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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の獣
21/212

1-21 ある一家の主と転機

「で、お前は気味悪がってあの娘の側から離れたわけだ」


近くの森へ走って失踪してしまったイルンを妻が女衆を総動員して、夜を徹して大声で呼びかけ続けたら、あの娘の方から出てきてくれた。

あの娘なら逃げようと思えば逃げ切ったのではないかな。

ヨハンナの事を逆に心配してしまったのだろう、優しい娘だ。

あの子は注がれた愛情に全身全霊で応えようとしている、愛情を失うことを恐れているようで不憫でならない。


「・・・・・・でも、父さん。普通じゃないよ、あんなの」


イルンが戻って部屋に返してアンナマリーが添い寝してやっている間に、ヨハンナ、レベッカ、ハンネに囲まれ肩を落として情けない顔をしている息子から事情を聞いた。

ハンネは侍女の中でも一番若い娘だが、イルンとも仲がよく、かつ今回の事情を知っているため同席している。


皆で館から町へ続く坂道で遊んでいる時、ふいに飛び出してきた蛙をすかさずイルンは手に持っていた尖った棒で串刺しにしたという。


小さい女の子達は悲鳴を上げて逃げ出し、男の子達もビクビク震える蛙を持ったイルンを不気味な面持ちで遠巻きにした。

意を決してヨハンは口を開いた。


「な・・・なにしてるんだよ、どうするんだよ、ソレ!」

「???食べるの。欲しい?」


何当たり前の事聞いてるんだろうと心底疑問な顔をして彼女は答えひょいと蛙を突き出した。ヨハンはいるか、そんなもん!と答えて館に逃げ帰った、ということだ。


「で、そのあと何があったのか聞いたか?」

「いや、なにも・・・・・・」

「残った男の子達はイルンに石を投げつけて、あっちへ行け気色悪い奴隷の子が!といったそうだ」


そこでレベッカが額に青筋を立てたのが、見えるが彼女は何もいわない。


「お前が言い触らしたのか?」

「ちっ、ちがうそんなこといわない!奴隷だなんて知らなかった!!」

「じゃあ、誰だ?そこらの子供が知るわけはない」


私はヨハンを問い詰めたが、ヨハンはあくまでも知らないという。

レベッカがようやくそこで口を挟んだ。


「海岸で最初にイルンを見つけた子供だろう。海を見るのが好きなヨハンとも随分仲がいいらしいね。時々届け物に来てたからな。そこから広まったんだろう」

「そうか、ではその子の館への出入りを禁ずる。奉公に来ている子供達も今月一杯で暇を出す。ハンネ、後で私から家令には伝えておくが、近隣の農園の子で使える子がいたら紹介してやってくれ」

「承知いたしました、旦那様」


ハンネは我が家には行儀見習いで奉公に来ているが、近隣の大規模な綿花農場の娘で実家に帰れば使用人にかしずかれる身だ。数人くらい紹介してもらえるだろう。


ヨハンはそこまですることに驚いたようで、なんでそこまで、と疑問を投げかけてくる。


「私は彼女を引き取って養子にするつもりだ」

「っ母さん!」


それでいいのか、とヨハンが妻を見るが、彼女から言い出したことだ。


「いいのよ、あの娘には庇護が必要だし、他人に任せる気はないわ」


ヨハンの下にもうひとり娘がいたが、そのエミリアは3年前に4歳の時に病が悪化して無くなってしまった。ヨハンも可愛がっていた妹の居場所を乗っ取られたように思っていたのだろうか。

イルンが身に着けている服も部屋もエミリアに与えるはずのものだった。

レベッカ先生をギルドを通じて手配してもらったが、着任した時には手遅れだった。

以来、レベッカをお抱え医師として雇い続けている。

私が預かっているオルステンド男爵領の家名を冠した最大の町にも医者はいて高い金を払ったが役には立たなかった。


「母さんがよくても、アイツは奴隷なんでしょう?」


この辺では随分昔に廃れたので、子供が知るわけはないのだが、詳しく知らないままに蔑視の言葉として使っているんだろう。嫌悪感が滲み出ている。


「ヨハン、二度とあの子をそんな言葉で呼ぶのを許さないわよ」


今にも引っ叩かんばかりの怖い顔で妻がすごむ。

そんな悪い子は死後、地獄の釜で煮られてしまうよ、と昔から続く悪ガキをたしなめる言葉だ。

ヨハンはたじろぐが、わけがわからないといわんばかりの顔だ。


「あの娘は1年で読み書き計算が出来るようになった、もともと教育を受けていたんだろう。お前よりも進んでいるくらいだ」


ヨハンはショックを受けて、目を白黒させている。言葉も出ないようだ。

背丈からすると、エミリアと同じくらいだがレベッカ先生の見立てではヨハンより少し幼いくらいだろうという。

ヨハンは10歳であと2年もすれば将来の道を選んで学ぶ方向性を固めねばならない。


「イルンはもう中央の言語も問題ないとアンナマリーがいっていた。薬草や医学知識についても時々あたしも知らないような事を言っていてあたしの方が学ぶことも多い」

「・・・・・・それは聞いていないぞ。いくらなんでも無理があるのではないか」


熱心に教育していたのは知っているが、親馬鹿が過ぎる。


「日中もずっと地面に字を書いて練習していたし、アンナマリーが物覚えがいいみたいだからと中央から持ってきた聖典を渡しておいたら、夜中まで蝋燭の灯りで読みふけって読破していたらしい」


