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森の娘と獣たち  作者: OWL
眠れる森の茨姫
166/212

3-67 終古万年祭③

せっかく紅葉の美しい時期だったというのに、ろくに楽しめもしなかった。

来年こそは・・・。

まあナツィオ湖周辺もなかなか美しいのだけどね。

休養日に森の中を散策して妖精の社交場で秋の果物を楽しみ、森の動物たちと戯れてわたしの休日は終わった。

この森、天敵がいないのか、以前は来ていた乗馬や狩人がいなくなったせいか随分兎やら鹿やらが繁殖してしまったようだ。

あんまり増え過ぎると森の木々が丸裸にされてしまう。

困った困った。


お父様が出場していた天馬騎士達の競争が繰り広げられた山岳地帯ではもう雪がちらつき始めたらしい。

ちなみにお父様は優勝された。まだ出場種目があるので全部終わってから祝勝会を開く予定だ。スヴィータは闘技祭で予選落ち、まあ大人や歴戦の戦士達が出場してるから仕方ないね。あと一勝で本戦まで進めたそうだから大したものだ。


闘技大会の終盤は大競技場で皇帝陛下が見守る中決勝が行われる。

余興の方も大掛かりになってきた。

何万人も入れるのにチケットの値段はバルアレスの庶民の年収くらい高い。

それでも満席である。帝都の人間はお金持ちだなあ・・・。


「君に言われたくはないと思うがなあ」


スヴィータに呆れられる。暇になった彼女もここに来た。


「今日の余興は魔獣と騎士達との集団戦ね。昔は家畜の血を神々に捧げる犠牲式だったそうだけど、神様はそんなの喜んだのかしらね」

「さあ、会ったら聞いてみればいいんじゃない」


肩をすくめる。

以前のハプニングを警戒して白銀の美しい装飾を施された鎧をつけた近衛騎士が下層の警備に当たっている。

五人の騎士達が入場門から入ってきて、祝祭魔術師が陛下に向かって剣を捧げる彼らを派手な光で彩り楽師たちが勇壮な曲を奏で始めると観客達の熱気が高まる。

そして地下から昇降機で魔獣が上がってくる。

一体はアープという巨猪、もう一体はテイルラレックといわれる石竜だ。


「前の騒ぎで跳躍力の高い魔獣は出さない事にしたようじゃの。一応魔術師達が風の魔術で常時壁を張る事にしたからそう飛び上がっては来れないと思うが、あの二体はそもそも跳躍するような魔獣ではないから心配いるまい」


マヤが解説してくれる。

銅鑼の音と共に魔獣の足枷が解かれて開放される。試合開始だ。

人の何倍もある巨大な魔獣相手によく戦う気になるものだ、その勇敢さには敬意を表したい。全然種類の違う魔獣同士なのに同じ境遇なのを察しているのか魔獣たちは騎士を敵と捕らえたようで威嚇している。

無謀にも巨猪の突進に立ち向かった騎士は弾き飛ばされ壁に激突して、巨猪はそのまま追い打ちをかけた。騎士の体は潰されて鋭い牙が突き刺さり、鎧のあちこちの隙間から赤いものが流れ始めた。


「一人脱落じゃ」


マヤが無慈悲に死亡を告げ、観客は熱狂し歓声を上げた。

一人の騎士は壁に激突した巨猪の脚に斬りつけて手傷を負わせている。抜け目ない。

他の三人の騎士は大きな石竜と相対して動けない。


お父様ってあんなのをたくさん狩ってるんだよね。

石竜は囲まれているものの大きくて刺々しい尻尾を揺らして牽制し近づかせない。

巨猪は牙に刺さったままの騎士を頭を振って振り払った。

凄い勢いで飛んで行って地面に落ちてぴくりとも動かない。

あちらは巨猪の突進をひらりひらりとうまく回避しているけど一対一で勝てるだろうか。


「歯がゆいな、加勢したい」

「やめてよ、スヴィータ。あんな見世物につきあわないで」


ナジェスタがスヴィータを止める、まあスヴィータも本気じゃないだろうけどこれは気が焦るね。

はあ・・・。


「見ろ石竜を囲んだ騎士達が決心を固めたようじゃぞ」


後に回っている騎士が大声を出して軽く剣を振り尻尾に切りつけると、石竜は尻尾を大きく振ったが回避されて怒り頭を後ろに向けた。

その一瞬に一人は脚に切りつけ、もう一人は身体強化で大きく跳んで上空から頭に槍を叩きこんだ。しかしながら頭に当たった槍はその硬い頭に弾かれてしまい、石竜はその尻尾を落ちてきた騎士の頭に叩きつけて大きな赤い血しぶきが噴出した。


