1-32 魔術の光
「・・・そうだ!お爺さんもキゾクなの?」
「起き抜けにそれか、ほんに自由なお嬢ちゃんじゃのう・・・・・・。突然泣き出したり、抱きついて、眠り込んではっと起きたらそれか」
聞くだけ聞いて最後まで話を聞かんのじゃからな、と愚痴を言っているが、お爺さんの話が長すぎる。
「まあよい、昔爵位を貰ったような気がするが、ただの名誉称号でな。たいした土地も年金もないので覚えとらん。なんでそんなことを聞くのじゃ?」
「昔故郷の人が不思議な力が使える人はキゾクなんだっていってたから、お爺さんは物知りだからわたしの故郷知ってるかなって?」
アンナマリーさんの体温と柔らかさが心地よくつい眠ってしまったが、そういえば最近忘れがちだったことを思い出して、何か繋がりはないかと思って聞いてみたのだ。
「むろん、知っておる。大賢者イザスネストアスだからな」
ちなみに貴族だからって魔術が使えるわけではない、適正は高いが修練が必要じゃ、と付け加えられた。
「ほんとに!?何処にあるんですか!!」
おおおお、聞いてみるものだ!
「慌てるな、地名は?そもそも、なんでそんなことを聞くのじゃ?」
地名はわからないといったらそれじゃわかるわけなかろ、と言われた。
知ってるっていうから聞いてみたのに~、単に物知り爺さんが見栄張って適当に答えただけだったようだ。とりあえずもうちょっと話を聞かせてみろ、というお爺さん。
わたしも先走り過ぎたようなので、経緯はぼかしておいて、うんと幼いころ船から誤って落ちて漂着したところで代官様に養子にしてもらったことを伝える。
まあ今まで誰に説明してもわかるわけないだろ、と言われたので本気で知ってると思ったわけじゃないけどね、けどね・・・・・・。
「ふむ、それならどうにかなるのではないかのう」
今度は期待しないよ・・・、でも聞いてみる。
「どうにかなる・・・というのは、ほんとう?」
「うむ、どのくらい船に乗っておったのじゃ?」
「ええと、よくわからないけど、何週間とかかな?2か月以上じゃないと思う」
「ふむ、どの方角から来たのじゃ?風向きは?」
船倉にずっといたので方角も風向きも全然知らない・・・・・・。
「まあ海流であたりはつくか・・・のう?」
あっ、乗ってるときだんだん暖かくなってきたよ!それも伝える。
「では星の位置はどうじゃ、地域によって観測できる天体は違う、それがわかれば北回りできたか南回りかはあたりがつくじゃろう」
・・・深い森だし、夜には山小屋から出なかったし、天体とか星座なんて概念自体知らなかったよ・・・・・・。他にもいろいろ質問されたが、満足に答えられず質問のたびにわたしは意気消沈していった。
で、色々話を総合してお爺さんは結論を告げた。
「はっはっは、無理じゃな。お嬢ちゃんの脚では百篇生まれ変わっても故郷には帰れん」
馬鹿にしたように大笑している。
かちん、と来た。
「そんな言い方しないでよ!!そんなこと分かってる!!!」
我ながらよくこんな大声出せたな、というくらいの音量が出たのでそれで一瞬冷静になるが、それでも憤然とお爺さんを睨みつけた。同情なんかするんじゃなかった、このお爺さんは最初からずっとふざけていただけだったのだ。親身になるフリをしてわたしをからかいたかっただけだった。
「大魔術師とか大賢者とか偉そうになんでも知ってるとかいって期待させて、ふざけないでよ!」
「まっ、待て!なんじゃそれは、そんな力の使い方をするものではない!」
「うるさいっ!!」
さっきのお爺さんがやったみたいに世に満ちる力を収束させる。
収束させたいのに優し気な淡い緑の光が広がるが、そうじゃない、いまはもっと力強くて燃え盛る感情を伝える力が欲しい。
このっと視線に力を込めると、机の上の飲まれずに冷めていたお茶が一瞬でぐつぐつと沸騰する。そっちじゃない、あっち、わたしの敵はあのふざけた老人だ。
でもうまくいかない、次は暖炉の薪が弾けてしまった。
「このおっ!」
うまくいかないので杖の代わりに手を突き出してみた、もっとイメージが固まって収束させやすい気がしたのだ。
しかし老人が杖を振るうと集まりかけた光もあっさり霧散させられてしまった。
うう、もっともっと光を集めないと、さらに左手も右腕に当てて老人の周りの空気を握りこむように右手の指もあわせて握りしめようとするけど、自分の体じゃないみたいに動かない。老人が抵抗するかのように自分の周りに魔術の力を固めてしまっている感覚が伝わる。
うう、くそう。もっともっとたくさん周りから力を集めて圧し潰さないと。
でももう周りから集められそうな力がない、感覚を広げて探そうとしてもみつからない、でも自分自身にはまだ力が満ちている感じがする。
これを広げて伸ばしてみよう。
「いい加減にせぬかっ、ふざけた事はいかようにでも詫びるから、強情はそこまでにせい。
お主らも止めよ、このままではその娘が燃え尽きて死ぬぞ」
異常事態に成す術もなかったハンネもアンナマリーさんも、命の危険があると聞いてわたしを止めようとしてくる。
「あつっ、お嬢様、お怒りはごもっともですが、この部屋の気温がとても上がっていて危険です、今にも服や本に火がつきそうなくらいです!」
老人が抵抗する分周りに熱が溜まってしまったようだ。
むむう・・・無念だ。
ハンネ達を危険に巻き込みたくないので、いったんとっちめるのは諦める事にした。
老人が杖を振るって冷風を部屋に送り込んで騒ぎは静まった。
「いや、ほんとにすまんかったの。大丈夫か?」
ぜいぜいと荒い息をつくわたしに老人は心配そうに尋ねてきたけど、もうどうでもいい。
帰ろう。
「イルンさん、ハンネ。わたくしも屋敷まで連れて行って貰えますか、もちろんこの老人も」
「構いませんが、何故この老人も連れて行くのです。私もこの男はとても不愉快です」
ハンネもたいへんお怒りらしい。
「もっともな事です、なので屋敷の衛士に引き渡しましょう。一番早く問題が解決するでしょう」
まだ衛士に引き渡すのを諦めていなかったのか、と老人はぼやいたが、もう誰も擁護する人間はいなかった。
意外と大人しく馬車になり屋敷まで連行された老人はその日衛士たちに囲まれ父さんの事情聴取を受けたようだ。領地では領主が法で、裁判官なのだ。
ふん、ざまをみろ!




