1-15 転機③
ゆらゆらした揺れに浮遊感を感じて目が覚めた。
なんか最近こんなのばっかりだな、と自分に突っ込みを入れる。
周囲に男の声がして、思わず身じろぎしようとした体を抑えてじっとしていることにした。
野太い男たちの声がそこら中から響き渡っている。
「さっさと倉庫へ運び込め!数を間違えるなよ!」
「大丈夫だよ、昨日、日暮れまでかけて全部確認したろ、この列は全部運び込んでいい。さっきも一応確認した。中身も重量も間違いない」
蓋を開けられたらどうしようと思ったけど、全部確認済みだったらしい。
中身を掻き分けて籠の一番底まで体を沈めていたおかげか、ほんとは全部は確認していないのか、真実はわからないけれど助かった。
何処かに運ばれるみたいだからこのままじっとしていよう。
どうせ動けないし、もう運命に身を任せてしまおう。
そのまま二度寝することにした。
次に目が覚めた時は浮遊感は無いが、やはりなんだか揺れている気がした。
誰かのいびきが聞こえる。
籠の隙間から見える範囲で様子を探ってから蓋を開けて外に出た。
寝こけている男のわきを素通りして、扉を開けて外に出て、誰にも見つからないように気を付けながら探検して、階段を登りさらに扉を開けて外に出る。
暗い・・・、夜だ。
カンテラの灯りがほうぼうに見えるが、完全に夜だ。
どれだけ寝ていたんだろう、わたしは。
ずっと空腹だったしなー、たくさん食べて気が楽になって一気に今までの疲れが出てしまったらしい。
周辺をきょろきょろ見回してみると、わずかな灯りでもぶっとい大きな柱にばかでかい布が風を受けて膨らんでいる事に気づく。
これは、あれだ。船だ。
エーゲリーエ姉の面白ボックスで読んだ知識から推定した。
怖そうな男達もいるし、元の所でどこかにつくまで休んでた方がいいよね?
食べ物もあるし、いそいそと戻ることにした。
そのまま数日間は大人しく船倉の籠で過ごした。
昼間は時々船倉に固定された水瓶から水を汲んでいく人が来るのでじっとしていないと危険だ。夜になると人の出入りは無くなるが、入り口に男がひとり椅子を置いて座っている。
いつも同じ男で、すぐにいびきをかいて眠ってしまう。
わたしはその脇をすり抜けて、人がいないのを確認してから所定の場所で失敬して窓から外にぺいっと投げ捨てる。
水夫達もくっさいけれど、さすがに船倉で悪臭が漂うと不審に思って捜索されそうだから。
ある日、陶器の瓶に入っていた液体を飲んでみた所、神殿の祭壇に置いてあったお神酒を飲んでしまった時のように顔がぽっぽと火照った感じがして気が付いた時にはぐてっと寝てしまっていた。
幸い夜中だったので誰にも気づかれなかったみたいだけれど、危ない所だった。
「あぁ~、もう。これ外れないかなぁ」
首輪と手錠が鎖で繋がれていて、何するにしても動きづらい。
船倉には外せそうな道具はないみたい。外は怖いし、どこかに着いたらどうしようか。
一度停泊っていういのかな、してたみたいだけど外に出る機会は無くどんどんまた荷物が運び込まれてきた。運び出すならそのまま籠毎出れたのに。
いつまで船倉にいることになるのやら。
不自由過ぎて、イライラする。
金属に触れているとなんかピリピリした痛みが走る時がある、これが静電気だろうか。
いじるのをやめて足を延ばして暗い船倉の周囲を見渡す。
灯りは入り口だけ。
ん?いま、見張り動いた?
慌てて隠れるけど、しばらくするといつも通りいびきが聞こえる。
のそのそと近づいて、顔を覗き込んで様子を伺うが、いつも通りだ。
時間の感覚がどんどんなくなっていくし、こんな生活をずっと続けていると頭がおかしくなりそう。時々見張りの男がさぁー寝るかーとか独り言を言っている、あれやっぱり気づいている?