うあ。


「ちょっとしっかりして、イルンスール」


いたた、ターラに頬をピンタされている。

ちょっと意識が飛んでいたらしい。

いや、もう無理。見てらんない。


「ちとお姫様には刺激が強すぎたか、今度こそ救護室に行こうかの?」

「・・・うん」


昔のわたしなら平気だったんだろうけど、何処でどう変わってしまったのか。

考えると頭が痛くなる。


退席しようと立ち上がったところで、地の底から突き上げられたような衝撃で一瞬体が浮いたような気がしたかと思ったら次の瞬間には地面に倒れていた。

いや気絶したわけじゃなくて、地面が激しく揺れている。

また地震だ。

前のよりもずっと大きい。


「皆さん落ち着いて!その場を動かないで伏せてください!!」


司会が拡声魔術で競技場中に冷静になるよう指示する。

でもみんなパニックだ。

なんだか地震と共に辺りが暗くなってきた気がする、視神経がおかしくなったんだろうか。

激しい揺れがかなり長時間続いて競技場の地面はひび割れ始めている。

一生を振り返れるくらいの時間が経過したように感じたけど、現実の時間としては帝国の定義でいうところの数分くらいだっただろうか。それくらい揺れてからどうにか収まった。

帝国の土木工学は大したもので、これだけの地震でも建物は崩壊せずに済んだ。

ちょっと走馬燈が見えたよ。

あの悪夢の様に地の底に引きずり込まれるかと思った。

息が止まるくらい驚いていたので、気が付くと荒い息をついていた。


「はあ・・・吃驚した」

「ターラでも?」

「わたしだってこんな大きいの初めてよ」


マヤにスヴィータやナジェスタも吃驚しているけど皆無事だ。

これどうなるんだろう、今日はさすがに中止かな。あの魔獣達どうするんだろう。

競技場の方を見るとさらに一体魔獣が増えていた。


凱旋門があった所が崩壊して石竜よりもさらに数倍もある巨大な狼らしきものが立っている。見ただけで戦慄を覚えるその巨狼は眼が八つ、紺の毛並みから瘴気が立ち昇って、足下は触手のようなものが無数に伸びている。

いつの間にか真昼間なのに夜のように暗く、光が雲に閉ざされていた。

その巨狼はあまりにも異質な雰囲気だ。奴は獲物を見定めるように場内を見渡している。


「な、なによあれ?あれも出場予定だった魔獣なの?」


ターラが震える声を絞り出していうけど、誰も返答できない。

皆あの魔獣に圧倒されているのだ。数呼吸を置いて、マヤがなんとか答えた。


「いや、違うな。それはアレの足元で踏みつぶされているレーヴェじゃ」


よく見ると頭が三つある獅子の魔獣が踏みつぶされていた。その体にうねうねと触手が巻きついて血か何かを絞り上げてどくんどくんと脈打っている。


「じゃあ、何なのよ!」

「信じがたいが、皆知っているじゃろう。神喰らいの獣・・・、他に考えられんくらい伝承の通りの姿・・・終わりじゃ。予言の通り人の時代が終る時が来たのじゃ」


終末教徒みたいなことを言わないで欲しい。

でも皆、もしや、と思っていた事を告げられて絶望感が漂い始めた。


獣は会場の絶望感を食っているように見えて、そしてにぃと口の端を吊り上げ笑ったような気がした。

絞り上げてうねっていた触手の動きが止まると、身の竦む様な大音量で遠吠えを上げて次の瞬間にはこちらへ大きく跳躍してきた!

