霧散し、傷口が露わになる。

肩から腹にかけて切り裂かれた無惨な傷口と、背中まで貫かれた傷口に内蔵も激しく損傷しているのが見える。だがその傷口がみるみるうちに癒え、塞がる。


奇跡か。

・・・叶ったのか。



だが遺体は目覚めない。


「イルン・・・素晴らしい奇跡じゃった。儂でもこのような奇跡の発現を見たのは100年振り。しかしそれでも死んだ者は生き返らない。もう疲れておるのじゃろう?それ以上消耗するとお主まで死んでしまうぞ」


・・・もう、やめよ。

突出した力には報いが跳ね返る。

騎士や魔術師のように自分を守れる力があればいい。

だが、奇跡を行使できる聖女などぼろぼろになるまで利用されて最後には人々に裏切られる。その時抵抗する力など聖女にはない。

悲劇になるだけじゃ。


「まだだよ。まだ旅立ってない。先生のマナスはまだここにある。ちゃんと感じ取れる。先生?まだ行かないで、何処にもいかないで、わたしの側にいてよ」


もう癒えきっておるのに、奇跡の力を注ぐのを止めぬ。

仕方あるまい、儂には止められぬ。


せめて周りの生き残り共の口を封じねばならぬ。


既に失われた筈の奇跡の力が新たに確認されたと世間に知られればこの娘が注目を浴びてどんな目にあうかわからん。


非情な決意を固めて振り返ると、そこには二人の新たな騎士が立っていた。

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