慎重に行動しなきゃ、と思っていてももう何日経ったのか、何日続くのか。
大分移動したのか、最近は気温が大分上がってきた気がする。
暑さにわたしはイライラして注意力が散漫になってしまっていたんだろう、ついに夜外を出歩いた時に、ちょうどばったり扉を開けて出てきた男に見つかってしまった。
「なんだ、お前っ、密航者か!?」
その男が大声で呼び止めたせいで、なんだなんだとそこら中から人が湧いてきて隠れようもなくなる。走り回って逃げたけど、結局甲板で捕まってしまう。
「いつから乗ってる!?何処から来た!?誰が連れ込んだ!?」
「ぃだい”いだいいだい!!」
乱暴に腕を掴まれ、捻り上げられ、鎖で宙吊りにされる。
岩のような大きな手に掴まれた時に、びきり、と嫌な音がした。
暗い中、甲板に集まってきた男たちがランタンの灯りで照らし出され、その厳めしい表情が怖い。風がびゅーびゅー音を立てている。
わたしを囲んだ男たちに、少し遅れてやってきた男が焦った声で叫ぶ。
「おい、船倉の荷が食い散らかされてる!酒も!船長!やべえぞ!!」
「ラザフを呼べ、損害を調べろ」
わたしは鎖を帆柱に引っ掛けられぶら下げられる。
首輪で一定以上締められないが、呼吸が酷く苦しい。
船員が船長に何やら報告している間に、男が連れてこられた。
いつもいびきを掻いていた男がラザフだったらしい、連れてこられてわたしや船長らしき男をびくびくした目で見ている。
「船倉の管理はお前に任せていた筈だ、今まで何してやがった、密航者は問答無用で処刑が船の掟。お前こいつをかばったのか?」
「と、とんでもない。知らなかったんです、本当です!」
ラザフは必死に弁解するが周りの目は信じていない。
「出航してから何日経ったと思っている、船倉を住処にしていて気が付かないわけないだろう」
船長は断言し、船員たちにやれ、と顎をしゃくると船員たちがラザフを全員で滅多打ちにする。
ラザフは助けて助けて、と悲鳴を上げるが船員たちは容赦しない。鈍い殴打の音と骨が砕けるような聞くに堪えない音も響く。
どうやらわたしはやっぱり前から気づかれていたけど、見張りの男が見て見ぬフリをしていたようだ。
これ以上、見てられない。
「や、やめてあげてよ。いいじゃん子供一人分くらい、あんなにたくさんあるのに!」
首が苦しいが、声を絞り出すようにして訴える。
船長はわたしの訴えにまったく耳を貸さずに、見下すように告げる。
「馬鹿が、お前みたいな奴隷の中でも最下層の薄汚いガキじゃ一生かかっても払えん価値がある荷だ。繰り返さない為には徹底して他の水夫にもみせしめとせにゃあならんのだ。船の上じゃ俺が法だ」
しばらく続いていたラザフへの殴打も、呻き声すら上げなくなるとようやく止まった。
船長はおもむろにナイフを取り出しあっさり首を掻き切った。
「な、なにしてるの!?」
ラザフはへし折られてあらぬ方へ曲がった全ての指を喉にやり、口をパクパクあけたが、ひゅーひゅー空気が漏れる音がしただけだった。
さんざん顔面を殴られ、鼻も折られ、原型を留めていない顔から血の涙を流し、彼はすぐに動かなくなった。
わたしは茫然としてそれを見ていた。
「なん・・・なんで・・・・・・。どうせ殺すつもりだったならあんなに痛めつけなくてもいいじゃない」
「あんな最下級の役立たずの水夫はいらん。役立たずの為に食わせる食糧もない。不足すれば長い航海じゃ船員全員の命に係わる。見せしめだといったのがわからなかったか?間抜けが」
見下すようにいわれ、わたしはショックが抜けていき、だんだん怒りが湧いてくる。
「だったら、いらないなら!最初から乗せなきゃいいでしょ!!」
船長は肩をすくめ、
「そうだな、捨てろ」
船員に顎をしゃくると、船員は二人がかりで手足を持って甲板から外へラザフの遺体を放り投げる。高い甲板上から暗い海に長い時間をかけて落下し、無慈悲な水音がした。
「な、なにしてるの!!」
血が沸騰するような感覚と共に、わたしの怒りが爆発し怒鳴りつける。
船員達は突然の形相の変化にびくっと一瞬驚く。
船長はさすがに余裕の表情だが、すこし眉を吊り上げこともなげにいう。
「ふん、お前が放り出せといったんだろう。次はお前の番だ、お前もボロクズのようになれば同じように捨ててください、と懇願するだろうさ」
帆柱の突起に鎖でぶら下げられたままのわたしを何度も何度も顔もお腹も手ひどく叩きのめした。
殴り過ぎて手が痛くなったのか途中からハンマーでガンガン殴られ膝も砕かれた。
奴隷商人たちは売り物にする為か顔はあまり傷つけなかったのに、この男はどうせ殺すつもりなのか容赦がない。この男に比べれば人買いの暴力なんて大したこと無かった。
どんなに殴られても睨み続けていたのが気に入らなかったのか、顔面を殴られた時に左目の眼窩の底が砕けたような気持ちの悪い音がした。痛覚が麻痺していたような気がしていたけれど、躁状態でもこれはさすがに辛い。それでも右目で涙を流しながら睨み続けた。
船長はしばらく狂ったかのように殴り続けて楽しそうに手足の関節を反対方向に捻り上げベキバキ音がするまで続けていたが、そのうち満足したのか、あー、にしてもあちーなー、とシャツをぱたぱたさせて、まったく無感情にわたしの処分を決め船員に下げ渡そうと鎖を掴んで持ち上げる。
「この人非人!!外道!!!」
わたしは恐怖よりも怒りで狂乱状態になって、船長を罵倒する。
口の中を切っていて実際にはそんな綺麗な発音にはならなかったけれど。
殺したければ殺せばいい、でも人が人をゴミみたいに扱うなんて許せない。
船員に向かって放り投げられながら、最後まで船長の目を睨みつける。
「あぢっ」
揺れる船の上で船長が放り投げる時、手元が狂ったのか、わたしは船員の方ではなく暗い海へ放り投げられた。
最後に視界に移ったのは燃える船の帆だった。
人足達も臭くて助かりました
ある程度落ち着くシーンまでさっさと投稿してしまいます。
読みたくもない場面が続いていたかと。