誰もが死を覚悟したわずかな一瞬にひとりだけ反応できた騎士がいた。


「トルヴァシュトラの槍よ!!」


お父様の声と共に眩い閃光が獣に叩きつけられて跳躍した獣は撃墜され、競技場に落下した。

おお、さすが・・・。

ひとつ上の中層にいたらしい。

ほっと一息ついたけど、獣はむくっと起き上がった。


「馬鹿な!エドヴァルド様の槍は数多の魔獣と騎士達を一撃で葬ってきた筈!!」


スヴィータが悲鳴のような声を上げる。

大衆の硬直も解けたのか、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。


「イルンスール様!」


逃げる人々をかき分けてアルミニウスとシセルギーテが護衛に来た。


「あれはいったい!?」

「・・・神喰らいの獣らしいです」


奴は今度は迂闊に跳躍せずに、まだ競技場内に残っていた騎士を噛み砕きその血を浴びるように飲んだ。

脚と触手は次々と魔獣を屠りやはり何か吸い上げている。

生き残った騎士は腰が抜けて上半身だけで必死に逃げようとしている。

それを見て奴はまた一人騎士を噛み殺しその血を旨そうに飲んだ。

辺りは絶叫のような悲鳴が響き渡っている。

陛下の方へ跳躍すると横槍が入るのを学習したのか観客席を走り回って逃げ惑う人々を踏みつぶし、出入り口を粉砕して周ってからまた競技場の地層へ戻ってきた。


戦い、いや虐殺を楽しんで騎士達を挑発している。


「憶するな!騎士の力を見せよ!!」


上層で皇帝陛下自身が拡声魔術を使いさらにいつぞやの神器を振るって一喝する。


「大陸でも最高の騎士達が集まっている時に現れた不運を思い知らせよ!」


陛下の命令に七人の近衛騎士が勇敢にも地層へ飛び降りて襲いかかった。

各国の王や騎士達もその頃には我に返って次々と飛び出してきたけど、出入り口が壊されて酷いありさまだ。大衆も貴賓席との境界を破って出入り口が健在な所へ雪崩れ込み、破壊された出入り口でも瓦礫のわずかな隙間を巡って人々が争い始めている。


「イルンスール様、我らは逃げましょう!」


アルミニウスがわたしの安全の為に逃げようと言ってくれたけど頭を振る。


「この騒ぎではどこかで人の波に押し潰されてしまいます、見守りましょう」

「私が姫様を抱えて入場門まで跳びますから、どうかお逃げください!」


シセルギーテの力なら或いはそれも可能かもしれない、でも。


「止めた方が良かろう。こうも魔術や弓矢に魔弾が飛び交っては流れ弾で死ぬぞ。まったく統率が取れておらぬ。宮廷魔術師長は何をやっておるのか、頭でっかちめが」


神喰らいの獣があまりにも巨大なので狙う所が多すぎる、騎士達が飛び掛かっても実際流れ弾に当たっているものも少なからずいるようだ。

命中はしていてもお父様の槍ほどの激しく吹き飛ばすほどの力はないみたい。

既に近衛騎士も一人やられている。

獣は時折、騎士の遺骸を触手や尻尾に巻き付けて掴み上げ魔術師の方へ投げ込んで遠隔攻撃にも反撃している。

どんどん人が死んでいく。


「こうなれば私も」


加勢しようと剣を抜いたスヴィータをナジェスタが止める。


「止めて!無理よ!勝てっこない!!死んじゃうわ!!」


近衛騎士達はさすがになんとか触手を切り払いつつ奮戦しているものの、他の騎士達は飛び掛かる端から踏みつぶされ、噛み砕かれ、触手に貫かれ、七つに分かれた尻尾を叩きつけられて次々死んでいっている。