遠くからたまに見ていたが、地面に書いていたあれはお絵かきではなかったのか、というとまさか。


「ああ、アンタが本館にいる間にヨハンナが渡した書斎の本をいくつか読んで一部気に入った文を暗記してしまったらしい」


レベッカの顔が若干引き攣っている、彼女にそんな顔をさせるとはやはり普通の子ではない。


「というともう3つの言語を自由自在に操れるわけか、しかしいくらなんでも貴女より医療に詳しいというのは・・・・・・」


あの子にいわれるがままに作ってみた薬が随分な効果を発揮したという。


「この辺はギルドが渋っているせいで、医療の発展が遅れているんだ。あたしは独自に研究はしてみたが、しょせんそのギルドの医者に過ぎない。そしてそのギルドも専門文科毎に分かれて足を引っ張りあってるありさまだ。他の地域より遅れている」


以前から聞いてはいたが、そこまで酷いのか。商業、職人系ギルドも似たようなものでそれは私自身がよく知ってはいるが、商業系のギルドは結束を固めて政治権力と交渉しないと貴族が勝手に定めた税や外国に好き勝手に毟られてしまう事情もあった。


「もちろん、あいつに必要そうと思われた知識を教え込まれていただけで実践は伴っていない。イルンがいう近所のお姉さん達はそうして彼女を守っていたようだな」

「蛙のあつかいなんぞよりそっちの方がよほど異常ではないか」


ヨハンは蛙だっておかしいよ、とまだごねているがそんな事はどうでもいいというに。

私が苛立ちを露わにすると、そこでハンネが口を挟む。


「旦那様、僭越ながら申し上げます。ヨハン坊ちゃまは生まれも育ちも町の子です。大陸各地の風習をご存じの旦那様や私のような農園育ちとは違います。それに本館に勤める見習いの子供達はやはり家令の訓示もあり不行儀な子はすぐに交代させられています。私たちとは感覚が違うのです」

「・・・ふむ、ハンネの実家の農園でも蛙で遊ぶような子はいたか?」

「もちろんです」

「あたしもガキの頃は蛙のケツに枝ブッ挿して遊んだり振り回したもんさ」


レベッカも同調し、ヨハンがうぇえ、と気持ち悪そうにしている。

我が家の一人息子は口調はどこにでもいる悪ガキのような所があったので、どうも勘違いをしていたらしく意外と繊細だった。


「いくつか用を済ませたいので、週末にギィエッヒンゲンに行こうと思う。ここにいる人間は全員連れて行く。準備をしておくように」


もう少し先にしようと妻とは話していたが、この場で早めることにしたので妻も驚いている。


「貴方、どうして?もう少し時間を置いてイルンを説得してから、と」

「蛙を食べに行く、イルンのことは説得しておくように、君の願いなのだから」


私の宣言へのヨハンの反応に少し楽しくなってきた。私にも少し悪戯心が残っていたようだ。ヨハンには何も説明していなかったのでこの際全て教えてやることにしよう。


「まず第一に蛙料理は珍しいものではなく、大都市のギィエッヒンゲンにも出してくれる料理店があるのでそこにいこうと思う。今回の件で傷ついたイルンを慰めて、かつヨハンに視野を広げてもらいたいからだ」

ハンネがなるほどと頷いている。


「続けて、我がカウフマン家に戸籍登録をするには東方行政区の出張所があるあの都市までいかねばならん。私は雇われ代官でここの人間ではないのでね」


妻は大都市へイルンを連れて行く事が心配なようだが、いずれ必要なことだ。


「あたしはアンタがそこまでするとは意外だった。奴隷に落としたりはしないと思っていたが」


レベッカにそんな評価をされても私としては面白くない。


「奴隷という証拠は?」

「ない」

「では、彼女はただの漂流者で哀れな孤児だ。彼女がそれほど高度な教育を受けていて、優れた才能があるなら伸ばしてやりたいと思う。彼女の為に家庭教師募集の依頼をかけておこう」


私がそこまでいうとレベッカは珍しく、遠慮がちに発言した。


「ますます意外だったが、そこまで考えているならいっておこう。彼女は養子縁組を拒否するかもしれない。故郷に帰りたい、と漏らしていた」


妻も、少し予想していたようだが、そう聞いて気を落としている。


「だが、故郷の地名も、道筋もわからないのではどうしようもない。無理だろう」


若いころ東方から大陸の反対側の西方までいったことのある私だからこそ、広さを痛感している。


「そうね、可哀想だけれど凄く難しいでしょうね。彼女は賢いけれど世間の広さまではわかっていませんし」


「ああ、奴隷だなんだという面倒ごとを避けるためにも早めに戸籍登録してしまいたい。彼女も大きくなって自分で判断がつくようになったら改めて考えればいいと説得してみてはどうかな?故郷の事はそれまで誰にも話さない方がいい」


妻も改めて同意してくれた。


「それで、戸籍を登録したらそのまま銀行口座を作ろうと思う」

ハンネはイルンを擁護すべく必死でちょっと盛っています。よく出来た子です。

レベッカ先生は素です。


本は高価ですが、印刷技術が発達してきているのでそこそこ量産されています


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