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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の聖霊
182/212

4-6 大公と聖なる森

何度も利用した転移の独特の感覚が収まると、森の中で石舞台の上にいた。

失敗か?

いや、先ほどまで周囲にいたエーヴェリーン達の姿がない。

目の前に両手を取ったままのイルンスールだけだ。

彼女は目を開けて周囲を見回すと、少しきょとんとした顔だ。

彼女の手を取って石舞台を降り、森の中を歩きだした。


「泉は無いし・・・、別の場所のようなそうでないような・・・」

「明らかに別の場所だぞ」


上手くいったに違いないと彼女を安心させてやる。


歩いていくうちに段々彼女も思い出してきたらしい、顔が喜びに満ち始めた。

早く、早く行こうと逆に手を引かれる。

森も段々人の手が加わっているかのように手入れがされて、獣道ではなく人通りがあるような所になっていき、少し開けた所に出た。

そこには視界いっぱいに広がる大きな樹がある。


彼女は広場に出るとわーい、お姉様だーと子供の様な声を上げて飛び出していった。


よく見ると大樹の下に女性がいる。

あまりに自然体のまま佇んでいる為、まったく気づかなかった。

やれやれ、私も聞いてみたい話がたくさんある、彼女が落ち着いたら話・・・を・・・・・・。

イルンスールがその方の元へ着くと、周囲の空気ががらりと変わった。

辺りには神聖な気配が満ち溢れ、彼女の姉は慈愛に満ちた優し気な顔をしていらっしゃるのにもかかわらず、私は畏怖を感じてまともに顔を見る事もできず膝を折って崩れ落ちる。

彼女の姉は目の端に少し涙を湛えイルンスールを抱きしめている。


「何してらっしゃるんですか、お父様?ほら、お姉様、エイメナースお姉様に紹介しますからもっとこっちへ来てください」


え、エイメナース・・・。エッセネ公の文書にあった森の女神の名だ。

神々から名前を頂くのは古代にはよくあった事で、今でもそういう風習はある。

だが、帝国の傘下に入ってからあちらの言語の名前に置き換わり、その名で大陸の聖典では統一されているのでもう聞くことは無い・・・。カンメーとかエメーリエとか呼ばれていたように思うが、神々について私は詳しくないので正確には覚えていない。

この方からはウィッデンプーセと同じような御力を感じる。

神から名を借りるのはよくあることとはいえ、・・・これは神その人ではないか!?

なにが皇室縁の方だ、あの爺!

近くにいるだけで胸を締め付けるような存在の力に呼吸が苦しくなり、息をぜいぜいとつく。

お父様、お父様?

呼ぶ声に何とか顔を上げると、イルンスールはこちらを心配げにみやり、エイメナース様は胡乱気な目でこちらを警戒している。

イルンスールはこの空気でよく平気で呼吸ができるな!?


「そこの人間、イルンスールが呼んでいるでしょう。聞こえないのですか?」


先ほどまでの慈愛の表情はどこへやら、これから死刑宣告をする裁判長のような厳しい顔つきでこちらへ語りかけてくる。その言葉一つ一つに冷たい響きが混じり、それを聞く度に存在が消し飛ばされるようになるが、必死に魔力を高めてこの世にしがみつく。

身動きできない私に業を煮やしたのか、指を軽く動かすと、大樹から糸がいくつも飛び出して私を絡めとり、イルンスール達の前へ引きずりだされた。

大樹の枝にはには人の頭くらいある大蜘蛛が何匹もわさわさしている。


「あら、白蜘蛛さん。お久し振り。まだまだ小さいのね。ラリサの裏庭のエイペーナの森に住む子の方がずっと大きくて立派なんだけど、あの子何を食べてあんなに大きくなったのかな」


「あら、イルンスール。それはもしかしてアトラナートかしら。昔エーゲリーエが可愛がってた中にそんな子がいましたよ」


エーゲリーエ・・・も、いたな・・・文書にそんな神の名があった。


「エーゲリーエ姉に聞いてみましょう。それよりお姉様、この方はエドヴァルド様といって父親代わりをしてくださって、わたしをずっと守って下さった方なのですよ」


イルンスールが絡めとられたままの私を紹介する。


「本当に?虐待されていませんでしたか?」


エイメナース様の声には少し怒りが混じっているように聞こえる。

「いいえ?とても優しくして下さいましたよ。それに道がわからなくなって困っているわたしをここまで導いてくれたのです」


滅相もないと断言してくれる。

それでようやく私にかけられていた圧力が弱められて呼吸が出来るようになった。


「そうですか。人間、この子を連れてきてくれた事は礼をいいます」


礼などとんでもないと言いたいが声が出ずひたすら平伏する。


「さあ礼に何を望みますか、好きなものを与えましょう。末代までの繁栄を願い祝福を与えましょうか、世界樹の枝でも与えましょうか、あらゆる病を直す薬や、永遠の命が望みなら後ろの木から果実でも葉でも何でも好きなものを持っていきなさい」


