1-3 新しい名前
次にわたしが目を覚ますと、大樹の前で私を取り囲むように座っていた方々が、口々に話しかけてくる。それを制して一番年長者らしき女性が柔らかく尋ねた。
「もう大丈夫ですか?」
「・・・あ、ありがとです、おかあさん」
緊張してどもりながら、一番母親らしきひとになんとかお答えする。
「母?私ですか?それともこの中の誰かですか?心当たりにあるものはいますか?」
自分じゃない、と皆不思議そうに顔を見合わせている。
そういえば奥宮の女性は外出を許されていないそうだし、自分の子供に会うのも初めてだろう、わからないのも仕方ない。
「困りましたね、誰も心当たりはないようです、貴方に名前はありますか?」
「ノーファ、です」
「聞かない響きですね、何か意味があるのですか?」
次々と訝し気に聞かれる。ほんとうにこの中に誰も、母は、家族はいないのだろうか。
段々と心細さにまた気力が萎えて怯えてくる。
「親がいない・・・孤児の名前?」
私も由来はよく知らない。
マリーナが孤児はみんなその名前なの、と意地悪そうにいっていた。
「そんな!もう孤児じゃないよ、私の妹なんだから!それにこの森に住む子はみんなお姉様の子も同然でしょう!」
最初に出会ったエーゲリーエお姉様がわたしを庇うように立ちはだかる。
「そうですか、貴女の妹でしたか。では私達皆の妹ですね。名を改めましょう」
希望する名は、と聞かれても何も思いつかない。そんなこと考えた事もなかった。
自分が名付けをしてもよいか、と問われ、もちろん!と答える。
「では、幼くも誇り高いノーファ。今にも枯れて倒れてしまいそうな幼木に過ぎないあなたが、いずれ皆を包み込み、恵みを与える大樹になることを祈って新たな名を授けましょう」
皆も祝福を、とそこで一度言葉を途切らせて、それぞれが祈りの姿勢を取るのを確認したのち、わたしを抱き上げて今まで背にしていた大樹に宣言するかのように名を告げる。
「神々も精霊も森に住まう者たちは皆聞きなさい。今、この時から私たちの一族に新たな子を迎え入れます。何者にも縛られぬその誇り高き名はイルンスール」
それから周囲を囲んでいた姉妹たちが次々に名を名乗り祝福を与えてくれる。
おめでとう、イルンスール。これからあなたは私たち皆の妹、ようこそ斎の森の姉妹へ。
名前を次々名乗られてあわあわ、と反応に困っていると名前を付けてくれたお姉様が
再び皆を制して、ひとつ。
「そんなに一度に名乗られても覚えられないでしょう、私は1番上の姉エイメナース、あなたは7番目の妹となります、数は数えられますか?」
「いっいつつっ!」
手の平をかざして5つまで数えられるよ、と強調する。
「数はもっとあるのよ、私は6番目の姉妹エーゲリーエ」
手の平にもうひとつ人差し指を当ててこれが6,もうひとつ指を足すと7、これがあなたの数、覚えてね、と最初に出会った優しい柔らかそうな輝く髪をしたお姉様が教えてくれた。
「あら、貴女がひとに物を教えるようになるなんて、成長したものね。いっそこの子は貴女が教育してみる?」
「それはいいかもしれませんね、エーゲリーエは奔放過ぎますし、人に物を教える立場になれば少しは落ち着くでしょう」
二の姉様のおっしゃりように失敬なと憤るエーゲリーエ姉様をよそに他の姉妹たちは頷いて同意する。
「まあ、いいけどね。私が面倒見るつもりだったし」
「ところでエーゲリーエはどこでこの子を見つけてきたのですか?」
エイメナース姉様に問われ、エーゲリーエ姉様は私を抱き上げて皆を森の奥で見つけた所まで案内する。
そこには平らな石壇しかない。
あれれ、わたしは岩の陰のお社みたいな所で倒れたような?
意識朦朧としてあんまりよく覚えていないけれども。
皆が周囲を観察しているのをよそに、エーゲリーエ姉様に降ろしてもらってひょこひょこと石壇によじ登る。
あ、ちょっと、と後ろから話しかけられて振り向いた矢先にふっと落下するような感覚に襲われ、目を瞑って身をすくめ、不思議な感覚が無くなってから目を開けるとまた岩陰のお社にいた。
近くには奥宮の門が見える。
叩いて見ても誰も出てこない、必死になって叩いてみようと腕を振り上げたものの、そこで冷静になる。奥宮には近づいちゃいけないんだった、怒られるのは今更だけどお姉様達に迷惑がかかるかも。
いつの間にかもう朝みたいだし、誰かに見つかる前に一度山小屋に帰ろう。
とぼとぼと少し雪の積もった石段を下って山小屋まで帰った。
子供の頃読んでいた児童文学って結構児童虐待されてるおはなしが多かった憶えがあります。
今時のはどうなのかな・・・