強すぎる。


いくら攻撃が命中しても、動きは鈍らずまったく何の傷も負っているようすはない。

それでも陛下は逃げず、統率を取り戻そうとしている。選帝侯達も誰も逃げていない。

神喰らいの獣は神話では神を喰らう度により巨大に禍々しく力を増していったという。

この個体も出現時に比べて少し巨大化し始めているだろうか、それとも恐怖がそう見せているのか。


「近衛騎士が持つような神器の武器でどうにか毛の一房が切り払えるというところだな」

「お父様!」


いつの間にか中層から降りてきていた。

出迎えたわたしにひとつ頷いてからシセルギーテに問うた。


「シセルギーテならどうだ、傷を負わせられると思うか?」

「いえ、トルヴァシュトラの槍であれでは・・・。水竜の宝玉剣でも無理でしょう。ここの会場内でもほぼ最強の威力だった筈です」

「さすがに神器に比べれば落ちるだろうが、私も自信があったのだがな」

「お父様、エーヴェリーン達は?」

「パラムンにアルベルド達と共にに連れて逃げるよう言った。イルンスール、お前も逃げろ」

「お父様は?」


逃げるべきだろうけど、嫌な予感がして聞いてみる。


「私は騎士だ、まだ皆が戦っている。逃げるわけにはいかん」

「それならわたしも留まります」

「駄目だ!逃げろ!!」


お父様は死ぬまで戦う気だろうけど、そんなことさせられない。


「少なくとも一人では逃げません、どうせ人込みで押し潰されてしまうでしょうし。それにわたしを故郷へ連れて帰ってくれる約束です。こんな所でお父様に死なれては困ります」


きっぱり一人じゃ逃げないとお断りした。


「ま、逃がしてくれるとは思えん。見ろ奴の眼を。一つは必ずこちらを見ているようじゃ。相当なグルメじゃな。神術使いのそなたやターラにエイレーネはここから逃げても必ずや追ってくるじゃろう、何せ神喰らいの獣じゃ」


マヤが断言した。

確かにあの気持ち悪い眼に見つめられている気がする。


<<太陽神モレスよ、光の槍を放ち我が敵を打ち払い給え>>


エイレーネ様がよく通る声で神術を使い、僅かな雲の隙間から漏れる陽の光から槍を作り投射する。

でも瘴気に阻まれて本体にまでは到達しなかったようだ。


「神術でも駄目みたいね、まあそれで倒せるなら神々が負けるわけないだろうけど」


ターラも覚悟を決めたようだ、悪い方向に。

次々と騎士達が敗れて死んでいく。

帝国貴族や王達はかなり逃げ出していってしまい、段々と精鋭が残って連携が取れてきている。まったく傷は終わらせていないけれども。


「ほれ、使え。エドヴァルド」


落ちていたお父様の愛用の槍を引き寄せてマヤが渡す。


「おお、これは凄い。感謝する。よくこの扱いづらい状況で遠方のマナを操作できたものだ」

「なに、この天才魔術師にかかれば簡単なものよ。今度は投げて使うなよ」


ああ、と頷くお父様。

マヤったらそんなことしてお父様が飛び出して戦いに加わっちゃったらどうするのさ!


また一人近衛騎士が倒された。

眼を潰そうと跳躍して狙ったものの、噛み付かれてそのまま飲み込まれて、後から鎧だけぺっと吐き出された。


「どうするかのう、大穴を開けて地の底に閉じ込めてみるか。倒すのはほぼ無理じゃろうしな」


マヤは絶望はしていないようだけど、戦って勝つのは無理だと思考を切り替えたらしい。

なるほど、何処から来たのか分からないけどそれは名案かもしれない。

ただ、大人しくしてくれる筈はないし、やっぱりまた飛び出して来るかもしれないし、そもそも騎士達が抑え込んでくれなければいくらマヤでも魔術を行使するのも無理で、行使したら騎士達も巻き込む事になるだろう。


「良い着眼点です、こうなれば封印結界の聖秘術を執り行いましょう」

「「エイレーネ様!」」


いつの間にかエイレーネ様も下層へ降りて来ていた。


「しかしエイレーネ様。実際に行使できた試しはないと、しかも女神様自身が生け贄となって初めて獣を封じられたのではありませんか」


ターラが問う。いつの間にか傍らにはニナが来ている。

この子は逃げずにターラの所までやってきたのか大した忠誠心だ。

うちの侍女達は今頃何をしているのやら。

ハンネやセルマさんは自宅待機で、グリセルダは連れてきたけど、貴賓席には入れないので外で待機させている。無事だといいけど。


「グリセルダへは逃げるよう指示しました、ここでは邪魔になると」


アルミニウスが教えてくれた。うん、それがいい。


「ターラ。もうこの状況ではやれることはやってみるしかありません。私一人でも儀式を執り行います。まずは舞台で奉納舞を行いますよ。逃げたければ逃げなさい、イルンスールはどうしますか?」

