3-63 辺境領主改め帝国騎士②
昨日はあまりに長時間彼女の部屋にいたので、侍女達がいい加減就寝の時間ですとやってきて追い出されてしまった。
今日はダルムント方伯に面会の予定があるし、明日はヴォイチェフ閣下にもお会いしなければならない。
万年祭にシャールミン様も見えられているので、アンヴァールの件も釘を刺さねばならないし、ヴァルカ王にも援軍の礼を言わねば。
軍務省に行ってアルシア王国の件も礼を言う必要があるし、フッガー商会と今後のバルアレス復興計画について物資が豊富な帝都で調達できるものを選別して話さなければいけないしやることが多すぎる。
「ひとつひとつですよ、エドヴァルド様」
「ああ、そうだった。お前にも何か選別をやらんとな。欲しいものはあるか?」
「姫様にまだまだ借金だらけなのに無理しないでください。私は軍馬を頂いていますし十分ですよ」
ぐっ。エーヴェリーンにもイルンスールにも世話になりっぱなしだ。
ちと父の威厳を回復しなければ、不味いな。
ユリウスには馬を一頭譲っただけで済ませる訳にもいかんが、奴のいう通り与えられるような私財はたかが知れている。短刀でもくれてやるか。
「今日からは万年祭終了まで公館に滞在する。お前達はそれぞれ任務を果たせ。ダルムント方伯家には私とパラムンだけでいい」
「はっ」
騎士と従士達を送り出すと、パラムンとその従士だけを連れてダルムント方伯家に向かった。
本来は領地にお住まいで政治的中立を守り通す為、滅多に帝都にくるような方ではないが亡者とやらが帝都に出没した為、旧都を警戒していた聖堂騎士達とここ1年調査に当たっているという。
従士を門外に待機させてパラムンと二人だけ目通りを許された。
「お久し振りです。ダルムント方伯クリストホフ様、ニコラウス様」
「よく来た。帝国騎士エドヴァルド」
クリストホフ様が頷いて返答を返す。
早速昔の事を改めて謝罪しようとすると手を振って遮られた。
「もうよい、過ぎた話だ。我々も意固地過ぎた。そのせいでコンスタンツィアは死ななくても良かったかもしれなかったのに死んでしまった。あのことは酷く後悔していたのだ、私も君に詫びなくてはなるまい」
「ああ、君の事情もよく知らなかった。田舎から出てきた子供だと馬鹿にして向き合おうとしなかった。娘が死んだ時は君を恨んだものだが・・・、結局娘とも向き合わなかった私の問題だ」
私がカトリーナから疎まれて国からの援助も受けられず、母が奇病で倒れ後見役もおらず帝都で貧しい生活を送っていた為、コンスタンツィアにはまともな医者をつけられず栄養も十分に取らせてやれなかった。
お二方は後になって私が帝国騎士として実績を上げてから、ようやく私の事を知る気になったらしい。
かける言葉もなく沈黙のまま頷く。
「オフェロスの事では逆に迷惑をかけたな。試しに一人くらい帝都で教育を受けさせてみるかと思ったのだが、随分と女好きで軟弱に育ってしまったようだ」
最初は普通に口説くだけだったイルンスールが強く拒むと一族から一人女性が失われた分、君が嫁に来るべきではないかとコンスタンツィアの件をだしにして脅すようになっていったという。
「エーヴェリーンが抗議されたそうですね。無礼はありませんでしたか?あれは出来た娘ですが義姉の事になると容赦がなくなるようですので」
イルンスールは学院ではエーヴェリーンに守られているらしく、立派で頼れる姉で居たかったのに、と昨日複雑な顔をしていた。
「問題ない。ところでそのイルンスール殿の事だが一体どんな娘なのだ。一度館を訪問してお会いしたが、あの年でまるでエイレーネ殿のような落ち着いた佇まいだった」
あの子は人見知りで取り繕うのが得意だからな。
「さて、ただの心優しい娘です。今時珍しく敬虔で日がな一日中何処かで神に祈り続けているか、森を散歩している変わりものかもしれませんが別に方伯が気にされるような娘ではありません」
「とぼけるな、ただの心優しい娘をイザスネストアス老師が弟子に取って君の娘にして保護するわけがあるまい。そしてそれほど古風で敬虔な割には大変な研究者で資産家でもある」
「そうおっしゃられても、私も軍務で長年老師にお会いしておらず、突然この娘の事を頼むと託されただけで、彼女が入学してからも一度も会っていませんし老師でなくてはわからないでしょう。彼女が開発したものというのも森で遊んでいた時に発見したものですよ」
事実なのでとぼけようもない。
「ふ、では君は彼女の事を何も知らないということか。それならそれで構わんがな。内務省や皇室各家は彼女の事を知りたがっているようだ。今まで我々は政治的中立を保つ為に彼らに干渉することはしなかったが、立場を利用して間者らしきものを捕え尋問した所、ナツィオ湖周辺でのオーロラを出現させた事、亡者騒動がその周辺だけ早くに鎮まったのは彼女が引き起こしたのだといくつかの家は確信しているようだぞ」
エーヴェリーンや母上から触りだけは聞いたが、まだ時間がなく詳しい話は聞けていない。
時間を取る順序を誤ったか、できるだけ早く謝罪に来たかったのだが裏目に出た。
「それは貴重な情報を有難うございます。して、まだあの子の事を探ろうとしているものはいるのでしょうか」
「一応エーヴェリーン殿や他の地方候からも頼まれて釘をさそうかと思っている所だがな。まだ何かしたわけでもないのにそこまで干渉したものかと思案している所だ」
釘をさすのもそれはそれで注意を引きそうだ。できれば穏便に処置してもらいたい。
「もう一度申し上げますが、彼女はただの心優しい娘です。何処の誰にも利用されたくはありません。兄が王として即位し国元の情勢が落ち着けば私は国を捨て彼女の騎士として再び剣を取るつもりです。その時不愉快な詮索をした者達は皆後悔することになるでしょう」
「東方騎士はいつもそれだ」
皇室だろうが、方伯であろうが何であろうが容赦するつもりはないことを明確に意思表示すると、苦笑して悪いようにはしないと約束して頂けた。




