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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の聖霊
189/212

4-13 帝国の転機②

しばらく閉じこもって土いじりをしていたけど、まあ確かに何か変わったわけじゃない。

私の心のもちようの問題だ。

随分取り乱してしまったので、いい加減皆に説明しなくてはならなかった。

おかげで小さい頃の事を大分思い出してしまったよ・・・。


エーヴェリーンに美術館に行こうと誘われて最初は断ったけど、アーティンボルトの作品が見られると聞いて考えを変えた。


美術館というのはもともと皇室の離宮だったそうで、警備もそのまま。

中に入る時、シセルギーテは門で待たされる事になったのでグリセルダだけ伴ってお邪魔する。

館内には館長さんやら学芸員らしき人達が出迎えてくれる。

時々清掃中らしい女性も通りがかっている。


「最近また本館に泊っているけど、アルミニウスと喧嘩したの?」

「いえ喧嘩というわけではありませんん。彼が自分を許せないだけです」


自然に振る舞えず、ぎくしゃくするので距離を置いているらしい。


「彼はわたしが最も頼りにしている騎士ですよ」

「わかっています。彼の問題は彼自身にしか解決できません。誰も彼を責めなくても自分自身を責め続けています。今まで私にも黙っていたこと。姫様にお救い頂いた従士達、自らの親族まで老師に命じられるまま口封じに自らの手で殺めてしまったことを」

「・・・」


そうか・・・、あの時生き残った従士はあの後皆殺されていたのか。

従士を雇うか、呼び戻したらと言った時の不自然な態度はそれか。

戦いは終わったんだから、これ以上傷つき、死ぬ必要はないといったのに。

殺したのか。

戦いが終わった後無抵抗の人間を。


やってくれたね、あの爺。


せっかくの美術館のしゃべる彫像の台詞もあまり耳に入ってこなかった。

偉人やらなんやらの自己紹介をしている。


「あれ、姫様おかしくないですか?」

「なにか?」


あまり頭に入っていなかった。


「ここはオレムイスト家の持ち物じゃありませんでしたっけ。ガドエレ家の方を紹介していますよ」

「そちらの縁の方だったのでは?アーティンボルト氏は」

「芸術家は資金提供者の専属です、ここにあるのはおかしいです。選帝で争う相手である家の者を紹介するようなものを置いておくものでしょうか」

「わたしには関係ない話です。そんなことよりどういう製法なのでしょうね、これ」


一度外に出てシセルギーテと合流しようというグリセルダを置いて裏に回ったりして動く口もとを観察してみる。


「おい、娘。こっちを向け」


誰か、呼んでますよ。

戴冠してほんの1,2年で死んでしまったエッドウッド様の像まである。

例の呪いで亡くなってしまったんだっけ。

いったいどこの誰が皇帝を呪ったのやら。


「こっちを向けと言っているだろうが!」

「いたたっ」


誰さ、急に腕を掴んだりして痛いじゃないか。

痛がると手を放してくれたけれども、乱暴な奴だ。


「そういえば随分体が脆いんだったな、お前は」

「どちらさま?」


馴れ馴れしいな。こちとら天爵様だぞ。


「アルキビアデスだ!鳥頭め、もう忘れたのか!!」

「いえ、もともと存じ上げません」


そそっと近づいて来たグリセルダが耳打ちする。


「昔、姫様の手首を折った方みたいですよ」


ああ、と手をうつ。


「今日は私の貸し切りだった筈では?」


館長さんの方を見ると目を伏せて出ていった。はて。

続いてネクタリオスとアルベルドが入ってくる。

前に招待されて見学に来たんじゃなかったっけ、もう一度来るほど気に入ったのかしらん。


「ここは私の館だ。家の主がいるのは当然だろう」

「そうですか」

「彼はフォーンコルヌ家ですよ、ここが彼の館というのはおかしいです」


またまたグリセルダに耳打ちされる。


「張り合いの無い馬鹿女だな!!」

「所詮教養の無い平民の小娘ですから」


ネクタリオスとアルベルドめ・・・あのガキども。後でお父様にとっちめてもらおう。


「それで、アルなんとか様がいったい何の御用で?」

「お前を俺のものにしてやろうと思ってな、エイラシルヴァ天を手に入れれば我がフォーンコルヌ家が帝位に近づくのだそうだ。平民出身の小娘に望外の栄誉だと感謝するがいい」