「もちろん、お手伝いします」

「駄目だ!生け贄など!」


お父様が反駁するけど、他に出来る事はなさそうだ。


「生け贄だなんてただのお話ですよ。はっきりしているのは神喰らいの獣は封じる事が出来る。その筈です」

「信じましょう、イルンスール。時の神が多くの知識と共に残してくれた事です」

「はい」

「私だってやるわよ、その為に神術の講義取っていたんだから!」


ターラも協力してくれる、やるしかない。


お父様達は舞台のわたし達を護り、わたし達は奉納舞を行い神々に奇跡を願う。

気骨のある楽師が下層にはまだ残っていた。

笛の音は震えているけど、わたし達も皆足や手が恐怖で震えている。同じだ。

でも音楽は士気を高める。

少しずつ硬直が溶けて体に勇気がみなぎり、動きは滑らかになっていく。


わたし達の動きとは逆に、精鋭の騎士達も数が減り疲労が見えてきた。

でも、戦っている騎士の中にはまだ見覚えのあるシャールミン様の騎士や近衛騎士もいる。

ちょうど舞台の高さに奴の目線が揃う。

先ほどと違い警戒するような目線を送り、飛び上がってきた。


おっと危ない、扇を振るって純粋なマナを叩きつける。

ぎゃんっと犬のような悲鳴を上げて地面に落ちた。

慌てて騎士達が避け、そのあとすかさず攻撃に移る。


「今、何したの?」

「無色のマナをそのまま叩きつけただけ」


ターラは顔に疑問符を浮かべる。


「起き上がってきますよ、集中しなさい!」


エイレーネ様に叱咤される。


迎撃はお父様やシセルギーテを信じよう。

その後は一心不乱に人々がこの競技祭に集まって僅かながらにも信仰していた神々への祈り、長年神像に溜まっていたマナを奉納する。

この状況ではもう力加減を気にする必要はない。

全身全霊でマナスを高めて神々へ祈りを捧げ神像を通して送り届ける。

最初にターラが気を失って崩れ落ちる。


獣がまた身の竦む様な雄叫びを上げると、舞台の先端で指揮を執るように舞っていたエイレーネ様が至近距離でそれを浴びて崩れ落ちる。

まだ封印結界は発動していない。


また獣が飛び掛かろうという姿勢を取ると、マヤが魔術で地面に大穴を開けて足下を陥没させて動きを封じ、火で尻尾を炙り、水を目に叩きつけ視界を封じた。さすがの天才魔術師。


「撃て!」


西方候の指揮下の銃士達に一斉射撃を命じて動きを止めた獣の眼をさらに狙わせた。

たまらず獣も尻尾を振るって近場の騎士を叩きのめしてから一度後退する。

じりじりと舞台に近づいて来ていたけど、これでまた距離が取れた。

奉納舞に集中しなくては。


でも距離を取られて銃弾が届かなくなり、獣は再び大きく跳躍して来た。

気が付けば目の前で獣が大口を開けている!


「そうはいくか!!」


お父様がその大きく長い鼻に自慢の槍を突き刺すと、そのまま獣は頭を振るう。

お父様は槍に掴まったまま激しく空中を振り回されている。

うわわ、不味い。

振りほどこうと頭を高く上げた一瞬にシセルギーテが大剣に纏わりつく高圧の水を伸ばして顎に切りつけたが毛が少し切れただけだった。

でもそれで注意は引けたみたいで顎を引いて動きを止めた。

お父様はそこで鼻の上から離脱して舞台に戻ってきた。

アルミニウスが盾を構えてシセルギーテと並ぶ。


ええい。もうこれ以上時間かけられない。


<<始まりの巨人ウートー、太陽神モレス、月の神アナヴィスィーケよ。五行相克するこの地に浄めの光を!森羅万象の力を以て不浄なる力を封じたまえ!!時の神ウィッデンプーセよ、ご助力を!!!>>


最後に北側の最上位にある巨大な時の神の神像に祈る。

時の神だけは今でも大勢から最高神として敬われている。

この競技場で行われる競技祭は本来神聖な儀式だったんでしょう?

1000年以上祈りを捧げられていたんでしょう?

シンボルである鐘は悪しきものを打ち払うという力を見せてくださいな、アンナマリーさんの名にかけて。

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