そしてさっさと立ち去れ、とでもいいたそうな口調だ。


「女神から代償を戴こうなどと畏れ多い事です」


必死に声を絞り出して何とか伝える。


「まあお父様ったら。いくらお姉様が美しく慈愛に溢れた方だからって女神様だなんて」


イルンスールはころころと笑って七歳児のように姉に抱きついて女神を見上げている。


「いやどうみても女神だろう、姉妹神なのだろう?」

「もう・・・れっきとした人間ですよ。優しくて博識で女神のように素晴らしいお姉様ですけど。ちゃんとわたしに人としての知識を与えて何事も手ずから教えてくださったお陰でどうにか生きてこれました。さすがお姉様です!・・・ね?」

「勿論です」


イルンスールに大好きと熱烈に抱きつかれた途端に相好を崩し、抱き締めかえしていらっしゃる。

彼女達の感情に答えるかのように辺り一面に突然花が咲き鳥達が祝福しにきたかのように梢にとまる。

神聖で厳かな空気から暖かい春の様な柔らかい空気へと切り替わる。


「いや、しかしお前な」


その光景に思わず突っ込みを入れたくなる。


「オマエとは何ですか?」


突然辺りの空気がまた一変し冷たい冬が来たかのよう。

イルンスールを胸に固く抱いたままこちらに向ける顔が恐ろしい。


「は、いえ・・・つい」

「つい何ですか?この子が嘘をついたとでも言いたいのですか?その調子でつい叩いたりしたのではないですか?」

「お姉様?」


胸に顔を埋めていたイルンスールが見上げると、また一転して優しい顔に戻る。


「何でもありませんよ。ほら、ネーメストリーヌが来ています。話したい事があるでしょう?いってらっしゃい」


女神は少し離れた所にいる女性達の所に行くようにそっとイルンスールを押し出した。

一人は昔彼女が着ていたような赤紫のドレスを着て、もう一人は白衣を着て俯いている女性の手を引いている。

イルンスールがためらいながらそちらへ歩き出していくと、突然飛び出して来た女性に押し倒された。


「この家出娘め!」


明るい柔らかな髪をした薄着で活動的な女性だ。

彼女らも皆エイメナース様と同じような神聖な力を発散している。


「・・・ニンゲン、何処を見ているのですか。私が話している途中でしょう?」


また蜘蛛の糸に絡めとられて強引にエイメナース様の方へ向きなおされる。

視界の端でもイルンスールが立ち上がりさらに増えた姉達の方へ向かっている。

待ってくれ・・・!行かないでくれ!!

私の希望も虚しく彼女は行ってしまい、また糸で頭をぐいと捻られてエイメナース様の方へ固定される。


「あの子は下界でどんな暮らしを送っていたのですか?」

「・・・そ、それなりに幸せな生活を送っていたかと」


浚われそうになったこともあったが、無事に助け出したし、彼女は自力で裕福な生活を送っていたし、仲の良い侍女達に囲まれて幸せだったのではないだろうか。


「本当にそう思っているのですか?あの子がいなくなってからずっと私の所に彼女の泣き叫ぶ声が聞こえてきました。あの子は何も悪くないのに何やらひたすら懺悔し続けている声が。何年何年もあの子の悲痛な泣き声を聴き続ける私の気持ちがわかりますか?本当にあの子を虐待していませんでしたか?」


女神は明らかに怒っている。

暴風の様な神威にあてられて答える事もできず、私は存在を保つのに必死だ。

イルンスールが私の事を保護者だと紹介していなかったらとっくに消し飛んでいるだろう。


永遠にも感じられる時間、神威に翻弄されていたが姉達と話し終えたらしいイルンスールが戻ってくると暴風も止んだ。


「イルンスール、もう少しゆっくり話していたい所ですが今日は異物がいる為早く戻らなくてはなりません。私達も近いうちに下界に降りますから大人しく待っているのですよ?」

「ええっ、もうですか?また来てもいいですか?」

「残念ですが、今は時期が悪いのです。貴女も大きくなりましたから、そろそろ制限を解放してもいいでしょう。私達が下界に行ったときに貴女がこちらに来ると行き違いになって面倒になりますから下界でいい子で大人しく待っていなさい」

「はぁい」


イルンスールは頷いて私と共に元の石壇に戻った。

彼女の六人の姉達に見送られてまた転移の感覚と共に聖なる森を立ち去る事になった。


ようやくここまで来ました


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