「は?」


何を言ってるのだ、この馬鹿は。


「飲み込みの悪い女だな、俺の妻の一人にしてやろうといっているのだ。ああ、もういい、ついてこい。こんな馬鹿女に説明するだけ時間の無駄だ」


また手を取ろうとするけどそれをすい、すいっと避ける。

だんだんムキにになって掴みかかってこようとするけど、レベッカ先生との稽古であしらい方は学んでいる。

でもネクタリオスまで一緒になって来られるとさすがにつらい。


「おい!こいつがどうなってもいいのか、大人しくついてこい!!平民女に相応しい扱いで可愛がってやる」


アルベルドのやつ、グリセルダを人質に!!


「グリセルダを放しなさい、アルベルド」


睨みつけると気圧されたのかアルベルドはグリセルダを放した。

だけど、問題は解決していない。


はあ・・・。

扇で口もとを隠しながら冷ややかにアルベルドを見つめる。

彼の気持ちはエーヴェリーンから聞いていたし、学院や公館に立ち寄った際、妙な目で見るので前から分かっていた。

だからエーヴェリーンが一緒でもわたしの館にも近づけさせなかった。


「アルベルド、こんなことをしてお父様やエーヴェリーンが許しませんよ」

「うるさい!!お前さえ来なければこんなことにはならなかったのだ!お前さえいなければエーヴェリーンも兄を追い落とそうなど考えず、俺もただ父の背中を追いかけていられたのだ!!」


そう・・・。


「ネクタリオス、貴方もですか」

「そうだ、貴様がスーリヤを癒した事はわかっている。貴様が余計な事をしなければ父上と祖母は仲違いせず親子で骨肉の争いを演じる事は無く、バルアレスもアルシアも争う事はなかった。俺が国から追放されたのはまだいい、だが貴様は許せん」


あっそう。


次から次へとわたしにどうしろっていうの?

フィオを見捨てれば、村人達はさらに口減らしをしなくて済んだ?

密航しなければやさしいおじさんは拷問されて殺されずに済んだ?

鮮やかな色に憧れなければ父さんは故郷を失わずに済んだ?

奴隷にされて過酷な扱いを受けている子供達を保護しなければエッセネ地方で戦争は起きなかった?

スーリヤ様の呪いを祓わなければ優しい叔父様は母親とその一族と殺し合わなくて済んだ?


周りを見るとフォーンコルヌ家の騎士までいる。

急な事態に知らなかったのか、学芸員や侍女らしき人が何事かと目を見張っている。

アルベルドは成績良くなかったらしいけど、それなりに鍛錬積んでいるし、ネクタリオスの事はなにもしらない。

アルキなんとかも皇室の家なら魔力は強いだろうなあ・・・。

ポーチには木の実と魔力の回復を促す霊薬が入ってけど武器は何もない。

私の体術やなけなしの魔術じゃこの場は切り抜けられそうもない。


アルベルドだけは助けてやりたかった。

あの子の鬱屈した想いに応えてやればよかったのだろうか、学院でも公館に立ち寄った際も複雑な想いを向けられていた。

アンヴァール様のようにただ愛してくれるなら、別にそれでも構わなかったのに。

シーリーン姫も親子で女の取り合いをされて破滅した。

小さい時からもう少しグリセルダの話を真面目に聞いておけば良かった。


致し方ない。


「グリセルダ、今まで有難う。もう家に帰りなさい。レベッカ先生とオルプタさまによろしく」


わたしは首飾りの裏をスライドさせると中に入った液体をぐいっと呷った。


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